掲載スピード落とします
毎回思う事だけど スタートダッシュだけ勢い良すぎる
持久力は無い
以下、鬼の5
毎回思う事だけど スタートダッシュだけ勢い良すぎる
持久力は無い
以下、鬼の5
元就はそれから元親の側まで侵入してくるようになった。元親もそれを特に嫌がりはしなかったし、彼に手出しをしようとは思わなかった。しても仕方が無い、こいつは救いようの無い阿呆な飼い主だ、と元親は思っていたが、それが心地良いのも確かだった。
元就は毎日何かを土産にやって来た。最近流行っているという書物や、着物や、それに玩具などを持って来て、元親にそれが何であるか懇々と説明した。元親が反応しなくても、元就はそれを続けた。
しばらくそれが続くと、元親も元就が何を考えているのかは判るようになった。つまり、元親に人間の常識を教え、ここから出せるようにしようとしているのだ。だが元親には元就を信じきる事は出来なかった。
ある日、元就は杏を手土産にやって来た。
「今年はもうこれで終わりだ。好きなだけ食べておけ」
元就はそう言って元親の側に座ると、自分も李を手に取って口にした。元就は顔を顰めて、「酸い」と文句を言ったが、そのまま一つは食べた。元親はそんな様に苦笑して言う。
「確かに酸いな。だけど俺達の国じゃあ、とびきり甘かった」
「ふむ、種類が違うのか」
「いいや、……他に甘いもんが無かったからだよ」
元親はそう言って李を手に取った。元就もしばらく元親の顔を見ていたが、また一つ手に取って、「酸い」と言いながら食べる。
「……なぁ、……俺はよ」
「なんだ?」
「……あんたを信じたい、でも、怖いんだ」
「気持ちは判る」
元就は李の皮を剥きながら頷く。
「我もな、長い間苦しんだゆえ。……急ぐ必要は無い、ゆっくり考えるが良い」
「……」
元親は一つ溜息を吐いて、そして恐る恐る尋ねた。
「……なぁ、聞いていいか。……あんたの、……生い立ちとか」
「……」
元就はしばらく無言だったが、やがて首を横に振る。
「そなたの昔話と同じで、きっと楽しくは無い」
「知りたい」
「……そなたも言うか?」
「言うよ」
「……」
元就は一度溜息を吐いて、そして静かに言った。
「我はな、元々は貴族だったのだ。毛利家の次男でな。幸せに暮らしておった。……色々あってな、家族は皆死んだ。我は居場所を無くした。……我の新たな居場所はとある納屋だった。……納屋で我は、畜生のように扱われ、……そのうち我は考える事を止め、本当に畜生となった。その末に我は廃棄され、……そしてその芥のような我を、明智が拾った。……我の生い立ちはそれだけのつまらぬ話だ」
「……」
「そなたは?」
元就が問う。元親は「俺は、」と李を手に取りながら言う。
「あんたらが黄泉って言うところで育った。……厳しい所だった。夜は凍えるように寒くて、昼は太陽が身を焼くように暑かった。草木は少ないし、動物も居ない。空はいつも薄曇で、……それでも俺はそこで静かに、幸せに暮らしていたよ。そんな場所でも俺は幸せだった」
「……」
「……なのに自分の幸せさも忘れて、ある日友達と一緒に外に出ちまった。……たぶんあそこは隠れ里だったんだ、なのにそこから出て、……俺達はすぐにとっ捕まって、皆殺された。俺は生き残って、……そこの領主に飼われたよ。……」
「……」
