前回の続き。エロくはないけどエロい事はしています。
この設定だと際限なく暗くなりそうだから、とりあえずこの辺で終わっておく。
この設定だと際限なく暗くなりそうだから、とりあえずこの辺で終わっておく。
眼を覚ますと、見慣れた天井が目に入った。
いつもの自室、いつもの寝台。だから夏侯覇は一瞬、あれは夢だったのかと思った。のろりと上げた腕が酷く痛み、手首に縛られた痕が有るのを見るまでは。
あぁ、あれ、夢じゃなかったんだ。
夏侯覇はぼんやりとそう考えて、それから両手で顔を覆った。
裏切られたとは思わない。勝手に信じたのは自分だ。馬岱の一族を殺したのが親族だというのは、最初から知っていた。その恨みは無いのだと、勝手に思ったのは自分だ。
そうして馬岱と接した事を、彼の方は疎ましく思っていたのだろう。本当はずっとずっと嫌われ、憎まれていたのだろう。それも判らず能天気に触れていた自分が悪いのだ。恨んではいけない。憎んでもいけない。馬岱という人は、とても良い人だった。あんなに優しく接してくれていた。あんなに人を、責めてはいけない。
責めるべきなのは自分だ。逃亡者の癖に、殺戮者の癖に、受け入れられていると信じてしまった自分だ。
涙が、止まらなかった。
極力何事も無かったように過ごしたつもりだった。それでも軍議等で馬岱と顔を合わせた時は、上手く笑えなかった。いつもより距離を置いてしまうし、眼も合わせられない。馬岱がどんな顔をしているのか、知るのが怖かった。夏侯覇はやや俯いて、皆から距離を知らないうちに取っていた。一番信頼していた馬岱に憎まれていた以上、誰との関係も信じてはいけないと思ったのかもしれない。
当然、そうした変化は気付かれた。気付いたのは劉禅だ。彼は気付く。他の者と違って、亡霊にとりつかれてはいないから。
劉禅は夏侯覇の部屋を訪れて、いつもの微笑みとのんびりした口調のままで言った。姜維とは少々境遇も似ている事だし、仲を深めてはどうか、彼も近頃仕事にのめり込み過ぎているし。それだけ言うと、彼はすぐに部屋を去った。
夏侯覇は実の所、劉禅が苦手だった。柔和そうな見た目とは裏腹に、何処か達観しているようなところが有って少々不気味なのだ。周りは彼を暗愚だとか優し過ぎるとか言っていたが、少なくとも夏侯覇はそう思った事が無い。どちらかと言えば、少々恐ろしい存在だった。
だがその時は素直に、劉禅の気遣いをありがたいと思った。姜維とはまるで性格が違うが、それ故に一緒に居るのはそれなりに好きだった。真面目で冗談も通じないような姜維を、下らない事で笑わせるのは楽しいし、彼もまたそれを嫌ってはいない、ように思う。もう、自分の予想など当てにはならないが。
一番仲良くしているのは馬岱なのに、姜維と接しろと言うあたり。夏侯覇は改めて、劉禅を怖いと思ったが、従う事にした。じっとしていても嫌な事ばかり考えて、辛いだけだ。
実際姜維を誘って出掛けた遠乗りは楽しかったし、少々だが気も紛れた。だがそれだけだ。解決にはならない。遠乗りをした三日後に、夏侯覇は遂に、ちょっとした拍子に酷く落ち込んでしまった。
日頃明るくしている反動で、自室で酷く塞ぎこむのは昔からよく有ったが、今度のそれはかなり重かった。壁際に座りこんで、ああでもないこうでもないとよくない事ばかり考えてしまう。ふと気付くと側に心配そうな姜維が居た。
