ようやっとちゅーまできたぞ。
「ほ~らもう、若、何回言ったら判るの、飲み過ぎちゃダメだっていつも言ってるでしょ、本当に」
ぐったりした従兄を支えて歩きながら、馬岱は文句を言った。言われているほうはブツブツと何事か呟いてるが、特に反応しない。馬岱は溜息を吐いて、彼を引きずる。
いつもこうだ。馬岱は酒に強いという程でもないが、飲み方を心得ている。自分を失うほどに酔ったりはしないし、ましてや誰かに介助されなくてはいけない事にもならない。少なくとも、長い人生を送っているうちには、その加減が判ろうというものだ。それが従兄は一向に出来ない。
蜀帝劉禅が開いた酒宴。皆、たまの贅沢とはめを外したから、他にも前後不覚になった者は多く居た。けれど馬岱は相変わらず自制していたので、結局また介抱する側になった。
従兄を部屋まで連れて行き、四苦八苦して服を脱がして、寝台に放り込んだ。何か言っていたが、「はいはい」とそれだけ答えて布団を被せ、部屋を後にする。
全くいい年なんだから、そろそろしっかりしてもらいたいもんだよ。
そんな事を考えながら歩いていると。
「…坊や?」
廊下にうつ伏せている夏侯覇を見つけた。
「ぼ、坊や、ちょっと、何してるの、大丈夫?」
「……床が冷たくて気持ちぃい……」
夏侯覇がそう呟く。馬岱は呆れた。
「君もなの? もう……ほら、部屋に帰るよ、ね!」
「ん……おっちゃん、俺まだ飲み足りない……」
「これ以上飲んだら辛い事になるって。この辺で我慢しておいた方が身の為だよ」
床に倒れた夏侯覇を抱き起こし、彼の部屋に運んで行く。小柄なので、従兄に比べれば随分楽だった。しかしこちらはまだ少々理性が残っているのか、抵抗をする。
「ほら、皺になっちゃいけないから、着替えて寝ないと。脱がすから良い子にしててよ」
「寝ない、俺、寝ない」
「はいはい、……これかな……はい、これ着て、いい子でお布団に入るんだよ」
部屋着とおぼしき服を引っ張り出して、強引に着せる。何やらむずがっていたが、聞き入れなかった。そのまま布団の中に押し込んで、「おやすみ坊や」と去ろうとして、腰布を引っ張られたものだから、前のめりになってしまった。
見れば夏侯覇が腰布をぎゅっと掴んで、恨めしそうな眼でこちらを見ている。
「あのねぇ……放してくれないかな」
「やだ」
「やだってねぇ、子供じゃないんだから……」
「俺の話も聞いてよ」
「いつも聞いてるよぉ」
「聞いてない! ちっとも聞いてねぇよ!」
がばぁ、と上半身を起こして、夏侯覇が怒鳴る。あぁこの子は酔うと怒る子なのかなあ、と馬岱は溜息を吐いた。
「判った、判ったよ、じゃあ聞くよ。何が言いたいんだい」
「……俺、おっちゃんが好きだ」
「ありがとねぇ。俺も君が好きだよ」
「すげぇ好きなの。大好きなんだ」
「うん、うん。俺もそうだよ」
「違う! 全然判ってない!」
また急に怒り出して、馬岱は困ってしまった。こういう何を言っても通じない人間を相手にするのは従兄で慣れているが、それでも困るものは困る。従兄の場合「それが正義だよね」とでも言っておけば落ち着いたものだが、今回ばかりはそうもいかない。
「一体何なんだい、すまないけど、俺にはよく判らないよ」
「なら、判らせてやる」
「判らせてやるって、物騒な、ちょ、ちょっと、待っ」
むぎゅうと顔を掴まれて、ぎょっとした次の瞬間には口付けられていた。一瞬頭が真っ白になって、それから必死で考えを巡らせる。違う、と言ったのは、好きの種類の事だろう。過去に好きと言われた事が有ったろうか、それを軽く流したから、怒っていたのかもしれない。何せよ、この状況は良くない。大変良くない。
「――っ、坊や、坊やあのね、」
「また坊や! 判ってんだ、おっちゃん俺の事、手のかかる餓鬼だとしか思ってないんだぜ、そりゃ俺ちょっと見た目若いかもしんないけど、もうそんな年じゃないし、すっげー好きだし、本気だし、でもおっちゃんは他に愛してる人が居るんっしょ、知ってんだ、なら俺もういい、もういいけどなんかすげー苦しいから飲む! 酒飲む!」
「これ以上飲んじゃだーめー! ……あーもう、なんで今度は泣いてるの。ほら、いい子だから落ち着いて」
ぼろぼろと涙までこぼし始めた。これはかなり厄介な類の酔い方だなあと思いつつ、頭を撫でてやる。
「判った、君の言いたい事は大体判ったよ。でもね、その、愛してる人が居るっていうのは、ちょっと誤解だからね。そりゃ若の為なら命も捨てるけど、だからって君の思っているような関係って言うほどの……。なんていうか、だからね、その、いいかい、俺も君の事は大好きなのよ」
「……ぅー……」
