なんかね、今5まで書き進めてるんだけど
正直、5から始めたんでいいんじゃないかなと思い始めてる
正直、5から始めたんでいいんじゃないかなと思い始めてる
「先輩って、生きてて楽しい事とか、有ります?」
いつものように部屋に上がりこみ、ソファにうつ伏せになって本を読んでいたDに突然聞かれて、Bは眉を寄せた。
その日、Bはオフで、部屋に一人で居た。あんまりにもこの変わった後輩――D――が遊びに来たり、泊まりに来たりするものだから、2LDKの部屋を借りたのだが、Dに言わせればモデルハウスのように生活間が無いらしい。とあるマンションの7階で、外界の音もあまり入ってこない。主に外食とインスタント食品で生きているから、部屋には寝に戻るようなものだった。
白い壁紙に天井、リビングにはテーブルが一つに、白いソファが一つ、その上に今はDが寝転がっている。ソファの前には液晶テレビ。少し離れた場所に、Bのパソコンデスクが有る。その椅子に腰かけて、Bは本を読んでいた。あとはその近くに本棚、溢れんばかりの本。後は大体、Dが持ち込んだ雑貨やら生活必需品が、段ボールに放りこんであるぐらいだ。
「あ、ごめんなさい、そういう意味で聞いたんじゃなくて、ですね」
DはBが返事をしないのをどう思ったのか、慌てたように言い直した。
「いつも自分の事は話さないし、別に笑ったりもしないし、……どうなのかなって」
「全然意味は違わないし、そこで自分が嫌われてるんじゃないかとか思わないところが、お前のすごいところだよな」
「えっ? 先輩は僕の事、嫌いじゃないでしょ?」
当たり前の事のように言われて、Bは溜息を吐いてDを見た。
Dは小柄な青年だ。元々身も心も強くない彼は、成人しても細くて背も高くはならなかった。人前では口数も少なく、おどおどしているが、顔立ちはそこそこのものだ。いうなれば、「かわいい」という方向で、だが。
この人見知りの激しい内気な青年とBとは、高校の時からの付き合いだ。Bは一つ年上で、同じ美術部に入っていた。どういう事か、DはBにだけ心を許した。以来、彼はBを追いかけるように同じ大学に進学したり、こうして休みの日が重なると、部屋に上がりこんだしている。そして、Bもまたそれを許している。
「お前、どうして俺との事になると、そんな自信満々なんだ?」
「先輩は特別ですもん」
「ですもん、じゃない。全く、生意気になって。大体なんだ、生きてて楽しいか、とか。どんな意味でも失礼な質問だろ」
「……そう、ですね。……そうでしたね、ごめんなさい……」
急にしおらしくなる。こういう所はやはり内向的だ。心は許していても、心の弱さは変わらない。すぐに落ち込む癖に、言動の選び方が下手なのだ。Bは溜息を吐いて「いや、気にしてない」と言ってやる。全く、こんなに面倒なのに、何故付き合っているのか判らない。
「ただ、その質問はかなり無意味だぞ。そもそも生きてて楽しいなんて、心の底から思えてる奴が居るか判らんしな。確かに俺は人よりも読書が好きで、人に心を許さないし、友人も彼女もいないし、休みの日と言えば家で本を読むだけのクソつまらんクズみたいな人生を送ってるかもしれん」
「そ、そこまでは言ってないです」
「だがな、別に俺は現状に不満は無い。特に寂しいとも思わん。お前こそ、たまの休みに遊びに来る場所がうちしか無いなんて、哀れなもんだぞ。生きてて楽しいか?」
「……なるほど、そう言われてみれば、そうですね……」
「……お前、そこは肯定するところじゃないぞ……」
「え?」
「いや、まあいい。別にそれはいいや」
「え? え? だって、僕も現状に不満は無いですけど……別に生きてて楽しいわけじゃないですし……仕方なく生きてるだけで……」
酷く無気力な会話だな、と思いつつ、Bは「まあ、そうだよな」と言って、また本に目を落とした。
