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めでぃのくの日記
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2008-06-20 (Fri)
 なんだか何を書いていいか判らないので
 とにかく続きを。次でラストです。鬼の14

「君が元就君? 話は聞いているよ、黄泉返りがお望みだってね」

 指定された森の入り口へ二人が訪れると、木陰から一人の青年が現れて言った。白い髪の青年で、彼は自分を竹中半兵衛と名乗った。

「色々有って名字ももらっているけど、まぁ妖術師とでも考えてくれればいいよ」

 もうこの仕事も長いからね、数百年だ。

 半兵衛はそんな事をつまらなそうに言いながら、木陰に戻って行った。どうやらそこに道が有るらしい。元就は一度元親を見てから先に進んでいった。それを元親も追う。

 繁みの間を縫うように進み、やがて山肌に洞窟が有るのを見つけた。半兵衛はそこに戸惑う事無く入って行く。元就達も中を恐る恐る覗きこんでから、半兵衛を追った。

 細い洞窟をしばらく進むと、広い場所に出た。蝋燭に照らし出されたそこには大きな鉄の釜が置いてあって、その周りに用途の判らない道具が転がっている。上を見上げるとかなりの高さが有った。部屋の隅には小さな鏡が置いてある。あとは壁一面に箪笥が置かれていた。

「君は……特別な子だね。誰を蘇らせたいんだい?」

「父と、兄を……」

「それは……そうだね、そこの鬼と交換になるけど、いいかい?」

 半兵衛が元親を指差して言う。元就は一度元親を見た。元親は大きく頷いて、「いいぜ」と答える。

「さっさとずばっといってくんな。こちとら死ぬのが怖くないわけじゃねえ」

「だろうね。大丈夫だよ、死はとても安らかだ。恐れる事など何も無いよ。楽に殺してあげるしね。……じゃあ君、とりあえずこのお酒を飲んでくれるかな」

 半兵衛は箪笥の中から何種類かの薬を取り出して、杯に入れるとそこに液体を満たした。それを差し出されて、元親は恐る恐る受け取る。

「これ、毒か?」

「まさか。毒なんて苦しいじゃないか。それはただの眠り薬だよ。君はぐっすり眠ったまま、安らかに死ねる。大丈夫だから、それを飲んで。しばらくしたら眠るだろうから、……元就君、それまで側に居てあげたら。お別れなんだからね」

 じゃあ、僕は準備が有るから。

 半兵衛はそう言うと部屋の奥へと行ってしまった。明かりも無いのに彼は悠々と洞窟を更に進んで、すぐにその姿は見えなくなってしまう。元親は杯を見て、それから元就を見た。元就は何故だか泣き出しそうな顔をしていて、元親は思わず笑ってしまった。

「……何を笑う」

「だって。あんた、幸せになるんだろ。あんたこそ笑えよ」

「そなたを不幸にする」

「俺は幸せだぜ、あんたが幸せになれるんだからな」
 
 そう言ってやっても元就は悲しげに「だが」と呟いて、そしてそれきり何も言わない。それにまた笑って言う。

「でも嬉しいぜ、あんたが建前だけでもそうやって悲しんでくれるならな」

「……」

「……寝ちまうんなら、座っといた方がいいかな……よっと」

 元親は側の壁に近寄ると、そこに座り込んでもたれた。静かに杯の中身を飲み干す。味は無かった。元就が側に寄って来て、元親は笑ってみせる。

「どうなるんだろうな、俺。あの世でまた会えたら、教えてくれよ」

「……とても、会えぬ……」

「会いに来てくれよ、俺はあんたの事を恨んだりしねぇんだから。なあ、同じ場所に行けるなら、また会える。だからまた会ってくれ。それで俺にまた色々教えてくれ。今度は俺もあんたに教えられる事があるから」

「……あの世の作法などをか? ……それは、……楽しみだ。……ならばそなたに教わりに行こう」

 元就が悲しげに笑むのを見ると、元親も同じような笑みを浮かべた。

「……わらえよ、あんたのえがお、すきだから」

 そう言って元就の頬を撫でる。急に重い眠気が襲って来て、元親は何も考えられなくなってきた。ただ元就はちゃんと笑みを浮かべて、そして元親を撫でて、何か言った。聞き取れなかったが、その笑みがあんまり幸せそうで、元親も満たされた気持ちになって睡魔に身を任せ、そして闇へと落ちて行った。






