今、
ロマサガ2をプレイ中に
・オリジナル現代物の欝話
・オリジナルファンタジー物のドタバタ話
・チカナリ戦国IF
・とかげのしっぽ
・これ
を同時に書いてるもんだからだんだん良く判らなくなってきた
とりあえず投下します。この間の続きです。
題名は安直に鬼にしました。
ロマサガ2をプレイ中に
・オリジナル現代物の欝話
・オリジナルファンタジー物のドタバタ話
・チカナリ戦国IF
・とかげのしっぽ
・これ
を同時に書いてるもんだからだんだん良く判らなくなってきた
とりあえず投下します。この間の続きです。
題名は安直に鬼にしました。
元親はしばらく箱の中で大人しくしていた。がたごとと箱は激しく揺れて、恐らく荷降ろしをしているのだろうとは思ったが、何しろ外は見えないし、元親は床に伏せて、せめて転んだりぶつけたりしないようにするので手一杯だった。
「しかし毛利様、私も長年この商売をやっておりますが、このような事をした方は見た事がございませぬ」
老人がそう言うのが聞こえた。すぐに元就が薄く笑う。
「このような阿呆は見た事が無いか」
「いえ、いえいえとんでもない。そのような意味ではなく、」
「好きなように言いふらすが良い。所詮は我は明智の寵児、多少の奇行も笑い話にされて終わるだけよ。むしろ我の名が知れて好都合。……これは前金だ。残りは後日持って行かせるので良いのだな?」
「ええ、ええ、結構でございますよ。何しろ明智様の紹介でございますから」
「信用が有るのだな、あのような変態にも」
「失礼ながら、明智様は確かにご趣味は変わっておられまするが、大変頭の良い方で、お上の評価も、」
「知っておる。奴と共に過ごした時間はそなたより多い」
「あ、それは失礼を」
「この箱は後日解体してそなたに返そう。帰って良いぞ。……鬼、出て来るが良い。開いておるぞ」
元就のそういう声と共に、箱の中に光が差し込んだ。入り口が開いたらしい。元親はしばらく様子を窺っていたが、やがてそろりと箱から顔を出して驚いた。
そこは屋敷の一室だった。入り口にいつもの特殊な格子が作られ、出る事は出来なくなっているが、そこは普通の部屋だ。広さは八畳程度、小さな箪笥と机、布団も有る。奥には厠や水場への道も用意されているようだ。何処も格子で守られており、逃げ出す事は出来ないだろうが、それにしたところで今までの元親の扱いに比べればその環境は信じられないほどよいものだった。
何より元親が驚いたのは、戸を開いた今の状態では、部屋が明るいのだ。のろのろと箱から出て格子の側まで寄ると、部屋の外の庭や塀、そしてその上に空や太陽が見えて、元親はあまりに眩しくて思わず目を閉じた。
今までは薄暗い、狭い、汚い場所で暮らしていたのに、何故。元親がそんな事を考えていると、元就が「どうだ」と声をかけてきた。
格子の向こう側から元就は水や衣を中に入れながら言う。
「明るいであろう。日の光の無い暮らしは名実共に暗い故な。特別にあつらえさせたのだ。気に入ったか?」
元就はそう柔らかく言ったが、元親は警戒を解かなかった。今までも優しい飼い主は居た。そういう人間は最初、元親に優しくしておいて、期待をさせておいて、それはそれは卑劣な行動をして元親を失望させた。彼もそういう連中の一人かもしれない、と元親は元就に気を許さなかった。
だが元就のほうも特に期待はしていなかったらしい。
「これは飲み水。こちらは着物だ。好きに羽織れ。数刻に一度、我かあるいは誰かが見に来るゆえ、なにか不都合があれば要求するが良い。……ああそうだ忘れておった。そなた、何か好物は有るか? 食い物だ」
今日はそなたが我が元に来ためでたき日ゆえ、そなたの好きな物を用意してやりとうてな。
元就はそう言って僅かに笑んだ。元親はその顔を見ようとはしなかった。人間が浮かべる表情というのが嫌いだ。連中はどんな顔をしていても自分を痛めつける事しか考えていない、と元親は思っていた。だから元就の顔も見なかった。見たところで判る事など何も無いからだ。
「鬼。そなた人語を解すのであろう。名はなんという?」
元就はそう尋ねてきたが、元親は答えなかった。身動き一つせず、元就に背を向けていた。空を鳥が煩く鳴きながら駆けて行く。元親はただその景色を見ていた。
