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めでぃのくの日記
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2013-04-04 (Thu)
もう駄作の予感しかしてないんだけど

とりあえず書き上がったので、よかった

全12話です

この辺もう既に蛇足

 2/10

 翌朝。貴俊が作ってくれた、野菜たっぷりのみそ汁やサラダ、漬物で朝食を摂る。俺はウサギじゃねえんだぞバカ野郎、と言いたい気持ちをグッと抑えて食べてみると、これがまた美味しい。葵は一種の感動を覚えていた。

 貴俊は自分の事をバカだグズだというが、葵はその評価を一方で正しいと、一方で正しくないと思っている。そもそもこうして付き合うに至った経緯だけでも、貴俊は大いに短絡的で思いこみが激しい所はある。だがそれも、彼の悪い所であり、良い所でもあるのだろう。

 見方、だ。少なくとも、今の葵にとって、貴俊はそれなりに大切な存在だ。未だに恋をしているとは思わないが、情は湧いている。そこに「愛」が付くかは未だに疑問だが、それでも彼の事を思いやる事が出来る。

 だから葵は、貴俊を評価している。確かに、良くない部分も有るだろう。けれど、彼は自分をこんな風に変えた。それは葵自身が一人では出来なかった事だ。それだけでも、貴俊は優れていると、葵は素直にそう思っている。




 その日も朝から、皆で農作業をしていた。二日目ともなると、手際も良くなって、昼前には作業が終わりそうな気配だった。

 そんな時、貴俊がふいに手を止め、立ち上がる。不思議に思ってその視線を追うと、いつの間にか近くに一人の男が立っていた。

 ガタイの良い黒服の男だ。髪は金色、サングラスをしているから顔はよく判らないが、少々ガラが悪そうに見える。男は貴俊を見て「よぉ」と低い声を出した。

「相変わらず元気そうに泥遊びしてるじゃねえか、タカ。その方々はお友達か?」

 偉そうな物言いに、葵は少しムッとしたが、貴俊は困ったように笑って、彼に頷く。

「あ、うん……今仲良くしてくれてる人達、だよ。東雲さんに、田口さん、それに朱雀さん……あ、皆、この人は俺の兄で、真幸っていって……」

 貴俊がそう紹介しようとしていると、その真幸が眉を寄せた。

「ん? 朱雀?」

 真幸はしばらく樹を見つめて、それから笑って言う。

「ああ! アンタ、どっかで見たと思ったら、朱雀の5男坊じゃないか!」

「……」

 樹は黙って真幸を見ている。ヒュウガは困惑して、二人を交互に見ていた。貴俊も困った顔で、真幸に尋ねる。

「えっと……、真兄さん、知り合い?」

「まあ何度か見た事が有るって程度だけどな。話すのは初めてかもしれねえなあ。俺は宇佐美真幸。一応こう見えて、不動産のほうをちょっとやっててね。アンタのトコの家には、随分苦労させられてるんだよ、朱雀さん。ご存知だろうが、朱雀の家は不動産もやっててね、時々ちょっとしたもめごとが起きてねえ」

「……私は、そういう事には関与していませんので……」

「だろうなあ。聞いてるぜ、アンタ、妾の子で、家でも肩身が狭い思いしてるんだろ? 噂じゃ、親父の金に物言わせて悪さばっかりしてるボンクラらしいじゃないか。こんなシケたボロ家に何の用が有るってんだい、おぼっちゃん。そこのバカからは金なんてまき上げられねえぜ? タカはちぃと残念な弟だからよぉ」

 真幸がそう言って笑う。貴俊は何も言わずに、樹を見た。樹もまた、黙って立ちつくしている。葵は状況を傍観していた。真幸の言っている事は本当なのだろうか? だからヒュウガは、彼の事を何も語ろうとしなかったのだろうか。だとしたら、何故ヒュウガは未だに、彼と付き合っているんだろう。聞くだに、マトモな人間とは思えないが。

