こんだけ書いたらもはや息抜きどころの騒ぎじゃねぇぞ。
調子に乗って昨日の小太郎視点。
このお話の佐助は現実的かつ酷い人です。
調子に乗って昨日の小太郎視点。
このお話の佐助は現実的かつ酷い人です。
お父さん。
僕は……僕は今度から、自分の事を俺と言う事になりました。この間、仲良くなった猿飛佐助と言う人が、その方が良いと言ったからです。猿飛さん曰く、「こたちゃんみたいな静かな子が”俺”っていうギャップが良いと思うんだよね」だそうです。だから僕は今日から自分の事を俺と呼びます。
お父さん、元気ですか。お父さんの所を離れて、5年が経とうとしています。俺は元気です。平気です。
お父さんも覚えていますか、あれは俺が4歳の時だったでしょうか。俺がお父さんの名前を呼んだら、お父さんはもうカンカンに怒って、俺を打ったり蹴ったりしましたね。
あの頃は本当にお父さんが怖くて、どうしてそうなったのか判らなかったけれど、今なら少し、判る気がします。
病気がちで体が弱かったお父さんが、初めて愛したのが俺のお母さんだったからだと思います。お父さんは一生懸命、お母さんを守ろうとしたんですよね。今、働きながら夢を追っている俺には、その辛さがようやく判ります。お父さんは命をかけて戦っていたのに、守っていたはずのお母さんは、お父さんの背中に隠れて、違う男の人と。
そんな風にして生まれた俺を、お父さんが愛する義務なんて何もありません。だから俺を打っても蹴っても、二度とその口を開くなと怒鳴っても、でも俺を育ててくれたお父さんには感謝の言葉も有りません。お父さんは精一杯俺を愛してくれました。だから俺はお父さんの事が大好きです。お父さんは俺の事が嫌いかもしれないけれど。
お父さん、朝夕が寒くなって来ましたが、体は大丈夫ですか? 関節は痛んでいませんか、動きづらくはありませんか。もう結構な歳なのに、一人で暮らすのは淋しくありませんか。俺を呼び戻してはくれませんか。俺はお父さんの面倒を看てあげたい。あんなに傷付いて、あんなに苦労をしたお父さんを、せめて老後ぐらいは誰か、労わってあげてもいいと思うのです。そしてその誰かが、出来れば俺であって欲しいと願うのです。
でも俺はお父さんの言い付け通り、お父さんの所へ顔も出さないし、電話もかけないし、それにこの手紙もまた、机の中にしまうだけです。だからお父さん、どうか帰って来いと、俺にそう言って下さい。俺はいつでも、必ず、お父さんの所へ戻ります。貴方のお世話をします。貴方が心安らかに暮らせるように努力します。だから。だから。
お父さん。お父さん。
貴方の事だけが気がかりです。俺は出来の悪い息子ですが、天から類稀な健康と体力をいただきました。だから俺は大丈夫です。だから、お父さんを助けてあげたいのです。本当です。
だから、お父さん。
もし困っているのなら、俺を呼んで下さい。もし淋しいのなら、俺を呼んで下さい。
たとえ、俺がお父さんのサンドバックにしかならなくても、でも、無いよりはずっとずっと、有った方が良いと思います。俺はお父さんを憎まないし恨まないし、嫌ったりもしないし、それを苦にお父さんを殺したりするような、そんな恩知らずな若者とは違います。お父さんは俺を育ててくれた、だから俺はお父さんを守ります。だから。
だから、お父さん。
お父さん。
また手紙を書きます。いつかこの手紙が貴方に届かなくても、俺が貴方の側に居る事を願います。
お父さん。俺は日本語が苦手だから、上手く言えないけれど。
俺はあの人の子供だから、お父さんの名前を呼べる声を持っていないけれど。
ただ、お父さんに、会いたいです。
「おお、小太郎や、小太郎や、良く来たのぉ! そら、上がって、近くに来ておくれ、おお、小太郎、小太郎」
近頃、布団に入っている事が多くなってきた老人は、小太郎の手を握ってそれはそれは嬉しそうに言う。その時は老人から生気が溢れていて、それを遠くで見守る佐助も、少しだけ嬉しい気持ちになるのだった。
「おじいちゃん、こたちゃんをあんまり孫扱いしちゃだめだよー? こたちゃんこれでも成人してるんだから、傷付くかもしれないでしょ?」