元就は根気良く答えを待っていたが、やがて諦めたらしい。一つ溜息を吐くと、「では好物だけでも教えてくれ。何を食べたい?」ともう一度尋ねてきた。元親はそこでようやっと元就を見た。
緑の着物を身に付けた、ちっぽけな男だった。細い首は元親がそうしようと思えば一瞬でへし折る事も出来るだろうし、本気で殴っただけで死にそうな、そんな小さな男だった。だがだからといって安心は出来ない。そういう男は道具を使って元親を脅かした。例えば針や、焼け串などで元親を大層痛めつける。だから元親は元就を見くびったりはしなかった。人間は体格に関わらず脅威なのだ。
元親はしばらく元就を見て、薄く笑うと言ってやった。
「是非、あんたの肉を食いてぇな」
元就は一瞬驚いたような顔をして、やがて「ふむ」と首を傾げた。
「……それは困った、我はまだ死ぬわけにはいかぬし、……ああでも、そうだな。腕の一本ぐらいなら別に無くても構わぬ。よし、この左腕でどうだ。これぐらいなら食わせてやっても構わぬぞ」
元就がそう言って自分の左腕を見せたものだから、元親は驚いた。怒るか怖がるかすると思って言ったのに、まさかそんな事を言うとは思わなかったのだ。元親の驚愕をよそに、元就は自分の左腕を擦りながら、「そうだな……」と何事か呟いている。
「約束は守る主義ゆえ。よし、そうしよう。自分で切るのは難儀だから後で従者に切らせる。……生が良いのか、それとも調理したほうが良いのか?」
元就が真面目な顔で聞いてくるものだから、元親も困ってしまって何も言えない。元就はそれをどう思ったのか、「まぁ良い、待っておれ、今切らせるゆえ」と踵を返してしまった。そんな元就に、元親は慌てて声をかける。
「ま、待て」
元就は立ち止まると、きょとんとした顔で元親を見てくる。それがまたなんともいえず恐ろしくて、元親はなるたけはっきりとした声で言った。
「要らない」
「要らない?」
「あんたの肉は、要らない」
もう一度言うと、元就はまたきょとんとした顔をして、自分の左腕を見た。
「ああ、……貧相な腕だ。食欲も湧かぬであろうな」
「そうじゃなくて、」
「では、何が欲しい? 何でも良い。何でも用意するゆえな」
元就はまたそう尋ねてきた。元親は元就の眼を見て、そしてそれから小さく言った。
「もも」
「……腿か?」
「すももだ」
「すもも……ああ、李か。そなた、李が好きなのか。判った。それでは早速採りに行く。楽しみに待っておれ。何か困った事が有れば、大声を出すのだぞ。従者が一人ぐらいは屋敷におる故な」
元就はそう言うと、さっさと行ってしまった。それを呆然と見ながら、元親はただ、
「……変な奴」
とだけ呟いて、溜息を吐いた。だが最初だけ優しかった飼い主はやはりいくらでも居た。彼も少々変なところはあるが、変わらないかもしれない。元親はそう考えながら、ごそごそと部屋の中を物色してみた。
箪笥には何枚かの衣が入っていた。櫛や鏡なども用意されている。部屋の隅には布団も置いてあり、試しに広げて寝転んでみると悪くは無い。枕も有る。反対の隅には元親が入れてあった木箱が置かれたままだったが、そのうち解体するのだろう。
更に部屋の奥に行くと細い廊下が有る。壁も天井も格子が付けられていて、逃げ出せそうにはなかった。その先には厠と井戸が有って、行き止まりだ。井戸の周りは庭になっていて、先程よりも元親は景色をはっきりと見渡す事が出来た。
白い塀が延々と続いていて、庭には草などは殆ど生えておらず、時折手入れのされた木が立っている。屋敷はかなり広いのか、いくつかの部屋が見えた。空は澄んで雲が流れている。反対側には山が見えた。
のろのろと部屋に戻ると、従者と思わしき少年が廊下を歩いてやって来た。何かと思って見てみれば、少年は茶を持って来ていた。
「元就様が御飲みになられるようにと」
少年はそれだけ言うと、格子の内側に湯飲みを差し入れ、それが終わるとすぐに立ち去ってしまった。元親はしばらく近寄らなかった。今までも何度か毒や薬の類を盛られた事がある。元親はそれを眺めていたが、やはり飲まないでいる事にした。まだ信じるには早い、と。
