四月のオリジンに向けて
ここの更新はやや落ちるかと思いますが
止まるほどではないかと思います。ごめんなさい。
とりあえず日記で短文が続くかと思います。
以下、かけつき。なんぼか忘れた。長めの暗めです。
ここの更新はやや落ちるかと思いますが
止まるほどではないかと思います。ごめんなさい。
とりあえず日記で短文が続くかと思います。
以下、かけつき。なんぼか忘れた。長めの暗めです。
ひとまず元就が湯に浸かった事を祝い、元親は宴会を開いた。大袈裟な、と言う元就も、餅を山ほど用意してやると黙って食べた。
中国の様子を探っていた部下から、何の変わりも無いとの報告も受けた。それほど元就の統治体制は強固だったという事なのだろう。
向こうで代理として政務をしている者から、「国の事は心配なさらず充分に療養なさるよう、なお、不届き者は去りました」との文が届いたので、元就に渡す。元就もそれに安堵したようだった。
その夜は、温泉宿に泊まる事にした。別々の部屋に布団を敷き、元親は元就と分かれた。
ちちうえ、ちちうえ…………
声がはっきりと聞こえて、元親は目を開けた。見える世界は夢の世界だ。深い眠りの中で、元親は夢を渡り歩く。仲居の夢を避け、部下の夢を避け、声に近付く。
元就の夢は一際黒く、ねとりとしていた。意を決して覗き込むと、薄暗い部屋で、泣きじゃくる少年が見えた。その少年の髪をひき掴み、殴りつける男が居る。
『ち、ちちう、ぇ、え』
悲痛な声を漏らす少年は、男から逃げようとする。が、体格が違いすぎる。少年は逃げ切れず、捕まっては殴られる。
『お前だろう、お前だろう、お前だろう、知っているんだぞ、知っているんだぞ松寿丸!』
男は鬼の形相で少年を殴り続ける。
『知っている、知っているんだ、知っているんだ松寿丸、お前が、お前が、お前が……!」
『父上! 何をなさっているのです!』
その部屋に飛び込んできた青年が、少年を助けようとした時、少年は男に一際強く殴られて、……そして夢は一度途切れた。
次の瞬間には、男の骸が部屋に転がっていた。青年と少年は、抱き合って泣いていた。
『しょ、松寿丸、松寿丸、松寿丸……』
『あにうえ、あにうえ……』
互いに狂ったように名を呼び合う二人は、父の亡骸を見ながら、がたがた震えていた。
『お、俺は、俺が悪いんじゃない、俺は、俺は、ただ、ただ、松寿丸を、だから、だから、だから松寿丸、俺がやったんじゃない、そうだろう松寿丸、そうだな、そうだよな』
『あ、あにうえ、』
『そうだと言え!』
青年に叫ばれて、少年は「そうです」と必死に頷いた。
更に夢は一度途切れた。少年は元就になっていた。元就は書を読んでいた。
部屋にぬらりと入って来たのは、泥酔した青年だった。それが元就の兄である興元だと、元親は理解する。元就は興元の姿に驚いて書を置くと、兄に近寄った。
『兄上、どうなさいました』
優しく問う声に、興元は澱んだ目で答えた。
『お前だろう……』
『は?』
答えは元就の期待したものではなかったらしい。元就は不思議そうな顔をしたが、興元は元就の胸倉を掴んで尚も繰り返す。
『お前だろう!』
『な、何が、……』
『しらばっくれるな! 父上だけでなく俺まで殺す気だろう!』
『あ、兄上、何を申されて……』
『お前だろう、俺の酒に毒を入れているのは!』
元就はようやっと理解したらしく、慌てて首を横に振った。
『何故我がそのような事を!』
『知っているんだぞ元就、お前は昔から頭が良かった、俺より政務が出来た、俺より、父上より優秀だった、だからお前は毛利家を継ぐために父上を、そして俺を!』
『何を馬鹿な!』
『馬鹿だと、貴様、俺を馬鹿だと、そう思っているのか!』
『ち、違います、そうではなく、』
元就はなんとか誤解を解こうとするのに、興元は一切聞く耳を持たない。
『そうだお前はいつだっていつだっていつだって、あの時だってきっと父上はお前の仕業と判ってお前から身を守ろうと、なのに俺は気付かずに、俺はお前のせいで父殺しなどという恐ろしい事を……!』
『兄上! 我は……っ』
『黙れこの逆賊が!』
興元はそう叫ぶと、何処に隠していたのか小太刀を抜き、元就の首に突きつける。
