今日も二回更新。
一応、書きあがりました。なんか救いようが無いので、
このお話をほのぼの変人毛利の話で終わらせたいなら
9まで読んで止めたほうがいいと思います……
ちなみに全12話です
そしてこれは、あきらめの8
一応、書きあがりました。なんか救いようが無いので、
このお話をほのぼの変人毛利の話で終わらせたいなら
9まで読んで止めたほうがいいと思います……
ちなみに全12話です
そしてこれは、あきらめの8
元就が事情聴取に連れだされている間、元親は光秀と共に、あるいは交代で、元就の家を見張るようになった。元親はバットを持っていたし、光秀は物騒な事に鎌をありったけ持って、座っていたりした。光秀はそこにそうして座っているだけで、誰も近寄れなかった。元親の方は村人達と大声で言い合いをする事になった。
幸いな事には、この素朴な村では陰湿な嫌がらせという物自体が発達していない。だから彼らは正面から、簡単な嫌がらせをしようとやって来る。元親は彼ら一人一人とにらみ合い、怒鳴り合った。時には殴り合った。そうして元就の家を、元親は守っていた。
「毛利がやったっていう証拠が、何処に有る!? 証拠を持って来い! テメェらも、人一人の人生ブチ壊そうとすんなら、それなりの根拠を持っておけ! 言ってみろ、何月何日、何時に何処で! その女が誰に何されて、どうなったのか、どうしてそれが毛利だと思うのか。正確に言ってみろ! それが出来ねえ奴に、ここを通る資格なんか無ぇ!」
元親がそう怒鳴ると、村人達は困ったような顔をして、大抵の場合引き下がった。元親も驚いた事だが、彼らは事情を殆ど知らなかった。ただそういう風潮だから、元就が犯人だと思っているような者が多く、元親は苛立った。
しかしそれは仕方の無い事なのだ、と光秀は言った。田舎には絶対的な意思が存在するのだ、と。それに逆らっては生きていけないものが。だからそれに従わなくてはいけない。けれど彼らだって、間違いを犯したくはない。それ故、止めなくてはならない、と。
人は間違いを認める事が出来ない。仮に、毛利が無実だったとして。それまでに嫌がらせをしたり、迫害した人々は、今更それを覆す事は出来ないのだ。白々しいのも有るし、許されないと判っているのも有る。いずれにせ、迫害し、迫害されたという事実が、それに力を持たせてしまう。そんな下らない連鎖を防ぐためにも、元親と光秀は、元就に対する攻撃を防がねばならなかった。元就の為に、村人の為に。
村人達との交戦の中で判った事は、女は4日前、つまり9月10日の晩、帰って来なかった。だから11日の昼間に帰って来た彼女に、家族が詰め寄った。彼女は泣きながら、犯されたと言った。隣村の男に――。
「じゃあ、それが毛利だったかどうかも判らないじゃあないか。誰とは言ってないんだから」
元親は呆れかえった。村人達も薄々妙だとは思っていたらしい。元親が説得すると、大半が理解してくれた。皆、元就の扱いについて悩んでいるだけなのだと、元親は判った。交流してこない者に、どう接していいか判らない、と、ただそれだけの部分も有る。元親は根気強く、同世代の村人達に元就がいかに素っ頓狂だが無害だったかを語った。
ある者は益々元就を理解出来なくなったが、またある者は元就の暮らしぶりに心から同情し、またある者はそんな馬鹿が犯罪なんか、と理解してくれた。そうして元親と光秀は、何日も元就の家を守った。夜中に侵入してくる連中も居て、それらからは流石に守れなかったが、汚されれば掃除し、壊されれば片付け、なんとか美観を保ってやった。そうして痕跡を消せば、大抵の者は憶して帰って行く。誰しも、加害者になりたいとは思っていないのだ。
そうして何日か過ぎた、ある日の事だった。元就の無実が証明されたのは。
元就の家に、元親の同級生が走って来た。元親は身構えたが、彼は「もう大丈夫だ」と首を振る。
