でかい薬だった。
錠剤というよりは座薬の域のでかさだった。
でもおいしかったからまだマシかな。
ひさこたもこれを含まずあと2回で終わる予定ですので
ご安心下さい……
以下、ひさこた
お話が3月→4月→6月→7月→11月と吹っ飛んでます。
次は12月。
錠剤というよりは座薬の域のでかさだった。
でもおいしかったからまだマシかな。
ひさこたもこれを含まずあと2回で終わる予定ですので
ご安心下さい……
以下、ひさこた
お話が3月→4月→6月→7月→11月と吹っ飛んでます。
次は12月。
「またクビになったの?」
佐助にいつも通り報告すると、彼はいつも通りそう言ったので、小太郎ももまたいつも通り、頷いてそれで話を終えるつもりだった。
その頃やっていたのは運送の手伝いで、小太郎は黙々と仕事をこなしていたし、最初は歓迎されていた。いつも通りに。そしていつも通り、仕事にも慣れたある日、突然辞めないかと相談を持ちかけられる。それは相談ではなく命令だと思っていたので、小太郎は素直に頷いた。出て行く小太郎を見てにやにやと笑っている従業員も居た。小太郎は彼らにも素直に頭を下げて去ったのだ。
それはあまりにもいつも通りの展開で、小太郎は佐助もいつも通りの反応をするだろうと、むしろ予想さえせずに伝えたのだ。
ところが、その日に限って佐助が厳しい表情を向けたものだから、小太郎は困惑してしまった。
「どうしてそうなったのか、聞いたの? 前にも言ったけど、雇用側が理由を提示せずに解雇するのって出来ないんだよ。こたちゃんは自分が解雇される理由を聞いた?」
いいえ、と小太郎が首を振る。なんで聞かないの、と佐助に聞かれても、小太郎は上手く返事が出来ない。そんな小太郎を見て、佐助は怒鳴る。
「こたちゃんはなんで何も言わないの!? ……声が出ないなんて知ってるよ! でもなんでこたちゃんはこたちゃんの言葉で言ってくれないの?
俺にはこたちゃんが何を考えているのか全然判らない! こたちゃんは本当はどうしたいの!?」
佐助はそう言うが、小太郎には佐助が何を言おうとしているのか判らない。待って、と伝えても、佐助は待ってはくれなかった。
「判ってるよ、こたちゃんはどうせ”自分が悪いからこうなるんだ”とか、そんな風に言うんだ。でもならどうしてこたちゃんは自分の何が悪いのか知ろうとしないの!? もめるたくないのも、嫌われたくないのも判るよ、こたちゃんが本当に優しい事って判る。でもそれじゃあこたちゃんはなんなの、天使か何かなの!? 違うでしょ、こたちゃんは人間でしょう!? 人間は怒るし嫌うし、自分を守るんだ! なんでこたちゃんは自分を守ろうとしないの!?」
どうして、と、言われても。なんとか返事をしようと、手を動かすと、佐助はその手を掴んでしまう。
「なんでこたちゃんは、喋ろうとしないの!? 喋りたいんなら喋るふりでもいい、どうしてこたちゃんはその口を開こうとしないの!? こたちゃんは声が出ないって言ってるけど、こたちゃんの声を封じているのはこたちゃん自身だよ!? こたちゃんは本当は喋りたくないんだ! 本当は介護師になんてなりたくないんだ……!」
佐助がそう叫ぶように言うのに、小太郎はただ呆然とするしかなかった。
声が出ればいいと思っているつもりだった。皆と話せればいいと願っていた。それに声が出るようになれば、ずっとやりたかった介護の仕事が出来るようになる。だから自分は声が出るようになる事を願っているつもりだった。
佐助には自分の言いたい事を伝えているつもりだった。願いや、望み。そういった、……自分の輝かしい部分。
人は誰でも隠したいものを持っているという。だから小太郎も隠していただけだ。いや、隠した事にも気付いていなかった、というべきだ。小太郎も自分が声を出す努力をしていない事に、その時初めて気付いたのだから。
