基本的には作品は書いてから相談するほうなので、
今浦崎さんと相談しながらお話を考えているのが新鮮で楽しいです
いいお話になればいいなあ
ちゃんと登場人物全員にとんでもないトラウマつけといたよ!!
以下、ナリチカの続き。険悪です。
今浦崎さんと相談しながらお話を考えているのが新鮮で楽しいです
いいお話になればいいなあ
ちゃんと登場人物全員にとんでもないトラウマつけといたよ!!
以下、ナリチカの続き。険悪です。
俺は本当に困っていた。
記憶が無いとは言え、毛利の言い分によれば俺はアイツを連れ込んだらしい。確かにここは俺の部屋だし、俺が連れて来たんだろう。という事はアイツがゲストなわけで、俺はそれなりのおもてなしをしなくちゃあならねえ。
朝が来たわけだから、朝飯を作ってやらなくちゃならないんだが、冷蔵庫にロクなモンが無い。仕方なく有り合わせの材料で朝食を作ったら、結局目玉焼きパンというとんでもなく貧相な食い物が出来上がった。目玉焼きをパンの上に乗せただけ。それにインスタントコーヒー。それが今日の朝食の全てだ。
毛利の奴はパンをしげしげと見つめてからもぐもぐやった。特に文句も言わず食べきったので、酷くはなかったんだろう。実際俺は「アニキの料理って、大胆で質素なのになんでかめっちゃ旨いッスよねー!」とか言われる事もしばしばなので、自信が無いわけじゃなかった。だがこうして食事を共にするにゃあ、俺達には話題も無く、アイツは会社の社長でしかもいけ好かない奴というわけで、ひたすらにTVが喋ってるだけの朝になった。
昨夜の俺が何をしでかしてしまったのか、詳しく聞きたい気もしたが、聞かないほうがいいような気もした。どうせとんでもない事をやらかしているんだ。でなけりゃこんな展開になるはずもねえ。毛利も毛利だ。俺は記憶を失うほどベロベロだったわけで、アイツだって相当量飲んでるはずなのにケロっとしやがって。という事はまだつぶれてなかったという事だ。判断能力はかろうじて残っていただろうに、なんで部下の部屋なんかに。しかも部下を犯したりなんか。いや抱いたりなんか。おまけに男だ。立派な男だ。なんで男なんかと。
俺のほうはまだ、高校時代から男とも女とも寝ているわけで、だからそういう意味では驚く事も無いし、生娘みたいに悲しむ事も無いんだが。とにかくコイツが理解出来ない。「そういう流れになったから」で男は男を抱けるのか? 絶対におかしいだろ。
ただでさえセックスなんぞというものは、極度に美化された生物の結合って奴で、性器はグロいし液体はダラダラ出るしの最悪の行為だ。冷静な目で見りゃあこれほど気持ちの悪い行為もそうは無い。言っちまえば他人の内臓にぶち込んでグチャグチャやるというわけで、これだけ聞いたらただのスプラッターの世界だ。そういう行為が美化されるのは、気持ちいいという実益と、そして相手が好きだからという究極のフィルターが有るからだ。相手に好意が有るから、気持ち悪さに気持ち良さが勝る。つまり俺とアイツがセックスしたって、気持ち悪さがMAXのはずなんだ。本来は。
だのに俺達は寝た。寝てしかも最終的に寄り添っていた。なんなんだこれは。俺はどうしてアイツを抱け、いや、アイツに抱かれる事が出来たんだ。判らねぇ。全然判らねぇ。自分が心底理解出来ねえ。改めて、死にたい。
午前10時になると、アイツはいそいそとスーツを着始めた。ご丁寧に床に畳んであったので皺はあまり無い。「邪魔をした」と言ってアイツは家を出ようとする。俺は止める理由も無く、さりとてなんと送っていいかも判らず、ただアイツについて玄関まで行く事しか出来なかった。
上等のスーツ、上等の革靴。コイツは金持ちで、インテリで、ブルジョワで、そして金持ちなんだと思う。何しろ玄関を出たら、知らない男が立っていて、俺を睨みつけた後で、アイツにお辞儀をした。アイツは特に何も言わずに家を出る。