 すると、ヒュウガがキッと表情を変えて、真幸の所へ歩いて行く。樹が慌てたように彼を止めようとしたが、ヒュウガは樹を振り払って真幸の前に立った。

「なんだぁ、チビ」

「あ、あの、樹さんの事、悪く言わないで下さい」

「あん? 俺は悪くは言ってないぜ? 聞いた事を言ってるだけだ。今までの悪評を聞いてりゃあ、ロクな事しねぇだろうなあってのは、当然の予測だろ? 知らねえならもっと詳しく教えてやってもいいけどよ、そこのぼっちゃんがした事を」

「……知ってます」

「あ?」

「僕だって、樹さんが今までどういう人だったか、知らないわけじゃないです。でも……でもそれは、以前の話です。今は樹さん、とても反省してるって……ここに来たのだって、本当に楽しみにしてて、頑張ってくれてて。……だから、悪く言うの、止めて下さい。僕は今の樹さんと一緒に居るんです」

「ひゅうちゃん、いいんだ」

 樹がヒュウガの肩に手を置いて止める。ヒュウガは「でも」と樹を見たが、再度「いいんだ」と繰り返すと、悲しげに黙った。

「……真兄さん、今日の所は、帰ってくれないかな。真兄さんが何をしに来て、何を知っているのであれ、今日は皆、手伝いに来てくれたんだ。嫌な思いは出来るだけさせたくない」

 貴俊がそう言うと、真幸は「そーだな」と笑う。

「バカな弟にようやく出来た友達が、ロクでなしってのもなかなか笑えるしよ。まあ別に用が有って来た訳じゃねぇさ。精々泥遊びでも頑張れよ。じゃあな、タカ」

 真幸はそう言うと、畑から悠々と去って行く。その後ろ姿が遠くなってから、ヒュウガは「どうして言い返さないんですか」と貴俊に突っかかる。

「いくらお兄さんだって言っても、言っていい事と悪い事が有りますよ! 酷いです!」

「ご、ごめん」

「ごめんじゃなくて! あぁもう、先輩も何とか言って下さいよ」

 ヒュウガは葵を見る。葵は黙ったまま、貴俊を見つめていた。それをどう捉えたのか、貴俊は申し訳なさそうに言う。

「良いんだ、俺は。朱雀さんや田口君には、申し訳ないと思う。ちょっと真兄さんは、口が悪い人なんだ、昔から。悪い人じゃないんだけど、言葉の選び方がちょっと……アレでも、一番上の優兄さんよりは、良い人なんだよ。それに俺がバカなのは事実だし……」

 貴俊がそう言ったところで、ついに葵は我慢の限界に達した。ズカズカと彼の元に歩み寄ると、おもむろに彼の胸倉を引っ掴む。これには場の全員が驚いて、目を丸くした。

「あ、葵さ」

「ええ、私も貴俊さんはバカなのだろうと思いますよ、自分をそうだと思いこもうとしているところが!」

「……葵さん……」

「ちょっと、あのバカと話つけてきます」

「え……あ、ちょ、ちょっと、葵さん」

 貴俊が止めるのも構わず、葵は貴俊から手を話すと、真幸を追いかけて走った。

 どうにもこうにも、ムシャクシャして仕方なかった。腹が立ってたまらない、なんて久しぶりの感覚だ。葵は明確に怒っていた。何に対して怒っているのかまで、ハッキリ判る。そしてそれを抑える術を知らない。

 相手は不動産関係、ヤバイ人間だろうという事も承知していた。下手な事をしたら、どうなるか判らない。そうは思いながらも、衝動を止める事が出来なかった。どうにでもなれ、と少しヤケクソ気味でもあった。それぐらい、葵は怒っていた。

 しばらく走ると、黒い高級車に乗りこもうとしている真幸に追いついた。真幸は葵に気付いて「何か用か?」と笑う。葵の方は走ったせいで呼吸も荒かったが、なんとか抑え込みつつ、彼を見つめて言う。

