色々考えている事も有るのですが、なかなか……
以下、主従の6 次じゃ終わらないですコレ
以下、主従の6 次じゃ終わらないですコレ
暗い部屋。格子の入った小窓。湿った空気。
「僕は君の事を高く評価しているよ。だからこそ失望している。君には足りていない物が幾つか有るみたいだね。よく考えるといい。時間だけはたっぷり有るのだからね」
半兵衛の足だけが見える。元就はそれを酷く冷めた気持ちで眺めていた。
「一応、いくつか教えておいてあげる。君達の側に、僕等の仲間が潜り込んでいるんだ。君が不在の間に、中国を引っかき回す予定。それに乗じて四国が動くのを狙っているんだよ。意味は、判るね。僕等はそれを待つだけでいい。……それと、君と僕との違いを教えてあげるよ。僕には目的が有る。しかし君には無い。だからこんな所にのこのこやって来て、捕まったりするんだ。僕は決して、秀吉を残して死んだりしない。決して、ね。……では元就君。ゆっくりくつろいでくれたまえ」
足音は遠のき、元就は一人、牢の中に座り込んでいた。
考える時間だけは、確かにいくらでも有った。考える事もまた、いくらでも有る。
内通者は居ると明言した。それは確かだろう。疑わしい人間は多い。あんな事を言っていたし、やはり元綱かもしれない。父を粛清した井上や桂かもしれない。今は味方とはいえ、村上も怪しむべきではある。
恐らく、こうして元就を捕まえておいて。中国、四国に情報を流すのだ。毛利元就は織田に寝返ったとでも。中国には不満を持つ将が居る。呼応して立ち上がる者も居るだろう。当然、四国は裏切りに対する粛清の動きに入る。互いに潰し合う事になるだろう。その末に疲弊した両国を一網打尽にする。漁夫の利、という奴だ。
(いつか、我がした事と同じ……皮肉なものだ)
そのための材料は十分に有る。両国には互いの不信感を煽る噂が流れ、実際に動いている者もある。元親と元就がどう思っていようと、大きな流れには逆らえないだろう。今度は己の眼を抉り出して、元親に見せるというわけにもいかない。こうして閉じ込められているのだから。
床ばかり見つめる。土間のようだ。湿った匂いが尚更憂鬱にさせる。考えがふわふわと漂って、流れて消える。良くない事だけ判るばかりで、結論が出ない。どうするべきなのか。どうしていくべきなのか。
ふいに半兵衛の言った事を思い出す。彼には目的が有って、こちらには無いという。目的、とは何か。それは元親の下で戦って、いずれ彼の為に死ぬ事……。元就はそう考えて、それから首を傾げる。
武士というのは、そういうものではなかったのか。だのに半兵衛は、彼の主を残して死なないと言った。つまり半兵衛にとって、それは目的ではないのだ。では、他に何が? ……少なくとも、彼は生き延びなければならないと言う。死んではいけないと言う。
『俺は俺達の天下を物にしたいんだ。そこにお前がいなけりゃあ、意味が無い。判るな。お前は死んじゃあならない』
ふと元親の言葉を思い出した。しかし、元就には判らない。主の為に死なずに、いつ死ぬと言うのか。判らない。
元就は溜息を吐いて、天井を見上げた。木で造られた建物。牢。元就自身には何の拘束も施されなかった。死にたければ死ね、という事だろうか。そうして選択を迫られているのかもしれない。どうにも、真実が見えてこない。
闇に思考が溶けていく。考えようと思えば思うほど、考える事が出来なくなる。
『そうやって考え過ぎるから、お前は苦労するんだよ。考えんな。お前の気持ちってもんを大事にしろよ。そしたらきっと、簡単に見える事だって、有るんだから』
静かに、元就は息を吐き出し、眼を閉じた。
気持ち。我の気持ち。
心を静めると、ふと感じた。
元親に会いたいと、ただそれだけ。
+++
本来、長曾我部元親にとって、毛利元就の存在は、重要な拠点を任せている一配下、というそれ以上の意味を持たない。そうでなければいけない、と父の国親からも釘を刺されている。元親もそうあるべきだとずっと思っていた。