いつもこうだった。リビングで2人、Dは白いソファにうつ伏せになって本を読んだり、テレビを見たり。Bはパソコンデスクの前の椅子にもたれたまま、本を読む。そして時々会話をして、また沈黙を繰り返す。数時間したら食事に行ったり、そのままDが帰ったり、泊まったり。そんな関係だ。
気が合う、というわけでもない。ただDはBを慕っていて、BはDを邪魔には思っていない。その程度の関係で、「友人」でもない。ただ2人は数少ない交流の相手を、お互いに選んだだけ、だ。少なくともBはそう思っている。
「……飯、食いに行くか」
ポツリと呟く。時計を見ると、13時半。本を読んでいると気にならないが、こうして会話をすると集中力が切れて空腹を感じる。特に今日は、やたらDが話しかけてくるので集中出来なかった。食事を作る、という考えは毛頭無い。Dに作らせる、という手は有るが、あいにくBの家の冷蔵庫には大したものは入っていない。何処かに食べに行った方がよほど楽だ。
Dが待ってましたとばかり、本を閉じて起きあがる。そういう仕草は未だに少年のようで、それを少し「かわいい」と思わない事も無い。ただ、本人はそれをコンプレックスに思っているようだから、口には出さない。
「……おごらないからな」
そう言ってBも立ち上がる。Dは「えー」と不満そうな声を上げたが、気にせず本を置くと。、コートを羽織り、さっさと玄関へ向かった。Dも慌てて毛糸のカーディガンを羽織って着いてくる。ファッションセンスまでかわいい寄りなのに、何が「かわいいってホメ言葉じゃないですよね」だ。Bはいつもそう思っているが、やはり口に出さず、黙って家を出る。ナイーブな人間の心は突かないに限る。面倒だから。
「何、食べるんです?」
玄関でもたもたブーツを履きながら、Dが問う。「そうだなぁ」としばらく考えて、「野菜の入ってないもん」と答える。そうしてから、何故自分がそう言ったのか気づいて、少々眉を寄せた。この間の客の事を思い出したのだ。
農家をしていると言っていた。だから、しばらく野菜は見たくない。
何だ、女々しい。Bは溜息を吐いたが、まだモタモタしているDは気づかなかったらしい。「お野菜も食べないと、風邪引いちゃいますよ、先輩。今年の風邪はすごいんですから。うちの職場でも、何人も休んでるんですよ」と喋っている。
「……お前が職場の事話すの、珍しいな」
いつもは話もしないのに。そう思って聞くと、Dはきょとんとした顔でBを見た。ブーツはまだ片方しか履けていない。
「……そう、ですかね?」
「いつも聞いても、「まあ」とか「行ってます」とかしか答えないだろ」
「でしたっけ……」
「……何か職場で良い事でも有ったか?」
なんとなくそんな気がして聞いてみると、「な、何で判るんですか?」と驚かれる。Bはまた溜息を吐いた。そうか、コイツは今日、その話をしに来たのかもしれない。だからやたらに話しかけていたのかも。
「まあいい、話は飯を食いながら聞くから、さっさと履け」
「あ、は、はい、ごめんなさい」
Dは素直にブーツを履いている。Bは少しだけ心が落ち着かないのを感じて首をかしげたが、すぐに気のせいだという事にして、忘れた。
「でも先輩も、仕事の話はあんまりしないですよね。……あ、僕は親子丼定食で」
「……カツ重単品で」
近所の安いファミリーレストランにやって来た。日曜とあって混み合う店内だったが、運良く隅の方の席が取れた。ウェイトレスに注文すると、Dは「先輩相変わらず重たいですよね、細いのに」と言う。「お前のほうがよっぽどだろ」と切り捨てて、先の発言について答える。
「別に仕事の話には、大した内容も無いしな。面白い筈もないし」
「えー、でも先輩、プロ意識半端ないじゃないですか。店先ですっごい笑顔だし、すっごい親切だし、同一人物だとは思えないですよ」
とはいうものの、DはBの現在の仕事ぶりは知らない。高校や大学時代に、文化祭の売り子やバイトをしていた時の事を言っているのだ。実際は、今の方が更にオンオフの差が激しくなっている。ので、面倒だから仕事中に会いたくないので、Dには仕事の事は出来るだけ話さない事にしている。