そしたら知らない男が俺につっかかってきた。なにやら「元就様は由緒正しき財団大内の血族である毛利の血を引く方であられて、」「貴様のような下賤の民の家に泊るなどありえぬ事で、」「ましてや元就様を拉致しこの家の中に監禁するなど不届きにもほどがある、」「もう少し遅かったら警察を呼ぶつもりで、」などと激しく言いまくった。俺は何か言い返そうとするんだが、とにかくマシンガントークで「元就様は貴様のような」とか「貴様らのような貧民を元就様がお救いになるとおっしゃられているのだからありがたく思え」とかまくしたてるんでどうにもならない。
やがて「止めよ」とアイツが言って、それで男は黙った。一礼をすると、そそくさと道路へ向かう。車を停めているらしい。良く駐禁とられなかったなぁ。
で、毛利は俺のほうをもう一度見て、
「楽しかった。良ければまたこういう機会を得たいものだ。それと、例の文献は非常に良かった。また続きを読ませてくれ」
「ぶんけん??」
俺は首を傾げたけど、毛利のほうは「世話になった」とそれだけ言って車に向かってしまった。俺はあっけにとられて、ただその背中を見送るしか出来ない。
毛利が見えなくなってから、部屋に戻る。文献、文献? と辺りを見渡すと、何故だか漫画が数冊、テーブルの上に置いてあった。恥ずかしい事には俺の秘蔵の少女漫画だ。げ、と思わず声に出してしまった。
すごく気に入ってる少女漫画ではあるんだが、なにしろ少女漫画だ。恥ずかしいから押入れの中に隠している奴で、よほど親しい人間にも見せていない。のに、俺は出したんだ。アイツがいる時に。そして恐らくアイツは読んだ。
本当に死にたい。
これからまた一杯やろうと思った。
+
「アニキ、どうしたんッスか?」
声をかけられて我にかえった。どうもボウっとしてたらしい。最近いつもこんな感じだ。仕事中にも、アイツとどうして寝る羽目になったのか思いだそうとしている。少しも思い出せない。
「アニキ、この図面の事なんスけど」
若いのに図面を見せられ、慌てて頭を仕事モードに切り替える。
俺達の仕事はでっかい機械を作る仕事だ。といっても、設計だとか販売だとかは別の会社、つまり親会社がやってる。うちは下請けって奴だ。ひたすら言う事を聞いて、作って渡す。それが俺達の仕事だが、個人的にはこの仕事も悪くないと思っている。そもそも俺は機械というのが好きだし、何もしなくたって新しい機械を作ったり動かしたり出来るってのは楽しい事だ。だから俺には仕事に対する不満は、あまり無い。
そんな仕事だから、社員はともかくアルバイトとパートはド素人もいいところだ。安くあげようってんだな。おかげで俺の仕事は連中の質問に答える事、みたいになっちまった。まぁ仕方無ぇやな。オームの法則を中学でやって以来、なんて若造やオバサンしか居ないんだから。電圧だ電流だのと言っても通じるわけない。こうしろああしろっていちいち命令しなけりゃあ、何も出来ない。それがこの会社のアルバイトとパートだ。
それでも奴らは人数が多いという点で、この会社の主戦力になっている。どんな立派な大学を出ても、人間は一人で二人分の仕事は出来ない。だから彼らも重要な戦力だ。それをアイツは容赦無くぶった切って、今はかつての半分しか居ない。正直、仕事はすげぇ忙しい。そのおかげで儲かってるんだから複雑だ。
「あ、」
バイトが声を出したので振り返ると、アイツが歩いていた。ようやっと出社したらしい。アイツは社員の誰にも挨拶せず、また社員も誰も挨拶しない。そのままアイツは突っ切って、二階の事務所に行ってしまった。