であるにも関わらず、元親が元就に対してある一定の情を傾けてしまうのは、彼と出会った当時、元親が流行り病で弟を亡くしていた事に起因する。自分を慕う可愛い弟だった。一緒に天下を取ろうと、海に船出しようと語らった肉親を失い、元親は心の底から寂しかった。だから、弟と歳の近い元就に重ねてしまったのだ。それ故、元親は父の言うほど、元就の事を冷めた眼で見る事が出来ない。
父は全ての民を平等に見る事を求めていたし、実践していた。誰の事も贔屓せず、誰の事も貶めない。それでも敵に回るなら、徹底的に打ちのめす。利害が無い相手とはとことん馬鹿をやる。部下がこちらを慕うよう、言葉巧みに誘導して、信頼させる。そうすれば彼らは、勝手に忠義を感じて、自ら死地に向かう。そうすれば、捨石を使った事を誰からも責められない。
国親は飛びぬけて明るい海の男であり、暗く深い場所から人々を操る鬼でもあった。元親はその生き方が正しいとも、そうでないとも言いきれず、仕方なく彼の生き方を模倣して過ごしている。事実彼のやり方では、配下達は喜んで元親の為に死ぬと言ってくれた。
元親にとって例外的な存在になっているのが、元就だった。元親は幼少期を彼と共に過ごしたため、自然と彼を肉親かそれに近い存在と感じている。彼もまた、国親の方針に従えば、最前線に置いた手先に過ぎず、また彼が己の為に死ぬと言う事に何の疑問も無い。なのに、それがとても嫌なのだ。軽々しく死ぬなどと言ってほしくない。そういう気持ちで生きていてほしくないと、……自分は元就を騙しているのだ、と思う。それが時折、とてつもなく辛い。
国親は徹底した人だったから、最後まで誰の事も愛さなかった。自分も愛されていなかったと思う。笑顔の奥底が凍りついているのが見えて、元親は父が怖かった。鬼の異名を持つ、酷く明るい男の本性を知っている者は、他に居なかったが。
元親は、彼ほど徹底出来ない。幼い時に例外を作ってしまったから。自分の歩いている道が、矛盾に満ちているという事に、薄々気付いている。だが考えない事にした。考えるのは苦手だ。見つめて、感じるほうが遥かに楽だ。だから元親は全てを見つめる。元就の瞳をじっと見つめる。
いつも、彼は申し訳無さそうに、眼を合わせているのに、何処か違う場所を見た。手を差し伸べて、近寄れば近寄るほどに、元就の心が離れていく。それでも元親は確信している。元就は、決して裏切らない。何故だか判らないが、そう思う。
だから、部下達の報告にも耳を貸さなかった。急報は幾つも連続で来て、しかもその内容は酷く歪。どれが本当か判らないが、その多くが元就の裏切りを示唆する物だった。だからそれらを除外すると、部下達は元親に意見する。毛利には不満が有る、裏切る可能性は高い、早めに手を打つべきだ、制裁を与えるべきだと言う。
「裏切るってぇのは、どういう事だ。不満を持つ事か? 何かしようと画策する事か? 俺達にとって不利益な事をした時だろうが。不満大いに結構、文句も言わずに従ってるような奴はかえって危ない。上がどうだろうと関係無い連中だろうからな」
「しかし、アニキ……」
「それに裏切りってのはな、こっちが止められず、不利益を被って、かつ俺達が負けた時に初めて成立するってもんだぜ。なら俺は裏切られない。そうだろうが。あいつがどんな策を弄したって、ぶち壊してやればそれで終わりだ。俺が負けるはず無いだろ、お前達がついていてくれるんだ。なあ」
部下に笑いかけてやれば、彼らは困ったように「それはそうですけど」と言う。悪い気持ちにはならないだろう。そうやって操るのだ。それが少し嫌だったが、今は好き嫌いを言っている場合ではない。元就の裏切り行為を暗示する報告を除けば、残るのは「中国が攻められ」「元就は前線に赴き」「その後消息を絶った」という事だけである。ひとまず元親は、高松城方面に船を向ける事にした。
だから勝手に動くなって言ったのに、あの馬鹿。まぁ、時間も無かったんだろうが……。