「もう、大丈夫?」
「吐いたんだよ。被害者の娘が、強姦はされてないって」
聞けば娘は、若い恋人を作っていた。そして性交渉に及んだ。しかしその事が家族にばれれば、どう言われるか判らない。それが怖くて、自分が被害者であるかのように語ったのだという。元親は怒りを通り越して目眩を覚えた。保身の為に、人一人の居場所を奪おうとしたのだ。下手をすれば、自殺にまで追いやるというのに。
「解放されるって、連絡が来た。どうする?」
「どうするって……どういう提案が有るんだよ」
元親が眉を寄せると、彼が言う。
「だから、迎えに行くなら行けばいいし、車が要るなら出してやるぞって言ってんだ」
元親はその言葉に驚いて、そして光秀と顔を見合わせると、「頼む」と言った。
元就はとぼとぼと道を歩いていた。俯いていて、何も見てはいなかった。側に車を止めても、元就は元親に気付かず歩き続けたから、元親は「毛利!」と声を上げ、駆け寄らなくてはいけなかった。
「……? 長曾我部?」
元就は心底不思議そうな、それでいて何処か悲しそうな顔をしていた。疲れているのだという事がよく判る。伏し目がちで、しばらくして元就は元親から顔を反らした。
「何処かへ行くのか? 何処でも良いが、我とはもう話さぬ事だ。ではな……」
元就はそう言ってまた歩き始める。元親は慌ててその手を掴んで、引き止めた。
「毛利、大丈夫だよ。大丈夫。皆、お前の事、判ってくれた。誤解だって。だから逃げなくても大丈夫だ」
「大丈夫……?」
「そうだ。俺から離れなくても良いし、この村から逃げなくても良い。大丈夫なんだ。だから……」
「そ、……そんなはずは、無い……」
「本当だよ!」
「そんなはずはない!」
元親の言葉に、元就は怒ったように顔を上げる。
「皆、皆我を許さなかった、父を、兄を、母を許さなかった! 出て行く他にどんな術も残されていなかった! 我らは何もしなかった、何も、何を言っても通じないから、ずっと黙っていた、何を叫んでも笑われるだけだから、ずっとずっと籠っていたのに……それなのに、母は死んだ、殺された! それさえ奴らは笑って、……っ天罰だと、……っに、……逃げなくては、もう、ここにはいられない、居られない、居られない……!」
「毛利、大丈夫なんだ」
「大丈夫なはずない! 皆、皆我がやったと言ったではないか! 我は確かに解放された、だがこれは始まりに過ぎぬ! 毎日電話が鳴る、いつでも、深夜だろうと、何処かで物音がして、窓が割れて! ね、猫の死体が、……虫が、水道が、あ、あああ、もう嫌だ、嫌だからここに居たのに、あそこでじっとしていたのに……っ」
「毛利」
「もう終わりだ、もう、もう何処にも逃げ場など、我は、我は父や母と同じように……」
「毛利!」
元親は元就を抱きしめて、黙らせた。元就は抵抗もせずに、ただ涙を流している。ようやっと見えた、元就の闇だった。元親はそれを支えると約束した。だから、元就に言い聞かせる。根気強く。
「大丈夫、大丈夫だよ。皆、判ってくれてる。お前の家は、あそこだ。皆、お前に悪い事をしたって、思ってる。大丈夫。帰る場所は有る。俺が、……俺達が守ってやる。だから、心配するな。帰ろう、元就……」
「……ぅ、……そだ……」
「嘘じゃない。本当だ。な。ほら、あの車だって、お前を迎えに行ってやろうって、村の奴が運転してきてくれたんだ。お前の為に……。な。大丈夫。皆お前の味方だ。少なくとも、俺や、アイツや、光秀の野郎は……」
「……」
元就はしばらく何も言わなかった。そのうちぐらりと身体を揺らいだので、元親はそれを抱き止める。元就はまた、声も無く涙を流し続けた。ただ、時折、「ありがとう」と小さな声で呟いた。
元就は全てを諦める事で、自分を守った。友達と一緒に居る事。平穏な、普通の暮らしをする事。都会に留まる事。悲しいと思う事。悔しいと思う事。叫ぶ事。泣く事。嘆く事。全てを諦めて、心を閉じて、身を守っていた。