代わりに側に置かれていた衣を手に取る。紅色のそれを広げてみると、桜の模様が描かれていて元親は顔を顰めた。これは女物ではないのか。
しかもそれは二枚の紅色の着物を無理矢理縫い繋げた物のようで、元親はしばらく眺めていたが、結局着なかった。それをたたんでいると、足音が聞こえる。そちらを見ると、一人の女が歩いて来る。
元親は経験的に人間の女は恐ろしくないと知っていた。女は男に翻弄される立場であり、殆どが元親と同じ境遇だ。だから元親は女の事は嫌いではない。問題は女が怯えないかだったが、元親はとにかく声をかけた。
「おい」
すると女は元親に気付いて、格子に近寄って来た。
「何か、御用ですか?」
「いや……」
女に怖じた様子が見られない事を確認して、元親は着物を指差して言う。
「これは女物じゃねぇのか。何でここに有る?」
「ああ……それは男物ですよ」
「だが繋ぎ合せてある」
そう言うと、女はくすくす笑って答えた。
「貴方ときたら、とても身体が大きいものですから。でも元就様の御着物では二枚合わせてもまだ足りなさそうですね」
「なに、これはあいつのなのか」
「そうですよ。元就様の古い着物です。ですから男物ですよ。それに主人から古着を賜る事は、人間の世界ではとても名誉な事なんです。嫌がらせなどではありませんから安心してくださいな。もう桜は散ってしまいましたから、せめて貴方に着物で見せてやろうという元就様なりの御好意の表れなのですよ」
女はそう明るく言った。その言葉に嘘は感じなかった。元親はこの女なら、と考えて、格子に近寄ると更に尋ねた。
「あんた、名前は?」
「可愛と申します」
「あいつとどれぐらいの付き合いだ? ここで何をしてる?」
「かれこれ五年になります。私は明智様の僕ですが、元就様にも仕えているのです。同じような立場の者があと4人ほどおります」
「あけち……」
「ああ、元就様の……元就様の上の方です。元就様は明智様に大事にされていたのです。ですから独立した元就様の面倒を、私達が継続して見させていただいているのですよ」
「ふうん……あんたはよく喋るな。いいのか?」
「女は喋るのが本分ですから」
可愛はそう言って笑って、それから言う。
「それに元就様からも口止めなどはされておりません。私はみだりに格子より内側に入らぬ事と、貴方を出そうとしない事だけを命じられていますから」
「やっぱりあいつは俺を飼うつもりか」
「それは、……そうですね。けれど、……そうですねえ」
可愛はしばらく悩んでいたが、やがて元親に笑んで言った。
「信じろと言っても無理でございましょうけれど、元就様はこの間まで私共と同じ、下僕の立場だった方ですから。きっと貴方を傷付けたりするような事は無いと思いますよ。あの方も明智様に育てられた方ですから、少々おかしなところはありますけれど、でも良くも悪くも真っ直ぐな方でございますから」
だから、あまり意地悪を言わないで下さいな。先ほど元就様が厨房にやって来てなんと言ったか判りますか、鬼さん。
可愛はそう言ってまたくすくす笑って、そして言った。
「李がいいと言ってくれてよかった、ああは言ったものの本当は腕を切り落とすのは怖かったのだ、ですって。あの方ったら本気にしていたんですよ。それからしばらく包丁を見ていましたもの」
日が暮れかかった頃。下僕らしい男がやって来て、格子の外から雨戸を閉めていった。それからしばらくすると、元就がやってきた。手には籠と、その中には李が山ほど入っていた。
「遅うなってすまぬな。旨そうなのを探しておったら山奥まで入ってしまった」
元就はそう言うと、籠を格子の中に入れてきた。元親はしばらく手を付けなかったが、やがてそろと籠に近寄る。中にはたくさんの李が入っていて、どれも熟れて旨そうだった。
試しに一つ手に取って、皮を剥くと噛み付いた。甘酸っぱい味が口いっぱいに広がる。その懐かしい味に元親は思わず目を閉じた。
「旨いか?」
元就はそう尋ねたが、元親は返事をせず、そのまま幾つも李を食らった。そんな様子を元就は無言で眺めていたが、しばらくすると「また明日」とそれだけ言って部屋から去ってしまった。