だから小太郎は佐助にそう言われても、自分がどうしたいのか、どう考えているのかなど咄嗟には理解出来なかった。ただ小太郎に出来たのは、佐助のところから逃げ出して、一人になる事だけだった。
アパートに居ると佐助が来そうで、小太郎は逃げるように街に出た。ように、ではなく、事実逃げたのかもしれなかったが、小太郎にはそういう事を考える余裕は無かった。
既に11月下旬、夜の街は寒くて、小太郎は震えたが、とてもコートを取りに帰るような気持ちにはならなかった。小太郎はかたかたと震えながら、街を歩いて行く。住宅地をのろのろとあてども無く、小太郎は歩き続けた。
本当は、喋りたくないんだろうか。……そんな事無い、俺は喋りたい、言葉を使いたい、だけど俺はどうして口を開かないんだろう。
小太郎は自分の胸を押さえながら考える。だが答えは帰って来ない。
俺は、本当はどうしたいんだろう。
小太郎は考えに考えたが、何もかも判らず。
そして一番最初に浮かんだ望みに従って、小太郎は歩む方向を変えた。その先が自分を受け入れてくれるとは限らなかったが、小太郎はとにかく歩いた。
「やあ小太郎君じゃないか、いやちょうど良かった、困っていたところなのだよ!」
恐る恐るチャイムを鳴らすと、久秀はしばらくして出て来て、小太郎の顔を見るなり彼の手を握って家の中に入れた。小太郎は挨拶するタイミングも失って、部屋に引きずり込まれ、そして茶の間に置かれたおでん鍋の前に座る事になった。
「まったくあの連中は、甘いものは苦手だからと伝えたら、何を思ったのかまた三人揃っておでんセットを買って来て。私に三人前のおでんを食えというのか。どうせだから一緒に食べて行かないかとさりげなく提案したというのに、連中め、要らない気を使って帰ってしまった。いやこの山のようなおでんを前に私は途方に暮れていたところなのだよ、小太郎君が来てくれてよかったよ、ほら食べて行ってくれ!」
久秀はそう捲くし立てながら、食器類を小太郎の前に並べていく。あの、あのと手を動かしても、久秀は「いや本当に助かった」と独り言を繰り返して、そして最終的に小太郎の向かいに腰を下ろしてから、
「……ん? 小太郎君、そういえばこんな時間にどうしたんだね?」
と、ようやく事情を尋ねた。その事に小太郎は思わず噴き出して、「別に大した用ではないんです」と答えると、久秀と一緒におでんを食べた。
久秀は「そうかね」とそれだけしか言わず、小太郎も安心してそのまま馳走になった。
三人前のおでんはかなりの量だったが、小太郎は日頃食事を充分に摂れていないため、長々といつまでも食べた。久秀はそれに対して文句も言わず、始終にこにこと小太郎の事を見守って、時折茶を淹れた。
そうこうするうちに随分時間が経ってしまって、小太郎がふっと気付くと時計は9時をさしていたものだから、小太郎は焦った。あわあわと「帰りますごめんなさい長居をしてしまって」と伝えながら、小太郎はふっと、何故自分はそれでも口を開こうとはしないんだろう、と不思議に思った。それに少し気分が落ち込むが、事情を知らない久秀が何を言うでもない。
「ああ、……もう遅くなってしまったな。……明日、予定は有るのかね?」
久秀がそう尋ねてくるものだから、小太郎は素直に「有りません」と即座に答える。
と。
「なら、泊まって行けばいい」
久秀はそう勝手に決めて、部屋の奥へと行ってしまった。それを慌てて止めて、小太郎は「悪いです」と伝える。だが久秀は「いいや大丈夫、奴等、布団も3セット持って来たから、卿の分も布団は有るしね」と取り合わない。
あの、でも、あの、と身振り手振りすると、久秀はふいに止まって、小太郎をまじまじと見る。
「嫌なのかね。迷惑か」
そう静かに問われると、小太郎も「いえ、そうじゃなくて、あの」と困ってしまうのだが、久秀はなおも小太郎に顔を近づけて問う。
「卿は泊まりたいのか、泊まりたくないのか」
そう言われてしまうと小太郎は、恐る恐る、「選べというなら、泊まりたいですけど」と答える。すると久秀はにっこり笑って、