陰湿な苛めが始まっても、守ってくれる人は居た。教師達は見て見ぬふりをした。加担していた一面も有る。机にゴミが入れられ、ランドセルに虫が入れられ。給食には何かが入っていた。靴は無くなり、トイレに行けば閉じ込められ、水をかけられ、雑巾を投げられた。懇意にしていた友人達は、止めろと言ってくれた。けれど、彼らにも被害が及ぶのを元就は恐れた。元就は一方的に、彼らに絶交を言い渡して、学校から逃げた。
家に戻っても安息などは無かった。電話はひっきりなしになって、ついにコードが引き抜かれた。家族4人で、薄暗い居間で座ったまま、じっとしている事が多かった。誰も何も言わなかった。外では笑い声がして、時折ガチャンと何かが家にぶつけられた。窓が割れて石が飛び込んできた時、元就の兄は額を切った。
家の庭はゴミだらけになって、異臭が酷かった。でもそれをどうにかする勇気も無い。外に出れば何が起こるか判らなかった。それでも、食事の調達はしなくてはいけない。水道は誰がどうしたのやら、茶色い水が出るようになっていた。
母は化粧をして、服を着替えて、健気にも買い出しに出かけた。その度に、心をボロボロにして帰って来た。玄関が閉じるなり、母は泣き叫んで、どうしてこんな事にと喚いた。父は何も言わなかった。何も言わなければ、何か言えと責められ、何か言えば、うるさいと叫ばれた。元就はそういう暮らしを静かに諦めた。これが自分達に許された生活なのだと。
父はなんとか他の場所に引っ越そうと画策した。山奥に、ひっそりと隠れ住めるような、そんな場所を。兄は日増しに表情が険しくなって、爪を噛むようになった。元就はそんな家族達の誰の側にも寄らず、ただ居間の真ん中に座って、毎日が過ぎるのを待った。
そんな折、母が首を吊った。ドアノブにネクタイを引っ掛けて、静かに。父は大いに泣き叫んで、兄はその近くでただ爪を噛んでいて、元就はただ居間の真ん中に座って、悲劇が過ぎ去るのを待った。
母方の祖父母は怒鳴り、喚き、父を罵った。父はただ黙ってそれに耐えた。相変わらず兄は爪を噛んでいて、元就は座っていた。連れて行かれる時に兄は、元就に囁いた。あんな連中皆殺しにしてやろうぜ。兄は歪んだ表情を浮かべて、暗く笑った。それでそん時は、一緒に幸せになろうぜ、お前だけは俺、愛してやるよ。兄はそう言ったが、元就は返事をしなかった。
やがて父は、元就だけを連れて、この村にやって来た。文明らしき物は何も無いボロ屋敷だったが、ゴミは無かったし、猫の死体も無い。茶色い水も出ない。元就はそこを楽園だと思った。外を走り回っても、敷地さえ出なければ誰にも笑われなかった。空は透き通って元就を照らし、生き物達は元就を特別避けたりはしなかった。
元就は幸せだった。弘元は心労のせいで伏せってしまい、プレハブから出て来なくなったが、元就はその素晴らしい楽園で一人、遊び呆けた。小川の水を汲んで来て、小さな池を作ったり。畑にでたらめに種を撒き、森に入って得体の知れない物を食べた。その度に元就は腹痛で酷い目にあったが、やがて身体の方も諦めた。
元就は諦めていたから幸せだった。手に入る全てを幸福にみなす事で、彼はいつだって幸せになれた。ルリビタキのうるさい鳴き声が聞こえる事。雨が降ったら窓を開けて、風が吹くかもしれないとドキドキする事。洗濯物を干しっぱなしにして、二度洗いする事。ヘビを引っ掴んでびっくりさせる事。得体の知れない卵を温めて、それで得体の知れない生き物が生まれる事。全てが楽しくて、幸せで、だから元就は諦められた。
こうしてこのまま、この楽園で、一人きりで生きていくのだ。
幼い彼は覚悟していた。もう二度と、人と付き合う事は無いと。猫と戯れて、蛇を許して、そうして自分は森の一部になるのだと信じていた。誰にも気にされない、雑木の一つになって、誰にも愛されず、ただ生きて行くだけの日々を送るのだと。
