うーん、まだちょっと悩んでますが、とりあえず。
ヒモチカ7、最終話です。
ヒモチカ7、最終話です。
かと言って。
元親が、世間一般で言うところの更生をするはずがなかった。
元親は自分の生き方について、今でもなんら疑問を持っていない。ただ自分が歳を取ったという事が最大の問題なのだ。だから、保険をかける必要が有る、と判断した。ただしそれは生き方を変えるという事には直結しない。当然だ。元親は今以上に幸せな生き方というのを、他に知らなかった。少なくとも、真っ当な生き方、とやらをしている連中に、心の底から幸せだと言えるような人間が居なかった事は事実だ。
したがって元親は、生き方を少々改めるに留めた。それは以前から懇意にしてくれる会社重役に、仕事は無いかと聞くところから始まる。元親は人たらしであるし、実はそこそこ頭が切れる。勉強はしなかったが、勘は有る方だ。だから本気を出せば資格も取れる。そういうところを知っていたから、彼は元親に仕事を紹介してくれた。
とある商社で倉庫番をする仕事だった。特に不満は無かった。忙しいのは嫌いだ。暇なぐらいがちょうどいい。しかも彼の紹介という事で、結構な月給を保障してもらえた。後は評価を下げなければいいのだ。
元親はコネとか縁故採用だとかを悪い事だとは思っていない。要はそれに見合った働きをすればいいのだ。人脈もチャンスも使える人間は使わなくてはいけない、と元親は思っている。そうしたものを毛嫌いして何とかなるほど、人生は長くも無いし、人は万能でもないからだ。だからそうした優位な条件をわざわざ蹴る物好きな人間の事を、元親は理解出来ない。きっと見栄っ張りなんだろうと解釈している。
自分はそんなキタナイモノに頼らなくても、立身出世出来るのだ、とでもいいたいのだろう、と。元親はそういう連中を嫌いなわけではない。ご立派ですね、と思っているだけだ。大抵の場合、彼らはそういうモノに頼らなかった結果、頼った者より遥かに低い地位から、頼った人間達を罵倒しているだけだった。
元親は倉庫番という酷く退屈な仕事を貰ったが、そこそこ努力はしたつもりだ。自分の仕事がより楽になるように、整理の仕方を変えてみた。工夫の全ては、自分が楽になるためにした。早く帰れるように、出来るだけ楽が出来るように。不思議な事にそれらは会社の利益と一致していたらしく、元親は上司から何故だか褒められて、首を傾げる事になった。
もう一つ、元親には理解出来ない事が有る。元就だ。
良く考えれば、元就の兄、つまり興元は元親がどんな人間か知っている様子だった。不思議に思って、バーのマスターに聞いてみると、理由が判った。あの晩、元親が携帯のメールを見て、店を出た。その後で、興元はマスターに話しかけ、彼は誰で、どんな人間かと尋ねたそうだ。大層モテる元親であったから、そんな質問をされるのはいつもの事で、マスターはいつも通り答えた。彼は容姿も良いし、性格もまぁ悪くは無いんだが、とにかく人たらしで、付き合うのは楽しいと思うが、ハマると怖いよ。
元親は怒る気にもならなかった。要するに、身から出た錆なのだ。しかしそうなると、興元は元親の本性を知っている事になる。忠告通り兄と話し合ったなら、元就もそれについて知らされるだろう。なのに、元就とはあれからも変わらず、やりとりが続いている。
自分が人に好かれない生き方をしている、という事ぐらいは元親も判っていたから、それについて問いもしない元就の事が不思議だった。彼は無事パソコンと携帯を返してもらったらしく、またメールで話すようになっていた。しかし特別な事は何も言わない。相変わらずの敬語で、淡々と今日の出来事を綴りはするが、特殊な話は出ない。元親も怖くて聞けない。お兄さんとはどうなったのか、俺の事はどう思っているのか、このまま付き合いを続けてくれるのか。聞きたいが、とても聞けなかった。
