相変わらず自分の話は
前置きが長いなって思うので
このクドさを
長所と取るか短所と取るか
悩むところです
前置きが長いなって思うので
このクドさを
長所と取るか短所と取るか
悩むところです
立ち話もなんですし、となじみの喫茶店に入る。店員に頼んで個室に通してもらった。ここはヒュウガの女々しい話に付き合うのによく使っていた。少し狭いけれど、植物などの飾られた個室は落ち着くし、それにヒュウガがワンワン泣いて自己嫌悪している声も外に漏れずに済んだ。だからよくヒュウガと2人で来ていたものだ。
ここに入ったのは、貴俊の様子がおかしいからだった。泣き喚かれそうな気がする、と予防を施す事にした。注文はコーヒーを2人分頼んで。すぐにコーヒーが来て、部屋に静寂が訪れると、貴俊がサングラスを外した。泣きはらした眼をしている。
「ク、クリスマスに、イヴに、プレゼントして、告白、したんです。そしたら、彼女、困ったような顔をして……お、俺とは、そういう関係になれないって……っ」
「……」
「言われてみれば、俺、彼女を好きだった、つもりなのに、彼女の事、何も知らなくて、っ、プレゼントした物は返されて、もう来ませんって、俺、俺どうしていいか、判んなくて、何も言えなくて、何も出来なくて……」
「お察しします……」
そう静かに言うと、貴俊は大声を上げて泣き始めた。葵はそれを気の毒に、同時に良い事だとも思っていた。彼は夢を見ていたのだ。自分達が相思相愛だという、素敵な夢を。目が覚めたのは、良い事だと思う。世の中には、気付かないまま何百万円という大金を使ってしまう人間も居る。早い段階で終わったのは、幸運かもしれない。
それに、こんな風に大声を出して泣けるなら、まだいい。ヒュウガにしてもそうだが、本当に思いつめると、人は泣かない。そういう状態が一番厄介だ。だから、まだこの人は立ち直れる、と思う。
ただ、それとは関係無く、葵は何故だか、貴俊の様子を見かねていた。
「その……私も人生経験が豊富な方では有りませんので、こんな時、何と言って差しあげれば良いか……」
「いい、いいんだ、聞いてくれるだけで、それだけで」
「……はぁ……」
我ながら情けない、と思う。営業トークはスラスラ出てくるのに、こういう時に慰める言葉の一つも出やしない。恐らく、自分が人として何か欠けているのだろう、と思う。優しさとか呼ばれるものが、自分の中には無いのだ。だから、かける言葉も見つからない。
「俺、俺さ、本当にグズな奴でさ、昔から言われるんだ、頭の悪い出来損ないだって。俺なりに頑張ってるつもりなんだけど、いつも空回りでさ、バカみたいだよ、俺みたいなどうしようもないダメな奴が、人に好かれるなんて、思いこんでさ……」
ふいに葵は、兄の事を思い出した。
兄は優しくて穏やかで、いつも自分なりに努力している人で……そして、結果を出せず、母に叱責されている人だった。葵はその、しょんぼりしょげた背中を良く覚えている。そして兄は、葵に気付くと、泣き出しそうな顔で、それでも優しく微笑んでいた。
葵はたまらず、テーブルの上に置かれていた貴俊の右手を掴んでいた。貴俊がびくりとこちらの顔を見る。その涙で潤んだ眼を見つめて、葵は真剣な顔で言う。セリフは何処からか、勝手に降りてきた。
「宇佐美様は、素晴らしい方です。一人の事をそんな風に思えて、そうして縁が無くなっても、少しも相手の事を悪くはおっしゃらない。とても大切な物をお持ちです。確かに、世の中は要領よく結果を出せる事を良しとして、そうでない事を貶めるでそう。ですが、そうではない方には、その方なりの素晴らしさが有ると、私は思います。認められない事はお辛いでしょうが、私は宇佐美様は素晴らしい方だと、心から思っております。自信を持て……というのは、一店員に言える事ではございませんが、私個人は、その宇佐美様の美しく、掛け替えの無い部分が、こうした形で失われるとしたら、これほど悲しい事は無い、と考えます」
「……東雲さん……」