佐助が野菜の入ったダンボールを運び入れながら言う。が、老人は佐助には冷たい。
「ワシはの、小太郎が好きなんぢゃ! お前みたいな軽薄な奴の言う事なんか知らん!」
「あのねぇおじいちゃん……俺は仕事で来てるの。こたちゃんはボランティアだけど。しょうがないでしょ? 俺達だって生きていかなきゃいけないんだから……」
佐助はそう苦笑しながらも、キッチンに食材を運び入れて、料理を始めた。その間も老人は「小太郎や、小太郎や」と嬉しそうに小太郎を側に繋ぎ止めて、延々と中身の無い話を続けた。小太郎はただただ頷くばかりだったが、老人にはそれが嬉しいらしく、「あの可愛げのない奴より、小太郎の方がワシは好きぢゃよ!」と小太郎の頭を撫でた。
北条氏政は、昔はそれなりの豪族だったらしい。それこそ彼が小さな頃の話だそうだが。氏政はただ静かに堅実に高度経済成長期を支えるネジの一つになったらしいのだが、その父か誰かが、バブル直前に不動産に手を出してしまったらしい。現在は北条家はその広大な敷地を失い、屋敷のみを残している。
その現当主が氏政だったが、山奥の寂れた屋敷は、仮に処分しても2、300万程度の財産にしかならず、その息子達は氏政の老後の世話を見る気も無いらしい。月に一度、仕送りが通帳に入るばかりで、氏政は一人暮らしの老後を送っていた。
そんな事ではボケてしまうよ、という事でホームヘルパーを雇う事にしたのだが、いかんせん氏政には金が無く、週に2回、3時間ほどヘルパーに入ってもらうのがやっとだった。その内容もゴミ捨てや掃除など、氏政が苦労する事をまとめてやってもらう、という酷く事務的な物だったのだが。
そのヘルパーである佐助に着いて来た、ボランティアである小太郎を、氏政は酷く気に入った。小太郎は、幼い頃から失声症になっており、必然的に聞き上手だった。氏政ののらくらとした昔話を、嫌な顔もせずに丁寧に聞いてくれるので、氏政は小太郎をすぐに好きになった。お小遣いを握らせても、好きでやっているのだから、と言った風に受け取るのを拒むのがまた愛らしい。計画表どおりの事をこなしていく佐助と比較して、小太郎が可愛く思えるのは仕方無い事だった。
だから氏政を実の孫のように愛したし、可愛がった。
「のぉ小太郎、ちゃんと食べておるのか? こんなに痩せて。風が吹いたら飛んで行きそうぢゃぞ。ご飯は有るのか? なんじゃったらワシのとこのご飯を持って帰ってもええぞ」
氏政がそう言っても、小太郎は身振り手振りで(手話をしているのだろうが、氏政には心得が無いので良く判らないが、判らないなりに彼が何を言おうとしているかは推測するようだ)大丈夫、平気だ、と返す。
それがまた痛ましくて、氏政は喜んだり嘆いたりと忙しい。
「なんでこんな良い子がひもじい思いをせにゃあならんのぢゃろう? 小太郎や、お前になら北条家に伝わる家宝をあげても惜しくない! 受け取ってくれぬかのぉ」
氏政がそう言っても、小太郎は困ったように首を振るばかり。
「へぇー、おじいちゃん、家宝とか有るんだ」
煮物を作りながら佐助が言うと、氏政は怒鳴る。
「お前には言うとらん! どうせあれぢゃ、隙を見て盗むつもりぢゃろう! そうはいかん! アレはもうワシのところには無いのぢゃ……」
「人聞きが悪いなー。俺様そんな酷い事しないよ? ってか、家宝なのに無いの?」
佐助が首を傾げると、氏政は腹立たしげに言う。
「貸しとるんぢゃ」
「家宝を貸すー?」
「先祖代々伝わる茶器での。ワシらは茶を淹れたりせんから押入れにしまっとったんぢゃ。それを聞きつけた近くの金持ちが買い取りたいと言うて来たもんぢゃから、ワシは貸すだけという条件で法外な値段を叩き付けたつもりじゃったのに、あやつめ即決で金を払ってしもうた。じゃからワシが死ぬまではアレはあやつの所に貸し出さなければならんのぢゃよ」
「近くの金持ち? ……あぁ松永さん?」
佐助が思い出したように言うと、氏政は大きく頷いた。
「そう、松永ぢゃ。全くあやつめ、ワシはどうもあやつの事は好かん」
