地味に持病が悪化してる……これ以上どうしろってんだよー
安静にしてストレスをためないでって言われても
自宅勤務(労働時間平均一日一時間)ひきこもりでこれ以上どうしろと
試験ストレス? まさかな……つうか薬が効かなくなってきたという事なのか
身体が元気過ぎて死にそうだよ! っていう病気です
不思議なもんですね
以下、オリやおい「いぬひざ」の5
安静にしてストレスをためないでって言われても
自宅勤務(労働時間平均一日一時間)ひきこもりでこれ以上どうしろと
試験ストレス? まさかな……つうか薬が効かなくなってきたという事なのか
身体が元気過ぎて死にそうだよ! っていう病気です
不思議なもんですね
以下、オリやおい「いぬひざ」の5
「勇慈は何か、土日にスポーツでもやってるのか?」
国語準備室。机に突っ伏した勇慈を見て、ドミニクが呆れたような顔で言った。勇慈は慌てて上体を起こし、そして腰の痛みに悲鳴を上げ、元の姿勢に戻る。
「いや、あはは、そ、そうなんですよ。もう身体がなまっちゃってるみたいで、毎回筋肉痛が酷くて」
勇慈は乾いた笑いを返しながら、腰を摩る。ドミニクが「やれやれ」と呟いて、勇慈に近寄って来た。「あ、今日も勘弁願います」と言うと、「摩ってやろう」と答え。
ドミニクは元々スポーツマンか何かだったらしく、筋肉もそこそこ有る。勇慈と仲良くなったのも、水泳部の顧問である事が理由だ。本国では何かにつけて泳いだものだが、最近泳げていないと嘆いたドミニクを、勇慈がプールに招いたところから交流が始まっている。ドミニクは部員や勇慈などよりもはるかに早く、そして華麗に泳いだ。外人というのは何をしてもさまになるんだなあ、と勇慈は感動した覚えが有る。
それ故、ドミニクも痛みに対する扱いは慣れているらしく、勇慈の関節や筋を柔らかく撫でてくれる。少し痛かったが、何度か摩られていると痛みが和らいで、あぁこれを「手当て」と言うんだな、と勇慈は漠然と思った。
「水泳はあんなにしてるのに、それでも筋肉痛に?」
「いや、やっぱり競技によって使う筋肉って違うでしょう? だからですよ」
「……ふぅん」
少々腑に落ちないというような顔はしたが、ドミニクはそれ以上詮索してこなかった。その事に安堵のため息を吐いて、勇慈は大人しく身を任せる。マッサージは随分と気持ち良く、傷めた身体がどんどん治っていくような錯覚さえ起こした。
「……ところで勇慈」
「はい?」
「君には恋人は居るのか」
「……な、なんですか、突然!」
思わず顔を上げると、また腰に痛みが走って、呻きながら机に戻る。「はいはい、いい子いい子」と言いながら、ドミニクは腰を撫でる。
「いや、良い歳だし、居てもおかしくないだろう?」
「あ、ああ……でも残念ながら、今はそういう関係の人は居ませんよ」
「ふうん」
素直に答えると、ドミニクは何度か頷いて、
「でも勇慈は、ツンツンしたのが好きなんだろう」
と言う。勇慈は頭だけ動かして、ドミニクを見ようとした。上手く見えなかった。
「な、な……」
「振り回されるのが案外好きなんだよな、勇慈は」
「……ど、ドミニクさん、何を知って……」
背筋が冷たくなって、嫌な汗が出てきた。勇慈はハラハラしながらドミニクの答えを待つ。
「うん? イメージの事だよ」
彼は勇慈に対して爽やかな笑みを向けてそう答えた。
「君みたいな、そうだなあ、忠犬みたいなタイプは、猫みたいな女王様が好きなものなんだよ」
「……」
犬みたいな俺。猫みたいな、女王様みたいな……………………。
その先に想像した物に勇慈は顔を赤らめ、首を大きく横に振ったおかげでまた腰の痛みに呻く事になった。
昼休みにもなると、腰の痛みも随分引いてきた。後でドミニクさんにお礼を言おう、と思いながら、勇慈はのろのろ廊下を歩いて行く。
目指す場所は第二校舎の片隅、非常階段の裏の植え込みだ。そこは日陰で、校舎全体からの死角になる。そこでひっそりと食事を摂るのが、和沙だ。