 ふと気付くと、側に元就が居た。元就は光秀に縋りついて泣いていた。

『あ、明智、明智、我は、我はどうすればいい』
 
 元就は何か酷く怯えた様子で、光秀を見ずにただただ言葉を紡いでいる。

『そなたの言うとおりだった、復讐は果たせたぞ、奴も父上と同じように死んだ、それを我は笑ってやるつもりだったのに、なんなのだこの胸が苦しいような、頭が痛いような、訳が判らぬ、そうすれば幸せになれると、明智は言ってくれたのに、我もそうだと信じておったのに、何故だ、何故、何故なのだ、何が間違っておったのだ』

『毛利殿……』

『そなたの側で我は幸せになるはずだったのに、我は何を間違えてしまったのだ? そなたの言う事は全て聞いた、何もかも思い通りになったのに何故こんな、心にぽっかり穴が開いたような虚しい気持ちに、何故涙が溢れてくるのだ、我には判らぬ、何故だ、明智、明智なら判るであろう、なあどうすれば良いのだ、我に教えてくれ、我はどうしたら解放されるのだ、もう辛い、もう嫌だ、父上と兄上の所に行きたい、明智、明智……』

 光秀は悲しげな顔をして、元就の頭を優しく撫でる。元就はそれにも気付かぬ様子で、「明智、明智」と不安げに名を呼び続けている。

『毛利殿、……私は貴方の闇を深くする事しか出来なかったんですね』

 光秀はそう言うと溜息を吐いて。そして、優しく優しく言った。

『毛利殿。私が貴方にしてあげる事が、全て貴方のためとは限らない。私は他ならない私のために、貴方が幸せになる事を望んでいる。判りますか?』

『……?』

『貴方が泣いて私の胸を苦しめないなら、私も幸せでしょう。人間とはそうしたものです。……ねえ、毛利殿』

 ようやく顔を上げた元就の頬を撫でながら、光秀は言った。

『私は信長公……お上に拾われ、そして安らぎの日々と飢えを知りました。そして貴方を拾って、こうして貴方に微笑む事を知りました。……毛利殿、……貴方も拾えば良い』

『ひろう?』

『そうですよ、毛利殿。どうせ貴方もこれから貴族として成長するなら、家畜が必要です。それもとびきり珍しいのがね。……それを拾って、貴方なりに愛してごらんなさい。私が貴方にそうしたように。それはとてつもなく傲慢な偽善ではありますが、……それでも、今の貴方を私が救えない以上、どんな手でも尽くすべきだ。このままでは貴方はまた壊れてしまう。私はね、貴方の事を裏切りたくはないのですよ』

 ですから。見上げてくる元就の眼を覗き込みながら、光秀は言った。

『私が何か探してきますから、それを買い取って、貴方なりに愛し、貴方の全てを注いでごらんなさい。それで貴方が幸せになれるとは限りませんが、それでも得る物はあるはずです』

『我は、……我は父上と兄上の所に行きたい』

『いつでも行けるでしょう。ならば行かない方が良い』

『明智』

『貴方がどうしてもそうしたいと言うなら、私は貴方の手伝いぐらいはします。ですが何もかも貴方の手でおやりなさい。いいですね』

 だから、私の最後の命令を、必ず実行するんですよ。貴方は誰かを救うんです。いいですね。

 光秀の言葉に元就はややして頷いて、そして二人の姿は消え失せた。

 元親はそんな様子を、ただ座ったまま見ていた。酷く身体が重くて、動く気にはならなかった。と、そこに半兵衛がやって来る。

「やあ、元親君……だったかな。さぁ行くよ、着いておいで」

 半兵衛はそう言うとすたすたと歩き始めてしまった。元親は酷く億劫だったが、のろのろと立ち上がると歩き始める。

 辺り一面真っ黒で、半兵衛以外に何も見えなかった。半兵衛はそこをすたすたと歩いて行く。元親はそれをゆっくりと追って行った。しばらく歩くと、半兵衛が立ち止まり、何か戸のようなものを引いた。するとその先に光が見えた。

「先に行っていて。たぶん、居ると思うから、こっちに出て来るように説得して。君はそこに残るんだよ」

 半兵衛はそう言って、元親に中に入るよう促した。元親はそろそろと中に進む。中はまさに桃源郷と呼ぶに相応しい楽園だった。日の光は温かく柔らかで、鳥は空を舞い花が踊る。一面の木々には果物が成り、水は静かに流れて小川は池へと変わり、魚が跳ねた。