「でもいい人なんじゃない? ちゃんとお金払ってるんでしょ? おかげで俺様を雇えるんじゃん」
「お前なんか知らん。ワシは小太郎がいい。なぁ小太郎、なんでうちに来てくれないんぢゃ? お金はいくらでも払うのに……」
「こたちゃんは勉強中なの。声が出るようになったらすぐにでも来てくれるよ。なぁこたちゃん? ほら、おじいちゃん、煮物出来たよ」
「おお、おお。お前は気にいらんが煮物の腕だけは確かじゃからの。そこだけは褒めてやっても良いわい」
「そりゃありがとうね。……俺ゴミ出し行って来るから、後は頼むね、こたちゃん」
佐助の言葉に小太郎は頷いて、そして氏政の食事に付き合った。
小太郎が、風間小太郎でなくなった日の事を小太郎は知らない。それほど昔の事だった。血液型が両親のそれから考えてありえないと告げられて、鑑定をして、そして小太郎が父の血を継いでいない事が証明された時、小太郎は実の両親を失った。母は離縁状に判を押した。本当の父は最後まで誰なのか判らなかった。
他人の子である小太郎を父が引き取ったのは、男としての意地とか、妻への復讐とか、そういう目的だったのだろう。だが彼が小太郎を育てたのは事実だ。目的がどうあれ、それは事実。過程がどうあれ、それが事実。
父は小太郎が妻と、そして誰かも判らぬ男に似ていく事を酷く恐れた。だから父は小太郎に、喋るな声を出すな、それがたとえ泣き声や呻き声であっても、と強要して、小太郎が声を出すたびに激しく折檻を加えた。その成果、というべきなのか、小太郎は声を失った。精神的なものだと医者からは言われている。
だが小太郎はそうすれば父に辛い思いをさせないのだろう、と考えて納得していた。小太郎にとってはそんな父が唯一の家族であったから、小太郎は父を愛していたし、父に愛されようとしていた。だが父の暴力は止まらなかった。今度はその眼が、母にそっくりだと、何も見るなと言い出した。だから小太郎は前髪を伸ばした。そしてその髪の色が母にそっくりだと言い出すと、髪を赤く染めた。
そうこうするうちに父も疲れてしまったらしい。大きくなった小太郎に、父は「好きにしていいから、もうここへは帰って来るな」と最後の命令をした。小太郎は素直に従って家を出る。
小太郎は声を失っていた為に、通常の仕事をするのは困難だった。まず接客業は出来ないだろうし、人付き合いも難しい。良い事には、小太郎は非常に素直でしかも類稀な体力を持っていたから、黙って働く分には優秀だった。どんな重労働でも黙々とこなす小太郎を、雇った側も悪いようにはしなかった。
だが意地の悪い人間と言うのは何処にでもいるもので、喋れる人間達はあれやこれやと小太郎の悪い噂を上司に伝えて、そして最終的に解雇に到った。小太郎はそれについても、何か嫌われる事をしてしまったのだろう、と素直に受け入れ、黙って仕事を辞めた。その従順な態度こそが他を和ませると同時に苛立たせるという事は、彼自身には判らなかったのだ。
そして何度も小太郎は仕事を失った。だが彼には夢が有った。介護師になる事だ。
声が出ない事にはコミュニケーションが充分取れない可能性があるので、その道を小太郎は自ら塞いでいるのだが、いつか介護をして暮らしたい、と考えていた。声が出ないと判った頃、近所の看護婦が優しく小太郎のリハビリをしてくれた時に、そう決めた。自分もこうして誰かを助けられるような人になりたい、と。
だが夢は夢、現実は現実。小太郎がどんなに望んでも、小太郎の声は戻っては来ない。その喉は音さえ作り出さない。それでも小太郎は、いつか来る日のために、ボランティアで老人を介護する。時間を縫うようにバイトをしても、生活は苦しい。それでも小太郎は、ホームヘルパーである佐助の紹介してくれた何人かの老人のもとを訪れて、出来る限り彼らの側に居た。
その日、小太郎はバイトの一つである新聞配達を終えたつもりだった。
ところが自転車の籠には一件分、新聞が残っていたのだ。
小太郎は必死にルートを思い出して、やっと配達していない家を思い出した。松永という表札の家だ。小太郎は慌ててUターンすると、その家へと向かった。