そろりと植え込みの方へ歩いて行くと、和沙がパンの袋を開けようとしているところだった。
「和沙君」
周りに人が居ない事を確認してから、声をかける。和沙は顔を上げ、勇慈の顔を見ると露骨に嫌な顔をしてみせ、パンをビニール袋にしまった。
「何だよ。先生も懲りないな。またあんな事されたいのか?」
「されたいわけじゃないけど……君の事が心配でさ」
強引に隣に腰掛ける。和沙は移動はしなかった。その事に勇慈は安堵する。避けられているわけではない。
「あんたには関係無いって言ったろ」
「うん、でも俺は心配なんだ。……ほら、この食事! ダメだよ、栄養が偏ってる」
和沙のビニール袋の中身を見て、勇慈が言う。パンが一つしか入っていなかった。普段の夕食がカップ麺だとすると、かなりの偏食だ。和沙も自覚は有るらしく、ばつが悪そうに「うるさいな」と呟くだけだった。
「……これ、食べてくれよ、良かったら」
手に持っていた鞄を開き、弁当を取り出す。二段式のそれを見て、和沙は眉を寄せた。
「それ、まさか……」
先生が? と聞かれて、勇慈は素直に頷く。子供の頃から家事を手伝っていたので、弁当も自分で作る習慣が付いていた勇慈は、どうせこんな事だろうと思い、自分の分と、和沙の分の弁当を作っていた。その事を理解した和沙は、ますます嫌そうな顔をする。
「何が悲しくて、先生の、しかも男の作った手弁当なんて……!」
「いいから、一口だけでも。そうだ、この前の野菜炒めも、どうだった? 料理には自信が有ってさ」
答えは判っていて尋ねた。和沙はまたばつが悪そうな顔をして、おもむろに弁当を受け取った。「どうせ食うまで許さないつもりだろ」とぶつぶつ呟きながら、弁当を開く。
「……一緒に食べてもいいかな」
「……断ったって無駄だろ。好きにしろよ」
和沙は諦めたらしい。勇慈は「じゃあ遠慮なく」と笑って、弁当を開く。卵焼きにから揚げ、ポテトサラダの弁当だ。和沙は「女みてえ」と小さく呟きながらも、黙々と食べていたので、味は良いという事なんだろうと勇慈は解釈した。
しばらく無言で食事を摂る。校舎の方からはひっきりなしにざわめきが聞こえた。人の声というのは集まるだけでこんなにうるさくなるものなんだな、と勇慈は感心する。そしてその中で一人ぼっちなら、どれほど寂しいかという事にも。
やっぱり、和沙君を一人にしているわけにはいかない。
勇慈はそう確信しながら、から揚げを口に入れた。
「……あんたさ、なんでそうまでして、俺に関わるんだよ」
沈黙が嫌になったのかどうか。和沙がふいに口を開く。勇慈はから揚げを呑みこんでから、和沙に問う。
「じゃあ和沙君はどうしてそんなに、俺の事を毛嫌いするんだ?」
「……」
和沙は特に答えなかった。勇慈は小さくため息を吐いて、そして弁当に視線を落とす。
「……先生さ、捨て子だったんだ」
和沙が勇慈の顔を見た。勇慈のほうは弁当か、あるいはそれより遠くを見たまま、続ける。
「最後まで本当の両親は判らず仕舞いでね。だからだと思う。昔から酷い寂しがりでさ、いつでも誰かと一緒で、話したり、笑ったりしてないと、不安で押し潰されそうだった」
小さく苦笑して、和沙を見る。彼はやはり無表情だったが、珍しく視線を合わせてくれていた。
「君の言うとおり、俺は偽善者かもしれない。自分が安心するために、人と仲良くしていたいわけだからね。でもどうせなら、心の底から笑い合いたいだろ。だから相手の事は知りたいし、大切にしたいし、それに本当の事を言い合いたい。やっぱり、無理に笑ったって辛いばっかりで、良い事無いからね」
「……俺はハッキリ、あんたの事が嫌いだって言ったけど?」
「でもおかしいじゃないか。ろくすっぽ話した事も無いし、俺は嫌われる明確な理由は聞いてない。さっきも言わなかったろう? もしかしたら、遠ざける口実かもしれない。だとしたら、嘘を吐いて俺から離れようとしてるって、可能性も有るじゃないか。なら、一緒に生きていけるかもしれないだろ?」