その日は、元就が居酒屋を紹介してくれたので、久しぶりに直接会って話す事になった。あれ以来初めてのデートであるし、きっと何か重要な事が起こるだろうと、元親は覚悟を決めてきた。しかし元就の方はいつもと変わらぬ様子で(服装は少々ラフになっていたが、それも彼にはよく似合っていた)元親を店へと案内する。
知り合いが経営している、という居酒屋は、昭和風という奴で、全体的に暗く、黒い印象だった。木で作られた店内の中央に囲炉裏が置いてあったり、壁にはブリキの看板、意味も無く黒電話や真空管ラジオなどが設置されている。かすかに聞こえるジャズは、くぐもった音をしていて、レコードか何かをかけているようだった。
「雰囲気の有る店だろう」
元就は少し嬉しそうに言った。元親はこういうのを雰囲気というかどうか、いまいち判らなかった。お洒落、というよりは、マニアックに近い感じがしたが、まぁそういう雰囲気ではある。元親もこういうのが嫌いというほどではなかったから、うんと素直に頷いた。
座敷に通されて、二人して木で出来たテーブルに向かう。こちらも襖とか、漆喰の壁だとか、古い物で統一されていた。海外ではこういうのをアンティークと呼ぶんだろうか、と元親は妙な気持ちになる。テーブルだと思ったそれは木製の焼き肉テーブルのようだった。なんだか訳が判らない。判らない事でいっぱいだ。だから元親は少々居心地が悪かった。
「何を頼む?」
元就の方は慣れた手つきで、部屋の隅に置いてあったメニューを取り、手渡してくる。元親は何故だか緊張してきて、メニューもろくに読めない有様だった。結局無難な物を2、3と、チューハイの類を頼んで、二人して黙る。
遠くからジャズが聞こえる。誰かの笑い声も。座敷の中で、二人は沈黙を保っていた。元親はいたたまれなくなって、「あ、あのよう!」と妙に大きな声を出してしまった。元就の方は「ん?」と特に緊張などはしていない様子で、元親は益々訳が判らなくなる。
「あの……あの、そう、その……お、お兄さんとは、どうなったんだ?」
恐る恐る尋ねる。元就は一瞬顔を曇らせて、それから笑った。
「そう、だな……なんというか……馬鹿な事になった」
「というと……」
「そなたの言うとおり、だったようだ。兄は……兄はずっと、我を弟だと思っていたらしい」
母が居なくなったショックと、いつの間にか離縁が成立していた事実に、興元は大いに絶望した。その矢先に、新しい女が来たのだから、当然興元は彼女を好きにはなれなかった。また、馴染めないという事を父に見せつければ、本当の母が帰ってくるかもしれない、という淡い期待が有った。だから興元は新しい母に馴染まなかったし、その連れ子である元就ともロクに接しなかった。だが嫌いではなかった。
だが世の中は上手くいかないもので、興元が馴染まない事に引け目を感じて、元就親子が興元に対して距離を取り始めると、彼は焦った。そして苛立った。その結果、興元は彼らに対し辛辣な態度をとるようになり、元就達もそれに応えた。どうしようもない負の連鎖が始まってしまい、興元にはどうしようもなかった。
子供の頃はそれでも、運命だとか神だとか、そうした物のせいにしていたようだ。しかし社会に出た頃から、興元は深く反省するようになった。こうして家庭が居心地の悪いものになったのは、全て自分のせいだと。だからこれからも自分は元就に嫌われねばならないし、死ぬまで憎まれなくてはいけないのだと。
元就が引きこもりのニートになった時も、興元は静かにそれを許したのだ。元就が嫌味と受け取ったそれは、彼なりの叱咤だった。そうして怒りを原動力に振い立ってほしい、という、不器用な愛情だったらしい。尤も、元就はそういう事を受け入れる状況に無かったから、怒る事も出来ずに沈み込むばかりだった。
そんな矢先、弟が悪い男に捕まったと気付き、興元は彼を守るために、元親の所へやって来たらしい。
「馬鹿な兄だ。言ってくれればいいのに。まあ……言われたところで、当時の我にはとても受け入れる事は出来なかったがな……」