だから。
だから元就にとって、元親の存在はあまりに特別で、輝かしくて、幸せで。宝物だった。元親と共に遊ぶ時間が、どうしようもなく幸せで。そして元就は、その魂の全てで、元親を愛した。
+++
自分が思っているより愛されていたり
自分が思っているより愛されていなかったり
歪んだ愛でも、それは愛だったり
それは傍から見れば、愛じゃなかったり
幸いな事には、この素朴な村では陰湿な嫌がらせという物自体が発達していない。だから彼らは正面から、簡単な嫌がらせをしようとやって来る。元親は彼ら一人一人とにらみ合い、怒鳴り合った。時には殴り合った。そうして元就の家を、元親は守っていた。
「毛利がやったっていう証拠が、何処に有る!? 証拠を持って来い! テメェらも、人一人の人生ブチ壊そうとすんなら、それなりの根拠を持っておけ! 言ってみろ、何月何日、何時に何処で! その女が誰に何されて、どうなったのか、どうしてそれが毛利だと思うのか。正確に言ってみろ! それが出来ねえ奴に、ここを通る資格なんか無ぇ!」
元親がそう怒鳴ると、村人達は困ったような顔をして、大抵の場合引き下がった。元親も驚いた事だが、彼らは事情を殆ど知らなかった。ただそういう風潮だから、元就が犯人だと思っているような者が多く、元親は苛立った。
しかしそれは仕方の無い事なのだ、と光秀は言った。田舎には絶対的な意思が存在するのだ、と。それに逆らっては生きていけないものが。だからそれに従わなくてはいけない。けれど彼らだって、間違いを犯したくはない。それ故、止めなくてはならない、と。
人は間違いを認める事が出来ない。仮に、毛利が無実だったとして。それまでに嫌がらせをしたり、迫害した人々は、今更それを覆す事は出来ないのだ。白々しいのも有るし、許されないと判っているのも有る。いずれにせ、迫害し、迫害されたという事実が、それに力を持たせてしまう。そんな下らない連鎖を防ぐためにも、元親と光秀は、元就に対する攻撃を防がねばならなかった。元就の為に、村人の為に。
村人達との交戦の中で判った事は、女は4日前、つまり9月10日の晩、帰って来なかった。だから11日の昼間に帰って来た彼女に、家族が詰め寄った。彼女は泣きながら、犯されたと言った。隣村の男に――。
「じゃあ、それが毛利だったかどうかも判らないじゃあないか。誰とは言ってないんだから」
元親は呆れかえった。村人達も薄々妙だとは思っていたらしい。元親が説得すると、大半が理解してくれた。皆、元就の扱いについて悩んでいるだけなのだと、元親は判った。交流してこない者に、どう接していいか判らない、と、ただそれだけの部分も有る。元親は根気強く、同世代の村人達に元就がいかに素っ頓狂だが無害だったかを語った。
ある者は益々元就を理解出来なくなったが、またある者は元就の暮らしぶりに心から同情し、またある者はそんな馬鹿が犯罪なんか、と理解してくれた。そうして元親と光秀は、何日も元就の家を守った。夜中に侵入してくる連中も居て、それらからは流石に守れなかったが、汚されれば掃除し、壊されれば片付け、なんとか美観を保ってやった。そうして痕跡を消せば、大抵の者は憶して帰って行く。誰しも、加害者になりたいとは思っていないのだ。
そうして何日か過ぎた、ある日の事だった。元就の無実が証明されたのは。
元就の家に、元親の同級生が走って来た。元親は身構えたが、彼は「もう大丈夫だ」と首を振る。
「もう、大丈夫?」
「吐いたんだよ。被害者の娘が、強姦はされてないって」
聞けば娘は、若い恋人を作っていた。そして性交渉に及んだ。しかしその事が家族にばれれば、どう言われるか判らない。それが怖くて、自分が被害者であるかのように語ったのだという。元親は怒りを通り越して目眩を覚えた。保身の為に、人一人の居場所を奪おうとしたのだ。下手をすれば、自殺にまで追いやるというのに。