「なら泊まって行きたまえ」
と言うと、さっさと布団を敷いてしまって、小太郎はまた呆然とするしかなかった。
「じゃ」
久秀はそう言って、障子を閉めて行ってしまって、小太郎はますます困惑した。
顔を見せろと言い出した後に泊まって行けと言ったのだから、きっとそういう事なのだろうと少し考えて、多少覚悟していた小太郎は、風呂も貸してもらって、寝間着も貸してもらって(また3つ有ったらしい)、そして部屋に戻る。久秀は待っていたのだが、小太郎を確認するとにっこり笑って「おやすみ」というと部屋を出て行ったのだった。
時計を見ると10時を少し回っていて、久秀の就寝時間になっている事に気付いた小太郎は、改めて久秀は特別な人だと思った。そろりと障子を開けて廊下を見ても、久秀の姿は無い。その事に少し笑って、それから少しだけ、淋しい気持ちになりながら、小太郎は布団に潜った。
電気を消して、目を閉じる。そうして静かな時間が過ぎると、小太郎は佐助との事を思い出す。
佐助は怒っていた。あんなにも怒っていた。その理由は、恐らく小太郎が喋ろうとしない事なのだろう。小太郎は試しに口を開いて声を発そうとしてみる。が、やはりいつもと同じで、音すら出せない。だがとりあえず、手話と同時に口を動かそうとしてみる。
そうしてみて初めて、自分が発音の仕方さえ忘れかけている事に気付いて、小太郎は焦る。子供の頃はちゃんと喋っていたはずだ。小学校低学年までは小太郎も教師やクラスメイトと話していたのだ。だから小太郎は喋り方を知らないわけではない。だのに、小太郎は何もかも忘れかけている。
そうだ、こんな事ではいけない。佐助の言う事は最もだ。俺は努力をしていない。喋る事を諦めてないような事を言いながら、そのくせ何もしていない。
こたちゃんは、本当はどうしたいの。
その言葉を思い出し、小太郎はしばらく考えて。そして、のろりと布団から這い出た。
そろ、と部屋を出る。静かになった家の廊下を、ゆっくりと進む。他の家はまだ明かりがついているから、この家だけが眠っているようだった。
久秀の寝室に辿り着くと、そうっと障子を開ける。部屋の中央に布団を敷いて、久秀は既に電気を消して目を閉じていた。小太郎は音を立てないように中に入ると、久秀の傍まで行った。
こたちゃんは気配が無いよね、というのは誰もが言う事だったので、小太郎は久秀を起こさない自身があった。なのに、傍に寄って顔を覗き込むと、久秀はぱちりと目を開けて、小太郎を見詰めてきたのだ。小太郎はあんまり驚いて、そのまま固まってしまった。
しばらくそうして二人で見詰め合っていると、ふいに久秀が尋ねる。
「……卿は、何をしに来たのかね? もちろん、この部屋に、まして、この家に」
久秀はあえて問わなかった事を、改めて今、尋ねている。
「卿はこんな時間に私の家を訪れたのに、その理由を語ろうともしない。卿は何かを求めてここに来た筈なのに、それを明らかにしない。ましてや求めているのに諦めようとした。……そのくせ、こうして私の元にやって来る。……いやはや、卿と一緒に居ると飽きないな……」
久秀はそう呟いて、小太郎に手を伸ばす。小太郎は逃げない。
「……卿はどうしてここに来た? 何をしに。……どうしてそれを隠そうとするのだね? ……何故、卿の言葉でそれを伝えてくれない?」
「……」
「それが私は判らないものだから、卿にどう応えていいかも判らない。だから卿の求める物を与えてやれない。……声が欲しいかね、小太郎君」
久秀の問いに、小太郎はしばらく考えて、そして口だけで、「はい」と答えた。それに久秀は僅かに笑んで、小太郎の頬を撫でた。
「卿は既に言葉を持っている、声を持っている、なのに卿は私に届かないものだと思い込んで黙っている。……言ってくれ、卿はどうして欲しいのだね? ……卿が本当に欲しいものを欲しがる事はなんら悪い事ではないのだよ。……卿は、どうして欲しい?」