その途中で、氏政の家宝の事を思い出す。お金が入って来るのは嬉しいが、やはり家宝を他人に預けておくというのは、不安でのう。そう言っていた氏政に、なんとか安心してもらいたいとは思っていた。
だから、もし家主に会ったら、家宝を返してくれないかと言おうと思った。……言えないし、相手に手話の心得が有るとは思わなかったが、とにかく会ってみようと思っていた。
だがまさか味噌汁を飲んで行けと言われるとは思っていなかった。小太郎は勢いに押されて世話になる事になってしまった。
久秀は丁寧に茶を淹れてくれて、和菓子を用意してくれた。ありがたく頂戴しながら、小太郎は久秀の言葉にただただ相槌を打つ。
「この茶器はとある名家に伝わっていたものでね。今は少し借りさせてもらっているんだが、いや良い物だ」
久秀がそうさらりと言ったので、小太郎は驚いて自分の持っていた茶碗を見る。濃い茶色の渋いものだったが、そう言われてみればなんとなく高価そうにも見えた。が、正直言って小太郎には茶器の価値など判らないので、「松永さんがそう言うならそうなんだろう」と納得する。
「良い物も手に触れて使ってみなければただのがらくたと変わらないからね。時々こうして茶を淹れるんだが、やはり格別だな。卿に是非飲んでもらいたかったのだよ、いや何故だろうね、普段の私はこんなに饒舌ではないし、親切でもないのだが。卿が喋らないせいかな。ああそうだ煎餅も有った。まだ時間は大丈夫かね? ならくつろいで行ってくれたまえ、客人が来るのは久しぶりで、変だな私は少しはしゃいでいるのだろうか? 滑稽ではないかね? 嘘は吐かなくてもいいのだよ、笑いたければ笑えばいい、そういうものだ。ああそうそう羊羹も有ったから食べて行かないかね? 私の元部下が何しろ毎回3人で押しかけては同じ物を土産にするそれは仲の良い連中でね、いや当たりが3つ来れば嬉しいが、外れも3つ来るものだから、ああしかし不味いから出すというわけではなくてね、私はとにかく甘い物が苦手なんだ、もし気に入ったらなもう2本有るから持って帰っていいのだよ」
久秀はとにかく良く喋り、とにかく良く動いた。そういう過剰な接待を小太郎は良く知っている。頑固で偏屈な老人ほど、普段は淋しいのか、大人しい小太郎がやってくるとやたらに世話を焼いた。本人は自分が淋しいと感じているなどと思っていないから、黙って座っている小太郎に構ってやっているのだ、という口実が、彼らの中で上手く形成出来るらしい。
だから小太郎は、「松永さんも淋しいんだろうか」と単純に考えた。それで、初対面の俺にお茶なんか、と。
仕事の時間が近付いて来たので、帰るとなんとか伝えると、久秀はあれこれ土産を押し付けて見送ってくれた。一度家に帰るため自転車をこぎながら、山のような菓子類を見て、小太郎は、今度お礼に行かなければ、と静かに考えるのだった。
********
現代社会に松永氏が出現すると、ちょっと世間からずれた
変な人の位置で納まるんじゃないかなあと個人的に考えてます。
あの時代にあの思考回路で動いたから、
歴史に名が残ったわけだけれども、
あの思考回路でこの時代を生きていたとしても、
さほど大きく俗世を離れないような気がして。
考え方は普通じゃないから、成功も早いし大きいけど、
そこで止まるんじゃないかな。
小太郎君は忍びじゃないから、
素直な良い子になっていてほしいなあという。
こんな感じの現パラ。
チカナリは遠くで絡んできますがかなり遠くです。
松永が買っている青年というのがエンコー中の政宗で
その親友がチカでそのくされ縁が元就。
ここの元就は「我は兄の慰み者だから」と大声で言うような人。
元親がビックリして毛利宅に押しかけて、「元就に何してるんだ!」
とか興元に言ったら興元も弘元も死ぬほど笑う。
元就の言ってる「慰み者」は「かわいがられている」ぐらいの意味で
元親寿命が3年ぐらい縮まったような気がしたり、そんな感じ。
