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めでぃのくの日記
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2025-01-19 (Sun)
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2008-06-19 (Thu)
 書きあがるのは書きあがりました
 色々疲れて息切れぎみなのでまたしばらく休みます
 すいません

 以下、鬼の13

 元親は訳が判らなかった。元就はぼうっと床を見たままで、それ以上何も言わない。元親は「も、元就」と声を出す。

「事情が、判らねぇ、元就、何が有ったんだ?」

 元就はやはり俯いたまま、淡々と答える。

「この国一番の好事家に会いに行った。そこで我は蘇りの法を教えられたのだ」

「蘇り……」

「そうだ。父上と兄上を生き返らせ、我は幸せだった日々を取り戻すつもりだった。彼は我に親切丁寧に教えてくれたとも。魂を呼び戻すためには、代わりになる魂を送らねばならない、と。見たところ卿は特殊な血を引いているから、人間の命では代わりになるまい、そうだ卿の所には鬼が居たね、あれなら大丈夫だろう。あれを捧げればきっと父上も兄上も帰って来るだろう、……とな。……元親、だから我はな、そなたを殺す」

「……」

 元親は何を言っていいか判らず、ただ呆然としていた。元就も何も言わず、しばらくただ沈黙だけがその場を支配した。やがて元就が、静かに懐に手を差し入れ、一枚の紙を差し出して来た。

「元親、受け取れ」

「……これ、なんだ?」

 手に取りながら尋ねると、元就は静かに、

「そなたを自由にする旨を記した書状だ」

 と答える。

「お上の許可を得た。それを役人に見せればそなたは何処までも行ける。それから、もう一通、これはそなたが生まれ育った黄泉までの地図だ。これが有れば、故郷に帰り自由になれよう」

「も、元就?」

「元親」

 元就は深く頭を下げて言う。

「そなたに情を注ぎ、そなたを愛したつもりだ、そなたもそれに安堵しさぞ感謝しておった事であろう。我はそなたを裏切った。我はそなたが思っておる人間そのものだ、卑怯で残忍で残酷だ、そなたをこんな形で裏切るのだから。明日の朝、我はそなたを連れて出かけ、我の幸福だけを求めてそなたを容赦無く殺し、笑う。そなたの事など気にもかけぬ。我は鬼だ、真の鬼だ。そなたにそのような仕打ちをしようというのだから」

 けれど。元就は顔を上げ、元親を見つめる。泣き出しそうな顔だった。

「我にそのような事をする権利は無い、だが我は必ずそなたを殺す。だから、そなたに自由を与える。今夜、今からその紙を持って屋敷から逃げるのだ。我の側から何処までも逃げろ。そうすれば我も諦めて、他の手を捜すだろう。良いな、今宵、ここを出るのだ。我の手から逃げよ。これは命令だ、元親」

 今までありがとう、すまぬ、申し訳無い、我を憎んで良い、だから逃げてくれ、今の我は真の鬼だ、そなたの命をなんとも思わぬ、そなたが思うとおりの人間だ、そなたの信頼を裏切った、我は最低の人間だ。だから、だから元親、頼む、逃げてくれ、我のためにも。





 
 元親は部屋に戻っても、呆然としたままだった。

 どうやら元就が自分を殺して、代わりに父と兄を取り戻す気なのだという事は判った。それも本気だ。だが良心が咎めるから、生きる意志が有るなら好きに逃げろ、と言っているようだ。手には朱印が幾つも押された証書と、大雑把な地図が有る。道や目印となる国、関所などが記されていて、恐らくこの辺りだろうとばかり、大きく黒い印が描かれている。

 しばらくすると隆元がやって来た。提灯と笠、僅かな水、干し野菜などと、それと銭の入った袋を置いて、彼はすぐに去ってしまう。元親は静かにそれらを見て、そして決意した。

 そうだ。自由になれるんだ。なら、帰ろう。他ならない元就がそうしていいと言っているんだから。

 元親は笠を被り、懐に紙や食料、銭を押し込むと、足早に屋敷を出た。雨は小降りになっていて、元親は苦も無く町へ出られた。途中、何度か役人に止められたが、証書を見せると行っていいと言われた。

 元親は夜の道を進んで行く。提灯の灯りだけがゆらゆら揺れた。

 自由になる。そして俺は幸せになるんだ。幸せに。

 元親はそう考えながら歩いて、歩いて、歩いて、……そして、立ち止まった。





 
 朝、元就は目覚めても、長い間布団に潜ったままで居た。朝餉の用意が整いました、と可愛が挨拶に来たが、それでもまだ元就は動き出さなかった。

 元親が昨日の夜、屋敷を出た事は判っていた。それで良かったのだ、と元就は己に言い聞かせる。父や兄は他のどんな代償を払ってでも生き返らせるが、なにも元親を身代わりにさせなくてもよいだろう、と。情をかけたのは裏切るためではなかったし、買い取ったのは殺すためでもなかった。元就にとっても何もかもが想定外で、だからこそ彼は迷っていたし決意してもいた。

 もし、元親が手元に居るなら、殺して幸せな日々を取り戻す。もし、元親が手元に居ないなら、他の方法を探す。けれど、元親がどういった状態に有るかを元就には決められなかった。今すぐ父と兄を取り戻せるなら今すぐしたい、つまり今すぐ元親を殺したいのだ。けれど元親にも一つの命として自由が有る。お前を殺さない、という事は決して出来なかった。お前を殺すとしか言えなかった。だから殺されたくなければ、逃げろとしか言いようが無かった。

