波が来たので乗ってみた
以下、緋扇の4
以下、緋扇の4
その時、彼らは互いに小さく無力だった。
片方は、貴方と戦いたくないと静かに言った。片方はただ頷いた。
片方は、戦いは嫌だと悲しげに言った。片方はただ頷いた。
片方は、でも家族を失いたくないと辛そうに言った。片方はただ頷いた。
そして片方は逃げ出した。もう片方は、血みどろの刀を握って戦った。
四国は見事陥落した。
丁度嫡男元親が、四国に帰って来ていた。元就の計略に従い、明智軍は密かに彼らのからくりを破壊する。被害は最小限に留まるよう、より特殊な部品を取り除いた。すぐには直せないように、けれど四国を属国にしたならそれが手に入るよう、慎重に事を運んだ。
全てのからくりを無力化すると、明智軍はなるたけ多くの旗を掲げ、力の限り雄たけびを上げ、そして四国に大筒を撃った。間断無く打ち続けた。攻撃ではなく威嚇として。慌てた四国側が、対抗してからくりを動かそうと試み、そして絶望するのを待った。
昼も夜も声を上げ、大筒を打ち込んで不安を煽り、そして四国の長、長曾我部国親に、光秀は和議を持ち込んだ。その側には元就の姿も有った。
国親は不服そうではあったが、これ以上無いだろう好条件を仕方なく呑んだ。それ以外に道は無かった。当然同席していた元親もこれを了承し、数日後に必要な儀式を行い、当主の座を引き継ぐと約束した。元親はその約束を追えると、すぐさま部屋を出て行き、それきり帰って来なかった。
浜辺に元親が立っていた。赤紫の着物が風に揺れ、彼の白い髪が靡いている。元就はその様子を見ながら、彼に近寄った。彼は気付くと苦笑し、そして「よう」と声をかける。
「元気そうだなァ、毛利」
「そう見えるか」
「ああ、少なくとも風聞よりはよほどいいや。……」
「……」
会話はすぐに途切れてしまった。元親は顔に笑みを貼り付けたまま海を見て、それからしばらく黙っていた。元就も元親の隣に立ち、特に何も言わなかった。
「……中国は、大丈夫なのか。甥は」
「我が知っていると思うか」
「や、……すまねぇ、そんなつもりで聞いたわけじゃ、」
「判っておる。気にするな。大丈夫と思うておらねば前に進めぬ。故に毛利は安泰だ。……四国も落ちた故」
元就がそう付け足すと、元親は「はっは、そうだな」と笑った。静かな笑いだった。
「……あんたにゃやられたよ。あんた、俺に興味は無いと思ってたんだけどな」
「そなたには興味は無い」
「……そうかよ。ならなんで、からくりの事を知ってたんだ。見事な手際じゃねぇか。おかげで野郎共は総出で修理、俺は自由を失って四国の長だ」
「必要に迫られれば興味が有ろうと無かろうと、調べねばならぬ事も有るし、成さねばならぬ事も有る」
「……毛利」
元親が溜息を吐いた。元就は元親を見ない。
「……俺は、……あんたと戦いたくなかった」
「知っておる」
「戦いたく、なかったんだ、誰とも。誰が死ぬのも見たくなかった」
「それも知っておる」
「でも家族だって失いたくなかった、でも守る為に誰か殺したくもなかった」
「そうして逃げたそなたが海賊稼業をするとは、なかなか趣深い事よ」
「毛利!」
元親が叫ぶような声を出す。元就は黙って、元親を見た。彼は苦しそうに、声を搾り出す。
「俺は間違えたのか、俺は悪かったのか」
「そうは言わぬ」
「じゃあなんでこうなった、あんたと俺は敵国同士で、いや、今は属国同士だが、それでも距離はあまりにも遠い、こんなに近くに居てもこんなに遠い! あんたはあの頃みたいに俺に笑ってもくれないし、むしろ俺を侮蔑さえする」
「侮蔑はしておらぬ」
「なら何故そんな冷たい眼で俺を見る! 俺を嫌ってるんだろう」
「自意識過剰だな、そなたは」