「……許してあげたのか? お兄さんの事」
「許すも許さないも。誰も悪くない話だ。……そう考えれば、兄にも優しいところが有ったような気がする。我が熱を出した時には、側に来て何かしてくれたし、……使わなくなった参考書をくれたり。そう思えば、我が引きこもりになった時だって、嫌味は言っても追い出しはしなかった。本当は優しい人なのかもしれぬ。まだ、信じる事は出来ないがな……」
「……まぁ、いいや。家族で憎み合うほど、悲しい事って無いし。憎んでないなら、それで。……それで、その……。だったら、聞いたろ? 俺の事も……」
「? そなたの事? 特には聞いていないが」
元就は不思議そうに首を傾げる。元親は訳が判らず、焦った。
「いや、……お兄さん、そんだけ心配してんだから、忠告とかしたろ? 俺がその……どういう人間か……」
「……ああ、たらしだとか言うておったな。それがどうかしたのか」
「どうかしたのかって……どうも思わねぇの? 俺がそういう人間だって知ってさ……」
すると元就はきょとんとして、それから眉を寄せる。
「なんだ? そなたがどういう人間か知って、我が態度を変えないのはおかしいとでも?」
「いや、そうじゃねえけど、……いいのかよ? こんな俺で……」
「そなたはそなたの生き方に自信を持っているのだろう? そんな卑下しているようなフリなどするな。多少生き方は歪んでおるかもしれぬが、それもまたそなたの家庭環境のせいであろう。それを責める事など、我には出来ぬし、またそなたの生き方を否定出来るほど、我は聖人でも立派な人間でもない。ただそなたは我を大事にしてくれたし、他の人間にしているように、貢がせたり、契約させたりといった事をしなかった。だから我はそなたに愛されておるのだと知っている。だから態度を変える理由も無いし、必要も無い。言ってしまえば、我もそなたを利用しているようなもので……」
「待て、待て待て待て、なんかおかしいぞ……」
貢がせるはともかく、契約させるとはなんだ。そんな話をマスターが軽々しく見知らぬ人間にするとは思えない。生き方に自信が有ると断言されるのも妙だ。これは興元から聞いた話なのだろうか? 元親は嫌な予感がして、元就に尋ねる。
「元就、お前……その話、誰から聞いた?」
「そなたの親友からだ。伊達、とかいったかな」
あの野郎!
元親は珍しく、心の底から怒っていたが、元就は構わず話を続ける。
「何度か服を買いに行ったのだ。その時彼に、そなたの事を色々聞いた。だから……ずっと前からその事は知っておる。ただそなたがそれを隠そうとしているようだったから、それに付き合っていたのだが……かえって気を遣わせたろうか」
「いや、いや、あの……いや、……なんて言えばいいか……、……知ってて、俺と付き合ってたって……本当にいいのか? 俺、世間一般で言うところの、ロクデナシだろ? だから……」
「さっきから言っておるだろう。そなたがそれを良しとしておるのに、我に何が言える、まして何故我がそなたを嫌う理由になる? 現にそなたは我等よりよほど収入が有り、かつ我等を慰め導く事が出来る人間だ。それに話していてとても楽しい。気遣いも有るし、物知りでもある。確かに生き方それそのものは、あまり世間的に評価されるものではないかもしれぬが、……それをただ批判するのは筋違いというものであろう。そなたが言ったように、それはつまらぬ妬みに過ぎないかもしれぬ。だから我はそれを理由に、そなたを嫌いにはなれない。そしてそれ以外に嫌いになるような理由も無い。我は、……我はそなたが、……そなたと過ごすのが、……す、………………すき、だから、だ……」
最後は消え入りそうな声でそう言った。元親は呆気にとられて、どんな反応もする事が出来なかった。と、座敷に料理が運ばれてくる。次々置かれるメニューを見て、お熱いですからご注意ください、とか言われるのに、一々相槌を打って、店員が出て行くまで何も話さなかった。