「……泣いても、……叫んでも、喚いても暴れても、皆俺を笑って見てた。誰も助けてくれなかった。……領主も最初の頃は、俺に優しくしてくれたよ。その頃の俺はまだ小さくて、角だって雌鹿みてぇで、色白で、……自分で言うのもなんだが、可愛かったんだ。だから領主も俺を愛でたさ。俺は一つも嬉しくなかったけどな」
「……抱かれたのか」
「ああ、そりゃあご丁寧にな。最初は女みてぇに愛されたよ。だが俺もいつまでも子鬼じゃいられなかった。体格はみるみる立派になって、角も伸びた。……この角、歪んでるだろ? これは無理矢理へし折られて、段々こんな風になったんだ。本当はもっと綺麗な角が生えるんだぜ」
「ほう……それは、……かわいそうに」
元就は元親の額の角を見て、手を伸ばそうとした。だが自分の手が汚れている事に気付くと引っ込めて、また李を剥き始める。
「……痛かったか」
「うん。……俺が大きくなると、皆、俺を怖がった。今までの恨みが有るから、俺が復讐するだろうと思ったんだ。だからあいつらは俺を頑丈な檻や、ここと同じ格子の中に閉じ込めて、その上で俺が逆らったりしないように、焼け鉄や針で俺を痛めつけて、言う事を聞かせようとした。
見せ物にもされたよ。弓の的にされたり、狼と戦わされたり。女を犯せと命令された事も有った。女があんまり怯えてかわいそうだったから、逃がしてやったら左眼を焼かれたよ。……何人かの飼い主に飼われて、それで、……前の飼い主の首を噛み切って殺した。それで俺も死ぬだろうと思ってた。まさか人食い鬼に買い手がつくなんて、よ」
元親はそして昔話を終えた。これ以上詳しい話をするつもりは無かった。元親としても忌まわしい記憶が蘇るばかりで、いい事は何も無い。だからそれ以上の話をしなかった。
二人はしばらく互いに何も言わず、李を食べていた。ややして元就は手を拭き、改めて元親に手を伸ばした。元親も特に嫌がりはしなかったが、元就がそのまま元親を抱くようにしてきたのには少し驚いた。
元就は元親の頭を抱くようにして、その角や髪を優しく撫でた。それが心地良くて、元親は大人しく身を任せていた。
「……我の背には、……我には見えぬが、……斬られた痕が有るらしい」
「斬られた?」
「そうだ。……刀でな、ばっさりと。……運が良いのか悪いのか、……我も、死ぬような事をされても、……死にたくなっても、生きたまま今日まで来た。……元親」
元就は元親の髪を梳いてやりながら言う。
「我を信じてはくれぬか。そなたは優しいし、人としての心も持っておる。可愛と仲良くしておるそうだな。あれは明るい娘だが、誰にでもというわけではない。あれも苦労した女だ。己を傷付けそうな悪い男は、本能的に見分けておる。つまりそなたはあれの信用に足る男というわけよ。偉いものでな、あれの勘は外れた事が無い。……そなたは信用出来る。だが肝心のそなたが我を信じてくれぬのでは、何も始まらぬ。……そこで、な」
元就はするりと元親から離れ、また李に手を伸ばしながら言った。
「我を信じるために必要な事は、何でもして良いのだぞ、元親」
「……どういう意味だ?」
元親が顔を顰めたが、元就は淡々と返す。
「そなたが何を以って我を信じられるのか、我には判らぬ。故に、その方法をそなたに任せると申しておる。例えばそう、そなたがこれまでされてきた卑劣な事を、我にすると良い。我が思わず、そなたを跳ね除けて逃げようとするような事を、だ。我はそれに耐える。我はそなたを信じておるから平気だ。どうだ?