『あ、あにうえ……っ』
『お前以外に誰が俺の命を狙う! お前だ、お前が、俺があんなに優しくしてやったのに、あんなにかわいらしい俺の弟が、俺の松寿丸を返せ、逆賊め、首にしてやる……!』
『あに、うえ、わ、我は、しておりませぬ……!』
く、と刃が食い込み、元就の首から血が滲む。それをじぃっと見詰めて、興元はにやりと笑って、言った。
『無実を証明できるか? 俺を愛していると、殺す気などないと』
『それは、……どうすれば、信じていただけますか……?』
『……這え、元就。畜生のように』
その後の展開はおぞましいもので、元親は思わず目を反らした。元就自身も覚えてなどいたくない記憶だったらしく、そこからはただひたすらの闇と、そして纏わりつく黒い液体に満たされる。
しばらくするとまた視界が開けた。虚ろな目をしている元就は、また書を読んでいた。そこに興元がやって来る。びくりとする元就に、興元は徳利を差し出した。
『酌をしろ』
その言葉に従い、徳利に手を伸ばした元就を捕まえ、弘元は元就を床に倒す。
『お前から飲め』
髪を引き掴まれ、苦痛に顔を歪める元就に、興元は無理やり酒を飲ませる。われはさけはのめませぬ、と力無く元就が訴えれば、それはお前の入れた毒が入っているからかと返され、元就は抵抗も出来なくなる。そうして望まない酒に侵された元就を、興元は殴りつけ、引き倒し、……そしてまた夢は闇に包まれる。
『あにうえ、あにうえ、あにうえ、たすけてください、あにうえ、』
そう呟く元就は池を見ていた。鯉が優雅に泳ぐ景色の中で、元就は何処か遠くに居た。
『あにうえ、やさしかったあにうえ、あにうえ、われのあにうえ、やさしいあにうえ、われの、あにうえ、…………あにうえ、……』
そして元就は唐突に黙り、ゆっくりと顔を上げる。その表情は深い怒りに満ちていた。
『……あれは、あにうえ、では、ない……!』
呟く元就の手首には縛られた紫の跡が有る。
『あれは、あにうえのむくろだ、あにうえは、あにうえはさけのようかいに、くわれて、もう、……あにうえをかえせ、われの、われのやさしかった、あにうえを……!』
手を握り締める元就。その首には絞められた跡が有る。
『あにうえをかえせ、ばけものめ……われが、……われがこのてで、……ころしてやる……!』
次の場面では、元就は部下らしき男に尋ねている。
『兄上が毒殺を恐れておるようなのだが、さて、毒とはどのような物が有るのだ? 毒の正体を知っておれば、防ぎようもあろう。兄上を安心させたいのだが、教えてくれぬか』
さらに次の場面では、元就は草らしき男に金を握らせている。
『なんとしても手に入れて来い。……我の存在は知られてはならぬぞ』
そして次の場面では、元就はにこりと笑んで、興元に酌をしている。
その目は決して笑っていない。その手は少し震えていた。だが元就よりなお震えている興元は、それに気付かない。
そして。
『もとなりぃいいいい!』
叫び声と共に、駆け込んできた興元に、元就は怯えていた。
そこは厳島神社の一角のようだった。満月の下、元就はただ震えている。海が黒々と揺れている。興元は刀を握り締め、元就を睨みつけている。
『おまえ、おまえだろう、おまえが……! しって、しっている、しっているんだ! しっているんだぞ!』
興元はそう叫びながら、元就を殴りつける。元就はそれを避けない、逃げようともしない。ただ殴られ、震えている。
『どうした、何を大人しくしている!? 本性を現せ、この化け物め! 父も兄も殺す不届き者、成敗してやる!』
そう叫ぶ興元に、元就は小さく笑って、言った。
『きさまこそ、われの、われのやさしかったあにうえを、……かえせ、ばけものめ……』
そして次の瞬間、元就は興元に切り付けられ、黒い海に沈んだ。
次の場面では、元就は布団の中に居る。側に居た部下が、安心したような溜息を吐く。
『良かった、元就様まで亡くなられたらどうなるかと……』
その言葉に元就は部下を見る。
『……兄上は……?』
問いに、部下は小さく、『父君の元へ行かれました』と答えた。
