つまりこういう事かなあとか
「ぼ、……僕には、よ、よく、判りません、……その、……」
そのあまりにも自然な気弱な青年の姿に、元親は本番中であるにも係わらず、息を呑んだ。うつむきがちで、時折顔色を伺うように上目遣いで見上げてくる。声は僅かに震え、緊張しているのが判った。いや、緊張しているかのように見えた。元親は心の中で賞賛した。あんたは確かに天才子役だ。
「まぁいいや。お前にも判らないんだったら、皆で調べればいいんだからよ」
そういう自分の演技に今度は呆れた。棒読みではないにしても、演技などしていない。素だ。普段の口調、普段の自分、ただいつもの調子でセリフを読むだけの仕事。別人に変わってしまった目の前の青年とはえらい違いだ。
「そーだな。じゃ、とりあえず現場に行ってみようぜ」
同じぐらい大根の伊達政宗が明るく言って、部屋を出た。そこでこの場面は終わりだ。監督が恐い顔でカットと言ったが、NGではないようで元親は安心した。今日はこれで終わりだ。
「お疲れ様でしたー!」
と、スタッフが大きな声で言っている。元親も笑いながら方々に頭を下げて、それから彼を見た。気弱な青年はいつの間にか、しゃきりと背を伸ばした静かな男へと戻っていた。元親は改めて感心した。彼は本当に、撮影の間だけ別人になっていたのだ。
「チカ、お疲れ!」
と、同僚の政宗が肩を叩いて来た。お疲れ、と笑って返すと、政宗は「しっかしすげーなー、流石は毛利元就だよー!」と大声で言いながら、その青年、つまり元就に歩み寄って行った。その図々しさに周りの空気が一瞬凍ったのが元親にも判ったが、軽口を叩かれた元就のほうは「それほどでもない」と静かに言うだけで、騒ぎにはならなかった。
「でもなんつーの、演技力すげーよアンタ。さっきと全然違う。やっぱり真面目に演技練習してると違うんだなー。俺もチカもまだド素人だけど、これから勉強していくんで、よろしく頼むぜ!」
政宗はなおも軽々しく元就に言葉をかけたが、彼のほうは「うむ」と頷いただけで、その「うむ」が何に対して頷いたものなのか、さっぱり判らなかった。元親はまた元就の事を不愉快に思った。スカしてやがる。
そうこうするうちに元就はマネージャーと思わしき若い女と撮影所から出て行ってしまった。それで周りの空気が一気に緩むのも、元親は判った。それもそのはず。毛利元就といえば、知らない者が居ないほどの天才子役だったのだ。
天才子役、といっても、元就がその名を知らしめたのは彼がまだ9歳の頃だった。当時、日輪の申し子という二つ名で、世の悪人達を懲らしめる小さなヒーローとして二時間ドラマの端役で出演したのだが、その愛らしさと子供とは思えない演技力で一躍有名になり、スピンオフでドラマを主演し、その後も数々のドラマに映画にと引っ張りだこだった。
しかし元就はわずか3年で突然テレビから消えた。休養に入るとの事だった。重い病気にかかっただとか、大怪我をしただとか色々な憶測は飛び交ったが、結局元就がお茶の間から姿を消した理由は判っていなかった。
その元就が、今年、16歳となり、芸能界に復帰して来たのだ。これをテレビ局は快く受け入れた。少なくとも4年前までは知らない人間が居ないような大スターだったのだ。今がヘボであろうとも、視聴者の興味は引ける。
だからこそ、この秋のドラマは元就の出演が即決まった。ニュースでも大きく取り上げられた。毛利元就、復活――その文字は、ドラマ初出演にして主演が決定した長曾我部元親や伊達政宗のものよりも大きく、そして多かった。
ドラマは若年層をメインに狙うため、単純明快なものになった。学園ものだ。そこにライトな推理物の要素を乗せる。一話完結で、簡単な事件を解明していく、早い話がヒーローものだ。主役の元親と政宗は、探偵クラブ的なものを作り、数々の仲間と共に警察そっちのけで事件を解決していく。元就はその補佐に当たる元引きこもりのパソコンオタクの青年を演じる事になった。
数年前までの愛らしい爽やかなテイストとは打って変わった設定に、ファンもスタッフも仰天したが、今日の撮影を見ているとこれはハマり役だった。16になった元就は立派な青年に成長し、昔の愛らしさは良い意味で消えていた。美形の一種になっていたのだ。
問題は、人気モデルの2人を起用した事だ。当然2人は演技の経験など殆ど無く、大根になる事は間違いない。モデルの人気だけでドラマをやりくりするのは難しい。看板となった元就の実力が問われた。4年のブランクは彼から演技力を奪ってはいないか、昔神童今ただの人を体現しているのではないか……色々な不安を、元就は初日で払拭した。天才は健在だった。
元親はロシア人とのクォーターだと親からは聞いている。右目は青く、左目は緑だ。色白で、髪の色も薄い。子供の頃はそれを疎んでいたが、中学校の時にスカウトされた。同じ中学に通っていた、政宗に。
