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めでぃのくの日記
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2025-01-19 (Sun)
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2011-05-04 (Wed)
 前回の続き。相変わらずくっつくまでを追うのがなかなか長い。

「……あ、……あれ?」

 眼の前の青年が目を丸くするのを、馬岱は少し愉快な気持ちで見ていた。

「肉まんの、おっちゃん……?」

 幼く見える丸い眼が、更に見開かれるものだから、まるで子供のようにも見える。馬岱はにっこりとほほ笑んで、「その節はどうも」と挨拶をした。

「夏侯将軍とは知らず、ご無礼を。俺は馬岱と申します。この度の戦では共に戦う事に――」

「い、や、いやいやいや、その……」

 真面目ぶっていると、夏侯覇は焦ったように首を振る。

「俺はその……夏侯仲権だけど、その、……そんな、丁寧にしてもらう事無いから! 別にそんな、敬意とか、いいし――」

「……そーお? なら俺も気楽にしちゃうよ? 久しぶりだねえ、坊や!」

 ぱぁあ、と音でもしそうなくらいに笑んで態度を変えると、また夏侯覇は困惑していたが、ややして少々むっとした表情を浮かべた。どうも、からかった事がばれたらしい。

「坊やって、……俺、そんな年じゃないよ」

「俺だって、おっちゃんなんて年じゃないさ。これでお相子って奴だよ」

「……」

 む、としていた夏侯覇だったが、やがて一つ溜息を吐いて、笑う。

「にしても、おっちゃんが将だなんてさ。ただのお人好しのおっさんだと思ってたぜ。こんな所で再会するなんて、思わなかった」

「俺も君の事は、小さな坊やだと思ってたよ?」

「……いやいやいや、それはないっしょ。……ま、それはいいとして……」

 夏侯覇は机上の地図に目を落とす。明日にも魏との戦いが始まろうとしている。二人は蜀の陣中に居た。とてもそうは思えないような雰囲気で再会してしまったが。今回の戦で共に戦う将として、二人は会っているのだ。

「今回の戦いでいいとこみせないと、俺も色々まずいんだよね。俺も頑張るけど、おっちゃんも協力してくれよな」

 うんうん、と軽く返事をしながら、馬岱も地図を見降ろす。これが蜀に来て初めての戦のはずだ。もしここで戦果を出せなければ、やはり縁戚を頼って逃げ伸びた腑抜け、という汚名を拭えないという事になる。安住の地を手に入れられるか否かは、この戦いにかかっているのだろう。

「ちゃんと笑えるようにならないと、いけないからねえ」

 ぽつりと言えば、夏侯覇はきょとんとした後で、苦い笑いを洩らす。

「あー、おっちゃんにはみっともないとこ、見られちゃったんだよな。でもさ、あれはいつもの俺じゃないから。いつも明るいのが俺、だし!」

 アハハ、と明るく笑う夏侯覇に、馬岱は少々苦い気持ちになる。笑顔の下に隠しているものが有るのは同じだ。おっちゃんと呼ばれるのは少々不服だが、確かに彼よりは生きている時間も長いから、余計に判る。眼の前の青年が自分程上手く、本気で笑えているわけではないという事が。

「無理は禁物、だよ? 辛い時はそう言っちゃえば良いの。俺じゃなんなら、肉まんのおっちゃんが聞いてあげるよ」

「……はは。おっちゃんには、お礼しなきゃいけないっしょ。これ以上迷惑はかけらんないって」

 それに俺、無理なんてしてないから、さ。夏侯覇が笑う。

 それを無理だと言うのだ、と馬岱は心の中だけで言った。




 相手はかつての故郷である、魏であり、かつての盟友達で。

 戦自体が負け戦なのだから、活躍したからと言って、勝てるようなものでもなくて。

 亡き劉備と諸葛亮への弔い。それだけの為のような戦は、それ自体が悲しいだけだけれど。

 夏侯覇は尽力したほうだろう。総大将の撤退も上手く補佐したし、兵の被害も殆ど出さなかった。

 だから蜀の者達も、夏侯覇を悪くを言わなくはなるだろう。少なくとも、無暗やたらには。

 けれど、それで終わる事では、ないのだ。




 肉まんを二つ、袋に入れて。馬岱は夏侯覇の部屋を訪れた。彼の部屋に行くのは初めてで、女中達に聞いて回って、やっと辿り着いた頃には、既に少々日が傾き始めていた。

 戦から帰った翌日の事だ。少々疲れていたが、馬岱はどことなく気になって、夏侯覇を訪ねる事にした。気のせいならそれで良いのだ。共に肉まんを食べて、とりとめの無い話しでもして、別れればそれで良い。

 けれど夏侯覇の様子は、思った通り少々おかしかった。

 戸を叩いても返事が無いので、そっと開いて中に入る。薄暗い部屋、寝台に腰掛けてぼうっとしている彼を見つけた。まるで魂でも抜けているかのようで、馬岱は僅かに眉を寄せる。

「坊や」

 近くに有った机に肉まんの袋を置き、近寄りながらそっと声をかけた。するとようやく気付いた夏侯覇が、馬岱を見る。少し驚いたようだったが、それ以上は特に反応しなかった。