「何にでも全力で、最高の形で取り組んで結果が出したいだけだ。仕事は仕事だよ、それ自体が楽しいわけあるか。いかに評価されるか、だろ。今の仕事に関して言えば、客が満足して、売り上げが良いって事だ。達成する事は喜ばしいが、それ以上の事は無い」
「先輩、学生の時もすごかったですもんね。成績も良いし、先生からもクラスメイトからも人気が有ったけど……でも友達は居ない感じ」
「友達なんてものの数は、成績にも生活にも関係無いからな」
「うわぁ……今日もクールでドライな先輩、かっこいいです」
嫌味か、と思う時も有るが、Dに関して言えば、恐らく本気でそう言っている。Dは寂しがりの対人恐怖症だ。友人が欲しい、でも怖い、のどっちつかずで、友人が居ない事を開き直れず、かといって人の輪に飛びこめない。だからポリシーの有るBに憧れているのだと思う。憧れるようなモノではない、とBは思っているが。
そうこうしているうちに料理が来た。ファミレスとあって、味の方は可も無く不可も無く、だ。カツ中にはネギもタマネギも入っていたが、まあ我慢して食べる。Dの方は嬉しそうに親子丼を頬張っている。どう考えてもかわいい部類の人間だ。こいつは女に生まれていたら幸せになれたかもな、と時々思った。
「……で、何が有ったんだ?」
「えっ?」
「えっ? じゃないだろ。仕事で良い事有ったんだろ」
「あっ……、その、実は、仕事そのものってわけじゃないんですけど、……仕事の同僚というか、先輩というか……男の人が居るんですけど、その人がとっても良い人で……」
そこから先は聞くんじゃなかったと思う程、半ばのろけ話のような雰囲気になった。料理が冷えるので、何度も、とりあえず食え、と促したが、すぐにまた長話が始まって、結局食事は進まなかった。
要約すると、会社に少々変わった(Dが「変わった」と言うなら、かなり変わっているのだろう)男が居るらしい。Dより年上らしいが、その人物が声をかけてきたのだそうだ。
元々人見知りで引っ込み思案、さらに心身共に弱いのもあって、少し早目の忘年会でも、Dは一人ぼっちだったらしい。酒に弱くて飲めもせず、芸も酌も出来ないDは、する事も無く隅っこで小さくなっていたそうだ。
そこにやって来たのが、その同僚とやら、だ。彼はDに優しく話しかけ、人と話慣れずオドオドモタモタしているDの事も、ちゃんと待ってくれた。Dの話を聞いて、ほほ笑んでくれた。それでDはすっかり、彼に心を許したのだと言う。
何処かで最近聞いたような、と思いつつ黙っていると、その後車で家まで送ってもらったという。「あんな良い人、他に居ないです」「僕、あの人とお近づきになりたくて」と嬉しそうなDを尻目に、Bは考え込む。
他人に優しく出来る人間にも、色々有る。世間知らずなDの言うように、良い人なのかもしれない、仕事上の付き合いや、「良い人」に見られたくてそうする奴も、まして下心が有る奴も。Dのような面倒な人間に、わざわざ絡んでくる奴は、どれでも当てはまりそうだ。
Bは少し悩んだ。Dに忠告すべきかどうか。少しは疑いを持った方がいい、とか、適度に距離を置いた方がいい、とか。だがすぐに止めた。
Dは今、有頂天だ。他人の言う事など、聞きやしないだろう。下手をしたら敵だと思われる。それは困る。言葉が届かなくなったら、何もしてやれない。
そう考えた事自体が以外で、Bはますます眉を寄せた。
「先輩?」
「ああ、いや。……ま、ほどほどに付き合えよ。あんまりグイグイ行ったら、ストーカーみたいになるからな」
「う……が、頑張ります、その、適切な関係……ってのを……」
そう言うDを、Bは見つめる。
こいつは、友人じゃないし、俺はそんなモノに興味は無いし、こいつがどうなろうと、知ったこっちゃないんだ。
そう自分に言い聞かせつつ、それからBは食事に専念した。Dの話に付き合ったおかげで、カツ重は少し冷めていた。