政宗はとあるモデル事務所に所属していた。縁戚の関係だそうで、100%コネだった。そこにスカウトされた元親も100%コネで入ったが、しかし政宗も元親も努力はした。ファッションセンスを磨き、外見に気を配った。おかげで雑誌などの仕事から人気が出た。
そこにやって来たドラマの主演の話しだ。元親は断れなかったし、最初で最後のチャンスだと思っていた。ここでダメなら、二度と演技の仕事は来ない。いつまでもモデルで食っていけるとは思っていなかった元親は、精一杯努力したつもりだった。台本は本番までに完璧に覚えたし、自分なりに演技の練習もして来た。
だが本番では何の役にも立たなかった。緊張のあまり覚えたはずの台本は頭の中で真っ白に変わった。練習した演技も監督から指導が入り、全く違うものになった。元親は胃が痛くなってきた。こんな調子じゃあ、もうだめだ、と。そこにきて元就の演技を見ては、落ち込まないはずもなかった。
そんな元親の気持ちを判っているのか、政宗はけらけら笑いながら「まぁ思いつめんなよ」と人事のように言った。
「元就サンはこの道10年以上のベテランらしいしよ。にわかの俺らが敵うわけねぇし」
「でもよ……」
「それにさ、局だって俺らの若々しいところに期待してんだぜ。俺らは精一杯やりゃ、それでいいんだよ。ド素人なのに演技が上手かったりしたらそれこそ出る杭は打たれるってもんだぜ。お互い地道にいこうや」
気楽なもんだぜ。元親は眉を寄せた。こういう時はもしかしたら血液型占いは本当かも知れないと思う。マイペースなB型政宗、と元親は毒づいて、それからため息を吐いた。実を言うと元親も立派なB型である。早速血液型などあてにならなくなった。
台本を開いて、隅々までまた読む。確かに覚えていたはずなのに、本番になると真っ白になってしまって、元親は何度もNGを出した。政宗もたくさん出した。元就は一つも出さず、元親達がNGを出して撮り直しが続いても、顔色一つ変えなかった。それがまた元親には辛い。すました顔して、心の中じゃああれこれダメだしされてんだろうなあ、と元親は考えて、ため息を吐いた。
ああ、ダメだ、だめだ。落ち込んだらますます悪くなる。ここは伊達の言うとおり、俺なりに頑張ってやれば、それが最上級なんだと思おう。
元親はそう自分に言い聞かせて、台本を閉じた。次の撮影は明日だ。明日、少なくとも今日よりはみんなに迷惑をかけまい、と元親は心に誓って、撮影所を出た。
++++
やっぱりムダに長くなる。どうしたもんかな……
そのあまりにも自然な気弱な青年の姿に、元親は本番中であるにも係わらず、息を呑んだ。うつむきがちで、時折顔色を伺うように上目遣いで見上げてくる。声は僅かに震え、緊張しているのが判った。いや、緊張しているかのように見えた。元親は心の中で賞賛した。あんたは確かに天才子役だ。
「まぁいいや。お前にも判らないんだったら、皆で調べればいいんだからよ」
そういう自分の演技に今度は呆れた。棒読みではないにしても、演技などしていない。素だ。普段の口調、普段の自分、ただいつもの調子でセリフを読むだけの仕事。別人に変わってしまった目の前の青年とはえらい違いだ。
「そーだな。じゃ、とりあえず現場に行ってみようぜ」
同じぐらい大根の伊達政宗が明るく言って、部屋を出た。そこでこの場面は終わりだ。監督が恐い顔でカットと言ったが、NGではないようで元親は安心した。今日はこれで終わりだ。
「お疲れ様でしたー!」
と、スタッフが大きな声で言っている。元親も笑いながら方々に頭を下げて、それから彼を見た。気弱な青年はいつの間にか、しゃきりと背を伸ばした静かな男へと戻っていた。元親は改めて感心した。彼は本当に、撮影の間だけ別人になっていたのだ。
「チカ、お疲れ!」
と、同僚の政宗が肩を叩いて来た。お疲れ、と笑って返すと、政宗は「しっかしすげーなー、流石は毛利元就だよー!」と大声で言いながら、その青年、つまり元就に歩み寄って行った。その図々しさに周りの空気が一瞬凍ったのが元親にも判ったが、軽口を叩かれた元就のほうは「それほどでもない」と静かに言うだけで、騒ぎにはならなかった。
「でもなんつーの、演技力すげーよアンタ。さっきと全然違う。やっぱり真面目に演技練習してると違うんだなー。俺もチカもまだド素人だけど、これから勉強していくんで、よろしく頼むぜ!」
政宗はなおも軽々しく元就に言葉をかけたが、彼のほうは「うむ」と頷いただけで、その「うむ」が何に対して頷いたものなのか、さっぱり判らなかった。元親はまた元就の事を不愉快に思った。スカしてやがる。
そうこうするうちに元就はマネージャーと思わしき若い女と撮影所から出て行ってしまった。それで周りの空気が一気に緩むのも、元親は判った。それもそのはず。毛利元就といえば、知らない者が居ないほどの天才子役だったのだ。
