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めでぃのくの日記
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2025-01-19 (Sun)
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2008-06-16 (Mon)
 話を書いたりしておいて言うのもなんですが
 すごい地震だったみたいで……皆さんお怪我などなかったでしょうか。
 早く元の暮らしが戻って来る事を祈っております
 
 
 以下、鬼の11 あと3話ぐらいかなあ。長々とすいません。

 元親と元就は時折寄り添って眠るようになった。

 ああ見えて心が弱い、という光秀の言葉は正しいらしく、元就は意外な程、元親を受け入れた。そういえば格子の中に閉じ込めた時も、抱きしめたりしても嫌がらなかったなあと元親は思う。元就の布団でははみ出してしまうので、多くは元就が元親の部屋にやって来て寝た。

 そうして一緒に眠る事が最初は嬉しかったし、純粋に二人で眠ることに満足していた。黄泉では鬼は皆、誰かをつがいにして共に眠っていたから、元親としても元就と眠る事は心地良かったのだ。

 だがしばらくすると何故だか胸が騒いで、落ち着いて眠れなくなった。元就が側に居るとなんだかたまらない気持ちになってしまって、例えば元就の香の匂いだとか、肌に髪が触れる感じだとか、首筋だとか鎖骨だとか、とにかく気になって仕方が無い。もしかして光秀のようにがぶりと食べようとしているのではないか、と元親は自分を疑って、しばらく元就から距離を置いていたが、その事を相談すると可愛は、

「まっ、元親さんは初心でいらっしゃるのね」

 とくすくす笑った。

「笑い事じゃねえんだよ、本当に困ってるんだ。俺は恩人の元就の事を食べたくないし」

「ですけど、元親さんは今、私と普通のおしゃべりをしているじゃありませんか。私の事は食べてもいいって言うんですか?」

「……そういえば、そうだなあ。なんで可愛は平気なんだ? ……いや、これは元就だけに湧く食欲なのかもしれねえ、他の連中を見てもあんな風にはならないのかもしれない」

 元親が真剣な顔で呟くと、可愛は腹を抱えて笑い始めた。元親は流石にむっとして、「何がおかしい」と顔を顰める。

「だって、ふふ、おもしろい」

「人事だと思って」

「ええ人事ですよ。でもね、元親さん。それは生きる者は誰しも必ず通る道なのです。安心して下さい」

「なに、可愛も人を食いたくなった時が有るのか」

「ええ、それはもう、がぶりといきたくなる人が、現れたりするものなのですよ。ふふ」

 可愛は手を猫のように丸めて爪をひっかけるようなふりをした。元親が「おっかねえ」と呟くと、可愛はけらけら笑って言った。

「そうですよ、女の方がおっかないのです。凶暴ですからね。でも殿方は穏やかなものです。食べたい、でも食べたらいけない……と葛藤なさって、そういう様がいじらしくて微笑ましいじゃあありませんか」

「男は誰でもなるのか? 元就や、元春とかもか?」

「ええ、ええ。もちろんですとも。殿方は皆、食欲を我慢するのです。女はそんな殿方の食欲を知っていて、ちらちらといい匂いを嗅がせて、食べるのを我慢すると知っていて遊ぶんですよ。そのうえ頃合いを見て、女の方が殿方にがぶりといくのです。ふふ」

「……お、女って、怖いんだな」

 元親がおっかなそうにいうと、可愛も「ええ!」と頷く。

「女は体も小さく非力ですが、内に秘める胆力は時に殿方を上回り、どんな辛い事でもしてのける、そんな化け物のようなものですよ。辛い時にも笑いを忘れず、泣いた後にはけろっと食事を摂る! 殿方には出来ない事ですよ。……まあ女の事はさておき」