アイツの事は社員一同、複雑な眼で見ている。少なくとも経営者としての腕は一流だが、なにしろ人としてどうなのか。あまり会社に来ないし、来たら来たで一日中事務所でパソコンとにらめっこしたり、急に呼びつけて命令を下したりする。アイツがどんな人間なのか、未だに誰も知らないし、知ろうともしない。知りたくもない。
……いや、俺に関しては、知りたい。少なくとも、あの夜に何が有ったのか。
と、事務所に行ったはずのアイツが下りてきた。
「長曾我部、話が有る」
アイツはそれだけ言って、また事務所に上がって行く。俺は他の社員に肩を竦めてみせて、事務所へと向かった。緩衝材である俺は、どちらの味方もしなくちゃあならない。難儀なもんだ。
事務所に行くと、アイツはプリンターの前に座って、何かを印刷していた。俺は促されるままに近くの椅子に座る。アイツは特に世間話もせず、単刀直入に切り出した。
「重大な不良が有ったそうだ」
「不良? ……俺達の仕事にか?」
アイツはただ頷いて、印刷した書類を俺に手渡す。
「我はそなたらの仕事内容に詳しくない。具体的にどういう不良なのか、皆目見当がつかぬ」
「……なんだこりゃあ」
一通り眼を通して、俺は呆れた。
「こんなのは、不良じゃねえ」
「ほう」
「言ってみれば、カレーに入れる肉をヒレにするつもりがカルビだったようなもんだ。大した事じゃあねぇ。肉は入ってる。カレーは作れる。なんの問題も無ぇ事だ」
「なるほど。しかし牛ヒレカレーにカルビが入っていたならばこれは詐欺と変わらぬな」
「そうだけど、そりゃ例え話であってだな……」
「つまりそなたが言いたいのはこうだな。科学的、電気的、機械的にそなたらの仕事は全く間違ってはおらぬ。しかし顧客の要望と異なる。しかもその指定は、そなたにとって強制する意味が理解出来ぬものだと」
アイツは低めの声で、淡々と言う。俺を見ている。睨みつけているような眼は、良く見ると鋭い一重だ。こいつは見た目で損をしているな、と少しだけ思った。なにしろ、俺はまだ攻撃されているわけではないのに、何故だか不愉快な気持ちになっているから。
「そうだよ。こんなのに従う理由は無いし、こんな事で重大なミスだなんて言われるのは心外だ」
「しかし長曾我部。それが顧客の要望である以上、それを違えた事は即ちミスだ」
「だが」
「長曾我部」
毛利は一度手の平を見せて、俺を制す。暗に「お前と言い争うつもりではない」と言っているようだ。
「それが相手の常識であるならば、仕事を受けている以上、それに従うのが当然であろう」
「常識? こりゃ常識でもなんでも無ぇ、あっちが勝手に作ったルールだぜ」
「ルールとはその組織内での常識だ」
「だが」
「そなたの言いたい事は良く判る。常識とは都合の良い時に持ち出され、都合良く消えたり増えたりを繰り返す、曖昧なものだ。しかもそれを振りかざす事も有る。だが郷においては郷に従えと言うように、我らの立場が弱い以上、こちらが不利でなければ従うのが当然だ。それほどどうでも良い事ならば、改善する事も容易であろう」
「……」
「無論、我とて相手の要求が明らかに常軌を逸脱し、また我らにとって不利益な物ならば、戦うだろうがな。……常識とは恐ろしきものだ。この会社の前の社長もまた、常識に囚われておった。義理と人情で経営は成り立つと、どのような人間も等しく雇い続けると。それが甲斐性だと信じておった。またそなたらも、そうであって当然だとな」
「……違うってのか?」
前社長はいいオッサンだった。確かに毛利よりは手腕は劣るが、社員思いのいい人だった。それを否定されたのが癪で食ってかかる。毛利は一度窓の外を見て、それから言う。