「でもね、今はすごく急に言われて、ちょっと俺も驚いてるし、なにより君は今、すっかり酔っ払ってるだろう? だから少し時間を置くのが、お互いの為だと思うんだよ。ね、だから今日のところは、っ、ちょっ、あ、あのね!」
ぎゅうと抱き付いて、また口付けようとしてくる夏侯覇をなんとか布団に押し戻す。彼は不服そうな顔をしていたが、「いい子だから、お願いだよ」と頭を撫でる。
「言ったでしょ、俺は居なくなったりしないんだから。ね、大丈夫、時間は有るんだから、明日にでも、もう一度この話を、ちゃんと素面でしておくれよ。それまでに俺も考えておくから」
「……」
夏侯覇は特に返事をしないまま、いつの間にやら眠りに落ちていた。やれやれ、と布団をかけてやり、脱がせた服を畳んでから、彼の部屋を後にする。
参ったなあ。馬岱の感想は、第一にそれだった。確かに彼に優しくして、甘やかしていたとは思う。だからといって、特に下心が有ったわけでもない。放っておけなかっただけだ。
馬岱自身は同性との経験も無いわけでもないし、夏侯覇の事も抱こうと思えば抱けるだろうとは思う。ただ彼は、長く人を心から愛するという事をしていない。多くを失う過程で、少々疲れてしまったのだ。愛する人を失うのが怖いから、心から愛する事をしなくなった。そういう自分が、まだ若い夏侯覇に手を出すのは、いかがなものかと思うのだ。
今はまだ、この国に来たばかりで知り合いも居ないし、優しくしたから懐いているというだけで、恐らくは一時の気の迷いという部類のものだろう。やがて女に恋でもして、子を作ったりもするのだろうし、ここで手を出すのは良い事では無い。
馬岱はそういう結論を出した。少なくとも、その時は。
実際、翌日になっても夏侯覇は同じ話を出さなかった。というよりは、そのような話が有った事自体、嘘のようにいつも通りだった。つまり、酔った勢いでなければ言えない事や、出来ない事だったのだ。なら、そっとしておいたほうがいい。馬岱はそう思っていたから、蒸し返しもしなかった。
ただあちらが本気で求めて来るなら、それに答える気持ちにはなった。馬岱も夏侯覇の事を嫌いではない。むしろ好きなほうだ。本気でそれを望まれるなら、応えたいと思う。ただ、自分からそれを望むような事はしなかった。時間が有るのだから、ゆっくり待てばいい。馬岱はそう思っていた。
少なくとも、この時は。
+++
たぶん次が一番暗くなるのかなあ。
ぐったりした従兄を支えて歩きながら、馬岱は文句を言った。言われているほうはブツブツと何事か呟いてるが、特に反応しない。馬岱は溜息を吐いて、彼を引きずる。
いつもこうだ。馬岱は酒に強いという程でもないが、飲み方を心得ている。自分を失うほどに酔ったりはしないし、ましてや誰かに介助されなくてはいけない事にもならない。少なくとも、長い人生を送っているうちには、その加減が判ろうというものだ。それが従兄は一向に出来ない。
蜀帝劉禅が開いた酒宴。皆、たまの贅沢とはめを外したから、他にも前後不覚になった者は多く居た。けれど馬岱は相変わらず自制していたので、結局また介抱する側になった。
従兄を部屋まで連れて行き、四苦八苦して服を脱がして、寝台に放り込んだ。何か言っていたが、「はいはい」とそれだけ答えて布団を被せ、部屋を後にする。
全くいい年なんだから、そろそろしっかりしてもらいたいもんだよ。
そんな事を考えながら歩いていると。
「…坊や?」
廊下にうつ伏せている夏侯覇を見つけた。
「ぼ、坊や、ちょっと、何してるの、大丈夫?」
「……床が冷たくて気持ちぃい……」
夏侯覇がそう呟く。馬岱は呆れた。
「君もなの? もう……ほら、部屋に帰るよ、ね!」
「ん……おっちゃん、俺まだ飲み足りない……」
「これ以上飲んだら辛い事になるって。この辺で我慢しておいた方が身の為だよ」
床に倒れた夏侯覇を抱き起こし、彼の部屋に運んで行く。小柄なので、従兄に比べれば随分楽だった。しかしこちらはまだ少々理性が残っているのか、抵抗をする。
「ほら、皺になっちゃいけないから、着替えて寝ないと。脱がすから良い子にしててよ」
「寝ない、俺、寝ない」
「はいはい、……これかな……はい、これ着て、いい子でお布団に入るんだよ」
部屋着とおぼしき服を引っ張り出して、強引に着せる。何やらむずがっていたが、聞き入れなかった。そのまま布団の中に押し込んで、「おやすみ坊や」と去ろうとして、腰布を引っ張られたものだから、前のめりになってしまった。
見れば夏侯覇が腰布をぎゅっと掴んで、恨めしそうな眼でこちらを見ている。
「あのねぇ……放してくれないかな」
「やだ」
「やだってねぇ、子供じゃないんだから……」
「俺の話も聞いてよ」
「いつも聞いてるよぉ」
「聞いてない! ちっとも聞いてねぇよ!」
がばぁ、と上半身を起こして、夏侯覇が怒鳴る。あぁこの子は酔うと怒る子なのかなあ、と馬岱は溜息を吐いた。