やっぱり他人に関わると、ロクな事が無い。改めてそう思った。
いつものように部屋に上がりこみ、ソファにうつ伏せになって本を読んでいたDに突然聞かれて、Bは眉を寄せた。
その日、Bはオフで、部屋に一人で居た。あんまりにもこの変わった後輩――D――が遊びに来たり、泊まりに来たりするものだから、2LDKの部屋を借りたのだが、Dに言わせればモデルハウスのように生活間が無いらしい。とあるマンションの7階で、外界の音もあまり入ってこない。主に外食とインスタント食品で生きているから、部屋には寝に戻るようなものだった。
白い壁紙に天井、リビングにはテーブルが一つに、白いソファが一つ、その上に今はDが寝転がっている。ソファの前には液晶テレビ。少し離れた場所に、Bのパソコンデスクが有る。その椅子に腰かけて、Bは本を読んでいた。あとはその近くに本棚、溢れんばかりの本。後は大体、Dが持ち込んだ雑貨やら生活必需品が、段ボールに放りこんであるぐらいだ。
「あ、ごめんなさい、そういう意味で聞いたんじゃなくて、ですね」
DはBが返事をしないのをどう思ったのか、慌てたように言い直した。
「いつも自分の事は話さないし、別に笑ったりもしないし、……どうなのかなって」
「全然意味は違わないし、そこで自分が嫌われてるんじゃないかとか思わないところが、お前のすごいところだよな」
「えっ? 先輩は僕の事、嫌いじゃないでしょ?」
当たり前の事のように言われて、Bは溜息を吐いてDを見た。
Dは小柄な青年だ。元々身も心も強くない彼は、成人しても細くて背も高くはならなかった。人前では口数も少なく、おどおどしているが、顔立ちはそこそこのものだ。いうなれば、「かわいい」という方向で、だが。
この人見知りの激しい内気な青年とBとは、高校の時からの付き合いだ。Bは一つ年上で、同じ美術部に入っていた。どういう事か、DはBにだけ心を許した。以来、彼はBを追いかけるように同じ大学に進学したり、こうして休みの日が重なると、部屋に上がりこんだしている。そして、Bもまたそれを許している。
「お前、どうして俺との事になると、そんな自信満々なんだ?」
「先輩は特別ですもん」
「ですもん、じゃない。全く、生意気になって。大体なんだ、生きてて楽しいか、とか。どんな意味でも失礼な質問だろ」
「……そう、ですね。……そうでしたね、ごめんなさい……」
急にしおらしくなる。こういう所はやはり内向的だ。心は許していても、心の弱さは変わらない。すぐに落ち込む癖に、言動の選び方が下手なのだ。Bは溜息を吐いて「いや、気にしてない」と言ってやる。全く、こんなに面倒なのに、何故付き合っているのか判らない。
「ただ、その質問はかなり無意味だぞ。そもそも生きてて楽しいなんて、心の底から思えてる奴が居るか判らんしな。確かに俺は人よりも読書が好きで、人に心を許さないし、友人も彼女もいないし、休みの日と言えば家で本を読むだけのクソつまらんクズみたいな人生を送ってるかもしれん」
「そ、そこまでは言ってないです」
「だがな、別に俺は現状に不満は無い。特に寂しいとも思わん。お前こそ、たまの休みに遊びに来る場所がうちしか無いなんて、哀れなもんだぞ。生きてて楽しいか?」
「……なるほど、そう言われてみれば、そうですね……」
「……お前、そこは肯定するところじゃないぞ……」
「え?」
「いや、まあいい。別にそれはいいや」
「え? え? だって、僕も現状に不満は無いですけど……別に生きてて楽しいわけじゃないですし……仕方なく生きてるだけで……」
酷く無気力な会話だな、と思いつつ、Bは「まあ、そうだよな」と言って、また本に目を落とした。
いつもこうだった。リビングで2人、Dは白いソファにうつ伏せになって本を読んだり、テレビを見たり。Bはパソコンデスクの前の椅子にもたれたまま、本を読む。そして時々会話をして、また沈黙を繰り返す。数時間したら食事に行ったり、そのままDが帰ったり、泊まったり。そんな関係だ。