「少なくとも、宇佐美様は私に無い物を、沢山お持ちです。今回は確かに、失敗したかもしれません、ですが、きっと宇佐美様の魅力が判る方はいらっしゃるはずです。ですから、ご自分を卑下なさらず……宇佐美様は宇佐美様なりに、努力なさっており、そしてその結果は、色々な形で出ておられます。今は気持も落ち込んで、自分を責めたい気持ちは判ります。ですが、何度も申します通り、既に宇佐美様は、得難い物をお持ちなのです。……」
自分で何を言っているのか、よく判らなくなってきた。振って来たセリフもそこまでで、それから何も思いつかなくなり、どうしたものか考えていると、貴俊が葵の手をつかみ返してきた。しかも両手で、ギュッと。
「ありがとう、ありがとう東雲さん、アンタ、本当にいい人だ……」
「い、いえ、私は……」
「正直もうこのまま死んじゃおうかとかも考えたけど……東雲さん、俺もう少し、もう少しだけ、頑張ってみるよ……」
「あ……その……お力添え出来て、何より、です……」
貴俊の手の平の熱さに困惑していると、彼はますます混乱させるような事を言ってきた。
「それでその……俺、相談出来る人って、東雲さんしか居なくて……でも俺、もうお金無いから、仕事の邪魔するのも嫌だし……それで、あの、良かったら、その……これからも、話聞いてもらえないかな、今、自分の事が信用できなくて……だから、連絡、取れるように……メルアドとか……教えて、もらえますか……?」
冗談じゃない。どうして一店員と、一顧客が、個人同士でメルアドを交換したりなんか。俺はそこまで暇人でも善人でもないぞ。
そう言いたかった。しかし、ここで断ったら、何もかも台無しになる気がする。今までの言葉がただの社交辞令と思われてしまったら、時間が無駄になってしまう。それは避けたい。
それに、葵はそれほど貴俊の事を嫌いではなかったし、むしろ、今後貴俊が立ち直れるかどうかが、気がかりではあったわけで。
つまり、葵にはもう、選択肢は残されていなかったのだ。
1/1
そういえば、ヒュウガの奴、今年はあけおめメールとやらをして来なかったな。
葵は携帯の画面を見ながら思った。日付は既に1月1日に変わっている。大晦日も葵は、1人で部屋に居た。特に新年セールも無く、葵の店は12月30日からたっぷり8日にも渡って休みになっている。
毎年、日付が変わってしばらくしたらヒュウガからメールが来る。それに、「よろしく」と短い返事を書いて寝る。それが普通だった。だが今年は一向にメールが来ない。しばらく携帯を眺めて、メールを待っている自分にはたと気付くと、いそいそとベッドに向かった。
リビングの横、葵の寝室はそれなりに散らかっている。服は大体クロゼットの中だったが、壁のハンガーにかけてある物も多い。洗濯待ちの衣類は床に放り投げてある。ベッドの上には、読みかけや読了後の本、サイドテーブルにはいくつかのカップ。窓はずっとカーテンを閉めたままだ。本は整理するのが面倒なので、全て段ボールに放りこんで、部屋の隅に置かれている。足の踏み場は有るものの、リビングとは大違いな部屋だ。
携帯をサイドテーブルに置き、ベッドに潜っても、しばらく寝つけなかった。毎年送って来ていたのに、どうして今年に限って来ないんだ、あぁ今年はきっと厄年って奴だな、何で俺がこんなに悩まなくちゃいけない、こういうしがらみの無いような生き方をして来たのに。頭の中で延々と文句を言っていたから、ますます寝つけず、結局葵は昼過ぎまで目を覚まさなかった。
ふと目が覚めたので、そのまま起きる事にした。寝起きの回らない頭で携帯を手に取ると、13時を少し過ぎたぐらいで、メールはやはり来ていない。それを意識している事に一つ溜息を吐いて、シャワーに向かった。
元旦だというのに、いつも通りの朝。ただ、少し気になる事の多い朝だ。
メールをよこさないということは、送れない状態だという事だ。アイツも正月は実家に帰ったりはしていないみたいだし、風邪でも引いて寝込んでいるのか、何か有ったのか、忘れてるだけなのか、それとも……例の樹とかいう奴と一緒にでもいるのか。
無粋な事まで考え始めて、嫌になる。熱いシャワーを頭から浴びて、何もかも考えないようにしようとするが、ますますあれこれ考えるばかりだ。不愉快でたまらない。ワシャワシャと乱暴に髪を洗う。