「嫌いな理由を言ったら、引き下がってくれるのかよ」
「うん、なんとか治してみるよ」
和沙はまた露骨に嫌そうな顔をして、弁当に視線を戻した。
「あんた、本当に馬鹿だろ」
「一応大卒なんだけどね」
「……」
和沙は呆れたようにため息を吐き、そして再び弁当を食べ始めた。勇慈もまた、それ以上は何も言わなかった。
「先生、御薗宇君と仲良いの?」
比較的親しい女子生徒にそう聞かれたのは、木曜日の事だった。二年B組の女子生徒が三人、国語準備室にやって来て、少々の談笑をした後に出た言葉が、それだった。
「えっ、いや、どうして?」
勇慈が少々慌てて尋ねれば、女子生徒は楽しそうに答える。
「一緒にご飯食べてるの、見たの」
「ああ……」
見られてないと思ったけど、案外バレるものなんだなあ。勇慈は感心しながらも、笑顔で答える。
「うん、まぁ話が有ってね。それで」
「本当~? それだけ~?」
「それだけだよ。こんな事で嘘吐いてどうするんだ」
勇慈がそう笑っても、女子達は尚食い下がる。
「だって先生も御薗宇君もかっこいいし、仲良くしてるなら皆キャーキャー言っちゃうよ」
「そうなの? いずれにしても、大した事じゃないんだよ。なんなら今度は君達と一緒に食べようか?」
話題を何とか反らす。女子達もその提案を気に入ったらしく、「いいの、先生!」と大喜びで声を上げた。
「もちろんだよ。だって先生は担任じゃないか」
「なぁんだ、それだけなのー?」
「つまんなーい」
女子達はそう笑って、「約束だよ!」と小指を差し出した。それに答えて、勇慈は指切りをしてやる。
廊下には、不愉快そうな顔をした和沙の姿が有ったが、彼はそのまま踵を返し、去って行った。
「あぁ、和沙君、ここに居たんだ。探したよ」
第二校舎裏に居なかった和沙を探して、勇慈は学校中を歩き回った。その結果、屋外倉庫の裏に座っていた和沙を見つける事が出来た。
「前の場所、ばれちゃったみたいだからなあ。ごめんよ。はい、お弁当」
勇慈は苦笑しながら、弁当を手渡す。和沙は「ごめんとか言いながら、また来るんだよな、あんた」と呆れた顔で言いながらも、弁当を受け取る。
またしばらく、静かに二人して食事を摂った。その場所は倉庫の裏で、やはり日陰だ。しかも眼の前の景色はフェンスと森になっており、静かでそして少々寂しかった。
「……女って、嫌いだ」
ふいに和沙が呟く。
「有る事無い事大げさに騒いで。上っ面の皮が厚くて。ヒステリックで、馬鹿で、浅はかで。大嫌いだ」
「……女の子の中にだって、良い子は居るよ」
「居ねぇよ」
「そんな事……」
勇慈は否定するが、和沙は不機嫌そうな顔のままで続ける。
「女は皆、嘘吐きで、責任転嫁ばっかりして、自己中で、金ばっかりかかる穴なんだよ」
「穴って、和沙君」
「嫌いだ。大嫌いだ」
「……和沙君……」
尋常ではない様子に、勇慈が言葉を失う。何故和沙がそれほど女性を厭うのか、勇慈には理解出来なかった。確かに女性にそういう傾向は有る、と勇慈も思う。だがそれだけというわけでもない。悪い奴が居たとして、それで全ての人間が悪人と決まるわけではないように。
けれど何と言っていいかも判らず、勇慈は和沙の様子を見守っていた。和沙はいつまでも眉を寄せていて、やがて小さな声で言う。
「……むしゃくしゃする。先生、今夜来いよ」
「え……」
「来いよ」
言葉が少々強くなる。
「……判った。行くよ。夕飯はどうする? 何が食べたい?」
「家政婦じゃないんだぞ」
「いいから。材料買って行くからさ」
尋常ではない様子が気になっていた。気遣ってやりたかった。自分に関わるなと言っていた人間が、来いと言っているのだ。来て欲しいと言っているのと変わらない。一人で居たくないと、そう暗に訴えているのだ。形はどうあれ。
「……カレー」