俺、思ったよりこの国に馴染めてないみたい。いつもの癖で少し笑みさえ浮かべたまま、それでも上手く笑えずに泣きそうな声で言ってしまった。いつも北伐の事ばかり考えているような姜維は、意外な程優しい声で言う。
「貴方はこの国の為、義の為に尽力してくれている。私もそうだが、他の将達も皆、貴方を信じているし、共に闘う仲間だと思っている」
でも、と口を開いても、姜維は続けた。
「何が有ったかは知らないし、恐らく言いたくもないだろうが。もし貴方を良く思っていない者が居るとしたら、それはその者の問題であって、貴方のせいではない。確かに我が軍の中には、貴方を悪く言う者も居る。だがそれは大抵の場合、貴方の出世に対する嫉妬や、あるいは自らの処理しきれない負の感情に由来する物だ。貴方のような人を嫌う人はそうは居ないだろうし、もし貴方に何か言うなりするなりした者が居るなら、それはただ貴方が悪く、憎いという事ではないだろう」
「……俺、魏の将だぜ?」
「私も元はそうだ」
「夏侯の一族なんだぜ? この国の人、いっぱい殺した夏侯の」
「貴方の一族が、兵を率いてこの国の者を殺したのは間違いないだろう。だがそれは今のこの情勢で考えるべき事ではない。誰もが誰かの仇なのに、恨んでも仕方が無いだろう。ましてや我々は大抵の場合、お互いの正義の為に戦って死んだのだ。それを恨むのは筋違いだと私は思う。貴方も父親を殺したこの国の者達を憎んでいないし、まして貴方を追い詰めた者達が憎いというわけでもないだろう」
「……」
夏侯覇にはまだよく理解出来なかった。ありがとう、とだけ言っておいた。
おっちゃんが、ただ俺を憎いだけじゃなかったとしたら。
そう考えても、では他に何の理由が有って、あんな事をしたのか見当もつかない。ただ、本当に嫌いなだけの人間に、ああするのはおかしい、という事だけはなんとなく判った。夏侯覇にだって大嫌いな人間ぐらいは居て、そいつを憎いからと言って犯せるか、と考えたのだ。会いたくもないような相手、殺したり殴ったりは出来るかもしれないが、犯すなんてとんでもない。
だから憎いだけではなかったのだろうと、それぐらいは判った。ただそれ以上の事は全く判らない。ただ、馬岱の事ばかり考えていたせいだろうか。ふと気付くと、夏侯覇は馬岱の部屋の前に居て。
そして、馬岱の声を聞いた。
あの晩から、毎日同じ夢を見る。
夏侯覇が泣いている夢だ。苦しげに、悲しげに、何処かで。それが辛くて、馬岱は彼を探して走り回る。酷く暗い世界だった。入り組んだ建物の中をひたすら駆けて、ようやく暗い部屋の中に、夏侯覇が居るのを見つけた。
彼は従兄に暴力を振るわれていた。馬岱は思わず「止めて」と声を上げたが、馬超は聞こえていないのか、夏侯覇に乱暴をし続ける。
止めて若、坊やが何をしたって言うの。ただ曹操の一族だったってだけだよ、それを傷付けて何になるの。若の正義ってそういうものなの。
そう叫ぶと、ややして馬超は憎しみに顔を歪めたまま答えた。
俺達の一族は、お前を残して皆殺された。彼らが何をしたと言うんだ、傷付けて何になったというんだ。
馬岱は泣きそうになりながら、応えて叫ぶ。
だからこそ、あんな人とは同じになっちゃ駄目だよ、若! 許す事が出来ないなら、若も曹操と同じじゃないか!
すると馬超は、冷めた眼で馬超を見て。
なら、お前はこいつに何をした?