 本心は自分の利益の事だけでいっぱいなのだ。幸せになりたい、幸せになるには元親を殺さなくてはいけない、自分の所有している奴隷をどう生かしどう殺そうと、所有者の自由だ、ならば殺せばいい。それが本心だ。殺したくないなら、殺さないと約束すればいいのにそれが出来ない。逃げろ、と言った自分の行為が極めて卑劣で臆病なものだと判っていたから、元就は元親に頭を下げずに居られなかったし、その行動自体、己を守ろうとするものだと知っていたから、尚更自己嫌悪は大きな物になった。

 だが、もういいのだ。元親は黄泉に帰った。だからもう、何も心配しなくていい。

 元就はそう考えて安心しようとするのに、何故だか心が騒いで、ああそんなにも父上と兄上を生き返らせたいのだ、本当は今すぐ馬で駆けて、元親を縄に繋いで連れ帰り、あやつが何を叫ぼうと問答無用で殺したいに違いない……と静かに思う。それがまた嫌で、元就は布団を被った。
 
 と。

「おい、元就。いつまで寝てんだ」

 元親の声がした。元就は飛び上がって布団から這い出た。見ると、部屋の入り口に元親が立っている。

「も、元親」

「日輪様ももうとっくに出てるぜ。今日は大事な日なんだろ、早いところ支度して出かけねぇと」

「も、元親!」

 元就は思わず大声を上げる。

「我の言うた事を理解しておらなかったのか! もし今日、そなたが我の側に居たなら、我はそなたを殺して代わりに父と兄を取り戻すのだと言ったであろう! そなた、我に殺されるのだぞ! 何故戻った! そのような事も判らぬのか!」

「よーく、判ってるよ」

 元親は元就に近付き、しゃがみ込むと元就の眼を見て言う。

「俺だって逃げるつもりだった、黄泉に帰って幸せになるつもりだったよ。でもなぁ、……途中で判っちまったんだ」

「判る? 何がだ」

 元就が怪訝な顔をすると、元親は笑んで言った。

「確かに子供の頃、俺は幸せだった。そりゃ何にも考えてなかったからだ。黄泉は日照りと渇きの地だよ、生き物の住む場所じゃねえ。寒くて震えて、誰かを抱かずには居られないし、食いもんは全部分けあっておまけにそれが不味いと来たもんだ。そんな所に帰る事が本当に幸せなのか。まして今じゃ俺は大人で、何もかも考えられる。同じ場所に立って同じように幸せだと感じられるか? ……いいや、そんな事は無ぇだろう。

 誰だって故郷は懐かしい、子供の頃は泣きたいほど幸せだった気がするよ、でもだからってそこに戻ったら幸せになれるわけじゃない。幻想なんだ。判るか。懐かしさのあまりに俺は夢を見てた。あんな不毛の土地を極楽だと思ってたんだ。そんなわけ無ぇだろう。自由を夢見たが、そりゃなんだ。黄泉に戻る事か? あそこに戻ってまた毎日、僅かな食い物を探して彷徨う事か? そりゃ違う気がしたんだ」

「……では、そなた……帰らぬのか」

「だからここに居るんだろ? 俺は自由になった。だから何処に居ようと自由だ、だから俺は俺自身の意思でここに帰って来た。それじゃ悪いのかよ」

「良い筈が無かろう! よいか、我はそなたを殺すのだ、そなたは殺されに帰って来たのだぞ!」

「人を殺そうってのに泣きそうな声出すんじゃねえぜ、人の命を奪うのは事だ、今からそんなんじゃ俺に手はかけられねえぞ」

 他ならない人食い鬼の俺が言ってるんだ、間違いない。元親はそう言って、元就の手を取って言う。

「あんたの手は暖かい、初めて会った日からずっとだ。あんたは大層な阿呆で偽善者だが、それでも俺はあんたに救われた、あんたに全てをもらった。あんたの側に居られて、俺は幸せだった。俺は笑えたし、飢えを知らなかったし、この世の事を教えてもらえた、何もかもあんたが俺にくれた。俺はあんたが好きだ」

「――、元親、」

「あんたが笑顔になれるってんなら、あんたが幸せになれるってんなら、俺があんたに何か与えられるってんなら、そりゃ喜ぶべき事だ。俺はあんたに全てを貰った、だからあんたに全てを返したって良い。……あんたが親父さんや兄貴を蘇らせて、それで笑えるってんなら、幸せになれるってんなら、俺は喜んで死んでやる。あんたの為なら殺されていい。逃げも隠れもしねえ、俺を連れて行って殺しな。あんたを幸せに出来るのが間接的にでもこの俺だってんなら本望だ。だって俺はあんたが好きなんだからな」

 元就は何も言えず、ただがたがたと震えていたが、そんな彼を元親は抱き寄せる。元就はやはり震えたまま、反応しなかった。元親は静かに元就に言う。

「だがこのまま死ぬのはそれでも怖い、だから思い出をくれ、あの世に持って行って、静かにあんたを思えるような、思い出を」

「……」

「あんたを抱きたい。……一度だけで良い、少しの間だけでいい、あんたを俺のものにさせてくれ。……それだけでいい、あとそれだけ、俺にくれ」

「……」

 元就はやはり何も答えなかったが、やがて静かに、

「……本当に、それで良いのか……?」

 と尋ねた。間接的な了承に、元親はああと短く答えて、そして元就を抱きしめたまま床に押し倒し、そのままずるずると布団まで運んで行った。元就はただ元親に縋りついて、すまぬ、と繰り返していた。いくら言っても止まらないのは、殺す事への謝罪と、謝罪する事への謝罪を繰り返すからだった。






 翌日、元就は元親を連れて屋敷を出た。
 
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