じゃあ、じゃあ元就は、全部知った上で、俺と付き合ってくれているという事で。こんな俺でもいいという事で。
元親が考えていると、「そなたこそ、我が嫌いになったなら、すぐに言ってくれればいいのだからな」と元就。すぐに「お前を嫌いに何か!」と首を振れば、彼は笑う。
「なら、さぁ食べよう。ここのエビチリはとても美味しいのだぞ」
そうして、真面目な話は終わってしまった。元親はしばらく困惑していたが、やがてどうでもよくなった。元就がいいと言っているのだから、きっとそれでいいんだろう、と。
元親は本質的に全く変わらなかったし、二人の関係も結果的には変わらなかった。元親は相変わらず何人かの愛人を持って、ブラブラしていたし、職場にもいい相手を作った。金持ちの婦人から車を貰い、紳士から高価な腕時計を貰ったりしながら、倉庫番を楽しんだ。そして心から元就を愛した。
元就に対して抱く感情は、他の者に持つそれと少々異なった。今はまだ、何処がどう違うのか、詳細は判らない。ただ違う、と元親は感じている。会いたい、会いたくてたまらない、愛したくてたまらない。一緒に居たい。そう思っても、現実は色々と忙しいものだから、元親は日々ムラムラと過ごす事になった。
恋、という物をした事が無い元親は、まだその感情が何なのか知らない。
ただぼんやりと、自分を取り巻く何かが変わったのを、肌で感じていた。
+++
殆ど変わらないけど、少しだけ変わる二人、という事で……。
ちょっと試験で時間が空いたのがキツかった……。
ログ上げる時にはもうちょっと調整するかもしれません。
人は、変わらないんだろうな、と。殆ど。
元親が、世間一般で言うところの更生をするはずがなかった。
元親は自分の生き方について、今でもなんら疑問を持っていない。ただ自分が歳を取ったという事が最大の問題なのだ。だから、保険をかける必要が有る、と判断した。ただしそれは生き方を変えるという事には直結しない。当然だ。元親は今以上に幸せな生き方というのを、他に知らなかった。少なくとも、真っ当な生き方、とやらをしている連中に、心の底から幸せだと言えるような人間が居なかった事は事実だ。
したがって元親は、生き方を少々改めるに留めた。それは以前から懇意にしてくれる会社重役に、仕事は無いかと聞くところから始まる。元親は人たらしであるし、実はそこそこ頭が切れる。勉強はしなかったが、勘は有る方だ。だから本気を出せば資格も取れる。そういうところを知っていたから、彼は元親に仕事を紹介してくれた。
とある商社で倉庫番をする仕事だった。特に不満は無かった。忙しいのは嫌いだ。暇なぐらいがちょうどいい。しかも彼の紹介という事で、結構な月給を保障してもらえた。後は評価を下げなければいいのだ。
元親はコネとか縁故採用だとかを悪い事だとは思っていない。要はそれに見合った働きをすればいいのだ。人脈もチャンスも使える人間は使わなくてはいけない、と元親は思っている。そうしたものを毛嫌いして何とかなるほど、人生は長くも無いし、人は万能でもないからだ。だからそうした優位な条件をわざわざ蹴る物好きな人間の事を、元親は理解出来ない。きっと見栄っ張りなんだろうと解釈している。
自分はそんなキタナイモノに頼らなくても、立身出世出来るのだ、とでもいいたいのだろう、と。元親はそういう連中を嫌いなわけではない。ご立派ですね、と思っているだけだ。大抵の場合、彼らはそういうモノに頼らなかった結果、頼った者より遥かに低い地位から、頼った人間達を罵倒しているだけだった。
元親は倉庫番という酷く退屈な仕事を貰ったが、そこそこ努力はしたつもりだ。自分の仕事がより楽になるように、整理の仕方を変えてみた。工夫の全ては、自分が楽になるためにした。早く帰れるように、出来るだけ楽が出来るように。不思議な事にそれらは会社の利益と一致していたらしく、元親は上司から何故だか褒められて、首を傾げる事になった。