ふと気付くと、夏侯覇を殴り、犯しているのは自分になっていた。
ドンドン。
戸を叩く音に、馬岱は飛び起きた。半分現実の悪夢からは解放されたが、馬岱は何が起こったのか判らず、鼓動の早い胸を押さえながら戸の方を見る。
戸は開かないままだ。けれど何者かの気配を感じる。「誰だい?」と静かに問うても返事は無かったが、そのせいである程度推測が出来た。
「坊や……?」
声をかけながら、のろのろと寝台から出て、戸に近付く。返事も無く、戸は開かないままだったが、「坊や、そこに居るの?」と問えば、ややして小さな返事。
たまたま通りかかって。うなされていたから、起こさなきゃと思って。でも、おっちゃ……貴方は、俺に会いたくないだろうし。
あなた、という言葉が酷く悲しかった。そう呼ばれるだけの事をしたのだ、当然の報いだと思う。そっと戸に触れたが、馬岱もまたそれを開く事が出来ない。それが何故なのか、馬岱には判らない。
貴方にとって俺は憎い仇って奴で。なのに慣れ慣れしくして、貴方をどれ程追いつめたろう、あんな事をさせるほど、……ごめん。
夏侯覇の小さな声。馬岱の気持ちも知らずに、悲しげに謝罪する声。それが辛くて苦しくてたまらなかった。
悪いのは、坊やじゃない。
思わず戸を開いた。ビクリとした夏侯覇は、怯えたような眼で馬岱を見ている。そんな眼で見られる事が悲しい。自分は何がしたかったのだろう。本当はこの子に何を。
そう考えて、思うままに夏侯覇の身体を抱きしめた。愛したかった。愛したくてたまらなかった。なのにそれが出来ない。苦しくてたまらない。夏侯覇がまた乱暴されると思ったのか、腕の中で震えている。抵抗をしないのは、見当違いに己を責めているから、だろう。
どうしてそうやって、全部受け入れようとするの。もっと嘆いてもいいのに、もっと憎んでもいいのに。本当に愛しいと思う。ぎゅうぎゅう抱きしめる事が、彼をどれ程怯えさせているか判らないけれど、そうせずに居られない。
ややして、夏侯覇も馬岱の様子がおかしい事に気付いたらしい。小さな声で「……おっちゃん?」と尋ねられた。たまらなかった。そう呼ばれる事が好きだ、どうもそう歳は変わらないように思うけれど、そうして甘えられるのが心地良かった。一緒に笑うのも過ごすのも。ただ一緒に居るだけで。
それだけで、幸せだった。
ああ! と叫びそうになった。声が出なかった。苦しくて震えるだけだ。夏侯覇がのろのろと、馬岱の背中を撫でる。
おっちゃんどうしたの、俺で良かったら聞くよ、言える事なら言ってみて。夏侯覇の優しい声。それが辛い。苦しい。だから馬岱は吐き出すように言った。
俺は君に酷い事をした、それでも聞いてくれるの? 君はそれでも俺を好きで居てくれるのかい? 俺はね、俺は君が、君が好きでたまらない、愛しくてたまらないんだ、君の側に居るとね、俺も、俺も心から幸せだってそう感じる、でもそれがとてつもなく怖いんだ。
それはね、俺の一番好きだった人が、決して幸せではなかったからだよ、あの人はずっとずっと曹操を憎んで恨んで苦しんだまま死んでいった、それなのに俺が幸せになるなんてね、そんな事は許されない、許されないんだよ。
震えながらそう言う。夏侯覇はしばらく何も答えなかったが、やがてのろのろと応える。
「おっちゃん、俺、おっちゃんの大事な人も、おっちゃんの事もホントはよく判らないけど。でもさ、俺、……俺父さんとか、郭淮とか、とにかく昔から知ってる人達には、笑顔で居て欲しいって思ってるわけ。そしたらさ、きっと父さん達、俺が謀略で死んだら泣くだろうなって思ったんだ。どうせ死ぬなら戦場で、って思うだろうって。本当はどう思われてたかは判らないぜ、でも俺はそうだと思った、だからここに来たんだ」