気が合う、というわけでもない。ただDはBを慕っていて、BはDを邪魔には思っていない。その程度の関係で、「友人」でもない。ただ2人は数少ない交流の相手を、お互いに選んだだけ、だ。少なくともBはそう思っている。
「……飯、食いに行くか」
ポツリと呟く。時計を見ると、13時半。本を読んでいると気にならないが、こうして会話をすると集中力が切れて空腹を感じる。特に今日は、やたらDが話しかけてくるので集中出来なかった。食事を作る、という考えは毛頭無い。Dに作らせる、という手は有るが、あいにくBの家の冷蔵庫には大したものは入っていない。何処かに食べに行った方がよほど楽だ。
Dが待ってましたとばかり、本を閉じて起きあがる。そういう仕草は未だに少年のようで、それを少し「かわいい」と思わない事も無い。ただ、本人はそれをコンプレックスに思っているようだから、口には出さない。
「……おごらないからな」
そう言ってBも立ち上がる。Dは「えー」と不満そうな声を上げたが、気にせず本を置くと。、コートを羽織り、さっさと玄関へ向かった。Dも慌てて毛糸のカーディガンを羽織って着いてくる。ファッションセンスまでかわいい寄りなのに、何が「かわいいってホメ言葉じゃないですよね」だ。Bはいつもそう思っているが、やはり口に出さず、黙って家を出る。ナイーブな人間の心は突かないに限る。面倒だから。
「何、食べるんです?」
玄関でもたもたブーツを履きながら、Dが問う。「そうだなぁ」としばらく考えて、「野菜の入ってないもん」と答える。そうしてから、何故自分がそう言ったのか気づいて、少々眉を寄せた。この間の客の事を思い出したのだ。
農家をしていると言っていた。だから、しばらく野菜は見たくない。
何だ、女々しい。Bは溜息を吐いたが、まだモタモタしているDは気づかなかったらしい。「お野菜も食べないと、風邪引いちゃいますよ、先輩。今年の風邪はすごいんですから。うちの職場でも、何人も休んでるんですよ」と喋っている。
「……お前が職場の事話すの、珍しいな」
いつもは話もしないのに。そう思って聞くと、Dはきょとんとした顔でBを見た。ブーツはまだ片方しか履けていない。
「……そう、ですかね?」
「いつも聞いても、「まあ」とか「行ってます」とかしか答えないだろ」
「でしたっけ……」
「……何か職場で良い事でも有ったか?」
なんとなくそんな気がして聞いてみると、「な、何で判るんですか?」と驚かれる。Bはまた溜息を吐いた。そうか、コイツは今日、その話をしに来たのかもしれない。だからやたらに話しかけていたのかも。
「まあいい、話は飯を食いながら聞くから、さっさと履け」
「あ、は、はい、ごめんなさい」
Dは素直にブーツを履いている。Bは少しだけ心が落ち着かないのを感じて首をかしげたが、すぐに気のせいだという事にして、忘れた。
「でも先輩も、仕事の話はあんまりしないですよね。……あ、僕は親子丼定食で」
「……カツ重単品で」
近所の安いファミリーレストランにやって来た。日曜とあって混み合う店内だったが、運良く隅の方の席が取れた。ウェイトレスに注文すると、Dは「先輩相変わらず重たいですよね、細いのに」と言う。「お前のほうがよっぽどだろ」と切り捨てて、先の発言について答える。
「別に仕事の話には、大した内容も無いしな。面白い筈もないし」
「えー、でも先輩、プロ意識半端ないじゃないですか。店先ですっごい笑顔だし、すっごい親切だし、同一人物だとは思えないですよ」
とはいうものの、DはBの現在の仕事ぶりは知らない。高校や大学時代に、文化祭の売り子やバイトをしていた時の事を言っているのだ。実際は、今の方が更にオンオフの差が激しくなっている。ので、面倒だから仕事中に会いたくないので、Dには仕事の事は出来るだけ話さない事にしている。