シャワーを終えて髪を乾かしながら携帯を見ると、メールが一通入っている。ヒュウガか、と思って開くと、それは貴俊からのメールだった。やたら顔文字の入ったファンシーなもので、要するに「これから初詣に一緒に行きませんか」と誘っているようだった。
初詣。葵は少し考える。毎年、この時間にはヒュウガがやってきて、初詣に付き合わされたものだ。葵は全くそういう慣習的なことに興味が無いから、あくまで付き合っていただけだ。だが、今年はその誘いも無い。いつもしていた事をしないのは、落ち着かない。それこそが慣習なのだとは思ったが、どうにも気分が悪い。このまま家に居ても、ロクな事は考えないだろう。
大体、確認しようにも、葵はヒュウガの現在の自宅を知らないし、また葵からメールを送った事も無い。今更様子を確かめるわけにもいかなかった。少なくとも、葵にとっては。
気晴らしになるかもしれない。葵はそう思って、貴俊に了承の返事をした。
貴俊は初詣に良い神社を知らない、と言うから、いつもヒュウガと行っていた神社に行く事を提案した。少し山を登った所に有るそれは、それなりに大きく、かと言って人ごみにまみれる事も無い。境内にはちょっとした屋台も出ているし、利便性もそこそこ。ただ、その神社が何の神を祭っているのかは、知らない。
待ち合わせの14時半に神社に着くと、着物姿の女性や家族連れの人々でそれなりに賑わっている境内に、貴俊の姿を見つけた。「遅れました」と言うと、「いや、俺も今着いたところで」という決まり文句。社会に揉まれてないのに、こういう所はきちんとしているのだな、と思う。
元旦とはいえ、昼間は日差しが有ってそれなりに温かい。葵はいつも通り黒のコートに細身のパンツ、皮靴で、正月ムードにはやや浮いている。貴俊の方は、いつか着ていた若若しいファッションに似たスタイルで、2人で居るとどういう関係なのか判らない雰囲気になった。
とりあえず、拝んでおこうという事になったので、まずはお参りに行く。賽銭箱に小銭を放りこんで隣を見ると、貴俊が何やら必死で拝んでいるので、葵は少し考えて(早く平穏な日々が訪れますように)とそれだけ考えて拝んでおいた。さて、その時点で目的は達しているが、しかしそのまま別れるのもおかしい。屋台で何か買うか、という話になった。
境内にはベンチが幾つか設けてあったので、貴俊に確保してもらって葵が屋台に、と思ったのだが、「いや、誘ったのはこっちだから!」と葵をベンチに座らせて、屋台に走って行った。まあ、それもそうか、と放っておいて、携帯を見る。
ようやっとヒュウガからメールが来ていた。
『あけましておめでとうございます、先輩! 今年もよろしくお願いします! メール遅れてごめんなさい、今年は初詣はムリそうです、ごめんなさい』
少し考えて返事。
『よろしく。ムリって、体壊してるとか無いだろうな?』
心配しているような返事だ。少し悩んだが、とりあえず送った。彼も知人が少ないから、本当に寝込んでいたら大変だろうからだ。
ややして、返事。
『大丈夫です、ちょっと用事が有って、でも大丈夫です』
何故二回言ったのか。大事な事だからか。
なんだか変だ。妙だ。不信感を持ちながらも、それを問いただすのも面倒で、返事をするのはやめた。ちょうどその頃になって、貴俊が食べ物を持ってやってくる。餅やら大福やら、大判焼きやら……甘い物ばかりだ。それと、温かい缶コーヒー。
「……甘い物、好きなんですか?」
礼を言って受け取りながら尋ねると、「いやあ、そういうわけでもないんだけども」と困ったように答える。
「東雲さんが何が好きで嫌いか、判らなかったから、とりあえず無難に……と考えていたら、こうなってしまったわけで……」
「そうですか……私はなんでも食べられますからね。いただきます」
2人してベンチでモソモソとまんじゅうを食べる。周りはカップルやら家族連れやらばかりだ。正月とあって、全体にお幸せそうなムードが漂っている。それを見ながら、先日フラれたばかりの客と、悩みごとでいっぱいの店員が、まんじゅうを食べている。
なんともバカらしい。葵はそう思いつつ、貴俊を見た。貴俊はニコニコしている。