元親はそれからも長い時間李を食べていた。懐かしい味だった。子供の頃、……まだ元親が自由だった頃に食べた味だ。それから元親は何年も泥水や草や思い出したくも無い物を食べて生きてきた。だから李の味など忘れかけていた。
思いのほか酸いそれをいつまでも食べながら、元親は静かに泣いた。
ここは、おかしい。あいつは、おかしい。それがどうしようもなく、心地良い。
+++
相変わらず元親視点では電波な元就です。
「しかし毛利様、私も長年この商売をやっておりますが、このような事をした方は見た事がございませぬ」
老人がそう言うのが聞こえた。すぐに元就が薄く笑う。
「このような阿呆は見た事が無いか」
「いえ、いえいえとんでもない。そのような意味ではなく、」
「好きなように言いふらすが良い。所詮は我は明智の寵児、多少の奇行も笑い話にされて終わるだけよ。むしろ我の名が知れて好都合。……これは前金だ。残りは後日持って行かせるので良いのだな?」
「ええ、ええ、結構でございますよ。何しろ明智様の紹介でございますから」
「信用が有るのだな、あのような変態にも」
「失礼ながら、明智様は確かにご趣味は変わっておられまするが、大変頭の良い方で、お上の評価も、」
「知っておる。奴と共に過ごした時間はそなたより多い」
「あ、それは失礼を」
「この箱は後日解体してそなたに返そう。帰って良いぞ。……鬼、出て来るが良い。開いておるぞ」
元就のそういう声と共に、箱の中に光が差し込んだ。入り口が開いたらしい。元親はしばらく様子を窺っていたが、やがてそろりと箱から顔を出して驚いた。
そこは屋敷の一室だった。入り口にいつもの特殊な格子が作られ、出る事は出来なくなっているが、そこは普通の部屋だ。広さは八畳程度、小さな箪笥と机、布団も有る。奥には厠や水場への道も用意されているようだ。何処も格子で守られており、逃げ出す事は出来ないだろうが、それにしたところで今までの元親の扱いに比べればその環境は信じられないほどよいものだった。
何より元親が驚いたのは、戸を開いた今の状態では、部屋が明るいのだ。のろのろと箱から出て格子の側まで寄ると、部屋の外の庭や塀、そしてその上に空や太陽が見えて、元親はあまりに眩しくて思わず目を閉じた。
今までは薄暗い、狭い、汚い場所で暮らしていたのに、何故。元親がそんな事を考えていると、元就が「どうだ」と声をかけてきた。
格子の向こう側から元就は水や衣を中に入れながら言う。
「明るいであろう。日の光の無い暮らしは名実共に暗い故な。特別にあつらえさせたのだ。気に入ったか?」
元就はそう柔らかく言ったが、元親は警戒を解かなかった。今までも優しい飼い主は居た。そういう人間は最初、元親に優しくしておいて、期待をさせておいて、それはそれは卑劣な行動をして元親を失望させた。彼もそういう連中の一人かもしれない、と元親は元就に気を許さなかった。
だが元就のほうも特に期待はしていなかったらしい。
「これは飲み水。こちらは着物だ。好きに羽織れ。数刻に一度、我かあるいは誰かが見に来るゆえ、なにか不都合があれば要求するが良い。……ああそうだ忘れておった。そなた、何か好物は有るか? 食い物だ」
今日はそなたが我が元に来ためでたき日ゆえ、そなたの好きな物を用意してやりとうてな。
元就はそう言って僅かに笑んだ。元親はその顔を見ようとはしなかった。人間が浮かべる表情というのが嫌いだ。連中はどんな顔をしていても自分を痛めつける事しか考えていない、と元親は思っていた。だから元就の顔も見なかった。見たところで判る事など何も無いからだ。
「鬼。そなた人語を解すのであろう。名はなんという?」
元就はそう尋ねてきたが、元親は答えなかった。身動き一つせず、元就に背を向けていた。空を鳥が煩く鳴きながら駆けて行く。元親はただその景色を見ていた。
元就は根気良く答えを待っていたが、やがて諦めたらしい。一つ溜息を吐くと、「では好物だけでも教えてくれ。何を食べたい?」ともう一度尋ねてきた。元親はそこでようやっと元就を見た。