僕は……僕は今度から、自分の事を俺と言う事になりました。この間、仲良くなった猿飛佐助と言う人が、その方が良いと言ったからです。猿飛さん曰く、「こたちゃんみたいな静かな子が”俺”っていうギャップが良いと思うんだよね」だそうです。だから僕は今日から自分の事を俺と呼びます。
お父さん、元気ですか。お父さんの所を離れて、5年が経とうとしています。俺は元気です。平気です。
お父さんも覚えていますか、あれは俺が4歳の時だったでしょうか。俺がお父さんの名前を呼んだら、お父さんはもうカンカンに怒って、俺を打ったり蹴ったりしましたね。
あの頃は本当にお父さんが怖くて、どうしてそうなったのか判らなかったけれど、今なら少し、判る気がします。
病気がちで体が弱かったお父さんが、初めて愛したのが俺のお母さんだったからだと思います。お父さんは一生懸命、お母さんを守ろうとしたんですよね。今、働きながら夢を追っている俺には、その辛さがようやく判ります。お父さんは命をかけて戦っていたのに、守っていたはずのお母さんは、お父さんの背中に隠れて、違う男の人と。
そんな風にして生まれた俺を、お父さんが愛する義務なんて何もありません。だから俺を打っても蹴っても、二度とその口を開くなと怒鳴っても、でも俺を育ててくれたお父さんには感謝の言葉も有りません。お父さんは精一杯俺を愛してくれました。だから俺はお父さんの事が大好きです。お父さんは俺の事が嫌いかもしれないけれど。
お父さん、朝夕が寒くなって来ましたが、体は大丈夫ですか? 関節は痛んでいませんか、動きづらくはありませんか。もう結構な歳なのに、一人で暮らすのは淋しくありませんか。俺を呼び戻してはくれませんか。俺はお父さんの面倒を看てあげたい。あんなに傷付いて、あんなに苦労をしたお父さんを、せめて老後ぐらいは誰か、労わってあげてもいいと思うのです。そしてその誰かが、出来れば俺であって欲しいと願うのです。
でも俺はお父さんの言い付け通り、お父さんの所へ顔も出さないし、電話もかけないし、それにこの手紙もまた、机の中にしまうだけです。だからお父さん、どうか帰って来いと、俺にそう言って下さい。俺はいつでも、必ず、お父さんの所へ戻ります。貴方のお世話をします。貴方が心安らかに暮らせるように努力します。だから。だから。
お父さん。お父さん。
貴方の事だけが気がかりです。俺は出来の悪い息子ですが、天から類稀な健康と体力をいただきました。だから俺は大丈夫です。だから、お父さんを助けてあげたいのです。本当です。
だから、お父さん。
もし困っているのなら、俺を呼んで下さい。もし淋しいのなら、俺を呼んで下さい。
たとえ、俺がお父さんのサンドバックにしかならなくても、でも、無いよりはずっとずっと、有った方が良いと思います。俺はお父さんを憎まないし恨まないし、嫌ったりもしないし、それを苦にお父さんを殺したりするような、そんな恩知らずな若者とは違います。お父さんは俺を育ててくれた、だから俺はお父さんを守ります。だから。
だから、お父さん。
お父さん。
また手紙を書きます。いつかこの手紙が貴方に届かなくても、俺が貴方の側に居る事を願います。
お父さん。俺は日本語が苦手だから、上手く言えないけれど。
俺はあの人の子供だから、お父さんの名前を呼べる声を持っていないけれど。
ただ、お父さんに、会いたいです。
「おお、小太郎や、小太郎や、良く来たのぉ! そら、上がって、近くに来ておくれ、おお、小太郎、小太郎」
近頃、布団に入っている事が多くなってきた老人は、小太郎の手を握ってそれはそれは嬉しそうに言う。その時は老人から生気が溢れていて、それを遠くで見守る佐助も、少しだけ嬉しい気持ちになるのだった。
「おじいちゃん、こたちゃんをあんまり孫扱いしちゃだめだよー? こたちゃんこれでも成人してるんだから、傷付くかもしれないでしょ?」
佐助が野菜の入ったダンボールを運び入れながら言う。が、老人は佐助には冷たい。
「ワシはの、小太郎が好きなんぢゃ! お前みたいな軽薄な奴の言う事なんか知らん!」
「あのねぇおじいちゃん……俺は仕事で来てるの。こたちゃんはボランティアだけど。しょうがないでしょ? 俺達だって生きていかなきゃいけないんだから……」