和沙はしばらくして、素っ気なく答えた。
「カレーでいいの?」
「……」
返事は無かった。それを答えとして受け取って、「判った、夕方に行くよ」と勇慈は頷いた。
やっぱり、和沙君には、何か有るんだ。
+++
ちなみにドミニクさんは変態という名の紳士です
紳士という名の変態かもしれません
国語準備室。机に突っ伏した勇慈を見て、ドミニクが呆れたような顔で言った。勇慈は慌てて上体を起こし、そして腰の痛みに悲鳴を上げ、元の姿勢に戻る。
「いや、あはは、そ、そうなんですよ。もう身体がなまっちゃってるみたいで、毎回筋肉痛が酷くて」
勇慈は乾いた笑いを返しながら、腰を摩る。ドミニクが「やれやれ」と呟いて、勇慈に近寄って来た。「あ、今日も勘弁願います」と言うと、「摩ってやろう」と答え。
ドミニクは元々スポーツマンか何かだったらしく、筋肉もそこそこ有る。勇慈と仲良くなったのも、水泳部の顧問である事が理由だ。本国では何かにつけて泳いだものだが、最近泳げていないと嘆いたドミニクを、勇慈がプールに招いたところから交流が始まっている。ドミニクは部員や勇慈などよりもはるかに早く、そして華麗に泳いだ。外人というのは何をしてもさまになるんだなあ、と勇慈は感動した覚えが有る。
それ故、ドミニクも痛みに対する扱いは慣れているらしく、勇慈の関節や筋を柔らかく撫でてくれる。少し痛かったが、何度か摩られていると痛みが和らいで、あぁこれを「手当て」と言うんだな、と勇慈は漠然と思った。
「水泳はあんなにしてるのに、それでも筋肉痛に?」
「いや、やっぱり競技によって使う筋肉って違うでしょう? だからですよ」
「……ふぅん」
少々腑に落ちないというような顔はしたが、ドミニクはそれ以上詮索してこなかった。その事に安堵のため息を吐いて、勇慈は大人しく身を任せる。マッサージは随分と気持ち良く、傷めた身体がどんどん治っていくような錯覚さえ起こした。
「……ところで勇慈」
「はい?」
「君には恋人は居るのか」
「……な、なんですか、突然!」
思わず顔を上げると、また腰に痛みが走って、呻きながら机に戻る。「はいはい、いい子いい子」と言いながら、ドミニクは腰を撫でる。
「いや、良い歳だし、居てもおかしくないだろう?」
「あ、ああ……でも残念ながら、今はそういう関係の人は居ませんよ」
「ふうん」
素直に答えると、ドミニクは何度か頷いて、
「でも勇慈は、ツンツンしたのが好きなんだろう」
と言う。勇慈は頭だけ動かして、ドミニクを見ようとした。上手く見えなかった。
「な、な……」
「振り回されるのが案外好きなんだよな、勇慈は」
「……ど、ドミニクさん、何を知って……」
背筋が冷たくなって、嫌な汗が出てきた。勇慈はハラハラしながらドミニクの答えを待つ。
「うん? イメージの事だよ」
彼は勇慈に対して爽やかな笑みを向けてそう答えた。
「君みたいな、そうだなあ、忠犬みたいなタイプは、猫みたいな女王様が好きなものなんだよ」
「……」
犬みたいな俺。猫みたいな、女王様みたいな……………………。
その先に想像した物に勇慈は顔を赤らめ、首を大きく横に振ったおかげでまた腰の痛みに呻く事になった。
昼休みにもなると、腰の痛みも随分引いてきた。後でドミニクさんにお礼を言おう、と思いながら、勇慈はのろのろ廊下を歩いて行く。
目指す場所は第二校舎の片隅、非常階段の裏の植え込みだ。そこは日陰で、校舎全体からの死角になる。そこでひっそりと食事を摂るのが、和沙だ。
そろりと植え込みの方へ歩いて行くと、和沙がパンの袋を開けようとしているところだった。
「和沙君」
周りに人が居ない事を確認してから、声をかける。和沙は顔を上げ、勇慈の顔を見ると露骨に嫌な顔をしてみせ、パンをビニール袋にしまった。
「何だよ。先生も懲りないな。またあんな事されたいのか?」
「されたいわけじゃないけど……君の事が心配でさ」