元親は苦い気持ちになりながら、空を見上げる。曇天。いつかのような、灰色の空。失った左目が、最後に見た空。
「次に会ったら、たっぷり説教してやらなきゃなあ、元就」
+++
元親に会いたいと思う理由について考えていたら、結局堂々巡りの世界に戻ってしまった。主だから、とか、幼い頃からの縁だから、とか。果ては、ただ、しかしどうしても会いたいと思うようになったが、やはり理由について考え始めると、ろくな理由が浮かばなかった。
きちんとした理由が無いと、元就は結論を出せない。だから元就はまたその事を何処かにしまって、国の事を考え始めた。長い時間をかけて、元就はついに誰も信用出来ないという結果を得てしまう。
(何故、こうなったのだろう)
毛利の家臣は、皆信じられない。きっと裏切るに違いない。そう思っている。そう疑ってかかれば、彼らはいくらでもその材料を残した。……ふとそれについても考える。
本当に裏切るのは毛利の者だけだろうか。他国にどれ程の裏切り者が居るのか、元就は知らない。ただ、民衆の殆どが、自分達に害さえなければ上は誰でも良いと思っている事は判る。大内や尼子の家臣達は、長い間、身一つで毛利に抵抗していたが、そういう人間達は極僅かだった。毛利の家臣となった者達も居る。彼らがまた裏切らないとも限らない。
いや。裏切ったのか、彼らは。失った国を捨てて、新たな国に仕える事は裏切りなのか。元就はやや考えて、そうはないと思う。国を興すのは大変な事だ。一度失ってしまえば、少々の事で戻ったりはしない。落ちた国の為に何をしたとしても、恐らくもはや全て手遅れなのだ。であれば、それと命を共にする事は特に優れた事という訳でもないし、そこから離れる事は裏切りという事ではない。彼らの行為を裏切りとするなら、裏切りを防ぐ為には、亡国の民は皆殺しにせねばならない。織田のように――。
織田。……明智。明智はどうしているのだろうか。
元就は気に入らない男の事を考えた。元就が彼を気に入っていないのは、彼が元就の何もかもを見透かしているように感じるからでもある。しかし、逆に言えば彼は答えを知っているという事だ。彼に聞けば判るだろうか。彼に聞けば、この思考の螺旋から抜け出せるだろうか。彼は今どうしているのだろうか。考えても判る筈がない。判る筈が。
また考える事を戻す。では裏切るというのは、どういう事だ。主、国が存続している状態で、それに対し不利益な事を画策し、実行し、かつ成功する事か? ……ならば、……ならば我が国で裏切りは、一度しか起こっていない事になる。
父と、兄の毒殺。あの一度きり。以来裏切りは起こっていない……のか? ならば我はどうしてこれほど裏切りを懸念している? ……彼らがそのような素振りを見せるから、か? ならば何故そのような物が、我の眼に映る。そもそも、主……ではないにしろ、中国において最も高い地位に居る我に、それを疑わせた時点で、裏切りは失敗したも同然だ。
いや逆に本当の裏切りなどというものは、そう簡単に眼に着くものではないのかもしれない。現に、我には疑わしい人物はいくらでもあげられるが、その人物そのものを当てる事が出来ぬ。では我の眼に映る、裏切りの兆しは全て、そうではないのかもしれない。では何故、我にそんなものが見えるのだ。何故我は彼らを疑わねばならぬ。何故彼らは疑わしき言動を繰り返す。そのくせに何もしない。
なんだ、なんだ、一体なんなのだ。
元就は苛々と溜息を吐いて、そして立ち上がる。格子の付いた小窓に歩み寄った。少し考えるのを止めたかった。少しづつ思考は進んでいるような気がしたが、いかんせんその進みが遅く、辛い。
小窓に顔を寄せて、外を見る。森を切りぬいて造った砦だ。すぐ側には鬱蒼と茂る森が迫っている。砦の周りには切り株も有った。塀や堀などは流石に作れなかったらしい。他に何か見えないだろうか、ときょろと見渡すと、ふいに赤が眼に入る。
椿。
椿が揺れている。
「――」
元就は咄嗟に小窓から離れて、額に手を当てた。
と。
元就様。元就様。
小さな声が、何処からか聞こえた。