久秀の問いに、小太郎はまたしばらくの時間をおいて、そして、また口を動かす。それを見て、久秀は小太郎の額に手を当てると、ゆっくりとその前髪をずらす。そして久秀はしばらく小太郎の顔を見てから、彼の頭を撫でた。
「私が想像していたよりずっと卿の顔は凛々しいね……でも益々好きになった。……どうしたんだい、何をそんなに恐れる? ……私は卿が好きだよ? 私の事を卿は好いてくれていると思っていたんだが……おやどうしたんだ、何をそんなに苦しげに泣く」
小太郎が急に涙を零し始めたものだから、久秀は僅かに顔を顰めた。だがそれは不快というより、理解が出来ない、という風だった。久秀は小太郎の頬に触れ、それから上体を起こすと、小太郎を抱き寄せる。
「……小太郎君、声を上げて泣きなさい。声が出ない事は無論判っているよ、だがその泣き方では卿の心は癒されない。さあ声を振り絞って、叫んでごらん、泣いてごらん。私はそれを責めない。ほら……」
久秀がそう言うと、小太郎は目を閉じて、久秀の肩に顔を埋めると、力の限り泣いた。叫んだ。喉はやはり音さえ出さなかったが、小太郎は震えて泣いた。子供のように泣きじゃくった。
幼い頃から溜め込んだ全てを吐き出すように、小太郎は久秀に抱き寄せられたまま、果てしなく泣き続けた。
俺は、俺はお父さん、お父さんが好きだったのに、お父さんは、お父さん、お父さんに会いたい、お父さんに好きだといいたい、お父さんのそばにいたいのに、お父さん。
もう誰にも殴られたくない、嫌われたくない、痛いのはいやだ、怖いのもいやだ、訳が判らないのも優しくされるのもうんざりなのに、声が出るなら言葉が有るならあいつらに呪いの言葉の一つもぶつけてやるのに、俺は俺は俺は。
ああやっぱり俺は汚い、嫌な人間だ、こんなに人の事を憎んでいるのに、皆を騙して、俺は俺は、俺は生きていて、俺は、俺の望みを持っていて、だから、ああ、訳が判らない、俺は、松永さん、俺は、俺は、松永さんが好きです、貴方が他の誰とも違うから、だけど俺は貴方を求められない、怖いんです、だって俺は、俺は俺が判らないから……。
ずっとずっと溜め込んできた言葉を、ただ呼気でのみ吐き出す。それが久秀に伝わるはずが無い。小太郎は久秀の肩に顔を埋めていて、その口がどんな言葉を作っているのか、久秀には判らない筈なのだ。だのに久秀は小太郎の背を撫で、根気良く付き合ってくれる。時折、何かを優しげに呟きながら。
「私は卿が好きだよ」
(俺もです、だけど、俺は、松永さんに好かれるような人間じゃありません)
その言葉が今までずっと自分に向けられていたものだと気付いて、小太郎はますます悲しくなる。
(どうして貴方は、)
「卿は綺麗だな……」
(俺はそんな、)
「卿を見ていると、私は今まで考えなかった事を、たくさん考えてしまうんだ……変だな」
(それはなんですか、なんで貴方は俺に貴方の事を教えてくれないんですか)
「卿と居ると、私はこのつまらない世の中でも、まだ生きていても楽しいような、そんな気がするんだよ……」
(どうしてそんな事を、どうしてそんな悲しい事だけを俺に聞かせるんですか)
俺は、貴方の言葉が聞きたいのに。
そう叫んで、そして小太郎は佐助や他の人間達が、どうして自分を殴ったのか判った。小太郎は思わず久秀の胸を叩いて、そして彼に抱きついたから。彼はあくまで優しく小太郎を受け入れて、それすらも小太郎に悲しい思いをさせたから。
「小太郎君……卿はどうしたいのだね? 卿の望むとおりにすればいいんだよ……?」
貴方は、どうしたいんですか、俺に優しくしたりして、家に泊めてくれたりして、それで俺の好きにしろなんて言って、貴方にとって俺はなんなんですか。
小太郎はただただ叫んだが、久秀にそれは届かない。久秀はただ優しく小太郎を抱きしめただけで、そして夜は更けただけだった。
小太郎は、久秀の家に行く事を止めた。
+++++
色々書き足りないんで掲載時にはもうちょっと色々書かれるかも。