「貴俊さんは、決してバカではありません」

「……はぁ?」

「確かに、少々そういった傾向はあるかもしれません。それに少し純粋過ぎて、損をしているとは思います。生きる要領も、決して良いとはいえません。でも」

 葵はそこで一度大きく呼吸をした。まだ息が整っていないから、長く喋るのは辛い。それでも言わなくてはいけない。真幸は何が面白いのか、ニヤニヤして聞いている。だが構わずに続けた。

 これは自分にとっても、とても大切な事だから、言わなくてはいけない。

「貴俊さんは立派に農業をやっています。貴方の言うような、単なる泥遊びではありません。生き物相手の仕事です、何も考えないで出来るような簡単な事じゃない。それに私は、あんなに美味しい野菜を初めて食べました。そんなものが作れる貴俊さんは、少なくともその分野において、私や、貴方より努力し、成功しています」

 それに、ともう一度呼吸を整える。

「朱雀さんの事は、私もよく知りません。だから、貴方の言っている事は正しいのかもしれない。それでも、知り合っても居ない人間を、周りの評価だけで決めつけるのは、バカのする事です。その人物について知ろうとする努力を怠っている人間のする事です。貴俊さんの事だって、見下すのは勝手ですが、違う価値観と成功の形が有るのに、それを軽視するなら、自分の世界しか見えないよっぽどなバカなのだろうと、私は思います」

 それと、単に貴俊さんは、私に大切な事を教えてくれている恩人です。だから、腹が立ってこんな事を言っているだけかもしれません。その非礼は素直にお詫びします。申し訳ありません。

 そこまでいって、葵の言葉は途切れた。しばらく場を沈黙が支配する。風と鳥の鳴き声と、止まらない鼓動の音だけが世界を支配していた。これからどうなるのだろう、と葵はようやっと不安になった。こんな相手を怒らせたら、ロクな事にならないのではないか、と思う。

 真幸はしばらく何も答えずに葵を見ていた。が、やがて空を見上げて、一つ溜息を吐く。

「……言いたい事はそれだけか? ――……って、優兄なら、言うんだろうけどなぁ。悪かったな、アンタ」

「え……」

「アンタ、名前は?」

「え、あ、……東雲、葵です……」

「そうか。東雲さん、悪かったな」

 あんまり簡単に謝罪されたものだから、葵は拍子抜けしてしまった。そんな葵に、真幸は苦笑して言う。

「オレは昔っから口も悪いし、まぁ不器用でなぁ。久しぶりに可愛い弟の顔を見に来てみたら、朱雀のボンクラが居やがったからよ。ちぃとばかり言い過ぎたな。それは朱雀のに謝るべきなんだろうがよ、オレもこんなだから、今更出来ねえし。アンタにも、タカにも、それに小さいのにも、朱雀のにも悪い事したとは思ってるよ。オレだって、タカのやってる事は評価してるし、ボンクラが実際どんな人間か知りゃしねえ。本気で言ってるわけじゃねえさ」

「なら、どうして……」

「勘違いするなよ。評価も理解もするが、オレはあくまで味方じゃねえ。タカはアレぐらい言わなきゃ火がつかねえグズだしよ。朱雀のに関して言えば、そういう噂が立つなら、何かしら根拠が有るって事だ。仮に根も葉もない事だとしても、ならそういう噂を流す敵が居るって事と、それを否定しきるだけの力を持ってないって事は判る。さっきのは忠告みてぇなモンだ。大事な弟だ、ようやっと軌道に乗って来た畑を、バカの道楽でまた売られちゃかわいそうだろうが。牽制してみただけだよ。何事も起こらねぇなら、それでいいんだ」

 その言葉に、葵は困惑する。貴俊の話で、彼の兄は酷い人間なのだろうと思っていた。が、聞く限り、彼は貴俊に対して、少々形はおかしいが、情を抱いている様子だ。真幸はまた溜息を吐いて、葵を見る。

「けどな、改めて言っとくがオレは、タカの味方じゃねえ。ただ単に、身内がこれ以上不幸になるのが嫌なだけだ。それ以上干渉する気もねぇし、資格もねぇ。アイツの家と畑を奪ったのは、まぎれもなくオレと優兄だからな。アイツには今まで散々苦労させたからよ、これ以上しそうになってたら、それを止めてやるってだけだ」