元就は小さく溜息を吐いて、静かに告げる。
「そなたとは歩んだ道が違うのだ。あの頃と同じように、そなたと仲睦まじく魚の名前の話をしていればいい時代は終わった。その時間に合わせ、人の関係が変るのは致し方ない事。我に言わせればそなたはあの頃姫も同然で、そのような口調ではなかった。そなたも変わったのに、我に変わるなと言うのは道理ではない」
「毛利」
「我とそなたの道が離れた、ただそれだけではないか。そなたとはもはや敵同士ではない。だがそなたは一国の長、我はただの一武将に過ぎぬ。相応の関係が有ろう。それにな、そなたは知らぬだろうが、この顔は地だ。そなたを睨みつけているわけでも、軽蔑しておるわけでもない、ただこういう顔なのだ。すまぬな」
「謝る事ぁ、」
「長曾我部」
元就は元親を制して、彼を見ないまま言った。
「我の気持ちは今でも変わらぬ。そなたの気持ちが変わらぬようにな。……良い長となれ、長曾我部。そなたが毛利を脅かさぬ限り、我はそなたとの戦いを望まぬ」
元親はその言葉に唖然とし、それからしばらくして苦い顔をした。そしてその表情が益々歪むのをちらりと見て、元就は静かにその場を去った。元親がその場に崩れる音が聞こえたが、元就は振り返らなかった。それを互いに望まなかったからだった。
彼と、面識が有るのですか。
勝利の宴の後。部屋に戻った元就に、光秀はそう尋ねて来た。元就はその意味を汲み取って、光秀を部屋に招くと、静かに語りだす。
「まだ長曾我部が土佐一国の主で、そしてまだ毛利が安芸一国の主だった頃の話だ。四国も中国も情勢は安定せず、瀬戸内は荒れ、全ての国が在り方に難儀していた。長曾我部と毛利が互いに小国という理由で少々の外交を持った。そしてその席に幼い我等も呼ばれた。兄上は年上だったから父上と共に国の話をしておったが、元親は当時姫などと呼ばれ、政略を嫌う男で、そして我は次男故に放任されており、必然的に我等は出会った」
浜辺で、二人の少年が話していた。片方は、紅色の着物を、片方は浅緑を身に纏い、静かに海を見ていた。互いの事は見なかったが、二人は確かに笑んでいた。
「同じ理想を語り、同じものを目指した。だがその道筋が異なった。道を違えたのだ。奴は国から逃げ、全てを忘れて海賊稼業に没頭し、そうして自由になる事で理想を得ようとした。我は兄上の下、全ての敵を排除し、毛利を安定させる事で理想を得ようとした。奴はからくりを造り、我は刀を握った。奴は船を走らせ、我は駒を動かした。奴は宝を奪い、我は敵の命を奪った。……それだけだ」
二人はただ願った。互いに殺し合う事が無い事を。互いに憎み合う事が無い事を。互いに戦いに巻き込まれる事が無い事を。互いに大切な物を失わない事を。
全ては叶った、だが道は違えたままだ。
元就はそう考え、一つ溜息を吐いた。元親がからくり造りに没頭していた理由を、元就は知っている。それが有れば戦わずにすんだからだ。恐れ慄いた敵が降参するからだ。そして元就は己が軍師になった理由を知っている。計略が有れば、血を流さずにすんだからだ。無力になった敵が降参するからだ。
二人は同じものを目指していたのに、辿り着いた場所に、二人は居なかった、互いに別の場所に居た。
元就がそう思っていると、光秀は静かに笑んで言った。
「違えた道ならば、いずれまた繋がるやもしれませんよ。絶えたのではないのですから。他ならぬ貴方が違えたというその道は、まだ先に続いてはいるのですからね」
「……」
「貴方も、彼も、生きているのですから。互いの立場は違っても、同じ物を手に入れたのですから。もしかしたら、手を伸ばせば届く場所に道が有るかもしれませんよ」
元就は光秀を見る。彼は優しく笑んでいて、元就は眉を寄せた。