佐助にいつも通り報告すると、彼はいつも通りそう言ったので、小太郎ももまたいつも通り、頷いてそれで話を終えるつもりだった。
その頃やっていたのは運送の手伝いで、小太郎は黙々と仕事をこなしていたし、最初は歓迎されていた。いつも通りに。そしていつも通り、仕事にも慣れたある日、突然辞めないかと相談を持ちかけられる。それは相談ではなく命令だと思っていたので、小太郎は素直に頷いた。出て行く小太郎を見てにやにやと笑っている従業員も居た。小太郎は彼らにも素直に頭を下げて去ったのだ。
それはあまりにもいつも通りの展開で、小太郎は佐助もいつも通りの反応をするだろうと、むしろ予想さえせずに伝えたのだ。
ところが、その日に限って佐助が厳しい表情を向けたものだから、小太郎は困惑してしまった。
「どうしてそうなったのか、聞いたの? 前にも言ったけど、雇用側が理由を提示せずに解雇するのって出来ないんだよ。こたちゃんは自分が解雇される理由を聞いた?」
いいえ、と小太郎が首を振る。なんで聞かないの、と佐助に聞かれても、小太郎は上手く返事が出来ない。そんな小太郎を見て、佐助は怒鳴る。
「こたちゃんはなんで何も言わないの!? ……声が出ないなんて知ってるよ! でもなんでこたちゃんはこたちゃんの言葉で言ってくれないの?
俺にはこたちゃんが何を考えているのか全然判らない! こたちゃんは本当はどうしたいの!?」
佐助はそう言うが、小太郎には佐助が何を言おうとしているのか判らない。待って、と伝えても、佐助は待ってはくれなかった。
「判ってるよ、こたちゃんはどうせ”自分が悪いからこうなるんだ”とか、そんな風に言うんだ。でもならどうしてこたちゃんは自分の何が悪いのか知ろうとしないの!? もめるたくないのも、嫌われたくないのも判るよ、こたちゃんが本当に優しい事って判る。でもそれじゃあこたちゃんはなんなの、天使か何かなの!? 違うでしょ、こたちゃんは人間でしょう!? 人間は怒るし嫌うし、自分を守るんだ! なんでこたちゃんは自分を守ろうとしないの!?」
どうして、と、言われても。なんとか返事をしようと、手を動かすと、佐助はその手を掴んでしまう。
「なんでこたちゃんは、喋ろうとしないの!? 喋りたいんなら喋るふりでもいい、どうしてこたちゃんはその口を開こうとしないの!? こたちゃんは声が出ないって言ってるけど、こたちゃんの声を封じているのはこたちゃん自身だよ!? こたちゃんは本当は喋りたくないんだ! 本当は介護師になんてなりたくないんだ……!」
佐助がそう叫ぶように言うのに、小太郎はただ呆然とするしかなかった。
声が出ればいいと思っているつもりだった。皆と話せればいいと願っていた。それに声が出るようになれば、ずっとやりたかった介護の仕事が出来るようになる。だから自分は声が出るようになる事を願っているつもりだった。
佐助には自分の言いたい事を伝えているつもりだった。願いや、望み。そういった、……自分の輝かしい部分。
人は誰でも隠したいものを持っているという。だから小太郎も隠していただけだ。いや、隠した事にも気付いていなかった、というべきだ。小太郎も自分が声を出す努力をしていない事に、その時初めて気付いたのだから。
だから小太郎は佐助にそう言われても、自分がどうしたいのか、どう考えているのかなど咄嗟には理解出来なかった。ただ小太郎に出来たのは、佐助のところから逃げ出して、一人になる事だけだった。
アパートに居ると佐助が来そうで、小太郎は逃げるように街に出た。ように、ではなく、事実逃げたのかもしれなかったが、小太郎にはそういう事を考える余裕は無かった。
既に11月下旬、夜の街は寒くて、小太郎は震えたが、とてもコートを取りに帰るような気持ちにはならなかった。小太郎はかたかたと震えながら、街を歩いて行く。住宅地をのろのろとあてども無く、小太郎は歩き続けた。
本当は、喋りたくないんだろうか。……そんな事無い、俺は喋りたい、言葉を使いたい、だけど俺はどうして口を開かないんだろう。