「違うとは言わぬ。正しいとも言わぬ。我が正しいとも言わぬ。だが我が間違っているとも言わせぬ。我の言動が気に入らぬのはそれでいい、だが否定したいならば根拠を出すがいい。そなたらの愛するあの社長は、会社を傾けた。改善出来なかった。いずれそなたらは解雇ではなく倒産による失職という結果を受け入れる事になった。前社長のやり方が間違っているとは言いきらぬ。だが我のやり方が正しくないと言いたいのならば、前社長が正しいと言いたいのならば、少なくとも我のやり方以上の利益を上げてから言うべきであろう。不満が有るならば「自分に経営を任せてほしい」とでも言えばいい」
「……そりゃあ、言えりゃあいいけどよ」
反論に困って、俺は机の上に眼を落とす。正しいと、違うと言いきってもらえりゃあ、憎くもなれるのに、自分が正しいとは限らないと引かれちゃあ、俺も無条件に否定する事は出来ない。相手が結論を出して無いのに、喧嘩をしたって時間の無駄だ。
ふと机の上に、グラフの印刷された紙を見つけた。良く見るとバイト達の名前が書いてある。棒グラフがたくさんと、横に走った線が有る。何か嫌な感じがして、これは何かと尋ねた。
「標準作業時間を下回っておる者だ。効率が悪い者達という事だな。中には通常より4、酷い者には8時間オーバーしている者もいる」
「また首を切ろうってのか? いい加減にしろよ。もういっぱいいっぱいだぜ。それにな、このD部の奴は持病が有って長時間は働けないんだ。まぁアンタは容赦無く首ぃ切るんだろうけどよ」
「……」
毛利は少し黙って、それから俺に背を向ける。
「そなた、働きアリの法則は知っておるか」
「あん? アリがどうしたってんだ」
「……まぁ良い。しばらくはこれ以上の削減は行わぬ。それと、その病人を我が何故解雇しなかったか、判らぬか」
「判らねえよ。判るわけねぇだろ」
「……そうか。なら良い。とにかく不良に対する改善策を書面にして提出せよ。それを全ての所属する者に配布するがよい。二度は許さぬ」
仕事に戻れ、と素っ気なく言われて、俺は腹が立ったが、静かに事務所を出た。
これほど反りの合わない奴と寝るなんて、これは交通事故みてぇなもんだったとしか思えねえ。不幸な事故だったんだ。そう思うしかなかった。
++
大企業ってすごいなーと思う今日この頃
記憶が無いとは言え、毛利の言い分によれば俺はアイツを連れ込んだらしい。確かにここは俺の部屋だし、俺が連れて来たんだろう。という事はアイツがゲストなわけで、俺はそれなりのおもてなしをしなくちゃあならねえ。
朝が来たわけだから、朝飯を作ってやらなくちゃならないんだが、冷蔵庫にロクなモンが無い。仕方なく有り合わせの材料で朝食を作ったら、結局目玉焼きパンというとんでもなく貧相な食い物が出来上がった。目玉焼きをパンの上に乗せただけ。それにインスタントコーヒー。それが今日の朝食の全てだ。
毛利の奴はパンをしげしげと見つめてからもぐもぐやった。特に文句も言わず食べきったので、酷くはなかったんだろう。実際俺は「アニキの料理って、大胆で質素なのになんでかめっちゃ旨いッスよねー!」とか言われる事もしばしばなので、自信が無いわけじゃなかった。だがこうして食事を共にするにゃあ、俺達には話題も無く、アイツは会社の社長でしかもいけ好かない奴というわけで、ひたすらにTVが喋ってるだけの朝になった。
昨夜の俺が何をしでかしてしまったのか、詳しく聞きたい気もしたが、聞かないほうがいいような気もした。どうせとんでもない事をやらかしているんだ。でなけりゃこんな展開になるはずもねえ。毛利も毛利だ。俺は記憶を失うほどベロベロだったわけで、アイツだって相当量飲んでるはずなのにケロっとしやがって。という事はまだつぶれてなかったという事だ。判断能力はかろうじて残っていただろうに、なんで部下の部屋なんかに。しかも部下を犯したりなんか。いや抱いたりなんか。おまけに男だ。立派な男だ。なんで男なんかと。