「何にでも全力で、最高の形で取り組んで結果が出したいだけだ。仕事は仕事だよ、それ自体が楽しいわけあるか。いかに評価されるか、だろ。今の仕事に関して言えば、客が満足して、売り上げが良いって事だ。達成する事は喜ばしいが、それ以上の事は無い」
「先輩、学生の時もすごかったですもんね。成績も良いし、先生からもクラスメイトからも人気が有ったけど……でも友達は居ない感じ」
「友達なんてものの数は、成績にも生活にも関係無いからな」
「うわぁ……今日もクールでドライな先輩、かっこいいです」
嫌味か、と思う時も有るが、Dに関して言えば、恐らく本気でそう言っている。Dは寂しがりの対人恐怖症だ。友人が欲しい、でも怖い、のどっちつかずで、友人が居ない事を開き直れず、かといって人の輪に飛びこめない。だからポリシーの有るBに憧れているのだと思う。憧れるようなモノではない、とBは思っているが。
そうこうしているうちに料理が来た。ファミレスとあって、味の方は可も無く不可も無く、だ。カツ中にはネギもタマネギも入っていたが、まあ我慢して食べる。Dの方は嬉しそうに親子丼を頬張っている。どう考えてもかわいい部類の人間だ。こいつは女に生まれていたら幸せになれたかもな、と時々思った。
「……で、何が有ったんだ?」
「えっ?」
「えっ? じゃないだろ。仕事で良い事有ったんだろ」
「あっ……、その、実は、仕事そのものってわけじゃないんですけど、……仕事の同僚というか、先輩というか……男の人が居るんですけど、その人がとっても良い人で……」
そこから先は聞くんじゃなかったと思う程、半ばのろけ話のような雰囲気になった。料理が冷えるので、何度も、とりあえず食え、と促したが、すぐにまた長話が始まって、結局食事は進まなかった。
要約すると、会社に少々変わった(Dが「変わった」と言うなら、かなり変わっているのだろう)男が居るらしい。Dより年上らしいが、その人物が声をかけてきたのだそうだ。
元々人見知りで引っ込み思案、さらに心身共に弱いのもあって、少し早目の忘年会でも、Dは一人ぼっちだったらしい。酒に弱くて飲めもせず、芸も酌も出来ないDは、する事も無く隅っこで小さくなっていたそうだ。
そこにやって来たのが、その同僚とやら、だ。彼はDに優しく話しかけ、人と話慣れずオドオドモタモタしているDの事も、ちゃんと待ってくれた。Dの話を聞いて、ほほ笑んでくれた。それでDはすっかり、彼に心を許したのだと言う。
何処かで最近聞いたような、と思いつつ黙っていると、その後車で家まで送ってもらったという。「あんな良い人、他に居ないです」「僕、あの人とお近づきになりたくて」と嬉しそうなDを尻目に、Bは考え込む。
他人に優しく出来る人間にも、色々有る。世間知らずなDの言うように、良い人なのかもしれない、仕事上の付き合いや、「良い人」に見られたくてそうする奴も、まして下心が有る奴も。Dのような面倒な人間に、わざわざ絡んでくる奴は、どれでも当てはまりそうだ。
Bは少し悩んだ。Dに忠告すべきかどうか。少しは疑いを持った方がいい、とか、適度に距離を置いた方がいい、とか。だがすぐに止めた。
Dは今、有頂天だ。他人の言う事など、聞きやしないだろう。下手をしたら敵だと思われる。それは困る。言葉が届かなくなったら、何もしてやれない。
そう考えた事自体が以外で、Bはますます眉を寄せた。
「先輩?」
「ああ、いや。……ま、ほどほどに付き合えよ。あんまりグイグイ行ったら、ストーカーみたいになるからな」
「う……が、頑張ります、その、適切な関係……ってのを……」
そう言うDを、Bは見つめる。
こいつは、友人じゃないし、俺はそんなモノに興味は無いし、こいつがどうなろうと、知ったこっちゃないんだ。
そう自分に言い聞かせつつ、それからBは食事に専念した。Dの話に付き合ったおかげで、カツ重は少し冷めていた。
やっぱり他人に関わると、ロクな事が無い。改めてそう思った。
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