「気休めを言うでない」
「気休めではありませんよ。可能性の話です」
「同じ事だ」
「人と人を隔てる最大の壁は心ですよ、毛利殿。貴方と彼が本当に同じ道に行きたいのなら、その壁を崩すのは貴方達自身です。無論、壊した壁から向こうに行く事は、他の色々なものが阻むやもしれませんが。壁を壊し、互いの道を見つける事は容易いのですよ、意外なほどにね」
「……」
元就はそれに対し答えなかったし、光秀もそれ以上言葉を続けはしなかった。光秀は「では」とそれだけ言い残して部屋を出て行ったし、元就も眠るために布団に入った。
明智の言った事は間違っている、と元就は思った。二人は同じ場所に着いたのだ。同じ道の上に。その上に壁など無い。だが互いに、その道に立つ相手を探していないのだ。本当は知っている。声を上げれば、名を呼べば相手が見つかる事など、互いに判っている。判っているからこそ、名を呼ぶわけにはいかない。そうする事で彼らの全てが終わってしまう気がしていた。
互いに目指す場所に立ってしまったなら、もう歩く必要は無い。そこで立ち止まるならば、生きている意味が無くなる。だからこそ、彼らは互いが目指した場所に、二人でたっている事を認めるわけにはいかなかった。元親には四国の長になるという新たな使命が与えられ、元就は光秀の配下となった今、止まるわけにはいかないのだ。その場所に着いたという事は互いの心の中で気付き愛でるものであって、それ以上ではない。二人はこれ以上、共に合ってはいけなかった。少なくとも、元就はそう思っていた。
もし仮に互いが老い、その時互いの守るべきものが安寧の内にあるのなら、その時は名を呼び、あの時のように雲の形を物に例えて遊び、魚を追いかけて濡れ、砂浜に下手な絵など描いて笑えばいい。そうでないならば、二人は出会うべきではない、と。であれば60を越えれば子に戻るという話は本当であろうな、と元就は静かに感じた。生きる事を、戦う事を止めた時、人は解放され、そして幼子に戻り、つまらぬ喜びに浸り静かな時間を過ごすのだ。
元親の、長曾我部家の当主を継ぐ儀式が終わり、宴会が開かれていた。
元親は当主になってもさして変わりはしなかった。大いに笑い、大いに酒を飲み、大いに声を上げて、大いに部下を盛り上げた。その人徳こそが元親の才であると国親も認めているらしく、それに関して誰も文句は言わなかった。一人になればからくりを設計し、稼動させる頭を持っているのだから、足りぬ部分を彼を崇拝する部下達に補わせれば、それなりの主にはなるだろう、と。
だから宴会は大いに盛り上がっていたし、その場に呼ばれた光秀も元就も、元は敵国であるのに大層歓迎され、彼らもそれなりに楽しんでいた。元就は慣れない酒に苦戦していたが、時折光秀が元就の杯に注がれた酒をそ知らぬ顔で飲んでいて、元就は色々な意味で顔を顰める事になった。
それでも元就はその時間を不快には思っていなかったし、それなりに楽しんでもいたのだ。四国の男達は気性が荒く、しかしひょうきんで宴会はあっという間に馬鹿騒ぎになった。元就は本来そうした宴を好かなかったが、隣に穏やかな光秀が座っているのが心強く、静かな気持ちでその狂乱沙汰を見守る事が出来た。アニキ、と慕われる元親が酒を勧められる度に武勇伝を聞かせ、部下たちをどっと沸かせる様に、静かに感心していた。奴も、奴なりの道を歩み、そして強くなったのだ、と。
だから元就も、今回の四国陥落の件について不満は無かったし、光秀に対し信頼を寄せ始めていたのだ。
中国毛利が滅亡したという急報が届くまでは。
+++
アニキと元就が老後に超幸せに笑いあってるシーンとか考えると
