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めでぃのくの日記
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2013-03-26 (Tue)
どんどん面白くないんだろうなって気分になってきてます

でも書き上げないと……ホントにダメになるからなあ

2/9

「先輩、どうしてそんなに怖い顔してるんです?」

 ヒュウガに聞かれて、葵は彼の肩を掴むと、小声で答えた。

「判らんのか、お前は」

「えっ、何がです」

「判らないんだな、じゃあ率直に全部言うぞ。まず樹さんとやらが、俺より背が高いから、ブランド物で固めてるいかにも金持ってますって感じだから、そして、初対面で俺の事を先輩って呼んだから、だ」




 事の始まりは三日前、2月6日の事である。

 今度の連休は、何か予定有りますか? とメールしてきたのはヒュウガで、葵は素直に返事をした。宇佐美さんの所に、畑の手伝いに行く。そうしたらヒュウガが食いついてきた。『僕も一緒に行きたいです、あ、お邪魔じゃなければ』

 別にデートというわけでもない。単に農作業が有るというから、手伝ってやろうと思っただけだし、人手が多いに越した事は無い。一応、貴俊に聞いてみても、OKが出たから、了承しただけだ。

 だのに当日、2月9日。ヒュウガは待ち合わせの葵の家に、樹を同伴して来たのだ。

「だって先輩、人手は多い方がいいって言ったでしょ?」

 ヒュウガはそうあっけらかんと言う。葵はその初対面の男を見た。年は30に届いていないだろう。濃い茶色の髪をワックスで固めていて、黒いブランド物のスーツを着ているから、ちょっとした執事のような風体でもある。同じくブランド物のサングラスをかけているから、容姿の全貌は判らないが、まあ見えている範囲で言えば、美形の類だと思う。確かに、葵に少し雰囲気は似ていた。ただ、樹のほうがほんの少し、背が高い。

「お初にお目にかかります、朱雀樹と申します。田口さんとお付き合いをさせて頂いています」

 何度も練習したのか、誠意溢れるセリフは、やや棒読みに近い。きっと普段はこんな風に、敬語を使ったりしないのだろう。

「お話は伺っておちます。その……東雲先輩の事を、よく聞いておりまして、一度お会いしたいと思っていました。不束者ではございますが、本日はよろしくお願いします」

 妙に覚束ない感じで、挨拶されているこっちのほうが不安になる。

「樹さん、ちょっと初対面で緊張してるみたいです……先輩?」

 どうしてそんな怖い顔、となったわけだ。

「えっと……じゃあ先輩の事、なんて呼んでもらえばいいです? 東雲さん?」

「それでいい。で、グラサンは必須なのか? あとスーツで農作業行く気か?」

「ちょっと事情が有って、サングラスはあんまり外さないんです。屋内でも付けてますし、そこはごめんなさい……。あと、ちゃんと着替えのジャージ持って来ましたから、大丈夫です」

 ヒュウガがニッコリとトランクを見せてくる。それもまたブランドのロゴが入っていて、葵はげんなりした。

「こんにちはー、アレ? その人は?」

 何も知らずに迎えに来た貴俊は、樹を見てそう尋ねたが、ヒュウガに事情を説明されると、嬉しそうに笑った。

「そうかあ、ありがとう、人手は多い方が良いから、助かります! それに、賑やかなほうが楽しいしね。それじゃ、早速行きましょうか。車で来たんで、乗ってください」

 そして貴俊は葵の微妙な心境には気付かないまま、出発したのだった。

 




 軽自動車に男4人で乗ると、なかなかムサくるしくて窮屈だった。荷物を入れるスペースが限られているので、足元も座席もぎゅうぎゅうだ。貴俊が運転席、その後ろに樹。助手席に葵、その後ろにヒュウガが座ったが、ヒュウガと貴俊がやたらに賑やかだった。

「今日は何をするんですか?」

「冬野菜の収穫と、そうだなあ、夏野菜の苗を作らなくちゃ。夏はいっぱい野菜が出来るから、その分植えないと」

「わあ、僕、お野菜大好きですよ。先輩はそうでもないですけど」

「うるさい黙れ」

「それにしても農家って大変そうですよね、僕、農業なんて幼稚園にサツマイモを掘ったぐらいで……」

 とにかく、ヒュウガと貴俊がずっと喋っていて、葵と樹はずっと静かにしていた。ちらりと見ると、樹はヒュウガを見ているようだった。小動物を見る子供のようにも見える。もっとも、サングラスをしているから、本当は見ているようなフリをして寝ていたとしても判らないのだが。

