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めでぃのくの日記
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2009-12-09 (Wed)
 伊達編をちょっとすすめましたけど、今回は公式の馬鹿が多いですね

 
 以下、SFねこの11
 あと2回か3回……どうしようかな

 居ても立ってもいられず。元就は走っていた。光秀の家へ、とひたすらに走る。原始人でもあるまいし、何故自分がこんな肉体労働をしているのか、途中で判らなくなった。ろくに使っていない身体はすぐに悲鳴を上げて、息が上がり、意識が朦朧としてくる。その度に「元親を助けねば」とそれだけを言い聞かせて、よろよろと走り続けた。

 おかげで光秀の所へ着くころには、元就はへとへとで、もう脳にもロクに酸素が回っていないようなありさまだった。インターフォンをならし、外部入口の認証システムに指を押しこみ、来客許可が下りるとエレベーター前の廊下へ。そこでようやく、光秀がモニターに顔を出した。

『おや毛利殿。どうしました、こんな朝早くに。……それに、貴方大丈夫ですか?』

 疲れ果てた様子の元就に、光秀は眉を寄せた。元就はモニターに向かって僅かに笑み、「大丈夫だ」と短く答え、姿勢を正す。

「すまぬな、明智、いや、実は……」

 そうしてようやく、光秀に対し元親の所在を聞く事が、即ち無断で猫を飼っていた証になってしまう事に気付いた。が、もはや都合の良い逃げ口上を思いつくような状況も余裕もなかったので、元就は諦めた。

「……そなた、今朝がた、我のラボの近くで猫を狩ったであろう。実は、あれは我の……」

『あぁ。やはり貴方がかくまっていたんですか』

「……かくまう?」

 想定していなかった言葉に、元就が怪訝な顔をすると、光秀は「おや」と首を傾げる。

『彼は貴方に説明しなかったのですか? てっきり私は、貴方がその優しいお心につけこまれていたのだと思っていましたが……巧妙なのにどこか変ですね、彼の言動は』

「何を、……何を言っている? あの……元親は、何者だ? 何故そなたは彼を狩った?」

『元親? 彼に名までつけたのですか。気に入られたものですね。いいでしょう。ならば貴方には無関係な話というわけでもない』

 光秀は微笑みを浮かべて、静かに告げた。

『アレは私の実験体、W-0893-02-Aです。私が実験用に捕獲した、特別な猫。そして彼はその飛びぬけた知能でラボを脱走し、尾行を防ぐためにコロニーのシステムまで破壊して……そして、貴方の前に現れた。善良な猫のような顔をしてね』




 光秀の部屋に通され、彼の側からの真実を聞いた。

 研究材料の調達の過程で、彼は偶然にも、知能を持った猫を発見した。心を読み、言葉を操る猫……即ち元親である。光秀はしばらく元親を観察、計測して、その末に結論を出す。

 人間と同等の知性を持つ個体であれば、知性に関わる実験はかなりの制度を示すだろう。光秀の研究は、知性体から知性を残して意思を奪うものだ。今までも猫で何度か実験したが、経過は良好だった。しかし相手は知性の無い猫。意思だけが消えたのか、判断出来ない。

 だから元親の存在は、光秀にとって魅力的だった。人と殆ど変らない知性に実験を施せば、意思だけが奪えたかどうか、ハッキリと判る。元親は脳に投薬されるはずだった。

「しかし私は彼の知性を見くびっていました。実験の当日、彼は入れていた部屋から脱走し、私の実験道具とコンピューターを半壊させ、ついでにコロニーの機関部へ侵入、そしてシステムまでも壊した。覚えているでしょう。いつだったか、コロニーが冷え切った日です。あの日ですよ」

「……我が元親を拾ったのも……その日だ」

 細い身体で、薄汚い姿で、寒さに震えて、こちらを見て微笑んだ。とてもそんな事をしでかした後のようには、見えなかった。

「えぇ、そうでしょう。彼は貴方に目星をつけてから、脱走していると思います。あの日の前日、貴方は私のラボへ視察に来ています。その時に彼は、貴方を覚えた。システムを破壊し、チップを埋め込んだ首輪を下水に捨て、彼は貴方の元へ。そこからは貴方の方がよくご存じでしょう」

 その間に光秀は元親を探すため、コンピューターを実験道具を修復する作業に取り掛かる。それに随分時間がかかった。首輪から発信されるデータをかろうじて突き止め、なんとかコロニーの外に有ると判った。車に乗り込み、海まで行って、浜辺に落ちた首輪だけを見つけた。光秀は落胆と怒りを覚えながら、コロニーへ戻り、さらにコンピューターを修復する。

「生体にチップを埋め込んでいた事は、彼も知らなかったようです。完全に治ったところで、ようやくそのチップからデータを取れました。驚きましたよ、座標は貴方の家でした。でも行ってみれば、随分と成長した彼が外で座っていた。あまりに大きかったので、抵抗されてもこまるから撃ちましたが。大丈夫、気絶しただけですよ」

「……元親は、何故外に……? 我の部屋も片付けていた。何を考えたのだ?」

「さぁ、貴方を守ろうとでもしたのでは? 私の所有物を無断で持っていた事になりますから。私が居場所を突き止めた事が、彼には判ったのでしょう。それで隠ぺい工作をしたのかもしれません。全く、頭の良い事です」

「明智の、所有物……」

「えぇ、そうですよ。私の実験動物です。……あぁ、先に言っておきますが、譲るつもりはありませんよ。私は貴方の友人で有る前に、一人の研究者です。あれほどのモルモットを手放したりなど。貴方も判るでしょう? 限りなく人に近い被検体です。是非、我々の研究の集大成にしたい。今日にでも実験用カプセルに入れて、脳に注射をする予定です。ご心配無く。予備実験ではそこそこの結果を出していますから、死ぬような事はありません。実験が終わったら、貴方にあげてもいいですよ」