俺のほうはまだ、高校時代から男とも女とも寝ているわけで、だからそういう意味では驚く事も無いし、生娘みたいに悲しむ事も無いんだが。とにかくコイツが理解出来ない。「そういう流れになったから」で男は男を抱けるのか? 絶対におかしいだろ。
ただでさえセックスなんぞというものは、極度に美化された生物の結合って奴で、性器はグロいし液体はダラダラ出るしの最悪の行為だ。冷静な目で見りゃあこれほど気持ちの悪い行為もそうは無い。言っちまえば他人の内臓にぶち込んでグチャグチャやるというわけで、これだけ聞いたらただのスプラッターの世界だ。そういう行為が美化されるのは、気持ちいいという実益と、そして相手が好きだからという究極のフィルターが有るからだ。相手に好意が有るから、気持ち悪さに気持ち良さが勝る。つまり俺とアイツがセックスしたって、気持ち悪さがMAXのはずなんだ。本来は。
だのに俺達は寝た。寝てしかも最終的に寄り添っていた。なんなんだこれは。俺はどうしてアイツを抱け、いや、アイツに抱かれる事が出来たんだ。判らねぇ。全然判らねぇ。自分が心底理解出来ねえ。改めて、死にたい。
午前10時になると、アイツはいそいそとスーツを着始めた。ご丁寧に床に畳んであったので皺はあまり無い。「邪魔をした」と言ってアイツは家を出ようとする。俺は止める理由も無く、さりとてなんと送っていいかも判らず、ただアイツについて玄関まで行く事しか出来なかった。
上等のスーツ、上等の革靴。コイツは金持ちで、インテリで、ブルジョワで、そして金持ちなんだと思う。何しろ玄関を出たら、知らない男が立っていて、俺を睨みつけた後で、アイツにお辞儀をした。アイツは特に何も言わずに家を出る。
そしたら知らない男が俺につっかかってきた。なにやら「元就様は由緒正しき財団大内の血族である毛利の血を引く方であられて、」「貴様のような下賤の民の家に泊るなどありえぬ事で、」「ましてや元就様を拉致しこの家の中に監禁するなど不届きにもほどがある、」「もう少し遅かったら警察を呼ぶつもりで、」などと激しく言いまくった。俺は何か言い返そうとするんだが、とにかくマシンガントークで「元就様は貴様のような」とか「貴様らのような貧民を元就様がお救いになるとおっしゃられているのだからありがたく思え」とかまくしたてるんでどうにもならない。
やがて「止めよ」とアイツが言って、それで男は黙った。一礼をすると、そそくさと道路へ向かう。車を停めているらしい。良く駐禁とられなかったなぁ。
で、毛利は俺のほうをもう一度見て、
「楽しかった。良ければまたこういう機会を得たいものだ。それと、例の文献は非常に良かった。また続きを読ませてくれ」
「ぶんけん??」
俺は首を傾げたけど、毛利のほうは「世話になった」とそれだけ言って車に向かってしまった。俺はあっけにとられて、ただその背中を見送るしか出来ない。
毛利が見えなくなってから、部屋に戻る。文献、文献? と辺りを見渡すと、何故だか漫画が数冊、テーブルの上に置いてあった。恥ずかしい事には俺の秘蔵の少女漫画だ。げ、と思わず声に出してしまった。
すごく気に入ってる少女漫画ではあるんだが、なにしろ少女漫画だ。恥ずかしいから押入れの中に隠している奴で、よほど親しい人間にも見せていない。のに、俺は出したんだ。アイツがいる時に。そして恐らくアイツは読んだ。
本当に死にたい。
これからまた一杯やろうと思った。
+
「アニキ、どうしたんッスか?」
声をかけられて我にかえった。どうもボウっとしてたらしい。最近いつもこんな感じだ。仕事中にも、アイツとどうして寝る羽目になったのか思いだそうとしている。少しも思い出せない。
「アニキ、この図面の事なんスけど」
若いのに図面を見せられ、慌てて頭を仕事モードに切り替える。