「いやあ、よかった。久しぶりだよ、初詣に来るなんて。一人で行くのも寂しいから、ずっと行ってなかったんだよね」
「そうですか……私はいつもは知人と来るのですが……今年は呼ばれませんでしたね」
「あ、そうだったんだ……………………あの………………恋人、とか?」
「まさか。ただの知り合いです。そういう関係の人間は、今は居ません」
「あ、そ、そうなんだ……意外だなあ、東雲さんはその……モテそうなのに……」
よく言われる。葵は苦笑して、缶コーヒーのタブを開いた。
「私は、人に好かれる人間ではありませんからね」
「え……いや、そんな事……だって……こんなに優しくしてくれるし、」
「それは……宇佐美様はお客様ですし……」
「あ、そ、その、宇佐美様、っていうの、よしてくれないかな、なんだか気恥かしくて……」
「はあ……では、宇佐美さん?」
そう名を呼ぶと、貴俊は何故だか一瞬黙って、それから「うん」と何故だか頷いた。
「……?」
「あ、えっと、じゃあ、その、えっと、俺はその……あ、葵さん、って呼んでも、いいかな?」
「はあ……それは構いませんが」
「あ、ありがとう、うん、えっと、葵さんはその……自分に自信が無いの?」
「自信……ですか。難しいですね、有ったように思いますが、今は少し無いですかね……」
「何か、……有ったの?」
まあ、あんたの事とか。葵はそう思いつつ、「特には無いのですがね」と答えて、コーヒーを一口。まだ少し熱い。
「ただ、自分は人として大事な物はいくつか、持ち合わせていないように思っています。優しいとか、親切とか……そういう言葉は、仕事上で受ける評価ですが、私個人は決してそのような人間ではありませんし……ですから、人に好かれたりはしないと思います。それもあって、宇佐美さんは素晴らしい物を持っていると思っていますよ。私には決して無い物をお持ちだと、思っています」
「……いや……、いや、たぶんそれは違うよ、葵さん」
貴俊が言うので葵を見る。貴俊は悩むように、つっかえつっかえ声を出す。
「だってその、なんて言うか、ほら、同じ店員さんでも、コンビニの人とかは、ニコリともしてくれないし、人によってどれぐらいサービスしてくれるかって違うから、それがたとえ仕事だとしても、本人の人柄って確かに出て来ると思うんだ。葵さんは店員として俺とこうして付き合ってくれてるのかもしれないけど、でも、普通ならここまでしてくれないと思うんだ。客が落ち込んでどうなろうと、知ったこっちゃないだろうし、それにこんな風に付き合ってくれたりもしないと思う」
「はぁ……まあ、そうかもしれませんね」
「だけど葵さんはこうして一緒に話してくれて……それって、きっと葵さん自身が気付いてないだけで、すごく……すごく、素晴らしい事なんじゃないかって思うんだ、上手く言えないけど……」
「そうでしょうか……」
「俺は、そう思う。……思いたい、かもしれないけど」
口下手で、何を言っていいか。そう呟いている貴俊を、少々愛しく感じた。必死に何かを伝えようとしている。だがそれは、きっと貴俊の気のせいだ。自分はそんな人間ではない。
「ありがとうございます、宇佐美さん」
「えっ、あっ、いや、俺は、そんな、何も……」
「私にとって宇佐美さんは、特別なお客様ですよ」
「えっ……う、うん、その……ありがとう」
貴俊は何故だかしどろもどろしている。葵は微笑んで、もう自分の話はせず、貴俊の話を聞くに専念した。
話すべき事は無い。葵は何も持っていないから。貴俊は畑の作物の話をしていた。今は白菜が美味しい、キャベツもいい。春になったらタマネギがたくさん取れる。葵さんにも食べてもらいたい。
貴俊は不思議と自分の話をしているのに、葵の名前をよく出した。気に入られてしまったな、と思う。対面は良いから、割と気に入られる事は多かった。すぐに自分の本性を知って、離れて行ったものだが。
「あの……葵さん、こんな事、言っていいのか判らないけど」
「はい?」
「正月の間、また何回か、会えますかね」