 光秀は上機嫌にそう言うと、コンピューターに向かった。元就はただその場に立ち尽くして、何も出来なかった。



 光秀の言っている事は何処までも正しい。知性の有る猫は最高の実験体だ。人に最も近いと言える。それが光秀の所有物なら、元就にはどうする事も出来ない。不法に飼っていたのだから、何の権利も無い。そして猫はあくまでモルモットであり、情を持つような相手ではない。

 お互い研究者であり、研究を第一としている身だ。良く判っている。以前の元就なら、決して顧みなかった。あるいは目を反らして、光秀に意見するような事はなかっただろう。

 だが、今の元就は違う。

 はっきりと、元親を助けたいと、守りたいと思っていた。

 ここで引いてしまえば、元親は光秀の物として実験に使われる。元就は光秀を研究者として信用していたが、万が一、元親が失われるような事があったら、と考えて、心が震えた。

 一人きりの部屋、無機質な睡眠、ただ胃に流し込むだけの食事、そしてただただ研究に明け暮れる日々。信じられないほど、それが怖かった。元親に出会うまで、そうして生きていたはずなのに、とても戻れる気がしない。

 元親は打算が有って、自分の元を訪れたのかもしれない、利用していただけなのかもしれない、と思わなくもない。それでも、それほどの幸せをくれた元親を憎む事も、見捨てる事も決して出来ない。

 元親を取り戻す方法をいくつか考えた。最低な事も。光秀を殺すという選択しさえ浮かんだ。合理性が見いだせず、すぐに消えたけれど。

 例えば元親が特別でない、と明かせばどうだろう。他の猫も知性が有ると、代わりは幾らでも居ると教えれば。……いやだめだ。猫も元親も、それを望んでいない。彼らに対する裏切りになってしまう。代わりの猫を連れて来ても同じだ。元親を取り戻せても、心穏やかな日々が戻って来るとは思えない。良心が痛み続けるだろう。

 では。

 では、もう、そうするしか、ないではないか。

 元就はその結論を見つめて、長い間悩んでいた。考えても考えても他に良い方法は思いつかず、そして元親を見捨てる事も選べない。

 元就はじっと考え込み、やがて光秀に目を向ける。彼は忙しなくコンピューターにデータを打ちこんでいた。実験の為のものだろう。機嫌が良さそうだった。

「……明智」

「はい?」

 顔も見ずに光秀が返事をする。そんな彼に向かって、元就は言う。

「代わりの実験体が有れば、元親は必要無いな」

「えぇ、代わりが有れば。ですがそんなモノは容易には見つから……」

「我を使え」

 光秀の手が止まった。

「我は研究者だ。実験に使える。それに本物の人間だ。結果は最も正確に出る。しかも我の遺伝情報は保存されているから、幾らでも複製可能だ。我がもし死んだとしても、代わりは居る」

 光秀がこちらを見る。無表情だった。

「ただし、条件が有る。万が一、実験に失敗した時は、我が死ぬまで、我と元親の面倒を見てくれ。その代わり、我を使って良い。無論、元親の所有権は、実験が成功するか否かに関わらず、我に移し、今後一切元親を実験に使ってはならぬ。……どうだ」

 光秀は長い間、黙った後。小さく、本当に小さく。

「……本当に、貴方を使って、いいんですね?」
 
 と、震える声で言った。

「どうしてそんな事を? 本当に良いんですか? 以前の貴方なら、決してそんな事は言いませんでした」

「そうだな。だが元親は我にたくさんのものをくれた。我の人生を満たしてくれた。我にそれだけの事を与えてくれた、素晴らしい生だ。それに比べて我は何だ。研究するしか能が無く、しかもその研究は何の結果も出せず、猫の命を奪うばかり。我は、……我は、クズだ」

「毛利殿」

「ずっとずっと判っていた。だが怖かったのだ。自分が実験体になれば良かったのに、クズのくせに自分の命が惜しかった。だがもう良い。覚悟は決めた。我などより元親はよほど素晴らしい存在だ。それを守れるのなら、このつまらぬ命も、身体も差し出そう」

 二人は目を反らさない。また長い間、部屋を沈黙が満たす。

「……怖くないのですか」

「怖いとも。怖くてたまらぬ。今すぐ逃げたい。死ぬのは嫌だ。だがな、それよりも、元親の居ない暮らしが恐ろしい。一人きりの部屋、無限に続く研究と意味も味気も無い人生! そんなもの……そんなものは要らない。元親が居ないのは、我が死ぬのと同じだ。なら……なら我を使えば良い。それで元親が助かるなら……」

 光秀はちらりとラボへと続く扉を見た。元就もそちらを見る。無機質な金属の扉。その先には研究室や、実験用カプセル、手術室、猫達の収容室、そして……その何処かに、元親が。

 今も心は読まれているのか、元親は怒るだろうか。……怒るだろう、自分を愛せと言っていたのに、こんな事をして。それでも元親を救いたかった。自分の事などは、本当はどうでも良かったのだ。所詮は「毛利元就」のコピーナンバー6であって、生命の神秘さえ、この肉体には宿っていない。作られたのだから、壊されても仕方が無い。

 こんな作り物のつまらない命が、元親のような優しい命を救えるのなら、それが良い。

 光秀はやがて、元就の肩に手を置いて。

「優しくします。痛くは……しません」

 そう、呟いた。

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