もう一つ、元親には理解出来ない事が有る。元就だ。
良く考えれば、元就の兄、つまり興元は元親がどんな人間か知っている様子だった。不思議に思って、バーのマスターに聞いてみると、理由が判った。あの晩、元親が携帯のメールを見て、店を出た。その後で、興元はマスターに話しかけ、彼は誰で、どんな人間かと尋ねたそうだ。大層モテる元親であったから、そんな質問をされるのはいつもの事で、マスターはいつも通り答えた。彼は容姿も良いし、性格もまぁ悪くは無いんだが、とにかく人たらしで、付き合うのは楽しいと思うが、ハマると怖いよ。
元親は怒る気にもならなかった。要するに、身から出た錆なのだ。しかしそうなると、興元は元親の本性を知っている事になる。忠告通り兄と話し合ったなら、元就もそれについて知らされるだろう。なのに、元就とはあれからも変わらず、やりとりが続いている。
自分が人に好かれない生き方をしている、という事ぐらいは元親も判っていたから、それについて問いもしない元就の事が不思議だった。彼は無事パソコンと携帯を返してもらったらしく、またメールで話すようになっていた。しかし特別な事は何も言わない。相変わらずの敬語で、淡々と今日の出来事を綴りはするが、特殊な話は出ない。元親も怖くて聞けない。お兄さんとはどうなったのか、俺の事はどう思っているのか、このまま付き合いを続けてくれるのか。聞きたいが、とても聞けなかった。
その日は、元就が居酒屋を紹介してくれたので、久しぶりに直接会って話す事になった。あれ以来初めてのデートであるし、きっと何か重要な事が起こるだろうと、元親は覚悟を決めてきた。しかし元就の方はいつもと変わらぬ様子で(服装は少々ラフになっていたが、それも彼にはよく似合っていた)元親を店へと案内する。
知り合いが経営している、という居酒屋は、昭和風という奴で、全体的に暗く、黒い印象だった。木で作られた店内の中央に囲炉裏が置いてあったり、壁にはブリキの看板、意味も無く黒電話や真空管ラジオなどが設置されている。かすかに聞こえるジャズは、くぐもった音をしていて、レコードか何かをかけているようだった。
「雰囲気の有る店だろう」
元就は少し嬉しそうに言った。元親はこういうのを雰囲気というかどうか、いまいち判らなかった。お洒落、というよりは、マニアックに近い感じがしたが、まぁそういう雰囲気ではある。元親もこういうのが嫌いというほどではなかったから、うんと素直に頷いた。
座敷に通されて、二人して木で出来たテーブルに向かう。こちらも襖とか、漆喰の壁だとか、古い物で統一されていた。海外ではこういうのをアンティークと呼ぶんだろうか、と元親は妙な気持ちになる。テーブルだと思ったそれは木製の焼き肉テーブルのようだった。なんだか訳が判らない。判らない事でいっぱいだ。だから元親は少々居心地が悪かった。
「何を頼む?」
元就の方は慣れた手つきで、部屋の隅に置いてあったメニューを取り、手渡してくる。元親は何故だか緊張してきて、メニューもろくに読めない有様だった。結局無難な物を2、3と、チューハイの類を頼んで、二人して黙る。
遠くからジャズが聞こえる。誰かの笑い声も。座敷の中で、二人は沈黙を保っていた。元親はいたたまれなくなって、「あ、あのよう!」と妙に大きな声を出してしまった。元就の方は「ん?」と特に緊張などはしていない様子で、元親は益々訳が判らなくなる。
「あの……あの、そう、その……お、お兄さんとは、どうなったんだ?」
恐る恐る尋ねる。元就は一瞬顔を曇らせて、それから笑った。
「そう、だな……なんというか……馬鹿な事になった」
「というと……」
「そなたの言うとおり、だったようだ。兄は……兄はずっと、我を弟だと思っていたらしい」