緑の着物を身に付けた、ちっぽけな男だった。細い首は元親がそうしようと思えば一瞬でへし折る事も出来るだろうし、本気で殴っただけで死にそうな、そんな小さな男だった。だがだからといって安心は出来ない。そういう男は道具を使って元親を脅かした。例えば針や、焼け串などで元親を大層痛めつける。だから元親は元就を見くびったりはしなかった。人間は体格に関わらず脅威なのだ。
元親はしばらく元就を見て、薄く笑うと言ってやった。
「是非、あんたの肉を食いてぇな」
元就は一瞬驚いたような顔をして、やがて「ふむ」と首を傾げた。
「……それは困った、我はまだ死ぬわけにはいかぬし、……ああでも、そうだな。腕の一本ぐらいなら別に無くても構わぬ。よし、この左腕でどうだ。これぐらいなら食わせてやっても構わぬぞ」
元就がそう言って自分の左腕を見せたものだから、元親は驚いた。怒るか怖がるかすると思って言ったのに、まさかそんな事を言うとは思わなかったのだ。元親の驚愕をよそに、元就は自分の左腕を擦りながら、「そうだな……」と何事か呟いている。
「約束は守る主義ゆえ。よし、そうしよう。自分で切るのは難儀だから後で従者に切らせる。……生が良いのか、それとも調理したほうが良いのか?」
元就が真面目な顔で聞いてくるものだから、元親も困ってしまって何も言えない。元就はそれをどう思ったのか、「まぁ良い、待っておれ、今切らせるゆえ」と踵を返してしまった。そんな元就に、元親は慌てて声をかける。
「ま、待て」
元就は立ち止まると、きょとんとした顔で元親を見てくる。それがまたなんともいえず恐ろしくて、元親はなるたけはっきりとした声で言った。
「要らない」
「要らない?」
「あんたの肉は、要らない」
もう一度言うと、元就はまたきょとんとした顔をして、自分の左腕を見た。
「ああ、……貧相な腕だ。食欲も湧かぬであろうな」
「そうじゃなくて、」
「では、何が欲しい? 何でも良い。何でも用意するゆえな」
元就はまたそう尋ねてきた。元親は元就の眼を見て、そしてそれから小さく言った。
「もも」
「……腿か?」
「すももだ」
「すもも……ああ、李か。そなた、李が好きなのか。判った。それでは早速採りに行く。楽しみに待っておれ。何か困った事が有れば、大声を出すのだぞ。従者が一人ぐらいは屋敷におる故な」
元就はそう言うと、さっさと行ってしまった。それを呆然と見ながら、元親はただ、
「……変な奴」
とだけ呟いて、溜息を吐いた。だが最初だけ優しかった飼い主はやはりいくらでも居た。彼も少々変なところはあるが、変わらないかもしれない。元親はそう考えながら、ごそごそと部屋の中を物色してみた。
箪笥には何枚かの衣が入っていた。櫛や鏡なども用意されている。部屋の隅には布団も置いてあり、試しに広げて寝転んでみると悪くは無い。枕も有る。反対の隅には元親が入れてあった木箱が置かれたままだったが、そのうち解体するのだろう。
更に部屋の奥に行くと細い廊下が有る。壁も天井も格子が付けられていて、逃げ出せそうにはなかった。その先には厠と井戸が有って、行き止まりだ。井戸の周りは庭になっていて、先程よりも元親は景色をはっきりと見渡す事が出来た。
白い塀が延々と続いていて、庭には草などは殆ど生えておらず、時折手入れのされた木が立っている。屋敷はかなり広いのか、いくつかの部屋が見えた。空は澄んで雲が流れている。反対側には山が見えた。
のろのろと部屋に戻ると、従者と思わしき少年が廊下を歩いてやって来た。何かと思って見てみれば、少年は茶を持って来ていた。
「元就様が御飲みになられるようにと」
少年はそれだけ言うと、格子の内側に湯飲みを差し入れ、それが終わるとすぐに立ち去ってしまった。元親はしばらく近寄らなかった。今までも何度か毒や薬の類を盛られた事がある。元親はそれを眺めていたが、やはり飲まないでいる事にした。まだ信じるには早い、と。
代わりに側に置かれていた衣を手に取る。紅色のそれを広げてみると、桜の模様が描かれていて元親は顔を顰めた。これは女物ではないのか。
しかもそれは二枚の紅色の着物を無理矢理縫い繋げた物のようで、元親はしばらく眺めていたが、結局着なかった。それをたたんでいると、足音が聞こえる。そちらを見ると、一人の女が歩いて来る。