酒に酔って、元就を切りつけ。足を踏み外して海へ転落し、酔っていたのと意識が有ったので、盛大に溺れた弘元は、気を失っていた元就よりも、遥かに早く窒息し、そして死んでしまったようだ。
そしてそれを知った元就の激しい、そして破綻した悔恨が夢を満たす。
我が、我が殺してしまった。兄上を。我は兄上から生を毛利を中国を奪った。……我は償おう、我は兄殺しの罪を負った、兄を殺したのは我だ、あの時から我は生きておらぬ、ただ兄上に、兄上のこの世を守るだけ、優しかった兄上の全てを、中国を、永遠の安定を、酒を飲まないで住む世界を、兄上に、兄上だけに、捧げるのだ――。
「……長曾我部」
声をかけられ、元親は目を覚ました。は、として見ると、元就が居る。
「……長曾我部、共に寝て良いか」
元就はそう困ったように言う。
童のような事を申して妙だと思うだろうが、どうか叶えてはくれぬか、どうしてもどうしてもそなたの側に居なければいけないような気がするのだ、すまぬ、面倒をかけるが、隣に居させてくれ。
そう早口で言う元就を、元親は優しく抱き寄せる。元就は抗うどころか童のように擦り寄って、元親の布団の中に潜ってくる。
それは珍しい事ではなかった。元親が潜った夢の主は、その直後激しく元親を求める。子供の頃はまたそれが恐ろしかったものだが、力の有る今では受け入れるも受け入れないも自由だ。だから元親は元就を受け入れる。
それは一過性のもので、翌朝になれば夢の主は何が有ったのか忘れる。激しく求める事はしなくなる。……少しだけ、残るものはあるようだが。絶対的な信頼を寄せられてしまうのだ。
その理由を元親は動物的なものだと考えている。犬猫は強い者と弱い者を見分ける。弱い者は強い者を慕い、服従する。それと同じなのだろう、と。
夢を、相手の中を見た時点で、相手の弱みを全て知ってしまうようなもので、また相手も僅かながら、元親に全て知られているという事を感じているようだ。人も動物の一種であるらしく、そうすると知られた者は元親に愛されようと擦り寄ってくる。
ただ元就ほどの気高い人間までころりと落ちるとは元親も思わなかったので、少し驚いた。けれど元親はそうした事に慣れていたので、元就と共に布団に入り、その晩は眠る事にした。元就は元親に許された事に安心したのか、すぐに眠りにつく。
そしてその顔を見ながら、元親は夢の内容を整理した。
まず、元就の父、弘元は酒に溺れていた。少なくとも父の死に関して元就が関与していた様子は見受けられなかった。むしろ直接手を下したのは興元のほうのようだ。もみ合っているうちに、弘元が転げ、そして打ち所が悪く……という事だろう。
だが次の興元は判らない。元就はそれらしい行動を起こしてた。元就が思いつめるあまり、兄を毒を盛った可能性は有った。しかしその毒が死に到る程のものだったかは疑問だ。興元の死因は溺死であるようで、元就がそれを引き起こした直接の原因ではないらしい。元就は興元に切りつけられていたし、それどころではなかっただろう。
ただ因果関係はともかく、兄の死に対して元就が酷く思いつめているのは確かのようだ。しきりに「あにうえの」と繰り返した元就の生は、そこから来ているらしい。
と、なれば。
元親は静かに溜息を吐く。元就は兄を殺したという過去に縛られていた。それはそれでうまくいっていたのだ。兄の国を平穏な土地に、と努力した結果が現在の中国なのだとしたら、元就は無事にその目標を達成している。
にも関わらず、元就が兄から解放されないのは、ひとえに。
(……悔恨の情が強く、そのうえ長かった。こいつの中でどろどろに腐っちまったのかな)
元親はそう考えて、元就を撫でる。本当の事も、元就の考えた事も、嘘の事も、何もかもが混ざり合ってもはや分離出来ないほどになったのだろう。本来の元就の目的や、考えが元就自身にさえ見えないほどに。
(こいつは難儀だなあ。治してやれりゃあいいんだが……)
先程の夢の中で、ずっとずっと小さな音で、水の音が響いていた。それは恐らく、厳島の夜の海だ。兄が死んだ海の音を、元就は聞いているのだ。もしかしたら怨霊となって自分を海からつけ狙っているとでも思ったのか、そうだとしたら水をあれほど恐れる理由にもなるが、と元親は考えたが、ここからは推測しか出来ないので、元親は一度考える事を止めて、目を閉じた。