佐助はそう苦笑しながらも、キッチンに食材を運び入れて、料理を始めた。その間も老人は「小太郎や、小太郎や」と嬉しそうに小太郎を側に繋ぎ止めて、延々と中身の無い話を続けた。小太郎はただただ頷くばかりだったが、老人にはそれが嬉しいらしく、「あの可愛げのない奴より、小太郎の方がワシは好きぢゃよ!」と小太郎の頭を撫でた。
北条氏政は、昔はそれなりの豪族だったらしい。それこそ彼が小さな頃の話だそうだが。氏政はただ静かに堅実に高度経済成長期を支えるネジの一つになったらしいのだが、その父か誰かが、バブル直前に不動産に手を出してしまったらしい。現在は北条家はその広大な敷地を失い、屋敷のみを残している。
その現当主が氏政だったが、山奥の寂れた屋敷は、仮に処分しても2、300万程度の財産にしかならず、その息子達は氏政の老後の世話を見る気も無いらしい。月に一度、仕送りが通帳に入るばかりで、氏政は一人暮らしの老後を送っていた。
そんな事ではボケてしまうよ、という事でホームヘルパーを雇う事にしたのだが、いかんせん氏政には金が無く、週に2回、3時間ほどヘルパーに入ってもらうのがやっとだった。その内容もゴミ捨てや掃除など、氏政が苦労する事をまとめてやってもらう、という酷く事務的な物だったのだが。
そのヘルパーである佐助に着いて来た、ボランティアである小太郎を、氏政は酷く気に入った。小太郎は、幼い頃から失声症になっており、必然的に聞き上手だった。氏政ののらくらとした昔話を、嫌な顔もせずに丁寧に聞いてくれるので、氏政は小太郎をすぐに好きになった。お小遣いを握らせても、好きでやっているのだから、と言った風に受け取るのを拒むのがまた愛らしい。計画表どおりの事をこなしていく佐助と比較して、小太郎が可愛く思えるのは仕方無い事だった。
だから氏政を実の孫のように愛したし、可愛がった。
「のぉ小太郎、ちゃんと食べておるのか? こんなに痩せて。風が吹いたら飛んで行きそうぢゃぞ。ご飯は有るのか? なんじゃったらワシのとこのご飯を持って帰ってもええぞ」
氏政がそう言っても、小太郎は身振り手振りで(手話をしているのだろうが、氏政には心得が無いので良く判らないが、判らないなりに彼が何を言おうとしているかは推測するようだ)大丈夫、平気だ、と返す。
それがまた痛ましくて、氏政は喜んだり嘆いたりと忙しい。
「なんでこんな良い子がひもじい思いをせにゃあならんのぢゃろう? 小太郎や、お前になら北条家に伝わる家宝をあげても惜しくない! 受け取ってくれぬかのぉ」
氏政がそう言っても、小太郎は困ったように首を振るばかり。
「へぇー、おじいちゃん、家宝とか有るんだ」
煮物を作りながら佐助が言うと、氏政は怒鳴る。
「お前には言うとらん! どうせあれぢゃ、隙を見て盗むつもりぢゃろう! そうはいかん! アレはもうワシのところには無いのぢゃ……」
「人聞きが悪いなー。俺様そんな酷い事しないよ? ってか、家宝なのに無いの?」
佐助が首を傾げると、氏政は腹立たしげに言う。
「貸しとるんぢゃ」
「家宝を貸すー?」
「先祖代々伝わる茶器での。ワシらは茶を淹れたりせんから押入れにしまっとったんぢゃ。それを聞きつけた近くの金持ちが買い取りたいと言うて来たもんぢゃから、ワシは貸すだけという条件で法外な値段を叩き付けたつもりじゃったのに、あやつめ即決で金を払ってしもうた。じゃからワシが死ぬまではアレはあやつの所に貸し出さなければならんのぢゃよ」
「近くの金持ち? ……あぁ松永さん?」
佐助が思い出したように言うと、氏政は大きく頷いた。
「そう、松永ぢゃ。全くあやつめ、ワシはどうもあやつの事は好かん」
「でもいい人なんじゃない? ちゃんとお金払ってるんでしょ? おかげで俺様を雇えるんじゃん」
「お前なんか知らん。ワシは小太郎がいい。なぁ小太郎、なんでうちに来てくれないんぢゃ? お金はいくらでも払うのに……」
「こたちゃんは勉強中なの。声が出るようになったらすぐにでも来てくれるよ。なぁこたちゃん? ほら、おじいちゃん、煮物出来たよ」