「……うん」
「おっちゃんもきっと、その人に笑ってもらってほしかったんだよな。おっちゃんはそれを望んでいたんだろ? ならきっと、その人だっておっちゃんにそれを望んでたはずだよ。どうしておっちゃんのそれほど大事な人が、おっちゃんが傷付く事を望むわけ? こんなに苦しそうなおっちゃんの顔、本当に望んでると思うの?」
そっと頬を撫でられる。それでやっと、涙が幾つか溢れた。若い頃に沢山泣いたから、もうあまり溢れたりはしないけれど、それでも。喉が焼けるような感覚。唇が震えた。
「でも、でもね、若は……幸せじゃなかったんだよ」
「本当に? その若様って人は、おっちゃんと居て幸せじゃなかったの? こんなに思ってもらってるのに? 思い出してみてよ、本当にその人は、幸せじゃなかったの?」
そう言われて、初めて思い出した。最後の時、従兄は馬岱の手を握って、弱弱しくだったが、笑った。一緒に居てくれてありがとうと、力無い声だったが、穏やかにそう言った。それからポロポロと従兄との思い出が溢れてくる。確かに彼は憎み恨み続けていた、けれど、それでも自分に笑いかけてもくれていた。復讐の鬼だった、それでも、それでも。
「……若は、……若は俺と居て幸せだった?」
応える者の居ない問い。ただ、夏侯覇が問いかけた。おっちゃんは、若様と一緒に居て幸せじゃなかったの? その言葉にまた身体が震えた。
ああ、若の側に居るのが好きだった、確かに彼は変わってしまったけれど、でもそれでも、側に居るのが好きだった。恐らく、あの頃、自分は幸せだった。恐らく、若も。
「だから、だからなんていうか、その。おっちゃん、幸せになったって、いいんだぜ……?」
それが俺でいいのか判んないけど。そう言われたから、馬岱は抱きしめたまま、彼の額に口付けた。君じゃなきゃダメだ、と呟けば、そっか、と少々恥ずかしげな答え。
「なら、おっちゃんのしたいようにしても、いいよ。まぁその、なんてーか、怖いのとか痛いのとかは、勘弁だけど」
出来る限り優しく身体を撫でて、口づけを落とした。あの時のような乱暴さを感じさせないように、出来るだけ。怖くないかい、と問えば、大丈夫慣れてるからと、少々複雑な答え。
「初めてじゃなかったの?」
「ん、まぁ、色々有って」
そうして答えないのが夏侯覇らしい。彼がどれ程の闇を抱えているのか、馬岱にもよく判らない。ただ彼がそれを明かそうとしない限り、無理に開こうとは思わなかった。それはそれなりに、彼の中で均衡の取れている状態なのだろうから。
あの時本当はどんな風に抱きたかったのか。全て思うままにしようと思った。首筋に口付け、優しく身体中を撫でる。何度も何度も身体中に口付けを落とす。最初こそ「くすぐったいっしょ」と夏侯覇は笑っていたが、やがて声を殺して震えた。
愛しい身体は改めて見れば、馬岱よりよほど白くて、筋肉の付き方も随分違った。そうした細かい事を知りながら、時間をかけて夏侯覇を愛した。笑ったりなんなりしていたのは最初だけで、夏侯覇はすぐに顔を赤らめ震えたりして、敏感なんだねと言えば「そういう事言うの無し」とそれだけ言ってまた黙った。
夏侯覇は始終顔を手で覆ったり眼を隠したりしていた。それをどけて顔を見たいと思わなくもなかったが、今日の所はそっとしておく事にした。それにそうしている間は、抵抗も無く好きに出来て都合が良い。夏侯覇の若いそれを口に含んだ時は流石に引き剥がそうと少々手を髪に絡めてきたが、すぐに抵抗など止んでしまった。