なんか無性に泣けてくる そんな事起こるか判らないし
そんなシーンの需要まずないと思うけど
片方は、貴方と戦いたくないと静かに言った。片方はただ頷いた。
片方は、戦いは嫌だと悲しげに言った。片方はただ頷いた。
片方は、でも家族を失いたくないと辛そうに言った。片方はただ頷いた。
そして片方は逃げ出した。もう片方は、血みどろの刀を握って戦った。
四国は見事陥落した。
丁度嫡男元親が、四国に帰って来ていた。元就の計略に従い、明智軍は密かに彼らのからくりを破壊する。被害は最小限に留まるよう、より特殊な部品を取り除いた。すぐには直せないように、けれど四国を属国にしたならそれが手に入るよう、慎重に事を運んだ。
全てのからくりを無力化すると、明智軍はなるたけ多くの旗を掲げ、力の限り雄たけびを上げ、そして四国に大筒を撃った。間断無く打ち続けた。攻撃ではなく威嚇として。慌てた四国側が、対抗してからくりを動かそうと試み、そして絶望するのを待った。
昼も夜も声を上げ、大筒を打ち込んで不安を煽り、そして四国の長、長曾我部国親に、光秀は和議を持ち込んだ。その側には元就の姿も有った。
国親は不服そうではあったが、これ以上無いだろう好条件を仕方なく呑んだ。それ以外に道は無かった。当然同席していた元親もこれを了承し、数日後に必要な儀式を行い、当主の座を引き継ぐと約束した。元親はその約束を追えると、すぐさま部屋を出て行き、それきり帰って来なかった。
浜辺に元親が立っていた。赤紫の着物が風に揺れ、彼の白い髪が靡いている。元就はその様子を見ながら、彼に近寄った。彼は気付くと苦笑し、そして「よう」と声をかける。
「元気そうだなァ、毛利」
「そう見えるか」
「ああ、少なくとも風聞よりはよほどいいや。……」
「……」
会話はすぐに途切れてしまった。元親は顔に笑みを貼り付けたまま海を見て、それからしばらく黙っていた。元就も元親の隣に立ち、特に何も言わなかった。
「……中国は、大丈夫なのか。甥は」
「我が知っていると思うか」
「や、……すまねぇ、そんなつもりで聞いたわけじゃ、」
「判っておる。気にするな。大丈夫と思うておらねば前に進めぬ。故に毛利は安泰だ。……四国も落ちた故」
元就がそう付け足すと、元親は「はっは、そうだな」と笑った。静かな笑いだった。
「……あんたにゃやられたよ。あんた、俺に興味は無いと思ってたんだけどな」
「そなたには興味は無い」
「……そうかよ。ならなんで、からくりの事を知ってたんだ。見事な手際じゃねぇか。おかげで野郎共は総出で修理、俺は自由を失って四国の長だ」
「必要に迫られれば興味が有ろうと無かろうと、調べねばならぬ事も有るし、成さねばならぬ事も有る」
「……毛利」
元親が溜息を吐いた。元就は元親を見ない。
「……俺は、……あんたと戦いたくなかった」
「知っておる」
「戦いたく、なかったんだ、誰とも。誰が死ぬのも見たくなかった」
「それも知っておる」
「でも家族だって失いたくなかった、でも守る為に誰か殺したくもなかった」
「そうして逃げたそなたが海賊稼業をするとは、なかなか趣深い事よ」
「毛利!」
元親が叫ぶような声を出す。元就は黙って、元親を見た。彼は苦しそうに、声を搾り出す。
「俺は間違えたのか、俺は悪かったのか」
「そうは言わぬ」
「じゃあなんでこうなった、あんたと俺は敵国同士で、いや、今は属国同士だが、それでも距離はあまりにも遠い、こんなに近くに居てもこんなに遠い! あんたはあの頃みたいに俺に笑ってもくれないし、むしろ俺を侮蔑さえする」
「侮蔑はしておらぬ」
「なら何故そんな冷たい眼で俺を見る! 俺を嫌ってるんだろう」
「自意識過剰だな、そなたは」