「解放されるって、連絡が来た。どうする?」
「どうするって……どういう提案が有るんだよ」
元親が眉を寄せると、彼が言う。
「だから、迎えに行くなら行けばいいし、車が要るなら出してやるぞって言ってんだ」
元親はその言葉に驚いて、そして光秀と顔を見合わせると、「頼む」と言った。
元就はとぼとぼと道を歩いていた。俯いていて、何も見てはいなかった。側に車を止めても、元就は元親に気付かず歩き続けたから、元親は「毛利!」と声を上げ、駆け寄らなくてはいけなかった。
「……? 長曾我部?」
元就は心底不思議そうな、それでいて何処か悲しそうな顔をしていた。疲れているのだという事がよく判る。伏し目がちで、しばらくして元就は元親から顔を反らした。
「何処かへ行くのか? 何処でも良いが、我とはもう話さぬ事だ。ではな……」
元就はそう言ってまた歩き始める。元親は慌ててその手を掴んで、引き止めた。
「毛利、大丈夫だよ。大丈夫。皆、お前の事、判ってくれた。誤解だって。だから逃げなくても大丈夫だ」
「大丈夫……?」
「そうだ。俺から離れなくても良いし、この村から逃げなくても良い。大丈夫なんだ。だから……」
「そ、……そんなはずは、無い……」
「本当だよ!」
「そんなはずはない!」
元親の言葉に、元就は怒ったように顔を上げる。
「皆、皆我を許さなかった、父を、兄を、母を許さなかった! 出て行く他にどんな術も残されていなかった! 我らは何もしなかった、何も、何を言っても通じないから、ずっと黙っていた、何を叫んでも笑われるだけだから、ずっとずっと籠っていたのに……それなのに、母は死んだ、殺された! それさえ奴らは笑って、……っ天罰だと、……っに、……逃げなくては、もう、ここにはいられない、居られない、居られない……!」
「毛利、大丈夫なんだ」
「大丈夫なはずない! 皆、皆我がやったと言ったではないか! 我は確かに解放された、だがこれは始まりに過ぎぬ! 毎日電話が鳴る、いつでも、深夜だろうと、何処かで物音がして、窓が割れて! ね、猫の死体が、……虫が、水道が、あ、あああ、もう嫌だ、嫌だからここに居たのに、あそこでじっとしていたのに……っ」
「毛利」
「もう終わりだ、もう、もう何処にも逃げ場など、我は、我は父や母と同じように……」
「毛利!」
元親は元就を抱きしめて、黙らせた。元就は抵抗もせずに、ただ涙を流している。ようやっと見えた、元就の闇だった。元親はそれを支えると約束した。だから、元就に言い聞かせる。根気強く。
「大丈夫、大丈夫だよ。皆、判ってくれてる。お前の家は、あそこだ。皆、お前に悪い事をしたって、思ってる。大丈夫。帰る場所は有る。俺が、……俺達が守ってやる。だから、心配するな。帰ろう、元就……」
「……ぅ、……そだ……」
「嘘じゃない。本当だ。な。ほら、あの車だって、お前を迎えに行ってやろうって、村の奴が運転してきてくれたんだ。お前の為に……。な。大丈夫。皆お前の味方だ。少なくとも、俺や、アイツや、光秀の野郎は……」
「……」
元就はしばらく何も言わなかった。そのうちぐらりと身体を揺らいだので、元親はそれを抱き止める。元就はまた、声も無く涙を流し続けた。ただ、時折、「ありがとう」と小さな声で呟いた。
元就は全てを諦める事で、自分を守った。友達と一緒に居る事。平穏な、普通の暮らしをする事。都会に留まる事。悲しいと思う事。悔しいと思う事。叫ぶ事。泣く事。嘆く事。全てを諦めて、心を閉じて、身を守っていた。
陰湿な苛めが始まっても、守ってくれる人は居た。教師達は見て見ぬふりをした。加担していた一面も有る。机にゴミが入れられ、ランドセルに虫が入れられ。給食には何かが入っていた。靴は無くなり、トイレに行けば閉じ込められ、水をかけられ、雑巾を投げられた。懇意にしていた友人達は、止めろと言ってくれた。けれど、彼らにも被害が及ぶのを元就は恐れた。元就は一方的に、彼らに絶交を言い渡して、学校から逃げた。