俺達の仕事はでっかい機械を作る仕事だ。といっても、設計だとか販売だとかは別の会社、つまり親会社がやってる。うちは下請けって奴だ。ひたすら言う事を聞いて、作って渡す。それが俺達の仕事だが、個人的にはこの仕事も悪くないと思っている。そもそも俺は機械というのが好きだし、何もしなくたって新しい機械を作ったり動かしたり出来るってのは楽しい事だ。だから俺には仕事に対する不満は、あまり無い。
そんな仕事だから、社員はともかくアルバイトとパートはド素人もいいところだ。安くあげようってんだな。おかげで俺の仕事は連中の質問に答える事、みたいになっちまった。まぁ仕方無ぇやな。オームの法則を中学でやって以来、なんて若造やオバサンしか居ないんだから。電圧だ電流だのと言っても通じるわけない。こうしろああしろっていちいち命令しなけりゃあ、何も出来ない。それがこの会社のアルバイトとパートだ。
それでも奴らは人数が多いという点で、この会社の主戦力になっている。どんな立派な大学を出ても、人間は一人で二人分の仕事は出来ない。だから彼らも重要な戦力だ。それをアイツは容赦無くぶった切って、今はかつての半分しか居ない。正直、仕事はすげぇ忙しい。そのおかげで儲かってるんだから複雑だ。
「あ、」
バイトが声を出したので振り返ると、アイツが歩いていた。ようやっと出社したらしい。アイツは社員の誰にも挨拶せず、また社員も誰も挨拶しない。そのままアイツは突っ切って、二階の事務所に行ってしまった。
アイツの事は社員一同、複雑な眼で見ている。少なくとも経営者としての腕は一流だが、なにしろ人としてどうなのか。あまり会社に来ないし、来たら来たで一日中事務所でパソコンとにらめっこしたり、急に呼びつけて命令を下したりする。アイツがどんな人間なのか、未だに誰も知らないし、知ろうともしない。知りたくもない。
……いや、俺に関しては、知りたい。少なくとも、あの夜に何が有ったのか。
と、事務所に行ったはずのアイツが下りてきた。
「長曾我部、話が有る」
アイツはそれだけ言って、また事務所に上がって行く。俺は他の社員に肩を竦めてみせて、事務所へと向かった。緩衝材である俺は、どちらの味方もしなくちゃあならない。難儀なもんだ。
事務所に行くと、アイツはプリンターの前に座って、何かを印刷していた。俺は促されるままに近くの椅子に座る。アイツは特に世間話もせず、単刀直入に切り出した。
「重大な不良が有ったそうだ」
「不良? ……俺達の仕事にか?」
アイツはただ頷いて、印刷した書類を俺に手渡す。
「我はそなたらの仕事内容に詳しくない。具体的にどういう不良なのか、皆目見当がつかぬ」
「……なんだこりゃあ」
一通り眼を通して、俺は呆れた。
「こんなのは、不良じゃねえ」
「ほう」
「言ってみれば、カレーに入れる肉をヒレにするつもりがカルビだったようなもんだ。大した事じゃあねぇ。肉は入ってる。カレーは作れる。なんの問題も無ぇ事だ」
「なるほど。しかし牛ヒレカレーにカルビが入っていたならばこれは詐欺と変わらぬな」
「そうだけど、そりゃ例え話であってだな……」
「つまりそなたが言いたいのはこうだな。科学的、電気的、機械的にそなたらの仕事は全く間違ってはおらぬ。しかし顧客の要望と異なる。しかもその指定は、そなたにとって強制する意味が理解出来ぬものだと」
アイツは低めの声で、淡々と言う。俺を見ている。睨みつけているような眼は、良く見ると鋭い一重だ。こいつは見た目で損をしているな、と少しだけ思った。なにしろ、俺はまだ攻撃されているわけではないのに、何故だか不愉快な気持ちになっているから。
「そうだよ。こんなのに従う理由は無いし、こんな事で重大なミスだなんて言われるのは心外だ」
「しかし長曾我部。それが顧客の要望である以上、それを違えた事は即ちミスだ」
「だが」
「長曾我部」
毛利は一度手の平を見せて、俺を制す。暗に「お前と言い争うつもりではない」と言っているようだ。