「どうしたんだい、何か考え事かな?」

「あ……はは、……大丈夫、大した事じゃないから」

「君は大した事じゃない事で、暗くなるまでそうしていたりするのかい?」

 そっと横に腰掛けても、嫌な顔もしなかった。ただ相変わらず、少々ぼうっとしている。

「坊や?」

「……」

「前も言ったけど、辛い事が有るなら無理はしちゃいけないよ。肉まんのおっちゃんに話してくれてもいいのよ、大丈夫、こう見えてめっぽう口が堅いんだから」

 そう言ってやると、夏侯覇は困ったように、僅かに笑んだ。

「辛いっていうか、無理っていうか……。良く判んないんだ。なんか、自分の事なのに、よく判んないから、さ」

「そういう時はねぇ、判る事だけ探していけばいいんだよ。そうして少しづつ紐解いていけばね、判る事もきっと有るさ。今、思っている事を口にしてみるといいよ。少しづつで良いからね」

 そう促すと、夏侯覇は少し考え、ややしてからポツリポツリと呟き始めた。それは本当に、一言もらす事から始まった。まず彼は「覚悟はしてたつもりなんだけどな」とそれだけ呟く。

 きっと魏から逃げてきた事について、なのだろう。そして次には「俺は父さんにはなれないし」と一言。夏侯覇がそのまま少し俯いたので、馬岱はおもむろに、肩に手を回して、軽く抱き寄せてやった。それは彼が、彼の無鉄砲で無邪気な従兄にしてきた事でもあった。時々は激しく怒り、激しく落ち込んだ彼を、あの手この手で慰め、元の道に戻すのが、馬岱の役目でもあったから。

 夏侯覇もそれに身を任せ、しばらく動かなかったが、やがて苦しげに言葉を漏らす。

 俺、父さんが好きで、大好きで、きっと皆そうで、だから、でも、俺は父さんにはなれなくて、父さんみたいに弓も上手くならなかったし、父さんみたいに頭も良くならなかったし、父さんみたいに明るくもなれなかったし、父さんみたいに愛されもしなかったし、だけど、でも、俺。

 父さん、……父さんを殺した蜀がすごく憎かった、父さんの事しか言わない皆がすごく嫌だった、父さんみたいになれない俺がすごく悔しかった、俺は、俺はじゃなくて、父さんの息子で、それが幸せな事なはずなのに、なんか辛い事になって。

 苦しげに眉を寄せているから、優しく背中を撫でてやる。子供をあやすように髪を撫でた。柔らかな髪。まだ年若い、白い肌。少し幼い瞳が、揺れている。

 生き残らなきゃって、そう思ってここに来たけど、でもあそこって父さんが作ろうとして、守ろうとした国で、俺それを捨てて逃げて、それで本当に良かったのかなって、父さん達の、故郷の人間に刃を向けて、それで本当に良かったのかなって、あのまま謀に巻き込まれて死んでりゃ、もしくは最後まで抵抗したほうが良かったのかって、もう、もう判んなくて。

 辛そうな夏侯覇に、馬岱が言える事は少ない。ただ、多少は判る事も有る。

「俺達もね、故郷を捨てて逃げたくちだから、少しは君の気持ちも判るよ。確かにあそこで死ぬ道も有ったと思う。でも生き延びて何処かで戦う事にした、それがこの国だったってだけだよ。その辺が君とは少し事情が違うし、俺も何が良いなんて、判らないけどね」

 でも今こうして、君の話を聞いてあげられるんだから、生き残った意味は有るんじゃないかと思っているよ。

 そう言って頭を撫でてやると、夏侯覇はようやく慌てたように馬岱を見た。

「お、おっちゃん、子供扱いすんなって。俺もうそんな年じゃないし」

「俺から見れば、坊やは永遠に坊やだよぉ。いいから甘えてればいいのさ」

「い、いやいやいや。いやいや、その……その、いや、も、もう大丈夫だから、おっちゃん、なんか色々言っちゃったし、その」

「大丈夫? 本当に~?」

「本当に! 大丈夫、ほんと、なんか、ちょっと楽になったって言うか、その……」

「まあねえ。俺もそんな出来た人間じゃないけど、話を聞くぐらいなら出来るから、ほんと無理しちゃ駄目だよぉ? ちゃんと元気で笑顔じゃなくちゃね」

「う、ん……」

 困ったように頷いた夏侯覇に、元気が戻って来たように見えたので、馬岱はまた頭を撫でて、立ち上がる。

「そうだ元気が出たお祝いに、肉まんを食べなきゃね。ちょっと冷えちゃったけど、まあ美味しいのは美味しいから」

「えっ、あっ! 今度は俺がおごるって言ってたっしょ」

「また今度、二つ分おごってくれればいいよぉ。まあ別に気にしなくてもいいんだけどね」

 いやいやいや、そういうわけにはいかないし! と夏侯覇は笑って首を振る。馬岱は意地悪そうに笑って言った。

「ま、別に肉まんじゃなくても、いいけどね」

「ん?」

 意味が判っていない夏侯覇の頭を撫でて、「さあ、食べよう」と馬岱は机に向かった。 

 +++

 馬岱のセリフを何処まで発音ベースにするか、すごい悩む。

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