翌朝目覚めると、布団の中に元就の姿は無かった。
中国の様子を探っていた部下から、何の変わりも無いとの報告も受けた。それほど元就の統治体制は強固だったという事なのだろう。
向こうで代理として政務をしている者から、「国の事は心配なさらず充分に療養なさるよう、なお、不届き者は去りました」との文が届いたので、元就に渡す。元就もそれに安堵したようだった。
その夜は、温泉宿に泊まる事にした。別々の部屋に布団を敷き、元親は元就と分かれた。
ちちうえ、ちちうえ…………
声がはっきりと聞こえて、元親は目を開けた。見える世界は夢の世界だ。深い眠りの中で、元親は夢を渡り歩く。仲居の夢を避け、部下の夢を避け、声に近付く。
元就の夢は一際黒く、ねとりとしていた。意を決して覗き込むと、薄暗い部屋で、泣きじゃくる少年が見えた。その少年の髪をひき掴み、殴りつける男が居る。
『ち、ちちう、ぇ、え』
悲痛な声を漏らす少年は、男から逃げようとする。が、体格が違いすぎる。少年は逃げ切れず、捕まっては殴られる。
『お前だろう、お前だろう、お前だろう、知っているんだぞ、知っているんだぞ松寿丸!』
男は鬼の形相で少年を殴り続ける。
『知っている、知っているんだ、知っているんだ松寿丸、お前が、お前が、お前が……!」
『父上! 何をなさっているのです!』
その部屋に飛び込んできた青年が、少年を助けようとした時、少年は男に一際強く殴られて、……そして夢は一度途切れた。
次の瞬間には、男の骸が部屋に転がっていた。青年と少年は、抱き合って泣いていた。
『しょ、松寿丸、松寿丸、松寿丸……』
『あにうえ、あにうえ……』
互いに狂ったように名を呼び合う二人は、父の亡骸を見ながら、がたがた震えていた。
『お、俺は、俺が悪いんじゃない、俺は、俺は、ただ、ただ、松寿丸を、だから、だから、だから松寿丸、俺がやったんじゃない、そうだろう松寿丸、そうだな、そうだよな』
『あ、あにうえ、』
『そうだと言え!』
青年に叫ばれて、少年は「そうです」と必死に頷いた。
更に夢は一度途切れた。少年は元就になっていた。元就は書を読んでいた。
部屋にぬらりと入って来たのは、泥酔した青年だった。それが元就の兄である興元だと、元親は理解する。元就は興元の姿に驚いて書を置くと、兄に近寄った。
『兄上、どうなさいました』
優しく問う声に、興元は澱んだ目で答えた。
『お前だろう……』
『は?』
答えは元就の期待したものではなかったらしい。元就は不思議そうな顔をしたが、興元は元就の胸倉を掴んで尚も繰り返す。
『お前だろう!』
『な、何が、……』
『しらばっくれるな! 父上だけでなく俺まで殺す気だろう!』
『あ、兄上、何を申されて……』
『お前だろう、俺の酒に毒を入れているのは!』
元就はようやっと理解したらしく、慌てて首を横に振った。
『何故我がそのような事を!』
『知っているんだぞ元就、お前は昔から頭が良かった、俺より政務が出来た、俺より、父上より優秀だった、だからお前は毛利家を継ぐために父上を、そして俺を!』
『何を馬鹿な!』
『馬鹿だと、貴様、俺を馬鹿だと、そう思っているのか!』
『ち、違います、そうではなく、』
元就はなんとか誤解を解こうとするのに、興元は一切聞く耳を持たない。
『そうだお前はいつだっていつだっていつだって、あの時だってきっと父上はお前の仕業と判ってお前から身を守ろうと、なのに俺は気付かずに、俺はお前のせいで父殺しなどという恐ろしい事を……!』
『兄上! 我は……っ』
『黙れこの逆賊が!』
興元はそう叫ぶと、何処に隠していたのか小太刀を抜き、元就の首に突きつける。
『あ、あにうえ……っ』
『お前以外に誰が俺の命を狙う! お前だ、お前が、俺があんなに優しくしてやったのに、あんなにかわいらしい俺の弟が、俺の松寿丸を返せ、逆賊め、首にしてやる……!』
『あに、うえ、わ、我は、しておりませぬ……!』