強引に隣に腰掛ける。和沙は移動はしなかった。その事に勇慈は安堵する。避けられているわけではない。
「あんたには関係無いって言ったろ」
「うん、でも俺は心配なんだ。……ほら、この食事! ダメだよ、栄養が偏ってる」
和沙のビニール袋の中身を見て、勇慈が言う。パンが一つしか入っていなかった。普段の夕食がカップ麺だとすると、かなりの偏食だ。和沙も自覚は有るらしく、ばつが悪そうに「うるさいな」と呟くだけだった。
「……これ、食べてくれよ、良かったら」
手に持っていた鞄を開き、弁当を取り出す。二段式のそれを見て、和沙は眉を寄せた。
「それ、まさか……」
先生が? と聞かれて、勇慈は素直に頷く。子供の頃から家事を手伝っていたので、弁当も自分で作る習慣が付いていた勇慈は、どうせこんな事だろうと思い、自分の分と、和沙の分の弁当を作っていた。その事を理解した和沙は、ますます嫌そうな顔をする。
「何が悲しくて、先生の、しかも男の作った手弁当なんて……!」
「いいから、一口だけでも。そうだ、この前の野菜炒めも、どうだった? 料理には自信が有ってさ」
答えは判っていて尋ねた。和沙はまたばつが悪そうな顔をして、おもむろに弁当を受け取った。「どうせ食うまで許さないつもりだろ」とぶつぶつ呟きながら、弁当を開く。
「……一緒に食べてもいいかな」
「……断ったって無駄だろ。好きにしろよ」
和沙は諦めたらしい。勇慈は「じゃあ遠慮なく」と笑って、弁当を開く。卵焼きにから揚げ、ポテトサラダの弁当だ。和沙は「女みてえ」と小さく呟きながらも、黙々と食べていたので、味は良いという事なんだろうと勇慈は解釈した。
しばらく無言で食事を摂る。校舎の方からはひっきりなしにざわめきが聞こえた。人の声というのは集まるだけでこんなにうるさくなるものなんだな、と勇慈は感心する。そしてその中で一人ぼっちなら、どれほど寂しいかという事にも。
やっぱり、和沙君を一人にしているわけにはいかない。
勇慈はそう確信しながら、から揚げを口に入れた。
「……あんたさ、なんでそうまでして、俺に関わるんだよ」
沈黙が嫌になったのかどうか。和沙がふいに口を開く。勇慈はから揚げを呑みこんでから、和沙に問う。
「じゃあ和沙君はどうしてそんなに、俺の事を毛嫌いするんだ?」
「……」
和沙は特に答えなかった。勇慈は小さくため息を吐いて、そして弁当に視線を落とす。
「……先生さ、捨て子だったんだ」
和沙が勇慈の顔を見た。勇慈のほうは弁当か、あるいはそれより遠くを見たまま、続ける。
「最後まで本当の両親は判らず仕舞いでね。だからだと思う。昔から酷い寂しがりでさ、いつでも誰かと一緒で、話したり、笑ったりしてないと、不安で押し潰されそうだった」
小さく苦笑して、和沙を見る。彼はやはり無表情だったが、珍しく視線を合わせてくれていた。
「君の言うとおり、俺は偽善者かもしれない。自分が安心するために、人と仲良くしていたいわけだからね。でもどうせなら、心の底から笑い合いたいだろ。だから相手の事は知りたいし、大切にしたいし、それに本当の事を言い合いたい。やっぱり、無理に笑ったって辛いばっかりで、良い事無いからね」
「……俺はハッキリ、あんたの事が嫌いだって言ったけど?」
「でもおかしいじゃないか。ろくすっぽ話した事も無いし、俺は嫌われる明確な理由は聞いてない。さっきも言わなかったろう? もしかしたら、遠ざける口実かもしれない。だとしたら、嘘を吐いて俺から離れようとしてるって、可能性も有るじゃないか。なら、一緒に生きていけるかもしれないだろ?」
「嫌いな理由を言ったら、引き下がってくれるのかよ」
「うん、なんとか治してみるよ」
和沙はまた露骨に嫌そうな顔をして、弁当に視線を戻した。
「あんた、本当に馬鹿だろ」
「一応大卒なんだけどね」
「……」
和沙は呆れたようにため息を吐き、そして再び弁当を食べ始めた。勇慈もまた、それ以上は何も言わなかった。