小太郎は自分の胸を押さえながら考える。だが答えは帰って来ない。
俺は、本当はどうしたいんだろう。
小太郎は考えに考えたが、何もかも判らず。
そして一番最初に浮かんだ望みに従って、小太郎は歩む方向を変えた。その先が自分を受け入れてくれるとは限らなかったが、小太郎はとにかく歩いた。
「やあ小太郎君じゃないか、いやちょうど良かった、困っていたところなのだよ!」
恐る恐るチャイムを鳴らすと、久秀はしばらくして出て来て、小太郎の顔を見るなり彼の手を握って家の中に入れた。小太郎は挨拶するタイミングも失って、部屋に引きずり込まれ、そして茶の間に置かれたおでん鍋の前に座る事になった。
「まったくあの連中は、甘いものは苦手だからと伝えたら、何を思ったのかまた三人揃っておでんセットを買って来て。私に三人前のおでんを食えというのか。どうせだから一緒に食べて行かないかとさりげなく提案したというのに、連中め、要らない気を使って帰ってしまった。いやこの山のようなおでんを前に私は途方に暮れていたところなのだよ、小太郎君が来てくれてよかったよ、ほら食べて行ってくれ!」
久秀はそう捲くし立てながら、食器類を小太郎の前に並べていく。あの、あのと手を動かしても、久秀は「いや本当に助かった」と独り言を繰り返して、そして最終的に小太郎の向かいに腰を下ろしてから、
「……ん? 小太郎君、そういえばこんな時間にどうしたんだね?」
と、ようやく事情を尋ねた。その事に小太郎は思わず噴き出して、「別に大した用ではないんです」と答えると、久秀と一緒におでんを食べた。
久秀は「そうかね」とそれだけしか言わず、小太郎も安心してそのまま馳走になった。
三人前のおでんはかなりの量だったが、小太郎は日頃食事を充分に摂れていないため、長々といつまでも食べた。久秀はそれに対して文句も言わず、始終にこにこと小太郎の事を見守って、時折茶を淹れた。
そうこうするうちに随分時間が経ってしまって、小太郎がふっと気付くと時計は9時をさしていたものだから、小太郎は焦った。あわあわと「帰りますごめんなさい長居をしてしまって」と伝えながら、小太郎はふっと、何故自分はそれでも口を開こうとはしないんだろう、と不思議に思った。それに少し気分が落ち込むが、事情を知らない久秀が何を言うでもない。
「ああ、……もう遅くなってしまったな。……明日、予定は有るのかね?」
久秀がそう尋ねてくるものだから、小太郎は素直に「有りません」と即座に答える。
と。
「なら、泊まって行けばいい」
久秀はそう勝手に決めて、部屋の奥へと行ってしまった。それを慌てて止めて、小太郎は「悪いです」と伝える。だが久秀は「いいや大丈夫、奴等、布団も3セット持って来たから、卿の分も布団は有るしね」と取り合わない。
あの、でも、あの、と身振り手振りすると、久秀はふいに止まって、小太郎をまじまじと見る。
「嫌なのかね。迷惑か」
そう静かに問われると、小太郎も「いえ、そうじゃなくて、あの」と困ってしまうのだが、久秀はなおも小太郎に顔を近づけて問う。
「卿は泊まりたいのか、泊まりたくないのか」
そう言われてしまうと小太郎は、恐る恐る、「選べというなら、泊まりたいですけど」と答える。すると久秀はにっこり笑って、
「なら泊まって行きたまえ」
と言うと、さっさと布団を敷いてしまって、小太郎はまた呆然とするしかなかった。
「じゃ」
久秀はそう言って、障子を閉めて行ってしまって、小太郎はますます困惑した。
顔を見せろと言い出した後に泊まって行けと言ったのだから、きっとそういう事なのだろうと少し考えて、多少覚悟していた小太郎は、風呂も貸してもらって、寝間着も貸してもらって(また3つ有ったらしい)、そして部屋に戻る。久秀は待っていたのだが、小太郎を確認するとにっこり笑って「おやすみ」というと部屋を出て行ったのだった。