ホラ、正月の間一人って、寂しいじゃないですか。慌てたように貴俊がそう付け足す。ふむ、と葵は少し考える。寂しいなどとは思わないが、家に居ても本を読むぐらいしか用は無いし、第一それにだって集中出来ない。毎年ヒュウガが遊びに着たりもしていたが、それも今年は怪しい。葵は心の中だけで溜息を吐いて、
「はい、大丈夫ですよ」
と、笑顔で答えた。
ここに入ったのは、貴俊の様子がおかしいからだった。泣き喚かれそうな気がする、と予防を施す事にした。注文はコーヒーを2人分頼んで。すぐにコーヒーが来て、部屋に静寂が訪れると、貴俊がサングラスを外した。泣きはらした眼をしている。
「ク、クリスマスに、イヴに、プレゼントして、告白、したんです。そしたら、彼女、困ったような顔をして……お、俺とは、そういう関係になれないって……っ」
「……」
「言われてみれば、俺、彼女を好きだった、つもりなのに、彼女の事、何も知らなくて、っ、プレゼントした物は返されて、もう来ませんって、俺、俺どうしていいか、判んなくて、何も言えなくて、何も出来なくて……」
「お察しします……」
そう静かに言うと、貴俊は大声を上げて泣き始めた。葵はそれを気の毒に、同時に良い事だとも思っていた。彼は夢を見ていたのだ。自分達が相思相愛だという、素敵な夢を。目が覚めたのは、良い事だと思う。世の中には、気付かないまま何百万円という大金を使ってしまう人間も居る。早い段階で終わったのは、幸運かもしれない。
それに、こんな風に大声を出して泣けるなら、まだいい。ヒュウガにしてもそうだが、本当に思いつめると、人は泣かない。そういう状態が一番厄介だ。だから、まだこの人は立ち直れる、と思う。
ただ、それとは関係無く、葵は何故だか、貴俊の様子を見かねていた。
「その……私も人生経験が豊富な方では有りませんので、こんな時、何と言って差しあげれば良いか……」
「いい、いいんだ、聞いてくれるだけで、それだけで」
「……はぁ……」
我ながら情けない、と思う。営業トークはスラスラ出てくるのに、こういう時に慰める言葉の一つも出やしない。恐らく、自分が人として何か欠けているのだろう、と思う。優しさとか呼ばれるものが、自分の中には無いのだ。だから、かける言葉も見つからない。
「俺、俺さ、本当にグズな奴でさ、昔から言われるんだ、頭の悪い出来損ないだって。俺なりに頑張ってるつもりなんだけど、いつも空回りでさ、バカみたいだよ、俺みたいなどうしようもないダメな奴が、人に好かれるなんて、思いこんでさ……」
ふいに葵は、兄の事を思い出した。
兄は優しくて穏やかで、いつも自分なりに努力している人で……そして、結果を出せず、母に叱責されている人だった。葵はその、しょんぼりしょげた背中を良く覚えている。そして兄は、葵に気付くと、泣き出しそうな顔で、それでも優しく微笑んでいた。
葵はたまらず、テーブルの上に置かれていた貴俊の右手を掴んでいた。貴俊がびくりとこちらの顔を見る。その涙で潤んだ眼を見つめて、葵は真剣な顔で言う。セリフは何処からか、勝手に降りてきた。
「宇佐美様は、素晴らしい方です。一人の事をそんな風に思えて、そうして縁が無くなっても、少しも相手の事を悪くはおっしゃらない。とても大切な物をお持ちです。確かに、世の中は要領よく結果を出せる事を良しとして、そうでない事を貶めるでそう。ですが、そうではない方には、その方なりの素晴らしさが有ると、私は思います。認められない事はお辛いでしょうが、私は宇佐美様は素晴らしい方だと、心から思っております。自信を持て……というのは、一店員に言える事ではございませんが、私個人は、その宇佐美様の美しく、掛け替えの無い部分が、こうした形で失われるとしたら、これほど悲しい事は無い、と考えます」
「……東雲さん……」
「少なくとも、宇佐美様は私に無い物を、沢山お持ちです。今回は確かに、失敗したかもしれません、ですが、きっと宇佐美様の魅力が判る方はいらっしゃるはずです。ですから、ご自分を卑下なさらず……宇佐美様は宇佐美様なりに、努力なさっており、そしてその結果は、色々な形で出ておられます。今は気持も落ち込んで、自分を責めたい気持ちは判ります。ですが、何度も申します通り、既に宇佐美様は、得難い物をお持ちなのです。……」