震える脚を押さえつけて、強く吸ってやれば呆気無く精を吐き出した。残らず飲み干して、それでも少々舐め続けると、何か舌っ足らずに文句を言ったので口を放してやる。夏侯覇は涙さえ浮かべて、震えながら馬岱を見ていた。そこに恐れは無い。
可愛い。坊やは可愛いね。
額に口づけを落としながらそう言うと、夏侯覇は少々困ったように、「それ女の子に言う事っしょ」と答える。それも愛しくて、馬岱はうんうんと相槌を打ちながら、彼を抱きしめた。
この幸せが長く続かない事を、馬岱も夏侯覇も知っている。失う物の多い人生だったから。何処かで諦めているが、それ故に、今この幸せを抱きしめようと思う。
始終優しい行為が終わった後、二人で寄り添って眠った。その温もりが遠くない未来に失われると知っている。それでも、それでも今、それを抱きしめる。
それは不幸せな事だったけれど、今、彼らは確かに、幸せだった。
いつもの自室、いつもの寝台。だから夏侯覇は一瞬、あれは夢だったのかと思った。のろりと上げた腕が酷く痛み、手首に縛られた痕が有るのを見るまでは。
あぁ、あれ、夢じゃなかったんだ。
夏侯覇はぼんやりとそう考えて、それから両手で顔を覆った。
裏切られたとは思わない。勝手に信じたのは自分だ。馬岱の一族を殺したのが親族だというのは、最初から知っていた。その恨みは無いのだと、勝手に思ったのは自分だ。
そうして馬岱と接した事を、彼の方は疎ましく思っていたのだろう。本当はずっとずっと嫌われ、憎まれていたのだろう。それも判らず能天気に触れていた自分が悪いのだ。恨んではいけない。憎んでもいけない。馬岱という人は、とても良い人だった。あんなに優しく接してくれていた。あんなに人を、責めてはいけない。
責めるべきなのは自分だ。逃亡者の癖に、殺戮者の癖に、受け入れられていると信じてしまった自分だ。
涙が、止まらなかった。
極力何事も無かったように過ごしたつもりだった。それでも軍議等で馬岱と顔を合わせた時は、上手く笑えなかった。いつもより距離を置いてしまうし、眼も合わせられない。馬岱がどんな顔をしているのか、知るのが怖かった。夏侯覇はやや俯いて、皆から距離を知らないうちに取っていた。一番信頼していた馬岱に憎まれていた以上、誰との関係も信じてはいけないと思ったのかもしれない。
当然、そうした変化は気付かれた。気付いたのは劉禅だ。彼は気付く。他の者と違って、亡霊にとりつかれてはいないから。
劉禅は夏侯覇の部屋を訪れて、いつもの微笑みとのんびりした口調のままで言った。姜維とは少々境遇も似ている事だし、仲を深めてはどうか、彼も近頃仕事にのめり込み過ぎているし。それだけ言うと、彼はすぐに部屋を去った。
夏侯覇は実の所、劉禅が苦手だった。柔和そうな見た目とは裏腹に、何処か達観しているようなところが有って少々不気味なのだ。周りは彼を暗愚だとか優し過ぎるとか言っていたが、少なくとも夏侯覇はそう思った事が無い。どちらかと言えば、少々恐ろしい存在だった。
だがその時は素直に、劉禅の気遣いをありがたいと思った。姜維とはまるで性格が違うが、それ故に一緒に居るのはそれなりに好きだった。真面目で冗談も通じないような姜維を、下らない事で笑わせるのは楽しいし、彼もまたそれを嫌ってはいない、ように思う。もう、自分の予想など当てにはならないが。
一番仲良くしているのは馬岱なのに、姜維と接しろと言うあたり。夏侯覇は改めて、劉禅を怖いと思ったが、従う事にした。じっとしていても嫌な事ばかり考えて、辛いだけだ。
実際姜維を誘って出掛けた遠乗りは楽しかったし、少々だが気も紛れた。だがそれだけだ。解決にはならない。遠乗りをした三日後に、夏侯覇は遂に、ちょっとした拍子に酷く落ち込んでしまった。