「おお、おお。お前は気にいらんが煮物の腕だけは確かじゃからの。そこだけは褒めてやっても良いわい」
「そりゃありがとうね。……俺ゴミ出し行って来るから、後は頼むね、こたちゃん」
佐助の言葉に小太郎は頷いて、そして氏政の食事に付き合った。
小太郎が、風間小太郎でなくなった日の事を小太郎は知らない。それほど昔の事だった。血液型が両親のそれから考えてありえないと告げられて、鑑定をして、そして小太郎が父の血を継いでいない事が証明された時、小太郎は実の両親を失った。母は離縁状に判を押した。本当の父は最後まで誰なのか判らなかった。
他人の子である小太郎を父が引き取ったのは、男としての意地とか、妻への復讐とか、そういう目的だったのだろう。だが彼が小太郎を育てたのは事実だ。目的がどうあれ、それは事実。過程がどうあれ、それが事実。
父は小太郎が妻と、そして誰かも判らぬ男に似ていく事を酷く恐れた。だから父は小太郎に、喋るな声を出すな、それがたとえ泣き声や呻き声であっても、と強要して、小太郎が声を出すたびに激しく折檻を加えた。その成果、というべきなのか、小太郎は声を失った。精神的なものだと医者からは言われている。
だが小太郎はそうすれば父に辛い思いをさせないのだろう、と考えて納得していた。小太郎にとってはそんな父が唯一の家族であったから、小太郎は父を愛していたし、父に愛されようとしていた。だが父の暴力は止まらなかった。今度はその眼が、母にそっくりだと、何も見るなと言い出した。だから小太郎は前髪を伸ばした。そしてその髪の色が母にそっくりだと言い出すと、髪を赤く染めた。
そうこうするうちに父も疲れてしまったらしい。大きくなった小太郎に、父は「好きにしていいから、もうここへは帰って来るな」と最後の命令をした。小太郎は素直に従って家を出る。
小太郎は声を失っていた為に、通常の仕事をするのは困難だった。まず接客業は出来ないだろうし、人付き合いも難しい。良い事には、小太郎は非常に素直でしかも類稀な体力を持っていたから、黙って働く分には優秀だった。どんな重労働でも黙々とこなす小太郎を、雇った側も悪いようにはしなかった。
だが意地の悪い人間と言うのは何処にでもいるもので、喋れる人間達はあれやこれやと小太郎の悪い噂を上司に伝えて、そして最終的に解雇に到った。小太郎はそれについても、何か嫌われる事をしてしまったのだろう、と素直に受け入れ、黙って仕事を辞めた。その従順な態度こそが他を和ませると同時に苛立たせるという事は、彼自身には判らなかったのだ。
そして何度も小太郎は仕事を失った。だが彼には夢が有った。介護師になる事だ。
声が出ない事にはコミュニケーションが充分取れない可能性があるので、その道を小太郎は自ら塞いでいるのだが、いつか介護をして暮らしたい、と考えていた。声が出ないと判った頃、近所の看護婦が優しく小太郎のリハビリをしてくれた時に、そう決めた。自分もこうして誰かを助けられるような人になりたい、と。
だが夢は夢、現実は現実。小太郎がどんなに望んでも、小太郎の声は戻っては来ない。その喉は音さえ作り出さない。それでも小太郎は、いつか来る日のために、ボランティアで老人を介護する。時間を縫うようにバイトをしても、生活は苦しい。それでも小太郎は、ホームヘルパーである佐助の紹介してくれた何人かの老人のもとを訪れて、出来る限り彼らの側に居た。
その日、小太郎はバイトの一つである新聞配達を終えたつもりだった。
ところが自転車の籠には一件分、新聞が残っていたのだ。
小太郎は必死にルートを思い出して、やっと配達していない家を思い出した。松永という表札の家だ。小太郎は慌ててUターンすると、その家へと向かった。
その途中で、氏政の家宝の事を思い出す。お金が入って来るのは嬉しいが、やはり家宝を他人に預けておくというのは、不安でのう。そう言っていた氏政に、なんとか安心してもらいたいとは思っていた。
だから、もし家主に会ったら、家宝を返してくれないかと言おうと思った。……言えないし、相手に手話の心得が有るとは思わなかったが、とにかく会ってみようと思っていた。