元就は小さく溜息を吐いて、静かに告げる。
「そなたとは歩んだ道が違うのだ。あの頃と同じように、そなたと仲睦まじく魚の名前の話をしていればいい時代は終わった。その時間に合わせ、人の関係が変るのは致し方ない事。我に言わせればそなたはあの頃姫も同然で、そのような口調ではなかった。そなたも変わったのに、我に変わるなと言うのは道理ではない」
「毛利」
「我とそなたの道が離れた、ただそれだけではないか。そなたとはもはや敵同士ではない。だがそなたは一国の長、我はただの一武将に過ぎぬ。相応の関係が有ろう。それにな、そなたは知らぬだろうが、この顔は地だ。そなたを睨みつけているわけでも、軽蔑しておるわけでもない、ただこういう顔なのだ。すまぬな」
「謝る事ぁ、」
「長曾我部」
元就は元親を制して、彼を見ないまま言った。
「我の気持ちは今でも変わらぬ。そなたの気持ちが変わらぬようにな。……良い長となれ、長曾我部。そなたが毛利を脅かさぬ限り、我はそなたとの戦いを望まぬ」
元親はその言葉に唖然とし、それからしばらくして苦い顔をした。そしてその表情が益々歪むのをちらりと見て、元就は静かにその場を去った。元親がその場に崩れる音が聞こえたが、元就は振り返らなかった。それを互いに望まなかったからだった。
彼と、面識が有るのですか。
勝利の宴の後。部屋に戻った元就に、光秀はそう尋ねて来た。元就はその意味を汲み取って、光秀を部屋に招くと、静かに語りだす。
「まだ長曾我部が土佐一国の主で、そしてまだ毛利が安芸一国の主だった頃の話だ。四国も中国も情勢は安定せず、瀬戸内は荒れ、全ての国が在り方に難儀していた。長曾我部と毛利が互いに小国という理由で少々の外交を持った。そしてその席に幼い我等も呼ばれた。兄上は年上だったから父上と共に国の話をしておったが、元親は当時姫などと呼ばれ、政略を嫌う男で、そして我は次男故に放任されており、必然的に我等は出会った」
浜辺で、二人の少年が話していた。片方は、紅色の着物を、片方は浅緑を身に纏い、静かに海を見ていた。互いの事は見なかったが、二人は確かに笑んでいた。
「同じ理想を語り、同じものを目指した。だがその道筋が異なった。道を違えたのだ。奴は国から逃げ、全てを忘れて海賊稼業に没頭し、そうして自由になる事で理想を得ようとした。我は兄上の下、全ての敵を排除し、毛利を安定させる事で理想を得ようとした。奴はからくりを造り、我は刀を握った。奴は船を走らせ、我は駒を動かした。奴は宝を奪い、我は敵の命を奪った。……それだけだ」
二人はただ願った。互いに殺し合う事が無い事を。互いに憎み合う事が無い事を。互いに戦いに巻き込まれる事が無い事を。互いに大切な物を失わない事を。
全ては叶った、だが道は違えたままだ。
元就はそう考え、一つ溜息を吐いた。元親がからくり造りに没頭していた理由を、元就は知っている。それが有れば戦わずにすんだからだ。恐れ慄いた敵が降参するからだ。そして元就は己が軍師になった理由を知っている。計略が有れば、血を流さずにすんだからだ。無力になった敵が降参するからだ。
二人は同じものを目指していたのに、辿り着いた場所に、二人は居なかった、互いに別の場所に居た。
元就がそう思っていると、光秀は静かに笑んで言った。
「違えた道ならば、いずれまた繋がるやもしれませんよ。絶えたのではないのですから。他ならぬ貴方が違えたというその道は、まだ先に続いてはいるのですからね」
「……」
「貴方も、彼も、生きているのですから。互いの立場は違っても、同じ物を手に入れたのですから。もしかしたら、手を伸ばせば届く場所に道が有るかもしれませんよ」
元就は光秀を見る。彼は優しく笑んでいて、元就は眉を寄せた。