日頃明るくしている反動で、自室で酷く塞ぎこむのは昔からよく有ったが、今度のそれはかなり重かった。壁際に座りこんで、ああでもないこうでもないとよくない事ばかり考えてしまう。ふと気付くと側に心配そうな姜維が居た。
俺、思ったよりこの国に馴染めてないみたい。いつもの癖で少し笑みさえ浮かべたまま、それでも上手く笑えずに泣きそうな声で言ってしまった。いつも北伐の事ばかり考えているような姜維は、意外な程優しい声で言う。
「貴方はこの国の為、義の為に尽力してくれている。私もそうだが、他の将達も皆、貴方を信じているし、共に闘う仲間だと思っている」
でも、と口を開いても、姜維は続けた。
「何が有ったかは知らないし、恐らく言いたくもないだろうが。もし貴方を良く思っていない者が居るとしたら、それはその者の問題であって、貴方のせいではない。確かに我が軍の中には、貴方を悪く言う者も居る。だがそれは大抵の場合、貴方の出世に対する嫉妬や、あるいは自らの処理しきれない負の感情に由来する物だ。貴方のような人を嫌う人はそうは居ないだろうし、もし貴方に何か言うなりするなりした者が居るなら、それはただ貴方が悪く、憎いという事ではないだろう」
「……俺、魏の将だぜ?」
「私も元はそうだ」
「夏侯の一族なんだぜ? この国の人、いっぱい殺した夏侯の」
「貴方の一族が、兵を率いてこの国の者を殺したのは間違いないだろう。だがそれは今のこの情勢で考えるべき事ではない。誰もが誰かの仇なのに、恨んでも仕方が無いだろう。ましてや我々は大抵の場合、お互いの正義の為に戦って死んだのだ。それを恨むのは筋違いだと私は思う。貴方も父親を殺したこの国の者達を憎んでいないし、まして貴方を追い詰めた者達が憎いというわけでもないだろう」
「……」
夏侯覇にはまだよく理解出来なかった。ありがとう、とだけ言っておいた。
おっちゃんが、ただ俺を憎いだけじゃなかったとしたら。
そう考えても、では他に何の理由が有って、あんな事をしたのか見当もつかない。ただ、本当に嫌いなだけの人間に、ああするのはおかしい、という事だけはなんとなく判った。夏侯覇にだって大嫌いな人間ぐらいは居て、そいつを憎いからと言って犯せるか、と考えたのだ。会いたくもないような相手、殺したり殴ったりは出来るかもしれないが、犯すなんてとんでもない。
だから憎いだけではなかったのだろうと、それぐらいは判った。ただそれ以上の事は全く判らない。ただ、馬岱の事ばかり考えていたせいだろうか。ふと気付くと、夏侯覇は馬岱の部屋の前に居て。
そして、馬岱の声を聞いた。
あの晩から、毎日同じ夢を見る。
夏侯覇が泣いている夢だ。苦しげに、悲しげに、何処かで。それが辛くて、馬岱は彼を探して走り回る。酷く暗い世界だった。入り組んだ建物の中をひたすら駆けて、ようやく暗い部屋の中に、夏侯覇が居るのを見つけた。
彼は従兄に暴力を振るわれていた。馬岱は思わず「止めて」と声を上げたが、馬超は聞こえていないのか、夏侯覇に乱暴をし続ける。
止めて若、坊やが何をしたって言うの。ただ曹操の一族だったってだけだよ、それを傷付けて何になるの。若の正義ってそういうものなの。
そう叫ぶと、ややして馬超は憎しみに顔を歪めたまま答えた。
俺達の一族は、お前を残して皆殺された。彼らが何をしたと言うんだ、傷付けて何になったというんだ。
馬岱は泣きそうになりながら、応えて叫ぶ。
だからこそ、あんな人とは同じになっちゃ駄目だよ、若! 許す事が出来ないなら、若も曹操と同じじゃないか!
すると馬超は、冷めた眼で馬超を見て。
なら、お前はこいつに何をした?