母が居なくなったショックと、いつの間にか離縁が成立していた事実に、興元は大いに絶望した。その矢先に、新しい女が来たのだから、当然興元は彼女を好きにはなれなかった。また、馴染めないという事を父に見せつければ、本当の母が帰ってくるかもしれない、という淡い期待が有った。だから興元は新しい母に馴染まなかったし、その連れ子である元就ともロクに接しなかった。だが嫌いではなかった。
だが世の中は上手くいかないもので、興元が馴染まない事に引け目を感じて、元就親子が興元に対して距離を取り始めると、彼は焦った。そして苛立った。その結果、興元は彼らに対し辛辣な態度をとるようになり、元就達もそれに応えた。どうしようもない負の連鎖が始まってしまい、興元にはどうしようもなかった。
子供の頃はそれでも、運命だとか神だとか、そうした物のせいにしていたようだ。しかし社会に出た頃から、興元は深く反省するようになった。こうして家庭が居心地の悪いものになったのは、全て自分のせいだと。だからこれからも自分は元就に嫌われねばならないし、死ぬまで憎まれなくてはいけないのだと。
元就が引きこもりのニートになった時も、興元は静かにそれを許したのだ。元就が嫌味と受け取ったそれは、彼なりの叱咤だった。そうして怒りを原動力に振い立ってほしい、という、不器用な愛情だったらしい。尤も、元就はそういう事を受け入れる状況に無かったから、怒る事も出来ずに沈み込むばかりだった。
そんな矢先、弟が悪い男に捕まったと気付き、興元は彼を守るために、元親の所へやって来たらしい。
「馬鹿な兄だ。言ってくれればいいのに。まあ……言われたところで、当時の我にはとても受け入れる事は出来なかったがな……」
「……許してあげたのか? お兄さんの事」
「許すも許さないも。誰も悪くない話だ。……そう考えれば、兄にも優しいところが有ったような気がする。我が熱を出した時には、側に来て何かしてくれたし、……使わなくなった参考書をくれたり。そう思えば、我が引きこもりになった時だって、嫌味は言っても追い出しはしなかった。本当は優しい人なのかもしれぬ。まだ、信じる事は出来ないがな……」
「……まぁ、いいや。家族で憎み合うほど、悲しい事って無いし。憎んでないなら、それで。……それで、その……。だったら、聞いたろ? 俺の事も……」
「? そなたの事? 特には聞いていないが」
元就は不思議そうに首を傾げる。元親は訳が判らず、焦った。
「いや、……お兄さん、そんだけ心配してんだから、忠告とかしたろ? 俺がその……どういう人間か……」
「……ああ、たらしだとか言うておったな。それがどうかしたのか」
「どうかしたのかって……どうも思わねぇの? 俺がそういう人間だって知ってさ……」
すると元就はきょとんとして、それから眉を寄せる。
「なんだ? そなたがどういう人間か知って、我が態度を変えないのはおかしいとでも?」
「いや、そうじゃねえけど、……いいのかよ? こんな俺で……」
「そなたはそなたの生き方に自信を持っているのだろう? そんな卑下しているようなフリなどするな。多少生き方は歪んでおるかもしれぬが、それもまたそなたの家庭環境のせいであろう。それを責める事など、我には出来ぬし、またそなたの生き方を否定出来るほど、我は聖人でも立派な人間でもない。ただそなたは我を大事にしてくれたし、他の人間にしているように、貢がせたり、契約させたりといった事をしなかった。だから我はそなたに愛されておるのだと知っている。だから態度を変える理由も無いし、必要も無い。言ってしまえば、我もそなたを利用しているようなもので……」
「待て、待て待て待て、なんかおかしいぞ……」
貢がせるはともかく、契約させるとはなんだ。そんな話をマスターが軽々しく見知らぬ人間にするとは思えない。生き方に自信が有ると断言されるのも妙だ。これは興元から聞いた話なのだろうか? 元親は嫌な予感がして、元就に尋ねる。
「元就、お前……その話、誰から聞いた?」
「そなたの親友からだ。伊達、とかいったかな」
あの野郎!