+++
あと2、3話続きそうです
「僕は君の事を高く評価しているよ。だからこそ失望している。君には足りていない物が幾つか有るみたいだね。よく考えるといい。時間だけはたっぷり有るのだからね」
半兵衛の足だけが見える。元就はそれを酷く冷めた気持ちで眺めていた。
「一応、いくつか教えておいてあげる。君達の側に、僕等の仲間が潜り込んでいるんだ。君が不在の間に、中国を引っかき回す予定。それに乗じて四国が動くのを狙っているんだよ。意味は、判るね。僕等はそれを待つだけでいい。……それと、君と僕との違いを教えてあげるよ。僕には目的が有る。しかし君には無い。だからこんな所にのこのこやって来て、捕まったりするんだ。僕は決して、秀吉を残して死んだりしない。決して、ね。……では元就君。ゆっくりくつろいでくれたまえ」
足音は遠のき、元就は一人、牢の中に座り込んでいた。
考える時間だけは、確かにいくらでも有った。考える事もまた、いくらでも有る。
内通者は居ると明言した。それは確かだろう。疑わしい人間は多い。あんな事を言っていたし、やはり元綱かもしれない。父を粛清した井上や桂かもしれない。今は味方とはいえ、村上も怪しむべきではある。
恐らく、こうして元就を捕まえておいて。中国、四国に情報を流すのだ。毛利元就は織田に寝返ったとでも。中国には不満を持つ将が居る。呼応して立ち上がる者も居るだろう。当然、四国は裏切りに対する粛清の動きに入る。互いに潰し合う事になるだろう。その末に疲弊した両国を一網打尽にする。漁夫の利、という奴だ。
(いつか、我がした事と同じ……皮肉なものだ)
そのための材料は十分に有る。両国には互いの不信感を煽る噂が流れ、実際に動いている者もある。元親と元就がどう思っていようと、大きな流れには逆らえないだろう。今度は己の眼を抉り出して、元親に見せるというわけにもいかない。こうして閉じ込められているのだから。
床ばかり見つめる。土間のようだ。湿った匂いが尚更憂鬱にさせる。考えがふわふわと漂って、流れて消える。良くない事だけ判るばかりで、結論が出ない。どうするべきなのか。どうしていくべきなのか。
ふいに半兵衛の言った事を思い出す。彼には目的が有って、こちらには無いという。目的、とは何か。それは元親の下で戦って、いずれ彼の為に死ぬ事……。元就はそう考えて、それから首を傾げる。
武士というのは、そういうものではなかったのか。だのに半兵衛は、彼の主を残して死なないと言った。つまり半兵衛にとって、それは目的ではないのだ。では、他に何が? ……少なくとも、彼は生き延びなければならないと言う。死んではいけないと言う。
『俺は俺達の天下を物にしたいんだ。そこにお前がいなけりゃあ、意味が無い。判るな。お前は死んじゃあならない』
ふと元親の言葉を思い出した。しかし、元就には判らない。主の為に死なずに、いつ死ぬと言うのか。判らない。
元就は溜息を吐いて、天井を見上げた。木で造られた建物。牢。元就自身には何の拘束も施されなかった。死にたければ死ね、という事だろうか。そうして選択を迫られているのかもしれない。どうにも、真実が見えてこない。
闇に思考が溶けていく。考えようと思えば思うほど、考える事が出来なくなる。
『そうやって考え過ぎるから、お前は苦労するんだよ。考えんな。お前の気持ちってもんを大事にしろよ。そしたらきっと、簡単に見える事だって、有るんだから』
静かに、元就は息を吐き出し、眼を閉じた。
気持ち。我の気持ち。
心を静めると、ふと感じた。
元親に会いたいと、ただそれだけ。
+++
本来、長曾我部元親にとって、毛利元就の存在は、重要な拠点を任せている一配下、というそれ以上の意味を持たない。そうでなければいけない、と父の国親からも釘を刺されている。元親もそうあるべきだとずっと思っていた。