自分で何を言っているのか、よく判らなくなってきた。振って来たセリフもそこまでで、それから何も思いつかなくなり、どうしたものか考えていると、貴俊が葵の手をつかみ返してきた。しかも両手で、ギュッと。
「ありがとう、ありがとう東雲さん、アンタ、本当にいい人だ……」
「い、いえ、私は……」
「正直もうこのまま死んじゃおうかとかも考えたけど……東雲さん、俺もう少し、もう少しだけ、頑張ってみるよ……」
「あ……その……お力添え出来て、何より、です……」
貴俊の手の平の熱さに困惑していると、彼はますます混乱させるような事を言ってきた。
「それでその……俺、相談出来る人って、東雲さんしか居なくて……でも俺、もうお金無いから、仕事の邪魔するのも嫌だし……それで、あの、良かったら、その……これからも、話聞いてもらえないかな、今、自分の事が信用できなくて……だから、連絡、取れるように……メルアドとか……教えて、もらえますか……?」
冗談じゃない。どうして一店員と、一顧客が、個人同士でメルアドを交換したりなんか。俺はそこまで暇人でも善人でもないぞ。
そう言いたかった。しかし、ここで断ったら、何もかも台無しになる気がする。今までの言葉がただの社交辞令と思われてしまったら、時間が無駄になってしまう。それは避けたい。
それに、葵はそれほど貴俊の事を嫌いではなかったし、むしろ、今後貴俊が立ち直れるかどうかが、気がかりではあったわけで。
つまり、葵にはもう、選択肢は残されていなかったのだ。
1/1
そういえば、ヒュウガの奴、今年はあけおめメールとやらをして来なかったな。
葵は携帯の画面を見ながら思った。日付は既に1月1日に変わっている。大晦日も葵は、1人で部屋に居た。特に新年セールも無く、葵の店は12月30日からたっぷり8日にも渡って休みになっている。
毎年、日付が変わってしばらくしたらヒュウガからメールが来る。それに、「よろしく」と短い返事を書いて寝る。それが普通だった。だが今年は一向にメールが来ない。しばらく携帯を眺めて、メールを待っている自分にはたと気付くと、いそいそとベッドに向かった。
リビングの横、葵の寝室はそれなりに散らかっている。服は大体クロゼットの中だったが、壁のハンガーにかけてある物も多い。洗濯待ちの衣類は床に放り投げてある。ベッドの上には、読みかけや読了後の本、サイドテーブルにはいくつかのカップ。窓はずっとカーテンを閉めたままだ。本は整理するのが面倒なので、全て段ボールに放りこんで、部屋の隅に置かれている。足の踏み場は有るものの、リビングとは大違いな部屋だ。
携帯をサイドテーブルに置き、ベッドに潜っても、しばらく寝つけなかった。毎年送って来ていたのに、どうして今年に限って来ないんだ、あぁ今年はきっと厄年って奴だな、何で俺がこんなに悩まなくちゃいけない、こういうしがらみの無いような生き方をして来たのに。頭の中で延々と文句を言っていたから、ますます寝つけず、結局葵は昼過ぎまで目を覚まさなかった。
ふと目が覚めたので、そのまま起きる事にした。寝起きの回らない頭で携帯を手に取ると、13時を少し過ぎたぐらいで、メールはやはり来ていない。それを意識している事に一つ溜息を吐いて、シャワーに向かった。
元旦だというのに、いつも通りの朝。ただ、少し気になる事の多い朝だ。
メールをよこさないということは、送れない状態だという事だ。アイツも正月は実家に帰ったりはしていないみたいだし、風邪でも引いて寝込んでいるのか、何か有ったのか、忘れてるだけなのか、それとも……例の樹とかいう奴と一緒にでもいるのか。
無粋な事まで考え始めて、嫌になる。熱いシャワーを頭から浴びて、何もかも考えないようにしようとするが、ますますあれこれ考えるばかりだ。不愉快でたまらない。ワシャワシャと乱暴に髪を洗う。
シャワーを終えて髪を乾かしながら携帯を見ると、メールが一通入っている。ヒュウガか、と思って開くと、それは貴俊からのメールだった。やたら顔文字の入ったファンシーなもので、要するに「これから初詣に一緒に行きませんか」と誘っているようだった。