元親は珍しく、心の底から怒っていたが、元就は構わず話を続ける。
「何度か服を買いに行ったのだ。その時彼に、そなたの事を色々聞いた。だから……ずっと前からその事は知っておる。ただそなたがそれを隠そうとしているようだったから、それに付き合っていたのだが……かえって気を遣わせたろうか」
「いや、いや、あの……いや、……なんて言えばいいか……、……知ってて、俺と付き合ってたって……本当にいいのか? 俺、世間一般で言うところの、ロクデナシだろ? だから……」
「さっきから言っておるだろう。そなたがそれを良しとしておるのに、我に何が言える、まして何故我がそなたを嫌う理由になる? 現にそなたは我等よりよほど収入が有り、かつ我等を慰め導く事が出来る人間だ。それに話していてとても楽しい。気遣いも有るし、物知りでもある。確かに生き方それそのものは、あまり世間的に評価されるものではないかもしれぬが、……それをただ批判するのは筋違いというものであろう。そなたが言ったように、それはつまらぬ妬みに過ぎないかもしれぬ。だから我はそれを理由に、そなたを嫌いにはなれない。そしてそれ以外に嫌いになるような理由も無い。我は、……我はそなたが、……そなたと過ごすのが、……す、………………すき、だから、だ……」
最後は消え入りそうな声でそう言った。元親は呆気にとられて、どんな反応もする事が出来なかった。と、座敷に料理が運ばれてくる。次々置かれるメニューを見て、お熱いですからご注意ください、とか言われるのに、一々相槌を打って、店員が出て行くまで何も話さなかった。
じゃあ、じゃあ元就は、全部知った上で、俺と付き合ってくれているという事で。こんな俺でもいいという事で。
元親が考えていると、「そなたこそ、我が嫌いになったなら、すぐに言ってくれればいいのだからな」と元就。すぐに「お前を嫌いに何か!」と首を振れば、彼は笑う。
「なら、さぁ食べよう。ここのエビチリはとても美味しいのだぞ」
そうして、真面目な話は終わってしまった。元親はしばらく困惑していたが、やがてどうでもよくなった。元就がいいと言っているのだから、きっとそれでいいんだろう、と。
元親は本質的に全く変わらなかったし、二人の関係も結果的には変わらなかった。元親は相変わらず何人かの愛人を持って、ブラブラしていたし、職場にもいい相手を作った。金持ちの婦人から車を貰い、紳士から高価な腕時計を貰ったりしながら、倉庫番を楽しんだ。そして心から元就を愛した。
元就に対して抱く感情は、他の者に持つそれと少々異なった。今はまだ、何処がどう違うのか、詳細は判らない。ただ違う、と元親は感じている。会いたい、会いたくてたまらない、愛したくてたまらない。一緒に居たい。そう思っても、現実は色々と忙しいものだから、元親は日々ムラムラと過ごす事になった。
恋、という物をした事が無い元親は、まだその感情が何なのか知らない。
ただぼんやりと、自分を取り巻く何かが変わったのを、肌で感じていた。
+++
殆ど変わらないけど、少しだけ変わる二人、という事で……。
ちょっと試験で時間が空いたのがキツかった……。
ログ上げる時にはもうちょっと調整するかもしれません。
人は、変わらないんだろうな、と。殆ど。
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浦崎谺叉琉と美流=イワフジがてんやわんや。
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