 可愛はこほんと咳払いをして、そして元親に言った。

「元親さん、結論から言うと、貴方は元就様に恋をなさっているだけですよ」






 恋ってあれだろう。

 女が男にぴーひゃらするあれだろう。男が女にぴーひゃらするあれだろう。なんで俺が元就とそんな事しなきゃならねぇんだ。

 元親がそう怒って言うと、可愛はにこにこ笑って答えた。

 だって元親さん、元就様の事がお好きでしょう? 理由はそれだけで充分です。元親さんがむらむらなさっているのは食欲のせいではなく性欲ですよ。

 可愛があまりにさばさばと言うものだから、元親は顔を赤くして、女がそんな事言うんじゃねえと怒鳴ると、その場を逃げ出した。可愛はやはりけらけら笑っていた。

 怖い、女は怖い、実は男よりよっぽど怖い。

 元親はそう考えながら、布団に入っていた。可愛があんなにさばさばした人間だとは思わなかった、と元親は思う。一種の夢を打ち砕かれた気がしていた。だがそれが原因で可愛を嫌いになるほどではなかった。どんな人間も裏や表や斜めや横が有ったりするのだと元親は考えていたから。

 だが自分が元就に恋をしている、という話には納得がいかなかった。ましてや性欲を抱くなど言語道断。

(そんな事考えるんじゃあ、俺もあいつを傷付けた連中と変わらないじゃないか)

 元親はそう思って布団を被る。性欲に任せて、加虐心に任せて人間は元親を甚振った。同じように元就だってそのような目に合っただろう。ならば欲に任せて元就を抱き犯すような事は、してはいけないと思った。元就への恩を忘れて仇で返すような事はしたくなかった。

 だから元親はその感情をなんとか押さえ込み、気付かないふりを決め込むことにしたのだ。そんな時、元就が元親の寝室を訪れた。共に寝ないか、と尋ねられ、おうと答えるだけの確認を終えると、元就は元親の布団に入って来る。

 元親はなんとも落ち着かない気持ちで元就を迎え入れた。だが元就の方は少しくったりとしていて、「どした」と尋ねると、「付き合い酒でな」と答えた。お上に仕える者同士が集まって、時折話し合いと称して酒を飲んでいる事は元親も知っていた。ついでに、元就が酒にとてつもなく弱いという事も。

 つまり今は元就も酔っていて、いつも通りではないのだ。元親はしめた、と思った。思ってから、何が「しめた」なのか考える事になった。そして一番最初に考えた項目を無視して、次の項目について「しめた」なのだと結論付けた。

 うとうとしている元就に、元親は優しく問いかける。

「なあ、元就」

「ん……?」

 答えは柔らかい。元親はよしよしと思って、続ける。

「あんたの事、教えてくれ」

「我の事……」

「俺の事は詳しく話したけど、あんたは面白くないからってあんまり話してくれなかった」

「おもしろくない話だ」

「知りたい」

「知らずともよい」

「知りたいんだ、あんたの事が」

 元親がそう言うと、元就は眼を開けて、元親を見た。呆れるような目だった。

「そなた、女々しいな。……まぁいい、そこまで言うなら、答えてやらぬわけにもいくまい。言っておくが、面白くないぞ」

 元就はそう言って、天井を見上げると、ぽつりぽつりと話し始めた。




 
 我の家は貴族だった、どういうものかは判らぬ。我は子供だったから。ただ早くに死んだ母上の代わりに、父上と兄上が大層我を愛してくれていた。我は毎日、空を飛ぶ鳥や蜻蛉や、風に揺れる草木や日々綻ぶ蕾や、休む事無く昇っては沈む日輪を見ておった。幸せな日々だった。

 明智にも少し話して調べてもらったので、ある程度は事実も判っておるのだが。その頃、我等の地域は飢饉でな。日照りが続いて水も無い。我等は貴族であったから、食には困らなかったが、百姓は違った。恨みが募っていたのよ。

 貴族の間にもつまらぬ争いがあってな。父上を嫌う者があったようだ。父上は蔵に大量の米を隠していたと暴かれた。父上はしていない。そういう方ではなかった。はめられたのだ。父上が百姓の飢えを無視して米を囲ったという事実は他ならぬ百姓を怒らせた。

 父上は百姓から食事を奪っただけでなく、ここ最近の日照りも、この不届きな男のせいだといわれた。天からの罰が与えられたのだとな。この上は罪人を天に捧げねばならんと、雨乞いの儀式の人柱とされる事になった。

 なんだ? ……ああ人柱か。人をな、殺すのよ。つまり生贄だ。ただ殺したのではつまらぬから、生き埋めにするのだ。死んでいては生贄にはならぬ、そして楽に死なれては恨みを晴らせぬ。そういうものであろう。