「気休めを言うでない」
「気休めではありませんよ。可能性の話です」
「同じ事だ」
「人と人を隔てる最大の壁は心ですよ、毛利殿。貴方と彼が本当に同じ道に行きたいのなら、その壁を崩すのは貴方達自身です。無論、壊した壁から向こうに行く事は、他の色々なものが阻むやもしれませんが。壁を壊し、互いの道を見つける事は容易いのですよ、意外なほどにね」
「……」
元就はそれに対し答えなかったし、光秀もそれ以上言葉を続けはしなかった。光秀は「では」とそれだけ言い残して部屋を出て行ったし、元就も眠るために布団に入った。
明智の言った事は間違っている、と元就は思った。二人は同じ場所に着いたのだ。同じ道の上に。その上に壁など無い。だが互いに、その道に立つ相手を探していないのだ。本当は知っている。声を上げれば、名を呼べば相手が見つかる事など、互いに判っている。判っているからこそ、名を呼ぶわけにはいかない。そうする事で彼らの全てが終わってしまう気がしていた。
互いに目指す場所に立ってしまったなら、もう歩く必要は無い。そこで立ち止まるならば、生きている意味が無くなる。だからこそ、彼らは互いが目指した場所に、二人でたっている事を認めるわけにはいかなかった。元親には四国の長になるという新たな使命が与えられ、元就は光秀の配下となった今、止まるわけにはいかないのだ。その場所に着いたという事は互いの心の中で気付き愛でるものであって、それ以上ではない。二人はこれ以上、共に合ってはいけなかった。少なくとも、元就はそう思っていた。
もし仮に互いが老い、その時互いの守るべきものが安寧の内にあるのなら、その時は名を呼び、あの時のように雲の形を物に例えて遊び、魚を追いかけて濡れ、砂浜に下手な絵など描いて笑えばいい。そうでないならば、二人は出会うべきではない、と。であれば60を越えれば子に戻るという話は本当であろうな、と元就は静かに感じた。生きる事を、戦う事を止めた時、人は解放され、そして幼子に戻り、つまらぬ喜びに浸り静かな時間を過ごすのだ。
元親の、長曾我部家の当主を継ぐ儀式が終わり、宴会が開かれていた。
元親は当主になってもさして変わりはしなかった。大いに笑い、大いに酒を飲み、大いに声を上げて、大いに部下を盛り上げた。その人徳こそが元親の才であると国親も認めているらしく、それに関して誰も文句は言わなかった。一人になればからくりを設計し、稼動させる頭を持っているのだから、足りぬ部分を彼を崇拝する部下達に補わせれば、それなりの主にはなるだろう、と。
だから宴会は大いに盛り上がっていたし、その場に呼ばれた光秀も元就も、元は敵国であるのに大層歓迎され、彼らもそれなりに楽しんでいた。元就は慣れない酒に苦戦していたが、時折光秀が元就の杯に注がれた酒をそ知らぬ顔で飲んでいて、元就は色々な意味で顔を顰める事になった。
それでも元就はその時間を不快には思っていなかったし、それなりに楽しんでもいたのだ。四国の男達は気性が荒く、しかしひょうきんで宴会はあっという間に馬鹿騒ぎになった。元就は本来そうした宴を好かなかったが、隣に穏やかな光秀が座っているのが心強く、静かな気持ちでその狂乱沙汰を見守る事が出来た。アニキ、と慕われる元親が酒を勧められる度に武勇伝を聞かせ、部下たちをどっと沸かせる様に、静かに感心していた。奴も、奴なりの道を歩み、そして強くなったのだ、と。
だから元就も、今回の四国陥落の件について不満は無かったし、光秀に対し信頼を寄せ始めていたのだ。
中国毛利が滅亡したという急報が届くまでは。
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