ふと気付くと、夏侯覇を殴り、犯しているのは自分になっていた。
ドンドン。
戸を叩く音に、馬岱は飛び起きた。半分現実の悪夢からは解放されたが、馬岱は何が起こったのか判らず、鼓動の早い胸を押さえながら戸の方を見る。
戸は開かないままだ。けれど何者かの気配を感じる。「誰だい?」と静かに問うても返事は無かったが、そのせいである程度推測が出来た。
「坊や……?」
声をかけながら、のろのろと寝台から出て、戸に近付く。返事も無く、戸は開かないままだったが、「坊や、そこに居るの?」と問えば、ややして小さな返事。
たまたま通りかかって。うなされていたから、起こさなきゃと思って。でも、おっちゃ……貴方は、俺に会いたくないだろうし。
あなた、という言葉が酷く悲しかった。そう呼ばれるだけの事をしたのだ、当然の報いだと思う。そっと戸に触れたが、馬岱もまたそれを開く事が出来ない。それが何故なのか、馬岱には判らない。
貴方にとって俺は憎い仇って奴で。なのに慣れ慣れしくして、貴方をどれ程追いつめたろう、あんな事をさせるほど、……ごめん。
夏侯覇の小さな声。馬岱の気持ちも知らずに、悲しげに謝罪する声。それが辛くて苦しくてたまらなかった。
悪いのは、坊やじゃない。
思わず戸を開いた。ビクリとした夏侯覇は、怯えたような眼で馬岱を見ている。そんな眼で見られる事が悲しい。自分は何がしたかったのだろう。本当はこの子に何を。
そう考えて、思うままに夏侯覇の身体を抱きしめた。愛したかった。愛したくてたまらなかった。なのにそれが出来ない。苦しくてたまらない。夏侯覇がまた乱暴されると思ったのか、腕の中で震えている。抵抗をしないのは、見当違いに己を責めているから、だろう。
どうしてそうやって、全部受け入れようとするの。もっと嘆いてもいいのに、もっと憎んでもいいのに。本当に愛しいと思う。ぎゅうぎゅう抱きしめる事が、彼をどれ程怯えさせているか判らないけれど、そうせずに居られない。
ややして、夏侯覇も馬岱の様子がおかしい事に気付いたらしい。小さな声で「……おっちゃん?」と尋ねられた。たまらなかった。そう呼ばれる事が好きだ、どうもそう歳は変わらないように思うけれど、そうして甘えられるのが心地良かった。一緒に笑うのも過ごすのも。ただ一緒に居るだけで。
それだけで、幸せだった。
ああ! と叫びそうになった。声が出なかった。苦しくて震えるだけだ。夏侯覇がのろのろと、馬岱の背中を撫でる。
おっちゃんどうしたの、俺で良かったら聞くよ、言える事なら言ってみて。夏侯覇の優しい声。それが辛い。苦しい。だから馬岱は吐き出すように言った。
俺は君に酷い事をした、それでも聞いてくれるの? 君はそれでも俺を好きで居てくれるのかい? 俺はね、俺は君が、君が好きでたまらない、愛しくてたまらないんだ、君の側に居るとね、俺も、俺も心から幸せだってそう感じる、でもそれがとてつもなく怖いんだ。
それはね、俺の一番好きだった人が、決して幸せではなかったからだよ、あの人はずっとずっと曹操を憎んで恨んで苦しんだまま死んでいった、それなのに俺が幸せになるなんてね、そんな事は許されない、許されないんだよ。
震えながらそう言う。夏侯覇はしばらく何も答えなかったが、やがてのろのろと応える。
「おっちゃん、俺、おっちゃんの大事な人も、おっちゃんの事もホントはよく判らないけど。でもさ、俺、……俺父さんとか、郭淮とか、とにかく昔から知ってる人達には、笑顔で居て欲しいって思ってるわけ。そしたらさ、きっと父さん達、俺が謀略で死んだら泣くだろうなって思ったんだ。どうせ死ぬなら戦場で、って思うだろうって。本当はどう思われてたかは判らないぜ、でも俺はそうだと思った、だからここに来たんだ」
「……うん」
「おっちゃんもきっと、その人に笑ってもらってほしかったんだよな。おっちゃんはそれを望んでいたんだろ? ならきっと、その人だっておっちゃんにそれを望んでたはずだよ。どうしておっちゃんのそれほど大事な人が、おっちゃんが傷付く事を望むわけ? こんなに苦しそうなおっちゃんの顔、本当に望んでると思うの?」
そっと頬を撫でられる。それでやっと、涙が幾つか溢れた。若い頃に沢山泣いたから、もうあまり溢れたりはしないけれど、それでも。喉が焼けるような感覚。唇が震えた。
「でも、でもね、若は……幸せじゃなかったんだよ」