 父上は穴の中に入れられ、村人達が父上に石をぶつけ岩を投げつけた。我等はそれを見ていた、子として見るのが責務だと言われた。父は生きながらぼろ布のようになった。肌は赤と紫に染まって、腫れ上がって誰かも判らなくなった。

 岩が積み上げられ、しまいにぐしゃりと妙な音がした。村人達は潰れたとげらげら笑っておった。人の親の死がそれほど面白いかと我は思ったが、いや確かにそうであろう、かの地では村人達は飢えに子や親を失う者も多かった。我が知らぬばかりでな。

 我等には罪は無いとして、一時は許された。だが貴族の身からは下ろされ、我等も村人達と共に労働した。特別汚い仕事をした。村人も嫌がるような事をした。我等は泣いたが、それでも耐えていこうと決めておった。

 しかし雨が降らない。日照りは続いておる。村人達は誰ともなく言った。まだ天の神が怒っている、まだ犠牲が足りない、とな。我等は運良く、それを察知した。我等は逃げた。村人は追って来た。

 子供の足でどれほど逃げられよう。年の離れた兄上は、自分が囮になる、俺は脚が早いから大丈夫、捕まりはしない。お前はその小さな体でしかくぐれない道を逃げていけ、雨が降ったら、父上の塚で落ち合おう、と言って、そして我等は二手に分かれた。

 何日も逃げ惑った。食料は無く、水も無い。葉などを食べて空腹を紛らわし、その度に吐いた。日々体力を失って、我はのたれ死ぬ覚悟を決めた。だがその時、空は黒い雲に覆われ、大雨が降った。すぐさま地面に小川が出来るような、すさまじい雨だった。我は歓喜した。これで兄上も我も許される、とな。

 我は最後の力で走りに走った。泥まみれのずぶ濡れだったが気にしなかった。足は草履を無くし傷だらけで、手も草などで切ってそこら中痛かった、けれどその時は気にならなかった。雨がたまらなく嬉しくて我は踊り狂って叫び、そして父上の塚に向かった。

 父上父上、我等は許されたのです、きっとまた平穏な日々が戻ってくるのです。我は塚にしがみ付いて、叫べる限り叫び流れる限り涙した。我はそうして兄上を待っていた。いつまでも待っていた。

 兄上の代わりに来たのは5人の男だった。一人は貴族だった。我は何か嫌な感じがして、すぐに逃げ出したが、既に我の体力は限界で捕まった。

 雨はもう降っている、この子はどうしますかと村人が尋ねた。もう許してやってもいいんじゃあないかと一人が言った。不安げな顔だった。けれど貴族は生真面目な顔をして言った。

 ならば天に愛された子、その子と繋がれば天からの加護を受けられるぞ、もう二度と飢え渇く事も無く、子を失い親兄弟を無くし妻の亡骸に縋りつく事も無い。この子は丁重にお祭りし、皆で愛でるがいいだろう。

 幼い我には奴が何を言っておるのか、さっぱり判らなかった。だが許されるのだと我は思った。愛でられるというのは良い言葉だと知っておったから。だから我は不安そうな顔の村人に尋ねた。兄上は、兄上はご無事なのかと。

 すると貴族がにっこり笑って答えた。いいかね坊や、そなたが我等の言う事を聞き、大人しくしているなら、必ず兄上は帰ってくるよ、とな。我は嬉々として彼らに着いて行った。兄上に会えるのだと信じてな。

 それからは地獄だった。狭い納屋に閉じ込められ、我は良く判らぬ装束を着せられ、村中の人間という人間に甚振られた。我は泣き逃げようとしたが、その度に兄上に会うためならと自分に言い聞かせて耐えた。まだ年若い子供が、健気な事だ。いかな卑劣な事にも耐え、どのような命令にも従った。そして兄上の名ばかり呼んだ。兄上に会いたい、とな。

 どれほど時間が経ったのかも判らぬ。我を捕まえた村人の一人、不安そうな顔をしておったのが、我の所に一人でやって来た。奴は我に、兄上に会わせてやると悲しげに言った。我は喜んで彼にしがみ付いた。我の脚は既に自力で歩く事を忘れかけておった。彼は我を負ぶって、そこを出た。