時計を見ると10時を少し回っていて、久秀の就寝時間になっている事に気付いた小太郎は、改めて久秀は特別な人だと思った。そろりと障子を開けて廊下を見ても、久秀の姿は無い。その事に少し笑って、それから少しだけ、淋しい気持ちになりながら、小太郎は布団に潜った。
電気を消して、目を閉じる。そうして静かな時間が過ぎると、小太郎は佐助との事を思い出す。
佐助は怒っていた。あんなにも怒っていた。その理由は、恐らく小太郎が喋ろうとしない事なのだろう。小太郎は試しに口を開いて声を発そうとしてみる。が、やはりいつもと同じで、音すら出せない。だがとりあえず、手話と同時に口を動かそうとしてみる。
そうしてみて初めて、自分が発音の仕方さえ忘れかけている事に気付いて、小太郎は焦る。子供の頃はちゃんと喋っていたはずだ。小学校低学年までは小太郎も教師やクラスメイトと話していたのだ。だから小太郎は喋り方を知らないわけではない。だのに、小太郎は何もかも忘れかけている。
そうだ、こんな事ではいけない。佐助の言う事は最もだ。俺は努力をしていない。喋る事を諦めてないような事を言いながら、そのくせ何もしていない。
こたちゃんは、本当はどうしたいの。
その言葉を思い出し、小太郎はしばらく考えて。そして、のろりと布団から這い出た。
そろ、と部屋を出る。静かになった家の廊下を、ゆっくりと進む。他の家はまだ明かりがついているから、この家だけが眠っているようだった。
久秀の寝室に辿り着くと、そうっと障子を開ける。部屋の中央に布団を敷いて、久秀は既に電気を消して目を閉じていた。小太郎は音を立てないように中に入ると、久秀の傍まで行った。
こたちゃんは気配が無いよね、というのは誰もが言う事だったので、小太郎は久秀を起こさない自身があった。なのに、傍に寄って顔を覗き込むと、久秀はぱちりと目を開けて、小太郎を見詰めてきたのだ。小太郎はあんまり驚いて、そのまま固まってしまった。
しばらくそうして二人で見詰め合っていると、ふいに久秀が尋ねる。
「……卿は、何をしに来たのかね? もちろん、この部屋に、まして、この家に」
久秀はあえて問わなかった事を、改めて今、尋ねている。
「卿はこんな時間に私の家を訪れたのに、その理由を語ろうともしない。卿は何かを求めてここに来た筈なのに、それを明らかにしない。ましてや求めているのに諦めようとした。……そのくせ、こうして私の元にやって来る。……いやはや、卿と一緒に居ると飽きないな……」
久秀はそう呟いて、小太郎に手を伸ばす。小太郎は逃げない。
「……卿はどうしてここに来た? 何をしに。……どうしてそれを隠そうとするのだね? ……何故、卿の言葉でそれを伝えてくれない?」
「……」
「それが私は判らないものだから、卿にどう応えていいかも判らない。だから卿の求める物を与えてやれない。……声が欲しいかね、小太郎君」
久秀の問いに、小太郎はしばらく考えて、そして口だけで、「はい」と答えた。それに久秀は僅かに笑んで、小太郎の頬を撫でた。
「卿は既に言葉を持っている、声を持っている、なのに卿は私に届かないものだと思い込んで黙っている。……言ってくれ、卿はどうして欲しいのだね? ……卿が本当に欲しいものを欲しがる事はなんら悪い事ではないのだよ。……卿は、どうして欲しい?」
久秀の問いに、小太郎はまたしばらくの時間をおいて、そして、また口を動かす。それを見て、久秀は小太郎の額に手を当てると、ゆっくりとその前髪をずらす。そして久秀はしばらく小太郎の顔を見てから、彼の頭を撫でた。
「私が想像していたよりずっと卿の顔は凛々しいね……でも益々好きになった。……どうしたんだい、何をそんなに恐れる? ……私は卿が好きだよ? 私の事を卿は好いてくれていると思っていたんだが……おやどうしたんだ、何をそんなに苦しげに泣く」
小太郎が急に涙を零し始めたものだから、久秀は僅かに顔を顰めた。だがそれは不快というより、理解が出来ない、という風だった。久秀は小太郎の頬に触れ、それから上体を起こすと、小太郎を抱き寄せる。
