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めでぃのくの日記
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2008-09-15 (Mon)
 来週以降すごく忙しそうなので、とりあえず
 まだあと1話分ありそうなのでまたいつか
 仕事というのはどうしてこう、どっときてがらっと無いんでしょうね

 地図はとある閑静な住宅街の一角を示していた。26日、元親はタクシーに乗り込んで、そこへと向かう。今日は金曜日で、学校から帰る学生達の姿が多く見えた。

 小高い丘を登ると、そこは住宅街だ。それなりの大きさの家が、ズラズラと整列している。庭と、それを囲う塀がどの家にもあって、このあたりには富裕層が住んでいるんだな、とすぐに判った。

 元親は今でも、両親と一緒に小さな古い家に縋り付いている。父方の祖父が残してくれた、ちっぽけで小汚い家だ。父は相変わらずサラリーマンとして一生懸命働いているし、母はパートに出て職場で息子の事を自慢しまくっている。元親はそんな母が苦手だ。それでも彼女らの側を離れようとは思わなかった。

 離れたいとは思うのに、どうにも離れようとは思えない。自分の中で色々な事が未決着なのだ、と元親は考えている。態度の急変した母と、いつでも変わらない父と、そして立場の変わった自分と、――それらの全てが、いつでも皆家族で、この薄汚い家の中に有ったという、それだけが確かな事だったのだ。

 この子は可哀相なよその子なんです、外国の子なんです、かわいそうだから面倒を見ているんです、と自分を抱いて、いつだって大声で言っていた母が、この子は私の息子です、一人息子です、自慢の私の子ですと叫び始めた日の事は忘れない。そんな恥を晒して、その土地で生きていくのは元親には辛かった。誰もが、元親の母を心の壊れた人間だと思って見たし、その被害者である息子を哀れみと好奇の目で見つめたから。

 そんな元親にとって、テレビの中の元就は、憧れで、輝かしい人生の象徴だった。愛くるしい笑みで皆を和ませ、舌っ足らずに正義のセリフを叫び、悪人達を退治するヒーローだった。夢だった、幸せの象徴だった。

 



 タクシーが止まった。金を払って、とある家の前に降り立つ。他の家々とあまり変わらない、白い家だった。表札には大内と書かれていて、元親は思わず携帯の地図を見直した。道の形からして、この家が該当しそうだが、それにしても知らない苗字の書かれた邸宅に、元親は少々怯んだ。時計を見ると6時を少し回っているから、とりあえず努力はしよう、と元親は塀に取り付けられているチャイムを押した。しばらく待つと、かちゃりと音がして、そのチャイムから「はい」と男の声が返って来た。あまりにもくぐもっていて、それが元就の声か判らなかった。

「あの、ここは元就さんの家ですか」

 元親は思わず敬語になって尋ねた。返事は無かった。すぐにがちゃ、とまた音がして、チャイムが静かになった。ぼうっとしていると、玄関が開かれて、元就が顔を出した。手招きをしているから、元親はそそくさと玄関に向かった。

「ここに我が住んでいる事は秘密なのだ」

 元就はそう呟いて、元親を家の中に招き入れると、すぐに扉を閉じて鍵をかけた。廊下の広い家だった。まるでセットのような生活感の無い家だった。そう思わせる原因は、物が殆ど無いところと、異様なまでに掃除がいきわたっているからだ。年月が経った形跡が無い。

「着いて来い」

 元就はそれだけ言うと、さっさと歩き始めてしまった。元親は慌てて靴を脱ぎ、揃えると元就の後を追う。

 酷く生活感の無い白い家は、元親になんとも言えない不安をもたらした。白い壁、白い天井、埃一つ落ちていない清潔な床、淡く光る蛍光灯――それらが病室に似ているのだ、と知覚した元親は、続いて自分の目の前を歩いている元就の背を見た。

 自分から、離れているのだ。

 元親は一瞬そのように錯覚して、そうするともうどうにもならなかった。

「――っ!」

 少し先を歩いていた元就を、後ろから抱きしめる。しばらく会っていなかったが、特に変化は無かった。小さな体、細い体、それでいてちゃんと筋肉もついていて、間違いなく男の体だ。動いている。あれはドラマだ。元就は元気に、そう、傷なんて一つもつけずに、今までどおり暮らしていたんだ。元親はそう自分に言い聞かせて、元就を抱きしめていた。