天才子役、といっても、元就がその名を知らしめたのは彼がまだ9歳の頃だった。当時、日輪の申し子という二つ名で、世の悪人達を懲らしめる小さなヒーローとして二時間ドラマの端役で出演したのだが、その愛らしさと子供とは思えない演技力で一躍有名になり、スピンオフでドラマを主演し、その後も数々のドラマに映画にと引っ張りだこだった。
しかし元就はわずか3年で突然テレビから消えた。休養に入るとの事だった。重い病気にかかっただとか、大怪我をしただとか色々な憶測は飛び交ったが、結局元就がお茶の間から姿を消した理由は判っていなかった。
その元就が、今年、16歳となり、芸能界に復帰して来たのだ。これをテレビ局は快く受け入れた。少なくとも4年前までは知らない人間が居ないような大スターだったのだ。今がヘボであろうとも、視聴者の興味は引ける。
だからこそ、この秋のドラマは元就の出演が即決まった。ニュースでも大きく取り上げられた。毛利元就、復活――その文字は、ドラマ初出演にして主演が決定した長曾我部元親や伊達政宗のものよりも大きく、そして多かった。
ドラマは若年層をメインに狙うため、単純明快なものになった。学園ものだ。そこにライトな推理物の要素を乗せる。一話完結で、簡単な事件を解明していく、早い話がヒーローものだ。主役の元親と政宗は、探偵クラブ的なものを作り、数々の仲間と共に警察そっちのけで事件を解決していく。元就はその補佐に当たる元引きこもりのパソコンオタクの青年を演じる事になった。
数年前までの愛らしい爽やかなテイストとは打って変わった設定に、ファンもスタッフも仰天したが、今日の撮影を見ているとこれはハマり役だった。16になった元就は立派な青年に成長し、昔の愛らしさは良い意味で消えていた。美形の一種になっていたのだ。
問題は、人気モデルの2人を起用した事だ。当然2人は演技の経験など殆ど無く、大根になる事は間違いない。モデルの人気だけでドラマをやりくりするのは難しい。看板となった元就の実力が問われた。4年のブランクは彼から演技力を奪ってはいないか、昔神童今ただの人を体現しているのではないか……色々な不安を、元就は初日で払拭した。天才は健在だった。
元親はロシア人とのクォーターだと親からは聞いている。右目は青く、左目は緑だ。色白で、髪の色も薄い。子供の頃はそれを疎んでいたが、中学校の時にスカウトされた。同じ中学に通っていた、政宗に。
政宗はとあるモデル事務所に所属していた。縁戚の関係だそうで、100%コネだった。そこにスカウトされた元親も100%コネで入ったが、しかし政宗も元親も努力はした。ファッションセンスを磨き、外見に気を配った。おかげで雑誌などの仕事から人気が出た。
そこにやって来たドラマの主演の話しだ。元親は断れなかったし、最初で最後のチャンスだと思っていた。ここでダメなら、二度と演技の仕事は来ない。いつまでもモデルで食っていけるとは思っていなかった元親は、精一杯努力したつもりだった。台本は本番までに完璧に覚えたし、自分なりに演技の練習もして来た。
だが本番では何の役にも立たなかった。緊張のあまり覚えたはずの台本は頭の中で真っ白に変わった。練習した演技も監督から指導が入り、全く違うものになった。元親は胃が痛くなってきた。こんな調子じゃあ、もうだめだ、と。そこにきて元就の演技を見ては、落ち込まないはずもなかった。
そんな元親の気持ちを判っているのか、政宗はけらけら笑いながら「まぁ思いつめんなよ」と人事のように言った。
「元就サンはこの道10年以上のベテランらしいしよ。にわかの俺らが敵うわけねぇし」
「でもよ……」
「それにさ、局だって俺らの若々しいところに期待してんだぜ。俺らは精一杯やりゃ、それでいいんだよ。ド素人なのに演技が上手かったりしたらそれこそ出る杭は打たれるってもんだぜ。お互い地道にいこうや」
気楽なもんだぜ。元親は眉を寄せた。こういう時はもしかしたら血液型占いは本当かも知れないと思う。マイペースなB型政宗、と元親は毒づいて、それからため息を吐いた。実を言うと元親も立派なB型である。早速血液型などあてにならなくなった。
台本を開いて、隅々までまた読む。確かに覚えていたはずなのに、本番になると真っ白になってしまって、元親は何度もNGを出した。政宗もたくさん出した。元就は一つも出さず、元親達がNGを出して撮り直しが続いても、顔色一つ変えなかった。それがまた元親には辛い。すました顔して、心の中じゃああれこれダメだしされてんだろうなあ、と元親は考えて、ため息を吐いた。
ああ、ダメだ、だめだ。落ち込んだらますます悪くなる。ここは伊達の言うとおり、俺なりに頑張ってやれば、それが最上級なんだと思おう。
元親はそう自分に言い聞かせて、台本を閉じた。次の撮影は明日だ。明日、少なくとも今日よりはみんなに迷惑をかけまい、と元親は心に誓って、撮影所を出た。
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