 葵は樹の事をよく知らない。意外な事に、ヒュウガがあまり彼の事を詳しく話さないからだ。同僚で、年上で、少し変わっている、一緒に何処かへ行った、などの当たり障りの無い話だけ。そして今日会って判った事は、恐らく金持なのだろう、という事ぐらいだ。

 金持ちが何の冗談でヒュウガと同じバイトをしているんだか。そう考えたが、そもそもヒュウガが何のバイトをしているのかも知らない事を思い出す。これでは距離の縮めようも無い。だから葵は黙って窓の外の景色を眺めていた。

 山道は木と道路と空しか無いような状態で、ウネウネといつまでも続いていた。本当にこの先に人が住んでいるのか、と不安になるような森の先に、その集落は有った。見る限り、そこそこ人は住んでいそうだ。集落から少し離れた森の中に、貴俊の家は在った。某映画の如く、「お化け屋敷」とからかわれても仕方なさそうな状況だ。

 日本家屋である。それもかなり年代物だ。一応、瓦葺。一時は大家族が住んでいたのだろう、それなりの広さが有る二階建てだ。何が、と具体的には言えないが、例えばくすんだ木の壁や、ドロドロにサビついた物がそこかしこに転がっている事や、窓が木枠である事や、曇りガラスといった、そういう細々した事が、この家を少々不気味に見せている。簡単にいえば「出そう」なのだ。色々と。

「あー……えっと、な、中は、片付けたから、大丈夫……あと、結構暮らしてるけど、何にも出ないし」

 そういう事を考えているのが判ったのか、貴俊が苦笑して家の中に入る。ヒュウガは「いいなあ、こういういかにも日本! 昭和! っていう感じの家」と、お世辞なのか本音なのか判らない事を言いながら、貴俊について行った。葵は少々、周りの景色も見てみる。

 山と森に囲まれて、他の家も見えない。空は青く澄んでいるが、さながら井戸の中から空を見上げているような気持ちになる。ここは完全に俗世から隔たれている。風や鶏の鳴き声以外に、何も聞こえない。こんな場所で一人の夜を、と考えるとゾッとした。孤独感は半端なものではないだろう。貴俊が、宗教女や自分に縋ったのも、判る気がした。

 少し離れた所に、納屋と畑が有る。その側の道しか、この家から出る道は無い。そこも木々に隠されていて、世界がここだけになってしまったような気分になる。ただ見方を変えれば、ここでは自由に出来る、とも思えた。恐らく、裸で歩いていても、見ているのは野鳥ぐらいだろう。寂しく思えるのは、今がまだ冬だからかもしれない。

 とりあえず荷物を置こう、と葵も家の中に入ろうとして、樹が立ちつくしているのに気付いた。

「……朱雀さん?」

 声をかけてみると、彼は「あっ」と声を出して、それから慌てた様子で「少し、圧倒されていました」と答え、そそくさと家の中に入って行った。なるほど、金持ちだとしたら、こんなすさまじい家に入った事が無いのかもしれない。葵でさえ、少し躊躇しているのだから、もしかしたらかなり引いていたのかも。

 葵も恐る恐る家に入ってみた。中は暗かったが、貴俊の言うとおり、外よりは普通の家といった雰囲気だった。床板も新しいし、壁紙も綺麗だ。家具は古そうだったが、全体的に不潔感を覚える事は無い。

 玄関を入ると、廊下が縦に長く伸びている。正面の部屋が、いわゆる茶の間というやつらしい。他にも2、3の部屋が左右に有るようだが、全て引き戸がしまっていて中の様子は判らない。とりあえず茶の間に向かう。ここは畳敷きで、真ん中にちゃぶ台と、その周りに4枚の座布団、その上に樹が一人で正座している。ちょこん、という効果音が似合いそうな縮こまり具合で、葵は少しこの男の事を面白く感じた。

 茶の間の奥は台所のようだ。ヒュウガと貴俊が、何やら話しながらお茶を用意しているような様子だ。ヒュウガは本来人見知りのはずなのだが、貴俊には懐いているようだった。手伝いに行こうかと思ったが、狭そうなので、樹から少し離れた座布団に座る。ふと見ると、彼もこちらを見ている。何か、話したい事でもあるのだろうか。しばらく考えて「朱雀さん」と声をかけてみる。