「……長曾我部、苦しい」

 元就は本当に苦しそうな声を出した。知らない間に、ぎゅうぎゅう抱いていたようだ。元親は慌てて手を離した。元就は怒るかと思ったが、彼は「心配せずとも、逃げたりはせぬ」とそれだけ言って、また歩き始める。

 その背を追いながら、元親は尋ねた。

「なぁ、メールの返事、なんでくれなかったんだよ」

「なんと返事をしていいか、判らなかったからだ」

「なんだよそれ。お前、自分のした事ぐらい判ってるんだろ」

「ではお前は、何故さっき、我を抱きしめたのだ」

「……そりゃあ、」

 そりゃあ、と元親は繰り返して、しかし続かない事に気付いた。理由などは特に無くて、ただ衝動に任せて元就を抱きしめた。原因は色々有ったが、どれも決め手に欠けていて、どれか一つを理由に選ぶ事は出来そうにない。

 つまり、毛利も?

 元親はそう考えて元就を見た。彼は有る部屋の扉を開けると、中に入るように言った。茶を用意してくる、と元就はそのまま別の部屋に入る。どうやら、各階にキッチンが有るらしい。元親はなんとも居心地の悪い思いをしながら、元就の部屋に入って大人しく座った。

 広い部屋だった。元親の部屋の2つ分はありそうだ。間に仕切りがあって、部屋の入り口側は勉強机や本棚、テレビなどが置かれている。窓も有ったが、カーテンは締め切られている。そろりと仕切りの向こうを見ると、箪笥とベッドと、やたらに大きな鏡が有った。

 床はカーペットになっていて、中央に小さなテーブルとクッションが置いてあるので、やむなく元親はそのあたりに座った。白い部屋だった。こちらも生活感は少なかったが、勉強机の上に並べられた参考書が唯一元就が学生であるという事を示していた。他にはマンガや雑誌、ゲームなども全く無い。青年にありがちな壁のポスターも無い。とにかく、小奇麗な部屋だと元親は思った。それ故、やはり居心地が悪い。何をしても汚してしまいそうな気がした。

 しばらくして、元就がお盆に茶と菓子を載せてやって来た。彼はそれをテーブルに置くと、元親の左斜め前に座った。

 どちらも動かなかったし、何も切り出さなかった。

 何か言うべきか、と元親は考えて、そうだ、今はどんな仕事をしているのか聞こうと思った。本当は元親も、彼が新しいドラマの――今度は医療系ドラマの役を引き受けたという事は知っていたけれど、場を繋ぐには丁度いい、とさっそく切りだろうとした。

 ところが、

「どういうつもりかという事だが」

 と元就が本題に入ってしまったので、元親はぐうと言葉を飲み込む羽目になってしまった。

「一言で説明するのは難しいから、順序だって説明しようと思う」

 元就はそう言うと、一度茶を飲んでから、元親に尋ねる。

「杉から、我の家庭環境については聞いているだろうか」

「……あぁ、悪いけど、ちょっと」

 元親は申し訳ない気持ちになったが、元就は「良い」と首を振る。

「別に隠していたわけでもないしな。……ともあれ、我は仕事をいったん止めて、学生活動に勤しんだわけだ」

「らしいな」

「別段上手くはいかなかった。最初の頃はマスコミもさぐりを入れてきたし、クラスメイトには馴染めないし、到底普通の学生生活など出来ないわりに、1ヶ月もすればマスコミ連中はさっさと我への取材を切り上げて、しかしてそれまでに狂わされた普通の暮らしは取り戻せなかった。結局学校で孤立して、嫌な事も色々有ってな。それで……早い話が、我は一番楽しかった頃に縋ったのだ。杉は我が演劇の喜びに目覚めたのだと勘違いしておるが、我はただ輝かしかった頃に戻りたいと願っただけだ。皮肉なものだな」

「……それで、仕事に復帰したのか?」

「間にもう少し、時間が有る。……発声練習を再開した頃、自分の力が落ち、声変わりして思うように声が出せぬ事に絶望し、やはり学生でいようと思ったのだ。書店に向かい、普通の学生連中が好む雑誌や漫画などを買って、学生に埋没しようと思ったのだ。その時、……我は始めて、出会った」