 元親は呆然とその光景を見ていたが、やがて後ろで音がした。戸が閉まったらしいが、戸のような物は何処にもなくて、ただ後方にも同じような空間が広がるばかりだった。元親は手を伸ばして戸を探したが、やはり何も見つからない。諦めて歩き始めると、すぐ目的の物は見つかった。

 岩の上に腰掛けて二人の男が酒を酌み交わし、何が面白いのかけたけたと笑いあっていた。その髪の色や顔立ちが何処となく元就と似ていたから、恐らくこの二人だろうと思い、元親は近付く。

「……おお? ここに鬼とは珍しい。何しに来たね」

 年老いた男の方が元親に声をかけた。彼らは元親の姿を見ても怖じる事は無く、まぁ座れ一緒に飲もうと酒を差し出してくる始末だった。元親は呆気に取られながらも、彼らの側に座って事情を話す。

「あの……俺は、元就の縁のもんで……」

「おお、元就! 元気にしとるかね、あれは」

「あの子は賢いが、時に賢すぎるのが難点だ。あれは判断を誤るからなあ。賢い頭に正しい判断が出来る補佐などついていてやらないと、どうにかなってしまうぞ」

「あ、あの」

「ん、何かね」

 放っておくといつまでも二人で盛り上がっていそうなので、元親はなんとか話を割り込ませて続ける。

「それであの、元就が、俺の代わりに、あんたら二人を生き返らせたいって」

「何、ワシらをか」

「元就が?」

「そう」

 元親が頷くと、二人は顔を見合わせて、それからげらげら笑い始めた。

「あ、あの……」

「あんの馬鹿息子。いいか、鬼。帰って元就にこう言っとくれ。ワシは帰らんとな」

「俺も帰らないよ。ここに居れば毎日極楽だ、酒にも困らない。何で帰らなくちゃいけないんだ」

「で、でも、元就はあんた達を生き返らせるために、たくさん努力を……」

 元親がそう説明しようとすると、父親の方が元親の顔を覗き込んで言う。

「あんた、元就の為に命を張ったんだろう。そんな奴が側に居るってぇのに、知らんふりでこの老いぼれと飲んだくれを生き返らせようなんて正気の沙汰じゃないぞ。あんたには感謝するがそこはあの馬鹿を殴ってでも止めるところだ」

「は、はあ……」

「それに俺達は生きるなんて事したくない。あれだけ酷い目にあって死んだのに、何が悲しくてまた生きたりなんかしなきゃいけんのだ。俺達は帰らないし、会いたけりゃ勝手に来ればいい、……ああでも、こうも伝えておいてくれ、あと三〇年以内にこっちに来たら勘当だとな」

「大体あいつは誰のおかげで幸せになれたと思っているんだ、毎日太陽を拝んどるのはなんだありゃ、習慣か? 嘆かわしい。馬鹿息子め」

 二人はひとしきり元就の文句を言っていたが、元親はなんとなく彼らの言わんとしている事が判ってきた。つまり、彼らは死者が生贄と引き換えに現世に戻るという事を好ましく思っていないのだ。まして、息子が死者の幻影を求めて日々嘆くという事態を怒っているのだ。

「折角生きとるし、元就の為に死んでもいいという阿呆な鬼が見つかったんだ、素直に幸せになりゃいいのに、あいつは何を馬鹿な事をしとるんだ。やい、鬼。帰ったらあいつの頭を叩いて、……いや尻でいい、尻を叩いてやれ」

「し、尻……?」

「そうだ馬鹿な弟の根性を叩き直しておいてくれ。あれには沢山可哀想な思いをさせたが、これ以上あれを不幸にさせんためにも、俺達は帰らない。判ったらさっさと弟の所に帰ってくれ。あの頭でっかちには、あんたぐらい愚直なのが必要なんだ」

 さあさあ、帰れ帰れ。

 二人はそう言って手を振った。元親はしばらくそのまま二人を見ていたが、やがて尋ねる。

「それで、……それで元就は幸せになれるんだな?」

 すると兄の方が微笑んで言った。

「今を愛せない人間が幸せになれると思うか? 過去にすがり付いていれば何か変わるか? 変えるのも愛するのも今だ、そして明日だ。さぁ帰ってあげてくれ。それで俺達の代わりに力の限り抱きしめてあげてくれ。……ああ、へし折れない程度にな」