「それが相手の常識であるならば、仕事を受けている以上、それに従うのが当然であろう」
「常識? こりゃ常識でもなんでも無ぇ、あっちが勝手に作ったルールだぜ」
「ルールとはその組織内での常識だ」
「だが」
「そなたの言いたい事は良く判る。常識とは都合の良い時に持ち出され、都合良く消えたり増えたりを繰り返す、曖昧なものだ。しかもそれを振りかざす事も有る。だが郷においては郷に従えと言うように、我らの立場が弱い以上、こちらが不利でなければ従うのが当然だ。それほどどうでも良い事ならば、改善する事も容易であろう」
「……」
「無論、我とて相手の要求が明らかに常軌を逸脱し、また我らにとって不利益な物ならば、戦うだろうがな。……常識とは恐ろしきものだ。この会社の前の社長もまた、常識に囚われておった。義理と人情で経営は成り立つと、どのような人間も等しく雇い続けると。それが甲斐性だと信じておった。またそなたらも、そうであって当然だとな」
「……違うってのか?」
前社長はいいオッサンだった。確かに毛利よりは手腕は劣るが、社員思いのいい人だった。それを否定されたのが癪で食ってかかる。毛利は一度窓の外を見て、それから言う。
「違うとは言わぬ。正しいとも言わぬ。我が正しいとも言わぬ。だが我が間違っているとも言わせぬ。我の言動が気に入らぬのはそれでいい、だが否定したいならば根拠を出すがいい。そなたらの愛するあの社長は、会社を傾けた。改善出来なかった。いずれそなたらは解雇ではなく倒産による失職という結果を受け入れる事になった。前社長のやり方が間違っているとは言いきらぬ。だが我のやり方が正しくないと言いたいのならば、前社長が正しいと言いたいのならば、少なくとも我のやり方以上の利益を上げてから言うべきであろう。不満が有るならば「自分に経営を任せてほしい」とでも言えばいい」
「……そりゃあ、言えりゃあいいけどよ」
反論に困って、俺は机の上に眼を落とす。正しいと、違うと言いきってもらえりゃあ、憎くもなれるのに、自分が正しいとは限らないと引かれちゃあ、俺も無条件に否定する事は出来ない。相手が結論を出して無いのに、喧嘩をしたって時間の無駄だ。
ふと机の上に、グラフの印刷された紙を見つけた。良く見るとバイト達の名前が書いてある。棒グラフがたくさんと、横に走った線が有る。何か嫌な感じがして、これは何かと尋ねた。
「標準作業時間を下回っておる者だ。効率が悪い者達という事だな。中には通常より4、酷い者には8時間オーバーしている者もいる」
「また首を切ろうってのか? いい加減にしろよ。もういっぱいいっぱいだぜ。それにな、このD部の奴は持病が有って長時間は働けないんだ。まぁアンタは容赦無く首ぃ切るんだろうけどよ」
「……」
毛利は少し黙って、それから俺に背を向ける。
「そなた、働きアリの法則は知っておるか」
「あん? アリがどうしたってんだ」
「……まぁ良い。しばらくはこれ以上の削減は行わぬ。それと、その病人を我が何故解雇しなかったか、判らぬか」
「判らねえよ。判るわけねぇだろ」
「……そうか。なら良い。とにかく不良に対する改善策を書面にして提出せよ。それを全ての所属する者に配布するがよい。二度は許さぬ」
仕事に戻れ、と素っ気なく言われて、俺は腹が立ったが、静かに事務所を出た。
これほど反りの合わない奴と寝るなんて、これは交通事故みてぇなもんだったとしか思えねえ。不幸な事故だったんだ。そう思うしかなかった。
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浦崎谺叉琉と美流=イワフジがてんやわんや。
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