「先生、御薗宇君と仲良いの?」
比較的親しい女子生徒にそう聞かれたのは、木曜日の事だった。二年B組の女子生徒が三人、国語準備室にやって来て、少々の談笑をした後に出た言葉が、それだった。
「えっ、いや、どうして?」
勇慈が少々慌てて尋ねれば、女子生徒は楽しそうに答える。
「一緒にご飯食べてるの、見たの」
「ああ……」
見られてないと思ったけど、案外バレるものなんだなあ。勇慈は感心しながらも、笑顔で答える。
「うん、まぁ話が有ってね。それで」
「本当~? それだけ~?」
「それだけだよ。こんな事で嘘吐いてどうするんだ」
勇慈がそう笑っても、女子達は尚食い下がる。
「だって先生も御薗宇君もかっこいいし、仲良くしてるなら皆キャーキャー言っちゃうよ」
「そうなの? いずれにしても、大した事じゃないんだよ。なんなら今度は君達と一緒に食べようか?」
話題を何とか反らす。女子達もその提案を気に入ったらしく、「いいの、先生!」と大喜びで声を上げた。
「もちろんだよ。だって先生は担任じゃないか」
「なぁんだ、それだけなのー?」
「つまんなーい」
女子達はそう笑って、「約束だよ!」と小指を差し出した。それに答えて、勇慈は指切りをしてやる。
廊下には、不愉快そうな顔をした和沙の姿が有ったが、彼はそのまま踵を返し、去って行った。
「あぁ、和沙君、ここに居たんだ。探したよ」
第二校舎裏に居なかった和沙を探して、勇慈は学校中を歩き回った。その結果、屋外倉庫の裏に座っていた和沙を見つける事が出来た。
「前の場所、ばれちゃったみたいだからなあ。ごめんよ。はい、お弁当」
勇慈は苦笑しながら、弁当を手渡す。和沙は「ごめんとか言いながら、また来るんだよな、あんた」と呆れた顔で言いながらも、弁当を受け取る。
またしばらく、静かに二人して食事を摂った。その場所は倉庫の裏で、やはり日陰だ。しかも眼の前の景色はフェンスと森になっており、静かでそして少々寂しかった。
「……女って、嫌いだ」
ふいに和沙が呟く。
「有る事無い事大げさに騒いで。上っ面の皮が厚くて。ヒステリックで、馬鹿で、浅はかで。大嫌いだ」
「……女の子の中にだって、良い子は居るよ」
「居ねぇよ」
「そんな事……」
勇慈は否定するが、和沙は不機嫌そうな顔のままで続ける。
「女は皆、嘘吐きで、責任転嫁ばっかりして、自己中で、金ばっかりかかる穴なんだよ」
「穴って、和沙君」
「嫌いだ。大嫌いだ」
「……和沙君……」
尋常ではない様子に、勇慈が言葉を失う。何故和沙がそれほど女性を厭うのか、勇慈には理解出来なかった。確かに女性にそういう傾向は有る、と勇慈も思う。だがそれだけというわけでもない。悪い奴が居たとして、それで全ての人間が悪人と決まるわけではないように。
けれど何と言っていいかも判らず、勇慈は和沙の様子を見守っていた。和沙はいつまでも眉を寄せていて、やがて小さな声で言う。
「……むしゃくしゃする。先生、今夜来いよ」
「え……」
「来いよ」
言葉が少々強くなる。
「……判った。行くよ。夕飯はどうする? 何が食べたい?」
「家政婦じゃないんだぞ」
「いいから。材料買って行くからさ」
尋常ではない様子が気になっていた。気遣ってやりたかった。自分に関わるなと言っていた人間が、来いと言っているのだ。来て欲しいと言っているのと変わらない。一人で居たくないと、そう暗に訴えているのだ。形はどうあれ。
「……カレー」
和沙はしばらくして、素っ気なく答えた。
「カレーでいいの?」
「……」
返事は無かった。それを答えとして受け取って、「判った、夕方に行くよ」と勇慈は頷いた。
やっぱり、和沙君には、何か有るんだ。
+++
ちなみにドミニクさんは変態という名の紳士です
紳士という名の変態かもしれません
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