 アンタ、タカの友達か? アイツもようやく、アイツの為に怒ってくれるような奴と出会えたんだなァ。

 真幸はそう呟いて、車に乗り込む。引き留めようとしたが「タカをよろしくなぁ。あと間違っても、優兄には絡むなよ、オレと違って優しくねぇからよ、アイツ」と真幸は言い残して、そのまま行ってしまった。

 悪い人ではないのかもしれない、と葵は思った。ただ、今さら関係を変えられないのかもしれない。自分と兄が、長い間そうだったように。葵は悲しくなった。少なくとも真幸は、家族をして貴俊を愛している様子なのに、それを表現する事が出来ないのだ。

 言いようのない気持ちに襲われて、胸が苦しくなる。ふいに振り返ると、側に貴俊が立っていた。全部聞いていたらしく、彼は困ったような顔をして言った。

「……優兄はともかく、真兄は、悪い人じゃないんだ。……ちょっと、口が悪いだけで……」

 



 気分は沈んだままだったが、昼食を摂ろうという事になった。野菜炒めとご飯というシンプルな昼食が終わって、しばらくすると、静かに樹が切り出す。

「……真幸さんの言った事は、概ね事実です」

 その言葉に、全員が樹を見る。彼は俯いていて、自信が無さそうな様子だった。ヒュウガが悲しげな顔で、側に座った。

「私は朱雀家の当主の、5男です。妾の子……というのも事実です。朱雀は資産家で、まあそれなりに悪い事もしていますし、世間の目も辛く、私は兄達にいじめられて……正直に言えば、荒れて、彼の言った通りの生き方をしてきました。……でも」

 これではいけないと思って、生き方を変えようと思ったんです。樹はそう言って、ヒュウガを見る。

「真っ当な仕事について、働く事を覚えました。それでもなかなか、心までは変わらなくて……、そんな時、田口さんと出会いました。彼は私を信じてくれて、好いてくれて……彼と一緒に居てもいいような人間になろうと、思いました。だから今は、昔の私とは考えも行動も違うと思います。ここに来たのは、田口さんの友人に会って、同じ時間を過ごしたかったから、それだけです。信じてくれとは言いません。今までが、今までですから……」

 樹はそう言って、また俯く。葵はしばらくその姿を見ていた。ヒュウガがこちらを、不安げな目で見ている。葵は貴俊を見た。彼も葵を見ていて、優しく微笑むと、小さく頷いた。考えている事は、同じだろう。

「……判りました。信じます」

「先輩……!」

 ヒュウガが嬉しそうに声を上げる。樹は不安げに葵を見た。そんな樹に、葵は優しく言った。

「大事な後輩が信じたんです。なら、私も信じます。それだけですがね。もちろん、裏切ったら、死んでも許しません」

「……東雲さん……ありがとうございます」

 樹は深々と頭を下げる。真幸の言った通りの人間だったなら、こうして頭を下げた事だって無いのだろう。だからその姿を信じてやる。努力を認めてやる。葵に出来るのはそれだけだ。

「貴俊さんも、こんな事言ってもどうしようもないですが、自信を持ってください。貴方は少なくとも、私にも、お兄さんにも出来ない事をしているんです。なんら恥じる事なんてありません。少なくとも、私はそう思います」

 貴俊はまた困ったような顔をして、小さく「うん」と頷いた。

 ああ、言葉はあまりにも軽い。どうしたら、貴俊に勇気と自信を与えられるだろう。何もかもが伝われば良いと思う。だのに、それが難しくて出来ない。

 葵はまた胸がぎゅうと締め付けられるような思いにかられた。接客をして、言葉を扱っているのに、どうして大切な事を伝える事が、上手く出来ないのだろう。そう考えると、悲しくなった。

 業務としての成功が、いったい自分の人生にとって、何になるだろう。大切な人の笑顔も取り戻せなくて、他の何が得られるというんだろう。

 そう思っても、葵にはそれ以上何も出来なかった。

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