 来た方に戻って、しばらく景色にあてどもなく手を伸ばして戸を探していると、ふいみ右隣から半兵衛が顔を出して来た。

「ああ、やっぱり君が帰って来たか。まあいいや、丁度良い。どうにかして欲しかったんだ」

 半兵衛はそんな事を言って元親を手招いた。元親は彼が何を言っているのかさっぱり判らなかったが、ひとまず半兵衛が出て来た穴に入る。

 と、元親は目覚めた。

「……あ?」

 酷く瞼が重くて眠かったが、なんとか眼を開ける。と、目の前に元就が居た。元就は見ていられないほど泣いていて、元親はぎょっとして彼を抱いてやろうと思ったが、あいにく体が動かない。なんだと見てみれば体は鎖でぐるぐるに巻かれていて、身動きなど取れそうにもなかった。

「も、元親、元親!」

 元就は元親が目覚めた事に気付くと、ぎゅっと抱きついてきながら言う。

「わ、我は間違いを犯したぞ、元親!」

「まちがい……?」

「そうだ間違えたのだ、あの妖術師め、そなたを眠らせたかと思うたら鎖でぐるぐるにして! 生きたままそこの鍋でぐつぐつ煮込んで、どろどろになったところに魂を入れて死者を生き返らせるなどと! そんな死に方が辛くないはずがなかろう、そなたを苦しめたくない、なによりぐずぐずになったそなたが父上や兄上になったとして、我はどんな顔をしてお会いすればよいのだ!

 その上そなたが眠ってからというもの胸の痛みは酷くなり、頭はくらくらするし手は震えるし、そなたから離れまいとぎゅうぎゅう抱きついてしまう! なんだこれは!」

 元就は訳が判らないといった風に首を振って、元親の頬に手を当てる。

「元親、もうよい、死なずとも良い、こんな思いをしてそなたを犠牲にするなら、いっそ我が会いに行くゆえ、悪いが一思いに我を殺してはくれぬか、ああしかしそうするとそなたは人殺しの鬼として今度こそ処分されてしまう! ああどうすればよいのだ、元親、訳が判らぬ、父上と兄上に会いたい、会いたくてたまらない、だがそなたと別れたくないのだ、どうしてもそなたと離れたくない、なんだこれは、なんなのだ」

 そう一息に言った元就に、元親は笑みを向けて言った。

「……そりゃあ、あんた、俺に、情が、移っちまったんだなあ……」

「情が? 何を言って、ああ我はどうしてしまったのだ、さっきから涙が止まらぬ、胸が苦しいし喉も焼けるようだ、何故こんなに辛い思いをしておるのだ、我は、さっぱり判らぬ、そなたには判るか、元親、そなたを殺そうとしておいて言うのもなんだが、どうにか出来るならどうにかしてくれ、そなたを殺すなどともう言わぬから、我はどうしてしまったのだ」

 元親は小さく笑った。

「あんた、本当は知ってるはずだよ」

「何を……」

「あんたは人形じゃない。あんたの目は硝子球じゃないし、あんたの手は暖かい、あんたの中には心が有って、あんたに泣けと言ってる。だから本当はあんた、全部知ってるはずだよ。ほら、自分に聞いてみな。俺じゃなくて、お前に」

「……元親、……」

 元就はしばらく黙って、何か考えていた。その間にもはらはらとこぼれる涙は止まらなかったが、元就はそれを拭いもせずにただ考えて、そして元親の顔を見た。

「……元親、……我は間違えた」

「あんたは人間だ。人間ってのは間違えるもんだ」

「我は恐ろしく卑怯で残忍な事をした」

「でもあんたは引き返した。引き返せた。ならいいじゃねえか」

「だが」

「あんたは恐ろしく卑怯で残忍で臆病で愚かだよ、でもそりゃあ人間の本質だろう。その本質を覆い隠して俺を殺さないって決めてくれたんだろう。……それだけで充分だよ、元就。……泣くなよ。俺、あんたが笑ってくれるのが好きなんだ。それが一番幸せなんだ」

 元親がそう言うと、元就は「すまぬ、ああいや、もう謝らぬぞ、……ありがとう元親、我はそなたを、そなたを愛する、それで良いのか本当に、こんなこんなちっぽけで愚鈍な我が、我が、そなたを我の幸福にして良いのか」と答えも求めずに連ねた。元親はただその全てに頷いてみせて、そして元就は元親を一際強く抱きしめて。

 それから長い間、二人はそのままでいた。元就の重みで鎖が食い込んで痛かったが、元親は黙って元就に抱かれていたし、子供のように泣き続ける彼をただただ見守った。

 やっと解放されたんだ、こいつは。全てから。自分から。

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