「出会った? 誰に?」

 話の展開からして、誰か演劇の世界の人間にでも出会ったのか、と思っていた元親は、

「お前だ」

 と答えられて、仰天した。

「えっ!? ……会った事、有るっけ!?」

 元親は必死に思い出そうとしたが、どう考えても撮影初日が初対面だったように思う。元就も「いいや」と首を振って、それから勉強机の引き出しを開けた。中からは雑誌が出て来た。元親が表紙だ。

「……あー、……元就、買ったんだ」

 元親はなんとなく気恥ずかしくなって、目をそらした。どちらかというと女性向けの情報雑誌の表紙を飾ったのだ。細身のデニムに上半身裸なのにジャケットという、冷静に考えればおかしな格好で写真を載せた。元々色が白く、髪もライトの関係で銀色に輝いて、自分で言うのもなんだがかっこいい写真だと元親も思っている。だがかっこよすぎて気恥ずかしいのだ。自分の一番美しいところだけ切り取られたそれは、自分ではないように思うから。

 元就もまた、雑誌を直視出来ないらしく、すぐに引き出しにしまったが、他にも何冊か雑誌が見えた。

「たまたま、……書店で見かけた写真に、我は酷く惹かれてな。輝いていて……眼差しが真摯で、たまらなくひきつけられて、それと同時に、何かこう、掻き立てられた。こうしては居られないと、妙にな。写真の男は、ちゃんとモデルとしてのポージングも出来ているし、なにより眼に力が有って。我も、……我もこのようになりたいと、思うたのだ」

「……は? ……俺みたいにって、事?」

 元親が思わず自分を指差して尋ねると、元就はこくんと一つ頷いた。元親はどうしたものか、わけが判らなくなって、頭を掻いた。

「そりゃ、がっかりしたろ、実物がこんなんで」

「そ、そんな事は無い」

 元就は大きく首を横に振って言う。

「杉が、杉が悪いのだ」

「マネージャーさんが?」

「我が、発声練習などして、鏡を見ておったから、あぁ演劇をやる気が出たんだと勘違いして、仕事を取って来て、我はそんなつもりはなかったのに、だが断るつもりはなかった、そうでもしなければチャンスは来ないと思っていたから、だのに主演がお前だと聞いた時、我はあまりの事に一晩眠れなかったし、初撮影の前の日もそうだったし、初めて会った時など、心臓がはりさけるかと、」

「そ、そんな感じ、全然しなかったぜ!」

「し、してたまるか! 悟られてたまるか! 我は必死で取り繕って、そうだずっと参考書を、飛び切り苦手な数学ばかりをやって、余計な事を考えたり言ったりしないようと、なのに、なのに肝心のお前や奴らが我に接してくるし、優しくするし、我を撫でるし、触るし、あぁもう我はどうしていいか判らなくなったのだ!」

 元就は段々怒っているのか泣きそうになっているのか判らなくなってきた。これが素のコイツだとしたら、俺は今まで何を見てたんだろう、と元親は思った。

 元就はただただちっぽけな、それこそ歳相応の青年、いやそれよりも下の、ただの不器用な子供だった。

「それで、……それで、ようやっとお前が好きだという事に気付いて、だがそれは一般的な感情で無いと知っていたから、試しにと探りを入れたのだ。祭りの日に。だが反応が芳しくなかった、だから皆も好きだと続けた。嘘は言っておらぬ。我はそなたが……特別に好きなのだ。

 だが我は長曾我部とこれ以上の関係になれぬと感じたから、お前の事など忘れてしまおうと思った。皆と平等に仲良くして、ただの楽しかった思い出にしようとしたのだ。ところが、あの撮影……殺される場面だ。あそこで我はどうした事か、まともに思いを伝えられないまま、我が死んでしまったらと考えた。お前は我をどう思って、そしていつ忘れるだろうと。たまらなかった。お前に我を植え付けたかった。

 だがあの日、お前が我についてくると言ったのは偶然だ。エレベーターの中で、我は一人で、チャンスは今しかないと、それで、気付いたらあんな事を、していたから、だから、お前のメールにも、的確な返事など、とにかく、したかったから、してしまったのだ、それだけだし、今日お前をここに呼び出したのも、このまま無視をする事でお前に嫌われては困るからであって、だから、」

 元就はだから、と言ったが、次の言葉は続かなかった。だから、だから、とばかり繰り返して、元就はやがて黙ってしまった。つまり、それが元就の全てだった。

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