「はい」

「今日は、ヒュウガに誘われて来たんですよね?」

「はい、ひゅうちゃ……田口さんが、東雲さん達と遊ばないかと」

 普段は「ひゅうちゃん」と呼んでいるのか。少々おかしくて笑いそうになったが、堪える。しかし、妙な事だ。彼らも付き合い始めたばかりで、デートのほうが良いだろうに。

「……朱雀さんは、それで良かったんですか?」

「まあ……ずっと聞かされていた東雲さんには、一度お会いしたいと思っていましたし、……今、とても新鮮な気持ちなので、結果的には良かったです」

 要するに、本当はあまり乗り気では無かったようだ。まあたまの連休に農作業の手伝い、というのも酔狂な話なので、無理もない。ヒュウガと付き合うのも大変そうだな、と考えて、率直に尋ねてみる。

「……一つ、聞いていいですか? ヒュウガの何処が気に入ったんです? 聞くところによると、貴方のほうから声をかけたらしいですが……」

「……」

 樹は少し考えて、それから静かに答える。

「ひゅ……田口さん、いつも自信が無さそうだったのに、貴方の話をする時、とても楽しそうなんですよ」

「……? はあ……」

「私は、あんなに楽しそうに、嬉しそうに、人との思い出話を語る人に、初めて出会いました。……それが最初の理由かなぁ。それから色々有って……こんな私を信じてくれると判って、それで益々……っていうところ、ですかね……」

 樹が台所の方を見て口を噤んだので、葵もそちらを見ると、ヒュウガと貴俊がお茶とお菓子を持ってやって来た。もう少しつっこんで聞いてみたかったが、その機会はお預けになりそうだ。第一、後輩の恋愛関係に首を突っ込むのも、なんというかみっともない。しかし、気になる。だからいずれ聞こうと思いつつ、大人しく菓子を頬張った。

 しばらく休憩して、それから着替えて農作業をする事になった。着替えるついでに寝室に案内すると、貴俊は一通り一階を案内してくれた。開けられなかった部屋は、入るな、という事だろう。ヒュウガと樹は一階のとある部屋に泊まる事になるので、そこで別れた。

「じゃあ、葵さんは2階の……、その、俺の部屋で……いいよね?」

 改めて確認されて、葵は少々恥ずかしい気持ちになったが、ややして頷いた。

 2階の貴俊の部屋は和室で、6畳ほどのものだった。パソコンデスクと本棚、それに小さなテーブル、タンス。それだけの部屋だ。

「随分片付いていますね」

 そう言うと、貴俊は「片付けたからね」と苦笑する。

「隣の部屋は大変な事になってるから、見ないでね」

「あぁ……つまり、”片付けた”んですね」

「そう、そういう事。……荷物はその辺に置いてくれれば、夜になったら布団を出すから。作業着は……」

「ジャージを。あいにく持ち合わせていなかったので、安物を買って来ました」

「ありゃあ……言ってくれれば、貸したのに」

「よして下さい。サイズが合いませんよ」

 じゃあ、早速着替えて……と、上着に手をかけると、貴俊は慌てたようにハンガーを手渡してきて、「壁に釘が打ってあるから、それ使って。それじゃ、下で待ってるから」とそそくさ出て行ってしまった。葵は苦笑して着替え始める。

 あれから何度か寝ているが、未だに貴俊は葵の前で恥ずかしそうにする。まぁ、お互い様かもしれない。まるで思春期のカップルのようなのだ。お互いに、未熟で。



 畑仕事を手伝うと言うのは簡単だったが、はたして手伝えていたのか、手間を増やしたのかは判らない。何しろ3人共素人で、体力に自信が有るとはいえない者ばかりだ。

 ヒュウガと樹は、ひたすら玉ねぎの収穫を。貴俊と葵はひたすら夏野菜の種を植える。これが意外と重労働だった。立ってしゃがんで、運んでの繰り返しで、意外なほどこたえる。

 おまけに。

「わぁ、先輩、ほら! 冬眠中のカエルさん!」

 嬉しそうにヒュウガが虫やら何やらを見せてくる。その度に葵は「うるさい黙れこっちに来るな殺すぞ!」とヒステリックに叫ぶ事になった。虫は苦手だ。特にウネウネ、ヌメヌメしたのは、生理的に無理だ。ヒュウガはそれが判っていて、「先輩の弱点発見!」とばかり、喜んで店にくるのだった。