初詣。葵は少し考える。毎年、この時間にはヒュウガがやってきて、初詣に付き合わされたものだ。葵は全くそういう慣習的なことに興味が無いから、あくまで付き合っていただけだ。だが、今年はその誘いも無い。いつもしていた事をしないのは、落ち着かない。それこそが慣習なのだとは思ったが、どうにも気分が悪い。このまま家に居ても、ロクな事は考えないだろう。
大体、確認しようにも、葵はヒュウガの現在の自宅を知らないし、また葵からメールを送った事も無い。今更様子を確かめるわけにもいかなかった。少なくとも、葵にとっては。
気晴らしになるかもしれない。葵はそう思って、貴俊に了承の返事をした。
貴俊は初詣に良い神社を知らない、と言うから、いつもヒュウガと行っていた神社に行く事を提案した。少し山を登った所に有るそれは、それなりに大きく、かと言って人ごみにまみれる事も無い。境内にはちょっとした屋台も出ているし、利便性もそこそこ。ただ、その神社が何の神を祭っているのかは、知らない。
待ち合わせの14時半に神社に着くと、着物姿の女性や家族連れの人々でそれなりに賑わっている境内に、貴俊の姿を見つけた。「遅れました」と言うと、「いや、俺も今着いたところで」という決まり文句。社会に揉まれてないのに、こういう所はきちんとしているのだな、と思う。
元旦とはいえ、昼間は日差しが有ってそれなりに温かい。葵はいつも通り黒のコートに細身のパンツ、皮靴で、正月ムードにはやや浮いている。貴俊の方は、いつか着ていた若若しいファッションに似たスタイルで、2人で居るとどういう関係なのか判らない雰囲気になった。
とりあえず、拝んでおこうという事になったので、まずはお参りに行く。賽銭箱に小銭を放りこんで隣を見ると、貴俊が何やら必死で拝んでいるので、葵は少し考えて(早く平穏な日々が訪れますように)とそれだけ考えて拝んでおいた。さて、その時点で目的は達しているが、しかしそのまま別れるのもおかしい。屋台で何か買うか、という話になった。
境内にはベンチが幾つか設けてあったので、貴俊に確保してもらって葵が屋台に、と思ったのだが、「いや、誘ったのはこっちだから!」と葵をベンチに座らせて、屋台に走って行った。まあ、それもそうか、と放っておいて、携帯を見る。
ようやっとヒュウガからメールが来ていた。
『あけましておめでとうございます、先輩! 今年もよろしくお願いします! メール遅れてごめんなさい、今年は初詣はムリそうです、ごめんなさい』
少し考えて返事。
『よろしく。ムリって、体壊してるとか無いだろうな?』
心配しているような返事だ。少し悩んだが、とりあえず送った。彼も知人が少ないから、本当に寝込んでいたら大変だろうからだ。
ややして、返事。
『大丈夫です、ちょっと用事が有って、でも大丈夫です』
何故二回言ったのか。大事な事だからか。
なんだか変だ。妙だ。不信感を持ちながらも、それを問いただすのも面倒で、返事をするのはやめた。ちょうどその頃になって、貴俊が食べ物を持ってやってくる。餅やら大福やら、大判焼きやら……甘い物ばかりだ。それと、温かい缶コーヒー。
「……甘い物、好きなんですか?」
礼を言って受け取りながら尋ねると、「いやあ、そういうわけでもないんだけども」と困ったように答える。
「東雲さんが何が好きで嫌いか、判らなかったから、とりあえず無難に……と考えていたら、こうなってしまったわけで……」
「そうですか……私はなんでも食べられますからね。いただきます」
2人してベンチでモソモソとまんじゅうを食べる。周りはカップルやら家族連れやらばかりだ。正月とあって、全体にお幸せそうなムードが漂っている。それを見ながら、先日フラれたばかりの客と、悩みごとでいっぱいの店員が、まんじゅうを食べている。
なんともバカらしい。葵はそう思いつつ、貴俊を見た。貴俊はニコニコしている。
「いやあ、よかった。久しぶりだよ、初詣に来るなんて。一人で行くのも寂しいから、ずっと行ってなかったんだよね」
「そうですか……私はいつもは知人と来るのですが……今年は呼ばれませんでしたね」
「あ、そうだったんだ……………………あの………………恋人、とか?」
「まさか。ただの知り合いです。そういう関係の人間は、今は居ません」