「本当に? その若様って人は、おっちゃんと居て幸せじゃなかったの? こんなに思ってもらってるのに? 思い出してみてよ、本当にその人は、幸せじゃなかったの?」
そう言われて、初めて思い出した。最後の時、従兄は馬岱の手を握って、弱弱しくだったが、笑った。一緒に居てくれてありがとうと、力無い声だったが、穏やかにそう言った。それからポロポロと従兄との思い出が溢れてくる。確かに彼は憎み恨み続けていた、けれど、それでも自分に笑いかけてもくれていた。復讐の鬼だった、それでも、それでも。
「……若は、……若は俺と居て幸せだった?」
応える者の居ない問い。ただ、夏侯覇が問いかけた。おっちゃんは、若様と一緒に居て幸せじゃなかったの? その言葉にまた身体が震えた。
ああ、若の側に居るのが好きだった、確かに彼は変わってしまったけれど、でもそれでも、側に居るのが好きだった。恐らく、あの頃、自分は幸せだった。恐らく、若も。
「だから、だからなんていうか、その。おっちゃん、幸せになったって、いいんだぜ……?」
それが俺でいいのか判んないけど。そう言われたから、馬岱は抱きしめたまま、彼の額に口付けた。君じゃなきゃダメだ、と呟けば、そっか、と少々恥ずかしげな答え。
「なら、おっちゃんのしたいようにしても、いいよ。まぁその、なんてーか、怖いのとか痛いのとかは、勘弁だけど」
出来る限り優しく身体を撫でて、口づけを落とした。あの時のような乱暴さを感じさせないように、出来るだけ。怖くないかい、と問えば、大丈夫慣れてるからと、少々複雑な答え。
「初めてじゃなかったの?」
「ん、まぁ、色々有って」
そうして答えないのが夏侯覇らしい。彼がどれ程の闇を抱えているのか、馬岱にもよく判らない。ただ彼がそれを明かそうとしない限り、無理に開こうとは思わなかった。それはそれなりに、彼の中で均衡の取れている状態なのだろうから。
あの時本当はどんな風に抱きたかったのか。全て思うままにしようと思った。首筋に口付け、優しく身体中を撫でる。何度も何度も身体中に口付けを落とす。最初こそ「くすぐったいっしょ」と夏侯覇は笑っていたが、やがて声を殺して震えた。
愛しい身体は改めて見れば、馬岱よりよほど白くて、筋肉の付き方も随分違った。そうした細かい事を知りながら、時間をかけて夏侯覇を愛した。笑ったりなんなりしていたのは最初だけで、夏侯覇はすぐに顔を赤らめ震えたりして、敏感なんだねと言えば「そういう事言うの無し」とそれだけ言ってまた黙った。
夏侯覇は始終顔を手で覆ったり眼を隠したりしていた。それをどけて顔を見たいと思わなくもなかったが、今日の所はそっとしておく事にした。それにそうしている間は、抵抗も無く好きに出来て都合が良い。夏侯覇の若いそれを口に含んだ時は流石に引き剥がそうと少々手を髪に絡めてきたが、すぐに抵抗など止んでしまった。
震える脚を押さえつけて、強く吸ってやれば呆気無く精を吐き出した。残らず飲み干して、それでも少々舐め続けると、何か舌っ足らずに文句を言ったので口を放してやる。夏侯覇は涙さえ浮かべて、震えながら馬岱を見ていた。そこに恐れは無い。
可愛い。坊やは可愛いね。
額に口づけを落としながらそう言うと、夏侯覇は少々困ったように、「それ女の子に言う事っしょ」と答える。それも愛しくて、馬岱はうんうんと相槌を打ちながら、彼を抱きしめた。
この幸せが長く続かない事を、馬岱も夏侯覇も知っている。失う物の多い人生だったから。何処かで諦めているが、それ故に、今この幸せを抱きしめようと思う。
始終優しい行為が終わった後、二人で寄り添って眠った。その温もりが遠くない未来に失われると知っている。それでも、それでも今、それを抱きしめる。
それは不幸せな事だったけれど、今、彼らは確かに、幸せだった。
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プロフィール
Google Earthで秘密基地を探しています
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妄想と堕落
自己紹介:
浦崎谺叉琉と美流=イワフジがてんやわんや。
二人とも変態。永遠の中二病。
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