 暗い雨の日だった。日照りが止まったのはいいけれど、今度は雨が止まらないと男は言っていた。きっとお前を酷い目に合わせたせいだ、自由にしてやるから、何処かで生きていくんだよと彼は優しく言った。我は兄上に会える事が楽しみで、何も聞こえてはいなかった。

 稲光が舞い、腹の底まで響くような音が続く。雨は土砂降りで地面は沼地と変わらなかった。だが男は懸命に駆けてくれて、そして我はめでたく兄上と再会した。

 そなた、鮎の串焼きを食べた事は? あれは頭から串を刺すが、兄上は尻から刺されておってな。串刺しにされた兄上が、天高く掲げられていた。半分腐った兄上が我を見ておった、ただの窪みで我を見ておった、叫ぶように開いた顎は白く、……我は叫んだ。……喉が嗄れるまで叫んだ。

 せめて兄上を地面に下ろして差し上げようと駆け寄った、その時後ろで悲鳴が上がった。見ると男が誰かに切り殺されておった。我は兄上の体に縋って、引きずり下ろした。恐ろしい事が沢山起こって、我はもう何がなんだか判らなくなって狂ったように叫びながら兄上の亡骸を抱いて泣いて泣いて泣いてそして壊れたのだ。

 いや、壊れたわけではなかった。今の我が壊れていないとするならな。壊れたふりをして己を守ったのかも知れぬ。これ以上何も感じず、何も望まなければ地獄も平穏という意味では極楽だ。日々変わらず甚振られるだけなのだからな。それを感じなければこれ以上の幸福は無い。我はそれきり人形のように己を閉ざして開かなかった。それからの事はよう覚えておらぬ。同じような日々が続いたゆえな。

 何年かして、我も大人になろうとしておった。その頃には我の存在意義など無くなっていて、誰もが我を天の子と決めつけた事さえ忘れておった。その年の冬、我は熱を出した。病にかかったのだ。だが医者に見せるわけにもいかぬ。しまいに彼らは我が凍え死ぬ事に期待して、死体捨て場に我を捨てた。

 そして明智が我を拾ったのだ。薄汚い我を、明智は優しく抱き上げてくれた。明智の望みはどうあれ、あんなに優しく撫でられるのは久方ぶりで、我はこんな人間の手で殺してもらえるなら幸せだと少し思ったのだ。まあそれは大きな間違いではあったがな。

 明智は我を大事にしてくれた。人形のように頑なに心を開かぬ我を丁寧に扱い、いつまでも愛してくれた。縁側に連れ出し抱き上げて共に花を眺めた。寒い夜は共に布団で眠ってくれた。何もかもが幸せすぎて、どうせこれも我を苦しめるための罠なのだろうと信じていたが、……やがて我は明智に心を許し、信じ、そして明智へ恩を返そうとした。

 ……貴族になって我が最初にした事は、我を甚振った村人共に重税を課す事だった。多くが死んだとも。そしてその村を取り仕切っていた例の貴族が、逆恨みで殺された。……我はそういう人間だ。そなたが思っているような聖人ではない。それゆえ、我を過大に評価し、好意を寄せる必要は無いのだぞ、元親。






 元就は「長話をしてしまった」とつまらなそうに呟いて、そして黙って目を閉じた。元親はたまらなくなって、元就を抱きしめた。

「あんた、聖人じゃないかもしれないけど、悪い人でもねえよ」

「我を悪人と言わずして何と言う」

「何って、判んねぇけど、でも、でもよ、」

「我は悪人だ」

 人の死を望み喜んだ。我も連中と何も変わらぬ。人は皆、残忍で卑劣で臆病なのだ、元親。我も例外などではない。

 元就がそう言うものだから、元親は「ちがう」とそれだけ言って、元就を強く抱きしめた。

「ちがう、少なくとも、俺にとってのあんたは、ちがうんだ」

「……」

「俺はあんたの事が好きなんだ、本当だ、それはあんたがどんな人間だろうと変わらない、だってあんたは俺を大切にしてくれた、だから」

 だから俺はあんたがどんな人間だろうと、好きなんだ、きっと。

 元親が苦しそうにそう言うと、元就は僅かに眼を開いて、彼の頭を撫でながら、

「本当に優しいな、鬼という種族は」

 そう呟いた。


 +++

 皮肉な事に元就さんは本当に天の子だったとかそういう事で。

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