く、と刃が食い込み、元就の首から血が滲む。それをじぃっと見詰めて、興元はにやりと笑って、言った。
『無実を証明できるか? 俺を愛していると、殺す気などないと』
『それは、……どうすれば、信じていただけますか……?』
『……這え、元就。畜生のように』
その後の展開はおぞましいもので、元親は思わず目を反らした。元就自身も覚えてなどいたくない記憶だったらしく、そこからはただひたすらの闇と、そして纏わりつく黒い液体に満たされる。
しばらくするとまた視界が開けた。虚ろな目をしている元就は、また書を読んでいた。そこに興元がやって来る。びくりとする元就に、興元は徳利を差し出した。
『酌をしろ』
その言葉に従い、徳利に手を伸ばした元就を捕まえ、弘元は元就を床に倒す。
『お前から飲め』
髪を引き掴まれ、苦痛に顔を歪める元就に、興元は無理やり酒を飲ませる。われはさけはのめませぬ、と力無く元就が訴えれば、それはお前の入れた毒が入っているからかと返され、元就は抵抗も出来なくなる。そうして望まない酒に侵された元就を、興元は殴りつけ、引き倒し、……そしてまた夢は闇に包まれる。
『あにうえ、あにうえ、あにうえ、たすけてください、あにうえ、』
そう呟く元就は池を見ていた。鯉が優雅に泳ぐ景色の中で、元就は何処か遠くに居た。
『あにうえ、やさしかったあにうえ、あにうえ、われのあにうえ、やさしいあにうえ、われの、あにうえ、…………あにうえ、……』
そして元就は唐突に黙り、ゆっくりと顔を上げる。その表情は深い怒りに満ちていた。
『……あれは、あにうえ、では、ない……!』
呟く元就の手首には縛られた紫の跡が有る。
『あれは、あにうえのむくろだ、あにうえは、あにうえはさけのようかいに、くわれて、もう、……あにうえをかえせ、われの、われのやさしかった、あにうえを……!』
手を握り締める元就。その首には絞められた跡が有る。
『あにうえをかえせ、ばけものめ……われが、……われがこのてで、……ころしてやる……!』
次の場面では、元就は部下らしき男に尋ねている。
『兄上が毒殺を恐れておるようなのだが、さて、毒とはどのような物が有るのだ? 毒の正体を知っておれば、防ぎようもあろう。兄上を安心させたいのだが、教えてくれぬか』
さらに次の場面では、元就は草らしき男に金を握らせている。
『なんとしても手に入れて来い。……我の存在は知られてはならぬぞ』
そして次の場面では、元就はにこりと笑んで、興元に酌をしている。
その目は決して笑っていない。その手は少し震えていた。だが元就よりなお震えている興元は、それに気付かない。
そして。
『もとなりぃいいいい!』
叫び声と共に、駆け込んできた興元に、元就は怯えていた。
そこは厳島神社の一角のようだった。満月の下、元就はただ震えている。海が黒々と揺れている。興元は刀を握り締め、元就を睨みつけている。
『おまえ、おまえだろう、おまえが……! しって、しっている、しっているんだ! しっているんだぞ!』
興元はそう叫びながら、元就を殴りつける。元就はそれを避けない、逃げようともしない。ただ殴られ、震えている。
『どうした、何を大人しくしている!? 本性を現せ、この化け物め! 父も兄も殺す不届き者、成敗してやる!』
そう叫ぶ興元に、元就は小さく笑って、言った。
『きさまこそ、われの、われのやさしかったあにうえを、……かえせ、ばけものめ……』
そして次の瞬間、元就は興元に切り付けられ、黒い海に沈んだ。
次の場面では、元就は布団の中に居る。側に居た部下が、安心したような溜息を吐く。
『良かった、元就様まで亡くなられたらどうなるかと……』
その言葉に元就は部下を見る。
『……兄上は……?』
問いに、部下は小さく、『父君の元へ行かれました』と答えた。
酒に酔って、元就を切りつけ。足を踏み外して海へ転落し、酔っていたのと意識が有ったので、盛大に溺れた弘元は、気を失っていた元就よりも、遥かに早く窒息し、そして死んでしまったようだ。
そしてそれを知った元就の激しい、そして破綻した悔恨が夢を満たす。