「……小太郎君、声を上げて泣きなさい。声が出ない事は無論判っているよ、だがその泣き方では卿の心は癒されない。さあ声を振り絞って、叫んでごらん、泣いてごらん。私はそれを責めない。ほら……」
久秀がそう言うと、小太郎は目を閉じて、久秀の肩に顔を埋めると、力の限り泣いた。叫んだ。喉はやはり音さえ出さなかったが、小太郎は震えて泣いた。子供のように泣きじゃくった。
幼い頃から溜め込んだ全てを吐き出すように、小太郎は久秀に抱き寄せられたまま、果てしなく泣き続けた。
俺は、俺はお父さん、お父さんが好きだったのに、お父さんは、お父さん、お父さんに会いたい、お父さんに好きだといいたい、お父さんのそばにいたいのに、お父さん。
もう誰にも殴られたくない、嫌われたくない、痛いのはいやだ、怖いのもいやだ、訳が判らないのも優しくされるのもうんざりなのに、声が出るなら言葉が有るならあいつらに呪いの言葉の一つもぶつけてやるのに、俺は俺は俺は。
ああやっぱり俺は汚い、嫌な人間だ、こんなに人の事を憎んでいるのに、皆を騙して、俺は俺は、俺は生きていて、俺は、俺の望みを持っていて、だから、ああ、訳が判らない、俺は、松永さん、俺は、俺は、松永さんが好きです、貴方が他の誰とも違うから、だけど俺は貴方を求められない、怖いんです、だって俺は、俺は俺が判らないから……。
ずっとずっと溜め込んできた言葉を、ただ呼気でのみ吐き出す。それが久秀に伝わるはずが無い。小太郎は久秀の肩に顔を埋めていて、その口がどんな言葉を作っているのか、久秀には判らない筈なのだ。だのに久秀は小太郎の背を撫で、根気良く付き合ってくれる。時折、何かを優しげに呟きながら。
「私は卿が好きだよ」
(俺もです、だけど、俺は、松永さんに好かれるような人間じゃありません)
その言葉が今までずっと自分に向けられていたものだと気付いて、小太郎はますます悲しくなる。
(どうして貴方は、)
「卿は綺麗だな……」
(俺はそんな、)
「卿を見ていると、私は今まで考えなかった事を、たくさん考えてしまうんだ……変だな」
(それはなんですか、なんで貴方は俺に貴方の事を教えてくれないんですか)
「卿と居ると、私はこのつまらない世の中でも、まだ生きていても楽しいような、そんな気がするんだよ……」
(どうしてそんな事を、どうしてそんな悲しい事だけを俺に聞かせるんですか)
俺は、貴方の言葉が聞きたいのに。
そう叫んで、そして小太郎は佐助や他の人間達が、どうして自分を殴ったのか判った。小太郎は思わず久秀の胸を叩いて、そして彼に抱きついたから。彼はあくまで優しく小太郎を受け入れて、それすらも小太郎に悲しい思いをさせたから。
「小太郎君……卿はどうしたいのだね? 卿の望むとおりにすればいいんだよ……?」
貴方は、どうしたいんですか、俺に優しくしたりして、家に泊めてくれたりして、それで俺の好きにしろなんて言って、貴方にとって俺はなんなんですか。
小太郎はただただ叫んだが、久秀にそれは届かない。久秀はただ優しく小太郎を抱きしめただけで、そして夜は更けただけだった。
小太郎は、久秀の家に行く事を止めた。
+++++
色々書き足りないんで掲載時にはもうちょっと色々書かれるかも。
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Google Earthで秘密基地を探しています
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メディアノクス
性別:
非公開
趣味:
妄想と堕落
自己紹介:
浦崎谺叉琉と美流=イワフジがてんやわんや。
二人とも変態。永遠の中二病。
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"オクラサラダボウル"