無論、どのような方法でも良いし、それについて事前に我の承諾を得る必要も無い。……たとえ、そなたと同じように左眼を焼けと要求されても、我はそれに応える。……どうだ。……そうすればお互い、早く事が済んでよいであろう」
「……」
「我に、そなたが思いつく限りの非道をすれば良い。我は耐えてみせる故」
元親はしばらく黙って考えていたが、やがて首を振って言う。
「いや、だめだ」
「……元親?」
「俺だってあんたを信じたい。あんたは俺に良くしてくれた。だからあんたに酷い事はしたくない」
その言葉に元就は驚いたような顔をして、そして苦笑した。
「……そなたは優しいな。我等人間の方が、よほど鬼らしい。……だがな、元親。これはお互いのためだ。我を好きなようにせずとも信じられるならそれでもよいが、今、そなたが無力な我と共にあって尚、信じられぬなら、相応の障害は越えねばならぬという事であろう? ……元親、そなたが優しい事は良く判った。だが考えてくれ、我を苦しめ、そなたが信用出来るようになる方法を。……我は既に、覚悟は決めておる」
それから元親は何日も悩んだが、なかなか良い方法が思い浮かばなかった。そもそも元親は既に元就に対し、信頼を寄せていた。ここまで優しくしてもらって裏切られたなら、それはそれで仕方無いような気もしていた。
元就には全てを委ね、信じてもいいかもしれない、と。
恐ろしいのは裏切られた時の落胆の深さだ。その絶望を考えただけで寒気がした。元就が自分を嘲笑い傷つける事を考えると身が震える。信じきるには多大な勇気と確信が必要だった。
だが元就の事は傷付けたく無かった。自分がされたように暴力を振るう事には抵抗が有った。それでは自分も、他の飼い主達と同じように残忍で卑怯な生き物になってしまう気がした。
何より、自分を心から信じ、愛してしてくれている者を自ら傷つける事が怖かった。失う事が恐ろしかった。
数日後、また光秀が元就の屋敷を訪れた。今度は好きにしておっていい、と元就に言われたので、寝転んで考え込んでいた元親は、聞き慣れない足音に身を起こし、格子を見た。するとぬらりと光秀が現れた。
元就も従者も誰も連れていない。元親は怪訝な顔をしたが、光秀は興味深そうに元親を見ている。
「貴方、人語を解するんですよね」
「……」
「毛利殿が貴方の事を嬉しそうに話すんです。少し妬けます。もっとも、妬くような間柄ではないのですが」
光秀はそう言うと、ゆっくりとその場に腰を下ろした。どうやら興味をもたれたらしい、と元親は嫌な気持ちになった。元就はともかく、光秀の事は何も知らない。
「毛利殿と仲良く出来ているようで、良かったです。折角ならば良い家畜が欲しいと毛利殿が言っていたから、貴方を選んだんですが、正解だったようですね」
光秀は微笑んだまま、元親の返事も求めずに喋り続ける。
「貴方があの店での最後の買い物になってしまいました。良い店だったんですけれどねえ……惜しい事です」
「……あの店? あの爺、どうかしたのか」
元親が商人を思い出して尋ねると、光秀は「おや」と笑って言う。
「気になりますか? 実は何者かに店を襲われて、死んだのですよ」
「死んだ……」
「ええ。商品の奴隷達は皆、恐れて口を噤んでいますが。貴方達の入れてあった秘密の商品が一つ、盗まれていました。鬼に劣らず龍は高価で売れますから、それが目当てだったんでしょうねえ」
「龍?」
「ええ、龍の子ですよ。貴方の隣の檻に入っていたんです。まぁ隣と言っても安全のために少し離れてはいましたけど。……あの方は比較的良い商売人だったのですが、酷い事をする人も世の中には居るんですねえ」
「……龍は神仏の一種だ。祟りにでも有ったんじゃねえか。人間如きが御するような生き物じゃねえだろ」