我が、我が殺してしまった。兄上を。我は兄上から生を毛利を中国を奪った。……我は償おう、我は兄殺しの罪を負った、兄を殺したのは我だ、あの時から我は生きておらぬ、ただ兄上に、兄上のこの世を守るだけ、優しかった兄上の全てを、中国を、永遠の安定を、酒を飲まないで住む世界を、兄上に、兄上だけに、捧げるのだ――。
「……長曾我部」
声をかけられ、元親は目を覚ました。は、として見ると、元就が居る。
「……長曾我部、共に寝て良いか」
元就はそう困ったように言う。
童のような事を申して妙だと思うだろうが、どうか叶えてはくれぬか、どうしてもどうしてもそなたの側に居なければいけないような気がするのだ、すまぬ、面倒をかけるが、隣に居させてくれ。
そう早口で言う元就を、元親は優しく抱き寄せる。元就は抗うどころか童のように擦り寄って、元親の布団の中に潜ってくる。
それは珍しい事ではなかった。元親が潜った夢の主は、その直後激しく元親を求める。子供の頃はまたそれが恐ろしかったものだが、力の有る今では受け入れるも受け入れないも自由だ。だから元親は元就を受け入れる。
それは一過性のもので、翌朝になれば夢の主は何が有ったのか忘れる。激しく求める事はしなくなる。……少しだけ、残るものはあるようだが。絶対的な信頼を寄せられてしまうのだ。
その理由を元親は動物的なものだと考えている。犬猫は強い者と弱い者を見分ける。弱い者は強い者を慕い、服従する。それと同じなのだろう、と。
夢を、相手の中を見た時点で、相手の弱みを全て知ってしまうようなもので、また相手も僅かながら、元親に全て知られているという事を感じているようだ。人も動物の一種であるらしく、そうすると知られた者は元親に愛されようと擦り寄ってくる。
ただ元就ほどの気高い人間までころりと落ちるとは元親も思わなかったので、少し驚いた。けれど元親はそうした事に慣れていたので、元就と共に布団に入り、その晩は眠る事にした。元就は元親に許された事に安心したのか、すぐに眠りにつく。
そしてその顔を見ながら、元親は夢の内容を整理した。
まず、元就の父、弘元は酒に溺れていた。少なくとも父の死に関して元就が関与していた様子は見受けられなかった。むしろ直接手を下したのは興元のほうのようだ。もみ合っているうちに、弘元が転げ、そして打ち所が悪く……という事だろう。
だが次の興元は判らない。元就はそれらしい行動を起こしてた。元就が思いつめるあまり、兄を毒を盛った可能性は有った。しかしその毒が死に到る程のものだったかは疑問だ。興元の死因は溺死であるようで、元就がそれを引き起こした直接の原因ではないらしい。元就は興元に切りつけられていたし、それどころではなかっただろう。
ただ因果関係はともかく、兄の死に対して元就が酷く思いつめているのは確かのようだ。しきりに「あにうえの」と繰り返した元就の生は、そこから来ているらしい。
と、なれば。
元親は静かに溜息を吐く。元就は兄を殺したという過去に縛られていた。それはそれでうまくいっていたのだ。兄の国を平穏な土地に、と努力した結果が現在の中国なのだとしたら、元就は無事にその目標を達成している。
にも関わらず、元就が兄から解放されないのは、ひとえに。
(……悔恨の情が強く、そのうえ長かった。こいつの中でどろどろに腐っちまったのかな)
元親はそう考えて、元就を撫でる。本当の事も、元就の考えた事も、嘘の事も、何もかもが混ざり合ってもはや分離出来ないほどになったのだろう。本来の元就の目的や、考えが元就自身にさえ見えないほどに。
(こいつは難儀だなあ。治してやれりゃあいいんだが……)
先程の夢の中で、ずっとずっと小さな音で、水の音が響いていた。それは恐らく、厳島の夜の海だ。兄が死んだ海の音を、元就は聞いているのだ。もしかしたら怨霊となって自分を海からつけ狙っているとでも思ったのか、そうだとしたら水をあれほど恐れる理由にもなるが、と元親は考えたが、ここからは推測しか出来ないので、元親は一度考える事を止めて、目を閉じた。
翌朝目覚めると、布団の中に元就の姿は無かった。
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