家に戻っても安息などは無かった。電話はひっきりなしになって、ついにコードが引き抜かれた。家族4人で、薄暗い居間で座ったまま、じっとしている事が多かった。誰も何も言わなかった。外では笑い声がして、時折ガチャンと何かが家にぶつけられた。窓が割れて石が飛び込んできた時、元就の兄は額を切った。
家の庭はゴミだらけになって、異臭が酷かった。でもそれをどうにかする勇気も無い。外に出れば何が起こるか判らなかった。それでも、食事の調達はしなくてはいけない。水道は誰がどうしたのやら、茶色い水が出るようになっていた。
母は化粧をして、服を着替えて、健気にも買い出しに出かけた。その度に、心をボロボロにして帰って来た。玄関が閉じるなり、母は泣き叫んで、どうしてこんな事にと喚いた。父は何も言わなかった。何も言わなければ、何か言えと責められ、何か言えば、うるさいと叫ばれた。元就はそういう暮らしを静かに諦めた。これが自分達に許された生活なのだと。
父はなんとか他の場所に引っ越そうと画策した。山奥に、ひっそりと隠れ住めるような、そんな場所を。兄は日増しに表情が険しくなって、爪を噛むようになった。元就はそんな家族達の誰の側にも寄らず、ただ居間の真ん中に座って、毎日が過ぎるのを待った。
そんな折、母が首を吊った。ドアノブにネクタイを引っ掛けて、静かに。父は大いに泣き叫んで、兄はその近くでただ爪を噛んでいて、元就はただ居間の真ん中に座って、悲劇が過ぎ去るのを待った。
母方の祖父母は怒鳴り、喚き、父を罵った。父はただ黙ってそれに耐えた。相変わらず兄は爪を噛んでいて、元就は座っていた。連れて行かれる時に兄は、元就に囁いた。あんな連中皆殺しにしてやろうぜ。兄は歪んだ表情を浮かべて、暗く笑った。それでそん時は、一緒に幸せになろうぜ、お前だけは俺、愛してやるよ。兄はそう言ったが、元就は返事をしなかった。
やがて父は、元就だけを連れて、この村にやって来た。文明らしき物は何も無いボロ屋敷だったが、ゴミは無かったし、猫の死体も無い。茶色い水も出ない。元就はそこを楽園だと思った。外を走り回っても、敷地さえ出なければ誰にも笑われなかった。空は透き通って元就を照らし、生き物達は元就を特別避けたりはしなかった。
元就は幸せだった。弘元は心労のせいで伏せってしまい、プレハブから出て来なくなったが、元就はその素晴らしい楽園で一人、遊び呆けた。小川の水を汲んで来て、小さな池を作ったり。畑にでたらめに種を撒き、森に入って得体の知れない物を食べた。その度に元就は腹痛で酷い目にあったが、やがて身体の方も諦めた。
元就は諦めていたから幸せだった。手に入る全てを幸福にみなす事で、彼はいつだって幸せになれた。ルリビタキのうるさい鳴き声が聞こえる事。雨が降ったら窓を開けて、風が吹くかもしれないとドキドキする事。洗濯物を干しっぱなしにして、二度洗いする事。ヘビを引っ掴んでびっくりさせる事。得体の知れない卵を温めて、それで得体の知れない生き物が生まれる事。全てが楽しくて、幸せで、だから元就は諦められた。
こうしてこのまま、この楽園で、一人きりで生きていくのだ。
幼い彼は覚悟していた。もう二度と、人と付き合う事は無いと。猫と戯れて、蛇を許して、そうして自分は森の一部になるのだと信じていた。誰にも気にされない、雑木の一つになって、誰にも愛されず、ただ生きて行くだけの日々を送るのだと。
だから。
だから元就にとって、元親の存在はあまりに特別で、輝かしくて、幸せで。宝物だった。元親と共に遊ぶ時間が、どうしようもなく幸せで。そして元就は、その魂の全てで、元親を愛した。
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