「おや。それはご自分の事も言っているのですか?」
光秀は興味深そうに言ったが、元親はそんなつもりで言ったわけではなかったので困惑した。龍は神仏の一種だと聞いているだけだ。自分は鬼と呼ばれて居るが、人と同じようにこの世に落ちてただ生きて死ぬだけの生き物で、祟りなど起こせようはずもない。
光秀もそれを判っているのか、面白そうに笑った。
「まぁ貴方の自由ですが、もし毛利殿を祟るつもりなら覚悟して下さい、良く喋る白蛇が、貴方をこの世の煉獄に落とすでしょうからね……」
光秀はそれだけ言うと立ち上がり、廊下を戻って行った。元親はしばらくそのまま座り込んでいたが、やがて寝転んで空を見上げた。
自分が鬼と呼ばれ、伝説の中に生きる鬼でないように、その龍も神仏などではなくて、ただ人間と違う生き物なんだろうか。そもそも、俺達鬼は一体どういう生き物で、どうしてあんな場所に隔離されているんだろうか。
疑問に思ったが答えは出ず、元親は苛々と頭を掻いて、そして布団に潜った。
目下考えなくてはいけない事は、元就を信じる方法だ。……今宵、光秀に身を任せるだろう元就を、痛めつけずに苦しめる方法。
+++
酷い間違いを見つけたけどとりあえず上げときます。
元就は毎日何かを土産にやって来た。最近流行っているという書物や、着物や、それに玩具などを持って来て、元親にそれが何であるか懇々と説明した。元親が反応しなくても、元就はそれを続けた。
しばらくそれが続くと、元親も元就が何を考えているのかは判るようになった。つまり、元親に人間の常識を教え、ここから出せるようにしようとしているのだ。だが元親には元就を信じきる事は出来なかった。
ある日、元就は杏を手土産にやって来た。
「今年はもうこれで終わりだ。好きなだけ食べておけ」
元就はそう言って元親の側に座ると、自分も李を手に取って口にした。元就は顔を顰めて、「酸い」と文句を言ったが、そのまま一つは食べた。元親はそんな様に苦笑して言う。
「確かに酸いな。だけど俺達の国じゃあ、とびきり甘かった」
「ふむ、種類が違うのか」
「いいや、……他に甘いもんが無かったからだよ」
元親はそう言って李を手に取った。元就もしばらく元親の顔を見ていたが、また一つ手に取って、「酸い」と言いながら食べる。
「……なぁ、……俺はよ」
「なんだ?」
「……あんたを信じたい、でも、怖いんだ」
「気持ちは判る」
元就は李の皮を剥きながら頷く。
「我もな、長い間苦しんだゆえ。……急ぐ必要は無い、ゆっくり考えるが良い」
「……」
元親は一つ溜息を吐いて、そして恐る恐る尋ねた。
「……なぁ、聞いていいか。……あんたの、……生い立ちとか」
「……」
元就はしばらく無言だったが、やがて首を横に振る。
「そなたの昔話と同じで、きっと楽しくは無い」
「知りたい」
「……そなたも言うか?」
「言うよ」
「……」
元就は一度溜息を吐いて、そして静かに言った。
「我はな、元々は貴族だったのだ。毛利家の次男でな。幸せに暮らしておった。……色々あってな、家族は皆死んだ。我は居場所を無くした。……我の新たな居場所はとある納屋だった。……納屋で我は、畜生のように扱われ、……そのうち我は考える事を止め、本当に畜生となった。その末に我は廃棄され、……そしてその芥のような我を、明智が拾った。……我の生い立ちはそれだけのつまらぬ話だ」
「……」
「そなたは?」
元就が問う。元親は「俺は、」と李を手に取りながら言う。
「あんたらが黄泉って言うところで育った。……厳しい所だった。夜は凍えるように寒くて、昼は太陽が身を焼くように暑かった。草木は少ないし、動物も居ない。空はいつも薄曇で、……それでも俺はそこで静かに、幸せに暮らしていたよ。そんな場所でも俺は幸せだった」
「……」