「判った、判ったよ、じゃあ聞くよ。何が言いたいんだい」
「……俺、おっちゃんが好きだ」
「ありがとねぇ。俺も君が好きだよ」
「すげぇ好きなの。大好きなんだ」
「うん、うん。俺もそうだよ」
「違う! 全然判ってない!」
また急に怒り出して、馬岱は困ってしまった。こういう何を言っても通じない人間を相手にするのは従兄で慣れているが、それでも困るものは困る。従兄の場合「それが正義だよね」とでも言っておけば落ち着いたものだが、今回ばかりはそうもいかない。
「一体何なんだい、すまないけど、俺にはよく判らないよ」
「なら、判らせてやる」
「判らせてやるって、物騒な、ちょ、ちょっと、待っ」
むぎゅうと顔を掴まれて、ぎょっとした次の瞬間には口付けられていた。一瞬頭が真っ白になって、それから必死で考えを巡らせる。違う、と言ったのは、好きの種類の事だろう。過去に好きと言われた事が有ったろうか、それを軽く流したから、怒っていたのかもしれない。何せよ、この状況は良くない。大変良くない。
「――っ、坊や、坊やあのね、」
「また坊や! 判ってんだ、おっちゃん俺の事、手のかかる餓鬼だとしか思ってないんだぜ、そりゃ俺ちょっと見た目若いかもしんないけど、もうそんな年じゃないし、すっげー好きだし、本気だし、でもおっちゃんは他に愛してる人が居るんっしょ、知ってんだ、なら俺もういい、もういいけどなんかすげー苦しいから飲む! 酒飲む!」
「これ以上飲んじゃだーめー! ……あーもう、なんで今度は泣いてるの。ほら、いい子だから落ち着いて」
ぼろぼろと涙までこぼし始めた。これはかなり厄介な類の酔い方だなあと思いつつ、頭を撫でてやる。
「判った、君の言いたい事は大体判ったよ。でもね、その、愛してる人が居るっていうのは、ちょっと誤解だからね。そりゃ若の為なら命も捨てるけど、だからって君の思っているような関係って言うほどの……。なんていうか、だからね、その、いいかい、俺も君の事は大好きなのよ」
「……ぅー……」
「でもね、今はすごく急に言われて、ちょっと俺も驚いてるし、なにより君は今、すっかり酔っ払ってるだろう? だから少し時間を置くのが、お互いの為だと思うんだよ。ね、だから今日のところは、っ、ちょっ、あ、あのね!」
ぎゅうと抱き付いて、また口付けようとしてくる夏侯覇をなんとか布団に押し戻す。彼は不服そうな顔をしていたが、「いい子だから、お願いだよ」と頭を撫でる。
「言ったでしょ、俺は居なくなったりしないんだから。ね、大丈夫、時間は有るんだから、明日にでも、もう一度この話を、ちゃんと素面でしておくれよ。それまでに俺も考えておくから」
「……」
夏侯覇は特に返事をしないまま、いつの間にやら眠りに落ちていた。やれやれ、と布団をかけてやり、脱がせた服を畳んでから、彼の部屋を後にする。
参ったなあ。馬岱の感想は、第一にそれだった。確かに彼に優しくして、甘やかしていたとは思う。だからといって、特に下心が有ったわけでもない。放っておけなかっただけだ。
馬岱自身は同性との経験も無いわけでもないし、夏侯覇の事も抱こうと思えば抱けるだろうとは思う。ただ彼は、長く人を心から愛するという事をしていない。多くを失う過程で、少々疲れてしまったのだ。愛する人を失うのが怖いから、心から愛する事をしなくなった。そういう自分が、まだ若い夏侯覇に手を出すのは、いかがなものかと思うのだ。
今はまだ、この国に来たばかりで知り合いも居ないし、優しくしたから懐いているというだけで、恐らくは一時の気の迷いという部類のものだろう。やがて女に恋でもして、子を作ったりもするのだろうし、ここで手を出すのは良い事では無い。
馬岱はそういう結論を出した。少なくとも、その時は。
実際、翌日になっても夏侯覇は同じ話を出さなかった。というよりは、そのような話が有った事自体、嘘のようにいつも通りだった。つまり、酔った勢いでなければ言えない事や、出来ない事だったのだ。なら、そっとしておいたほうがいい。馬岱はそう思っていたから、蒸し返しもしなかった。
ただあちらが本気で求めて来るなら、それに答える気持ちにはなった。馬岱も夏侯覇の事を嫌いではない。むしろ好きなほうだ。本気でそれを望まれるなら、応えたいと思う。ただ、自分からそれを望むような事はしなかった。時間が有るのだから、ゆっくり待てばいい。馬岱はそう思っていた。
少なくとも、この時は。
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たぶん次が一番暗くなるのかなあ。
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