元親は経験的に人間の女は恐ろしくないと知っていた。女は男に翻弄される立場であり、殆どが元親と同じ境遇だ。だから元親は女の事は嫌いではない。問題は女が怯えないかだったが、元親はとにかく声をかけた。
「おい」
すると女は元親に気付いて、格子に近寄って来た。
「何か、御用ですか?」
「いや……」
女に怖じた様子が見られない事を確認して、元親は着物を指差して言う。
「これは女物じゃねぇのか。何でここに有る?」
「ああ……それは男物ですよ」
「だが繋ぎ合せてある」
そう言うと、女はくすくす笑って答えた。
「貴方ときたら、とても身体が大きいものですから。でも元就様の御着物では二枚合わせてもまだ足りなさそうですね」
「なに、これはあいつのなのか」
「そうですよ。元就様の古い着物です。ですから男物ですよ。それに主人から古着を賜る事は、人間の世界ではとても名誉な事なんです。嫌がらせなどではありませんから安心してくださいな。もう桜は散ってしまいましたから、せめて貴方に着物で見せてやろうという元就様なりの御好意の表れなのですよ」
女はそう明るく言った。その言葉に嘘は感じなかった。元親はこの女なら、と考えて、格子に近寄ると更に尋ねた。
「あんた、名前は?」
「可愛と申します」
「あいつとどれぐらいの付き合いだ? ここで何をしてる?」
「かれこれ五年になります。私は明智様の僕ですが、元就様にも仕えているのです。同じような立場の者があと4人ほどおります」
「あけち……」
「ああ、元就様の……元就様の上の方です。元就様は明智様に大事にされていたのです。ですから独立した元就様の面倒を、私達が継続して見させていただいているのですよ」
「ふうん……あんたはよく喋るな。いいのか?」
「女は喋るのが本分ですから」
可愛はそう言って笑って、それから言う。
「それに元就様からも口止めなどはされておりません。私はみだりに格子より内側に入らぬ事と、貴方を出そうとしない事だけを命じられていますから」
「やっぱりあいつは俺を飼うつもりか」
「それは、……そうですね。けれど、……そうですねえ」
可愛はしばらく悩んでいたが、やがて元親に笑んで言った。
「信じろと言っても無理でございましょうけれど、元就様はこの間まで私共と同じ、下僕の立場だった方ですから。きっと貴方を傷付けたりするような事は無いと思いますよ。あの方も明智様に育てられた方ですから、少々おかしなところはありますけれど、でも良くも悪くも真っ直ぐな方でございますから」
だから、あまり意地悪を言わないで下さいな。先ほど元就様が厨房にやって来てなんと言ったか判りますか、鬼さん。
可愛はそう言ってまたくすくす笑って、そして言った。
「李がいいと言ってくれてよかった、ああは言ったものの本当は腕を切り落とすのは怖かったのだ、ですって。あの方ったら本気にしていたんですよ。それからしばらく包丁を見ていましたもの」
日が暮れかかった頃。下僕らしい男がやって来て、格子の外から雨戸を閉めていった。それからしばらくすると、元就がやってきた。手には籠と、その中には李が山ほど入っていた。
「遅うなってすまぬな。旨そうなのを探しておったら山奥まで入ってしまった」
元就はそう言うと、籠を格子の中に入れてきた。元親はしばらく手を付けなかったが、やがてそろと籠に近寄る。中にはたくさんの李が入っていて、どれも熟れて旨そうだった。
試しに一つ手に取って、皮を剥くと噛み付いた。甘酸っぱい味が口いっぱいに広がる。その懐かしい味に元親は思わず目を閉じた。
「旨いか?」
元就はそう尋ねたが、元親は返事をせず、そのまま幾つも李を食らった。そんな様子を元就は無言で眺めていたが、しばらくすると「また明日」とそれだけ言って部屋から去ってしまった。
元親はそれからも長い時間李を食べていた。懐かしい味だった。子供の頃、……まだ元親が自由だった頃に食べた味だ。それから元親は何年も泥水や草や思い出したくも無い物を食べて生きてきた。だから李の味など忘れかけていた。
思いのほか酸いそれをいつまでも食べながら、元親は静かに泣いた。
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