だがまさか味噌汁を飲んで行けと言われるとは思っていなかった。小太郎は勢いに押されて世話になる事になってしまった。
久秀は丁寧に茶を淹れてくれて、和菓子を用意してくれた。ありがたく頂戴しながら、小太郎は久秀の言葉にただただ相槌を打つ。
「この茶器はとある名家に伝わっていたものでね。今は少し借りさせてもらっているんだが、いや良い物だ」
久秀がそうさらりと言ったので、小太郎は驚いて自分の持っていた茶碗を見る。濃い茶色の渋いものだったが、そう言われてみればなんとなく高価そうにも見えた。が、正直言って小太郎には茶器の価値など判らないので、「松永さんがそう言うならそうなんだろう」と納得する。
「良い物も手に触れて使ってみなければただのがらくたと変わらないからね。時々こうして茶を淹れるんだが、やはり格別だな。卿に是非飲んでもらいたかったのだよ、いや何故だろうね、普段の私はこんなに饒舌ではないし、親切でもないのだが。卿が喋らないせいかな。ああそうだ煎餅も有った。まだ時間は大丈夫かね? ならくつろいで行ってくれたまえ、客人が来るのは久しぶりで、変だな私は少しはしゃいでいるのだろうか? 滑稽ではないかね? 嘘は吐かなくてもいいのだよ、笑いたければ笑えばいい、そういうものだ。ああそうそう羊羹も有ったから食べて行かないかね? 私の元部下が何しろ毎回3人で押しかけては同じ物を土産にするそれは仲の良い連中でね、いや当たりが3つ来れば嬉しいが、外れも3つ来るものだから、ああしかし不味いから出すというわけではなくてね、私はとにかく甘い物が苦手なんだ、もし気に入ったらなもう2本有るから持って帰っていいのだよ」
久秀はとにかく良く喋り、とにかく良く動いた。そういう過剰な接待を小太郎は良く知っている。頑固で偏屈な老人ほど、普段は淋しいのか、大人しい小太郎がやってくるとやたらに世話を焼いた。本人は自分が淋しいと感じているなどと思っていないから、黙って座っている小太郎に構ってやっているのだ、という口実が、彼らの中で上手く形成出来るらしい。
だから小太郎は、「松永さんも淋しいんだろうか」と単純に考えた。それで、初対面の俺にお茶なんか、と。
仕事の時間が近付いて来たので、帰るとなんとか伝えると、久秀はあれこれ土産を押し付けて見送ってくれた。一度家に帰るため自転車をこぎながら、山のような菓子類を見て、小太郎は、今度お礼に行かなければ、と静かに考えるのだった。
********
現代社会に松永氏が出現すると、ちょっと世間からずれた
変な人の位置で納まるんじゃないかなあと個人的に考えてます。
あの時代にあの思考回路で動いたから、
歴史に名が残ったわけだけれども、
あの思考回路でこの時代を生きていたとしても、
さほど大きく俗世を離れないような気がして。
考え方は普通じゃないから、成功も早いし大きいけど、
そこで止まるんじゃないかな。
小太郎君は忍びじゃないから、
素直な良い子になっていてほしいなあという。
こんな感じの現パラ。
チカナリは遠くで絡んできますがかなり遠くです。
松永が買っている青年というのがエンコー中の政宗で
その親友がチカでそのくされ縁が元就。
ここの元就は「我は兄の慰み者だから」と大声で言うような人。
元親がビックリして毛利宅に押しかけて、「元就に何してるんだ!」
とか興元に言ったら興元も弘元も死ぬほど笑う。
元就の言ってる「慰み者」は「かわいがられている」ぐらいの意味で
元親寿命が3年ぐらい縮まったような気がしたり、そんな感じ。
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プロフィール
Google Earthで秘密基地を探しています
HN:
メディアノクス
性別:
非公開
趣味:
妄想と堕落
自己紹介:
浦崎谺叉琉と美流=イワフジがてんやわんや。
二人とも変態。永遠の中二病。
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