「……なのに自分の幸せさも忘れて、ある日友達と一緒に外に出ちまった。……たぶんあそこは隠れ里だったんだ、なのにそこから出て、……俺達はすぐにとっ捕まって、皆殺された。俺は生き残って、……そこの領主に飼われたよ。……」
「……」
「……泣いても、……叫んでも、喚いても暴れても、皆俺を笑って見てた。誰も助けてくれなかった。……領主も最初の頃は、俺に優しくしてくれたよ。その頃の俺はまだ小さくて、角だって雌鹿みてぇで、色白で、……自分で言うのもなんだが、可愛かったんだ。だから領主も俺を愛でたさ。俺は一つも嬉しくなかったけどな」
「……抱かれたのか」
「ああ、そりゃあご丁寧にな。最初は女みてぇに愛されたよ。だが俺もいつまでも子鬼じゃいられなかった。体格はみるみる立派になって、角も伸びた。……この角、歪んでるだろ? これは無理矢理へし折られて、段々こんな風になったんだ。本当はもっと綺麗な角が生えるんだぜ」
「ほう……それは、……かわいそうに」
元就は元親の額の角を見て、手を伸ばそうとした。だが自分の手が汚れている事に気付くと引っ込めて、また李を剥き始める。
「……痛かったか」
「うん。……俺が大きくなると、皆、俺を怖がった。今までの恨みが有るから、俺が復讐するだろうと思ったんだ。だからあいつらは俺を頑丈な檻や、ここと同じ格子の中に閉じ込めて、その上で俺が逆らったりしないように、焼け鉄や針で俺を痛めつけて、言う事を聞かせようとした。
見せ物にもされたよ。弓の的にされたり、狼と戦わされたり。女を犯せと命令された事も有った。女があんまり怯えてかわいそうだったから、逃がしてやったら左眼を焼かれたよ。……何人かの飼い主に飼われて、それで、……前の飼い主の首を噛み切って殺した。それで俺も死ぬだろうと思ってた。まさか人食い鬼に買い手がつくなんて、よ」
元親はそして昔話を終えた。これ以上詳しい話をするつもりは無かった。元親としても忌まわしい記憶が蘇るばかりで、いい事は何も無い。だからそれ以上の話をしなかった。
二人はしばらく互いに何も言わず、李を食べていた。ややして元就は手を拭き、改めて元親に手を伸ばした。元親も特に嫌がりはしなかったが、元就がそのまま元親を抱くようにしてきたのには少し驚いた。
元就は元親の頭を抱くようにして、その角や髪を優しく撫でた。それが心地良くて、元親は大人しく身を任せていた。
「……我の背には、……我には見えぬが、……斬られた痕が有るらしい」
「斬られた?」
「そうだ。……刀でな、ばっさりと。……運が良いのか悪いのか、……我も、死ぬような事をされても、……死にたくなっても、生きたまま今日まで来た。……元親」
元就は元親の髪を梳いてやりながら言う。
「我を信じてはくれぬか。そなたは優しいし、人としての心も持っておる。可愛と仲良くしておるそうだな。あれは明るい娘だが、誰にでもというわけではない。あれも苦労した女だ。己を傷付けそうな悪い男は、本能的に見分けておる。つまりそなたはあれの信用に足る男というわけよ。偉いものでな、あれの勘は外れた事が無い。……そなたは信用出来る。だが肝心のそなたが我を信じてくれぬのでは、何も始まらぬ。……そこで、な」
元就はするりと元親から離れ、また李に手を伸ばしながら言った。
「我を信じるために必要な事は、何でもして良いのだぞ、元親」
「……どういう意味だ?」
元親が顔を顰めたが、元就は淡々と返す。
「そなたが何を以って我を信じられるのか、我には判らぬ。故に、その方法をそなたに任せると申しておる。例えばそう、そなたがこれまでされてきた卑劣な事を、我にすると良い。我が思わず、そなたを跳ね除けて逃げようとするような事を、だ。我はそれに耐える。我はそなたを信じておるから平気だ。どうだ?