であるにも関わらず、元親が元就に対してある一定の情を傾けてしまうのは、彼と出会った当時、元親が流行り病で弟を亡くしていた事に起因する。自分を慕う可愛い弟だった。一緒に天下を取ろうと、海に船出しようと語らった肉親を失い、元親は心の底から寂しかった。だから、弟と歳の近い元就に重ねてしまったのだ。それ故、元親は父の言うほど、元就の事を冷めた眼で見る事が出来ない。
父は全ての民を平等に見る事を求めていたし、実践していた。誰の事も贔屓せず、誰の事も貶めない。それでも敵に回るなら、徹底的に打ちのめす。利害が無い相手とはとことん馬鹿をやる。部下がこちらを慕うよう、言葉巧みに誘導して、信頼させる。そうすれば彼らは、勝手に忠義を感じて、自ら死地に向かう。そうすれば、捨石を使った事を誰からも責められない。
国親は飛びぬけて明るい海の男であり、暗く深い場所から人々を操る鬼でもあった。元親はその生き方が正しいとも、そうでないとも言いきれず、仕方なく彼の生き方を模倣して過ごしている。事実彼のやり方では、配下達は喜んで元親の為に死ぬと言ってくれた。
元親にとって例外的な存在になっているのが、元就だった。元親は幼少期を彼と共に過ごしたため、自然と彼を肉親かそれに近い存在と感じている。彼もまた、国親の方針に従えば、最前線に置いた手先に過ぎず、また彼が己の為に死ぬと言う事に何の疑問も無い。なのに、それがとても嫌なのだ。軽々しく死ぬなどと言ってほしくない。そういう気持ちで生きていてほしくないと、……自分は元就を騙しているのだ、と思う。それが時折、とてつもなく辛い。
国親は徹底した人だったから、最後まで誰の事も愛さなかった。自分も愛されていなかったと思う。笑顔の奥底が凍りついているのが見えて、元親は父が怖かった。鬼の異名を持つ、酷く明るい男の本性を知っている者は、他に居なかったが。
元親は、彼ほど徹底出来ない。幼い時に例外を作ってしまったから。自分の歩いている道が、矛盾に満ちているという事に、薄々気付いている。だが考えない事にした。考えるのは苦手だ。見つめて、感じるほうが遥かに楽だ。だから元親は全てを見つめる。元就の瞳をじっと見つめる。
いつも、彼は申し訳無さそうに、眼を合わせているのに、何処か違う場所を見た。手を差し伸べて、近寄れば近寄るほどに、元就の心が離れていく。それでも元親は確信している。元就は、決して裏切らない。何故だか判らないが、そう思う。
だから、部下達の報告にも耳を貸さなかった。急報は幾つも連続で来て、しかもその内容は酷く歪。どれが本当か判らないが、その多くが元就の裏切りを示唆する物だった。だからそれらを除外すると、部下達は元親に意見する。毛利には不満が有る、裏切る可能性は高い、早めに手を打つべきだ、制裁を与えるべきだと言う。
「裏切るってぇのは、どういう事だ。不満を持つ事か? 何かしようと画策する事か? 俺達にとって不利益な事をした時だろうが。不満大いに結構、文句も言わずに従ってるような奴はかえって危ない。上がどうだろうと関係無い連中だろうからな」
「しかし、アニキ……」
「それに裏切りってのはな、こっちが止められず、不利益を被って、かつ俺達が負けた時に初めて成立するってもんだぜ。なら俺は裏切られない。そうだろうが。あいつがどんな策を弄したって、ぶち壊してやればそれで終わりだ。俺が負けるはず無いだろ、お前達がついていてくれるんだ。なあ」
部下に笑いかけてやれば、彼らは困ったように「それはそうですけど」と言う。悪い気持ちにはならないだろう。そうやって操るのだ。それが少し嫌だったが、今は好き嫌いを言っている場合ではない。元就の裏切り行為を暗示する報告を除けば、残るのは「中国が攻められ」「元就は前線に赴き」「その後消息を絶った」という事だけである。ひとまず元親は、高松城方面に船を向ける事にした。
だから勝手に動くなって言ったのに、あの馬鹿。まぁ、時間も無かったんだろうが……。
元親は苦い気持ちになりながら、空を見上げる。曇天。いつかのような、灰色の空。失った左目が、最後に見た空。
「次に会ったら、たっぷり説教してやらなきゃなあ、元就」