 近頃、本当にヒュウガが生意気だ。愛されたり愛したりすると、かくも人は自信を持つものなのだろうか。そろそろ一発叱って、その有頂天ぶりをたたき壊してやりたい、と思わないでもない。一方で、本当に良かったとも思う。いつも小さな事でクヨクヨメソメソしてばかりだったヒュウガが、こんな風に笑えるなら、と。

 樹の方も少しは緊張がほぐれたらしい。時折ヒュウガと会話しているのが聞こえる。

「ひゅうちゃん、疲れてない? 大丈夫?」

「はい、樹さん。そっちは大丈夫ですか?」

「私は平気だよ。それに少し楽しいしね」

「良かった、僕も楽しいです」

 彼らは彼らで楽しんでいるようだ。葵はどうかというと、微妙なところだ。

 そもそも葵は野菜が好きではない。持ち前のプロ意識で、せっせと働きはしたが、これがただのボランティアだと感じていたから、達成感のようなものは得られていなかった。ただ貴俊が真剣な顔で仕事に打ち込んでいる姿を見ていると、少し意外でドキリとした。

 そういう感情を覚える事自体が、変化だ。まだ寒いが、もうすぐ冬が終わって、新しい季節が来ようとしている。そういう時期なのかもしれない。全てにおいて。



 夜は畑の野菜を使っての鍋になった。4人でTVを見ながら鍋を食べるという、なんとも賑やかな夕飯になった。尤も、賑やかにしていたのは主に貴俊とヒュウガだったが。

 鍋は肉も一応入っているが、野菜がメインだ。葵が困っていると、ヒュウガが「先輩、折角宇佐美さんが作ったお野菜なんですから!」と促す。貴俊は苦笑して「無理しなくてもいいよ」と言う。

「ただ、冬野菜はクセが無い物も多いし、鍋にすると汁もよく馴染むから、野菜が苦手な人でも食べやすいと思うよ」

 貴俊にそう言われて、「でも嫌です」とは流石に言えない。恐る恐る、具をよそって、器に入っていた白菜を食べてみた。葉は柔らかく溶けるようで、味がしみ込んでいる。葵はその瞬間、「美味しい」と思った。そしてその事に驚く。

 まさか自分が、野菜を美味しいと思う日が来るとは。

「宇佐美さんのお野菜、美味しいですよね。スーパーのと違って」

「まあ、うちはちょっと変わった作り方をしてるから……美味しいって言ってもらえる事は多いかな。一応、固定のお客さんも居るし……」

「ですよね! 樹さんも美味しいです?」

「うん、美味しいよ」

「先輩は?」

 一同の視線がこちらに。言いやすい状況ではある。だから、素直に言った。

「貴俊さんの野菜なら、食べられます。美味しいです」

 その時の貴俊の嬉しそうな顔を、葵はしばらく忘れられなかった。




 順番に風呂に入って。明日、残りの作業をしたら後はのんびり出来る、という事を確認して、各々部屋に戻る。

 貴俊と一緒に部屋に戻り、布団に入り、電気を消して。しばらくの間、他愛の無い話をした。

「今日はお疲れ様。葵さん、辛くなかった?」

「全然……と言ったら嘘になりますが、いい運動になったと思っていますよ」

 実際は、本当に思っていたより重労働をしたから、疲れ果てていた。布団の温もりも手伝って、今すぐ眠りに落ちて行きそうな状態である。自然と瞼が落ちる。

「そっか。でも嬉しかったな。葵さんと一緒に畑が出来て、野菜を美味しいって言ってもらえて。田口君も、朱雀さんもとても良い人だし、俺、本当に良い日だったなって思ってるよ」

「そうですか……それなら私も嬉しいです……」

「それに、葵さんが虫が苦手だって判ったし」

「……それは嬉しくないです。よしてください。自分でも恥ずかしいんですから……」

「でも、葵さんの事また一つ知れて、俺は嬉しいよ。それに人間らしくていいと思うしね。あんなに賑やかなのは久しぶりで……昔まだ、兄さん達と普通に遊んでた頃の事を思い出したよ。あの頃はとっても楽しかったな……。子供の頃は兄さん達も優しくてね……」

「……」

「……葵さん、眠い?」

「……はい……」

 貴俊が喋ろうとしているから、何か返事をしなくては、と思うのに、どうしても何も出ない。目も開かなくなってきた。かろうじて肯定すると、貴俊は少し笑って「うん、おやすみ、葵さん」と額に口付けてきた。あぁもしかして、本当はしたかったんじゃないのかな、と思ったが、もうどうにも眠気に勝つ事が出来なかった。

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