無論、どのような方法でも良いし、それについて事前に我の承諾を得る必要も無い。……たとえ、そなたと同じように左眼を焼けと要求されても、我はそれに応える。……どうだ。……そうすればお互い、早く事が済んでよいであろう」
「……」
「我に、そなたが思いつく限りの非道をすれば良い。我は耐えてみせる故」
元親はしばらく黙って考えていたが、やがて首を振って言う。
「いや、だめだ」
「……元親?」
「俺だってあんたを信じたい。あんたは俺に良くしてくれた。だからあんたに酷い事はしたくない」
その言葉に元就は驚いたような顔をして、そして苦笑した。
「……そなたは優しいな。我等人間の方が、よほど鬼らしい。……だがな、元親。これはお互いのためだ。我を好きなようにせずとも信じられるならそれでもよいが、今、そなたが無力な我と共にあって尚、信じられぬなら、相応の障害は越えねばならぬという事であろう? ……元親、そなたが優しい事は良く判った。だが考えてくれ、我を苦しめ、そなたが信用出来るようになる方法を。……我は既に、覚悟は決めておる」
それから元親は何日も悩んだが、なかなか良い方法が思い浮かばなかった。そもそも元親は既に元就に対し、信頼を寄せていた。ここまで優しくしてもらって裏切られたなら、それはそれで仕方無いような気もしていた。
元就には全てを委ね、信じてもいいかもしれない、と。
恐ろしいのは裏切られた時の落胆の深さだ。その絶望を考えただけで寒気がした。元就が自分を嘲笑い傷つける事を考えると身が震える。信じきるには多大な勇気と確信が必要だった。
だが元就の事は傷付けたく無かった。自分がされたように暴力を振るう事には抵抗が有った。それでは自分も、他の飼い主達と同じように残忍で卑怯な生き物になってしまう気がした。
何より、自分を心から信じ、愛してしてくれている者を自ら傷つける事が怖かった。失う事が恐ろしかった。
数日後、また光秀が元就の屋敷を訪れた。今度は好きにしておっていい、と元就に言われたので、寝転んで考え込んでいた元親は、聞き慣れない足音に身を起こし、格子を見た。するとぬらりと光秀が現れた。
元就も従者も誰も連れていない。元親は怪訝な顔をしたが、光秀は興味深そうに元親を見ている。
「貴方、人語を解するんですよね」
「……」
「毛利殿が貴方の事を嬉しそうに話すんです。少し妬けます。もっとも、妬くような間柄ではないのですが」
光秀はそう言うと、ゆっくりとその場に腰を下ろした。どうやら興味をもたれたらしい、と元親は嫌な気持ちになった。元就はともかく、光秀の事は何も知らない。
「毛利殿と仲良く出来ているようで、良かったです。折角ならば良い家畜が欲しいと毛利殿が言っていたから、貴方を選んだんですが、正解だったようですね」
光秀は微笑んだまま、元親の返事も求めずに喋り続ける。
「貴方があの店での最後の買い物になってしまいました。良い店だったんですけれどねえ……惜しい事です」
「……あの店? あの爺、どうかしたのか」
元親が商人を思い出して尋ねると、光秀は「おや」と笑って言う。
「気になりますか? 実は何者かに店を襲われて、死んだのですよ」
「死んだ……」
「ええ。商品の奴隷達は皆、恐れて口を噤んでいますが。貴方達の入れてあった秘密の商品が一つ、盗まれていました。鬼に劣らず龍は高価で売れますから、それが目当てだったんでしょうねえ」
「龍?」
「ええ、龍の子ですよ。貴方の隣の檻に入っていたんです。まぁ隣と言っても安全のために少し離れてはいましたけど。……あの方は比較的良い商売人だったのですが、酷い事をする人も世の中には居るんですねえ」
「……龍は神仏の一種だ。祟りにでも有ったんじゃねえか。人間如きが御するような生き物じゃねえだろ」
「おや。それはご自分の事も言っているのですか?」
光秀は興味深そうに言ったが、元親はそんなつもりで言ったわけではなかったので困惑した。龍は神仏の一種だと聞いているだけだ。自分は鬼と呼ばれて居るが、人と同じようにこの世に落ちてただ生きて死ぬだけの生き物で、祟りなど起こせようはずもない。
光秀もそれを判っているのか、面白そうに笑った。
「まぁ貴方の自由ですが、もし毛利殿を祟るつもりなら覚悟して下さい、良く喋る白蛇が、貴方をこの世の煉獄に落とすでしょうからね……」
光秀はそれだけ言うと立ち上がり、廊下を戻って行った。元親はしばらくそのまま座り込んでいたが、やがて寝転んで空を見上げた。
自分が鬼と呼ばれ、伝説の中に生きる鬼でないように、その龍も神仏などではなくて、ただ人間と違う生き物なんだろうか。そもそも、俺達鬼は一体どういう生き物で、どうしてあんな場所に隔離されているんだろうか。
疑問に思ったが答えは出ず、元親は苛々と頭を掻いて、そして布団に潜った。
目下考えなくてはいけない事は、元就を信じる方法だ。……今宵、光秀に身を任せるだろう元就を、痛めつけずに苦しめる方法。
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