+++
元親に会いたいと思う理由について考えていたら、結局堂々巡りの世界に戻ってしまった。主だから、とか、幼い頃からの縁だから、とか。果ては、ただ、しかしどうしても会いたいと思うようになったが、やはり理由について考え始めると、ろくな理由が浮かばなかった。
きちんとした理由が無いと、元就は結論を出せない。だから元就はまたその事を何処かにしまって、国の事を考え始めた。長い時間をかけて、元就はついに誰も信用出来ないという結果を得てしまう。
(何故、こうなったのだろう)
毛利の家臣は、皆信じられない。きっと裏切るに違いない。そう思っている。そう疑ってかかれば、彼らはいくらでもその材料を残した。……ふとそれについても考える。
本当に裏切るのは毛利の者だけだろうか。他国にどれ程の裏切り者が居るのか、元就は知らない。ただ、民衆の殆どが、自分達に害さえなければ上は誰でも良いと思っている事は判る。大内や尼子の家臣達は、長い間、身一つで毛利に抵抗していたが、そういう人間達は極僅かだった。毛利の家臣となった者達も居る。彼らがまた裏切らないとも限らない。
いや。裏切ったのか、彼らは。失った国を捨てて、新たな国に仕える事は裏切りなのか。元就はやや考えて、そうはないと思う。国を興すのは大変な事だ。一度失ってしまえば、少々の事で戻ったりはしない。落ちた国の為に何をしたとしても、恐らくもはや全て手遅れなのだ。であれば、それと命を共にする事は特に優れた事という訳でもないし、そこから離れる事は裏切りという事ではない。彼らの行為を裏切りとするなら、裏切りを防ぐ為には、亡国の民は皆殺しにせねばならない。織田のように――。
織田。……明智。明智はどうしているのだろうか。
元就は気に入らない男の事を考えた。元就が彼を気に入っていないのは、彼が元就の何もかもを見透かしているように感じるからでもある。しかし、逆に言えば彼は答えを知っているという事だ。彼に聞けば判るだろうか。彼に聞けば、この思考の螺旋から抜け出せるだろうか。彼は今どうしているのだろうか。考えても判る筈がない。判る筈が。
また考える事を戻す。では裏切るというのは、どういう事だ。主、国が存続している状態で、それに対し不利益な事を画策し、実行し、かつ成功する事か? ……ならば、……ならば我が国で裏切りは、一度しか起こっていない事になる。
父と、兄の毒殺。あの一度きり。以来裏切りは起こっていない……のか? ならば我はどうしてこれほど裏切りを懸念している? ……彼らがそのような素振りを見せるから、か? ならば何故そのような物が、我の眼に映る。そもそも、主……ではないにしろ、中国において最も高い地位に居る我に、それを疑わせた時点で、裏切りは失敗したも同然だ。
いや逆に本当の裏切りなどというものは、そう簡単に眼に着くものではないのかもしれない。現に、我には疑わしい人物はいくらでもあげられるが、その人物そのものを当てる事が出来ぬ。では我の眼に映る、裏切りの兆しは全て、そうではないのかもしれない。では何故、我にそんなものが見えるのだ。何故我は彼らを疑わねばならぬ。何故彼らは疑わしき言動を繰り返す。そのくせに何もしない。
なんだ、なんだ、一体なんなのだ。
元就は苛々と溜息を吐いて、そして立ち上がる。格子の付いた小窓に歩み寄った。少し考えるのを止めたかった。少しづつ思考は進んでいるような気がしたが、いかんせんその進みが遅く、辛い。
小窓に顔を寄せて、外を見る。森を切りぬいて造った砦だ。すぐ側には鬱蒼と茂る森が迫っている。砦の周りには切り株も有った。塀や堀などは流石に作れなかったらしい。他に何か見えないだろうか、ときょろと見渡すと、ふいに赤が眼に入る。
椿。
椿が揺れている。
「――」
元就は咄嗟に小窓から離れて、額に手を当てた。
と。
元就様。元就様。
小さな声が、何処からか聞こえた。
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