「あ、そ、そうなんだ……意外だなあ、東雲さんはその……モテそうなのに……」
よく言われる。葵は苦笑して、缶コーヒーのタブを開いた。
「私は、人に好かれる人間ではありませんからね」
「え……いや、そんな事……だって……こんなに優しくしてくれるし、」
「それは……宇佐美様はお客様ですし……」
「あ、そ、その、宇佐美様、っていうの、よしてくれないかな、なんだか気恥かしくて……」
「はあ……では、宇佐美さん?」
そう名を呼ぶと、貴俊は何故だか一瞬黙って、それから「うん」と何故だか頷いた。
「……?」
「あ、えっと、じゃあ、その、えっと、俺はその……あ、葵さん、って呼んでも、いいかな?」
「はあ……それは構いませんが」
「あ、ありがとう、うん、えっと、葵さんはその……自分に自信が無いの?」
「自信……ですか。難しいですね、有ったように思いますが、今は少し無いですかね……」
「何か、……有ったの?」
まあ、あんたの事とか。葵はそう思いつつ、「特には無いのですがね」と答えて、コーヒーを一口。まだ少し熱い。
「ただ、自分は人として大事な物はいくつか、持ち合わせていないように思っています。優しいとか、親切とか……そういう言葉は、仕事上で受ける評価ですが、私個人は決してそのような人間ではありませんし……ですから、人に好かれたりはしないと思います。それもあって、宇佐美さんは素晴らしい物を持っていると思っていますよ。私には決して無い物をお持ちだと、思っています」
「……いや……、いや、たぶんそれは違うよ、葵さん」
貴俊が言うので葵を見る。貴俊は悩むように、つっかえつっかえ声を出す。
「だってその、なんて言うか、ほら、同じ店員さんでも、コンビニの人とかは、ニコリともしてくれないし、人によってどれぐらいサービスしてくれるかって違うから、それがたとえ仕事だとしても、本人の人柄って確かに出て来ると思うんだ。葵さんは店員として俺とこうして付き合ってくれてるのかもしれないけど、でも、普通ならここまでしてくれないと思うんだ。客が落ち込んでどうなろうと、知ったこっちゃないだろうし、それにこんな風に付き合ってくれたりもしないと思う」
「はぁ……まあ、そうかもしれませんね」
「だけど葵さんはこうして一緒に話してくれて……それって、きっと葵さん自身が気付いてないだけで、すごく……すごく、素晴らしい事なんじゃないかって思うんだ、上手く言えないけど……」
「そうでしょうか……」
「俺は、そう思う。……思いたい、かもしれないけど」
口下手で、何を言っていいか。そう呟いている貴俊を、少々愛しく感じた。必死に何かを伝えようとしている。だがそれは、きっと貴俊の気のせいだ。自分はそんな人間ではない。
「ありがとうございます、宇佐美さん」
「えっ、あっ、いや、俺は、そんな、何も……」
「私にとって宇佐美さんは、特別なお客様ですよ」
「えっ……う、うん、その……ありがとう」
貴俊は何故だかしどろもどろしている。葵は微笑んで、もう自分の話はせず、貴俊の話を聞くに専念した。
話すべき事は無い。葵は何も持っていないから。貴俊は畑の作物の話をしていた。今は白菜が美味しい、キャベツもいい。春になったらタマネギがたくさん取れる。葵さんにも食べてもらいたい。
貴俊は不思議と自分の話をしているのに、葵の名前をよく出した。気に入られてしまったな、と思う。対面は良いから、割と気に入られる事は多かった。すぐに自分の本性を知って、離れて行ったものだが。
「あの……葵さん、こんな事、言っていいのか判らないけど」
「はい?」
「正月の間、また何回か、会えますかね」
ホラ、正月の間一人って、寂しいじゃないですか。慌てたように貴俊がそう付け足す。ふむ、と葵は少し考える。寂しいなどとは思わないが、家に居ても本を読むぐらいしか用は無いし、第一それにだって集中出来ない。毎年ヒュウガが遊びに着たりもしていたが、それも今年は怪しい。葵は心の中だけで溜息を吐いて、
「はい、大丈夫ですよ」
と、笑顔で答えた。
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