書こうと思った事は書けた
以下、SFねこの14
以下、SFねこの14
「残念ですが、私は貴方の心底お気楽な希望的観測にも、清水の心底馬鹿らしい神秘論にも興味は有りません」
海から戻り。元就にも確かに、反応が有ったと元親が訴えても、光秀は疲れたような顔でそう言うだけだった。
「清水の……?」
「彼は誰から教わったのか知りませんが、魂は肉体や脳に宿らず、何処かに不定形な形で存在しており、つまり肉体が死んだとしても毛利殿は生きている、というような考えを持っています。無論、それは彼の意思ではありませんから、誰かがインプットしたのでしょう。それが毛利殿なら皮肉な事だし、「前の毛利殿」なら笑い話です。そんな高尚な事をコンピューターに教え込むような馬鹿らしい事をして、しかも本人は肉体の死にあれほど心を病んでいたのですから」
光秀は「とにかく」とため息を吐いて言う。
「貴方の感動、感傷に水を差して申し訳無いですが、それは毛利殿の意識の欠片では無いでしょう。どんな生き物も死に直面すれば苦痛を訴えます。それがたとえ、虫けらであったとしてもです」
「虫けらだと……!」
「事実毛利殿は窒息するまで全く反応をしなかった。それは生存本能と呼ばれるものですよ。本能はプログラムであり、意識ではない。つまりそれは毛利殿ではない。そうでしょう。哀れな清水と同じです。自ら考える事も無く、自ら望むでもなく、ただ死ぬ事を拒んでいるだけ。何も変わっていません。何もね。奇跡など起きないのですよ。良く言うように、起こらないから奇跡というのです。複数の条件が重なり、天文学的要素が集結した時、それが良い方に転べば奇跡と呼ぶ。私達はそれを運命の方に転がしました。だからもう、奇跡などは起きない」
光秀は元親と、ベッドに寝かされている元就を一度見て、それからまたため息を吐き、今度は椅子にもたれかかって天井を見上げた。酷く疲れた様子だった。
部屋の隅では清水が紅茶を淹れていた。彼はやはり微笑んでいる。何も判っては居ないのだ。何も。
「……貴方に、提案が有るんです」
「提案?」
「……毛利殿に、もう一度実験を施しませんか?」
「……っ、こ、この上! 元就を実験台にするってのか!? 身体が死んでるのを良い事に……」
「違います。それは誤解です。毛利殿を二度傷付けるのは私も気がひけますが……ただ今度は条件が違います」
「条件?」
「毛利殿のコンピューターに侵入出来ました。何日もかけてプログラムを書いたのに、解明するのは一瞬ですよ。実に達成感が無い。パスワードも判ってしまえば簡単でした。馬鹿らしい……」
「なんだったんだ?」
「メメント・モリですよ。全く。古いテーマだ。これが「前の毛利殿」から引き継がれたパスだとするなら、本当に皮肉な話です。人は最初から答えが判っているのに、辿り着こうとしないのです、往々にして。辿り着く事で何かが終わる事を恐れているのです。その最たる物は死ですが、これは全てに言える事でしょう。コロンブスの卵も似たような話ですね。辿り着くまでが難しい。辿りついてしまえば簡単なことなのに……」
元親は顔をしかめた。答えに対して回りくどい事をしているのは、今も同じだ。光秀はちらと元親の顔を見て、そして苦笑した。
「いえすいません。私もまだ踏ん切りがついていないもので。……毛利殿の研究していた酵素が有りました。あれは毛利殿の研究日誌によれば、低確率ですが細胞を蘇生する物のようです」
「低確率……」
「毛利殿の追実験の成果で、20%の確率まで上がっています。低確率ではありますが、これは奇跡という数字ではありません。奇跡は起きませんが、これぐらいの確率なら頻繁に起こり得る事です。……この酵素を、彼の脳に打ち込めば、20%の確率で細胞が蘇生します」
「残りの80%は」
「死にます」
光秀は即答した。元親が苦い顔をする。光秀もまたため息を吐いて、天井を見上げた。
「だからまだ踏ん切りがつかないのです。結論は判っているのに、辿り着くのが怖いのですよ。何かが終わるから。この場合は明確に、この中途半端な状態に決着がついてしまう。即ち、毛利殿が蘇生するか、それとも完全に死ぬか。……どちらかだ。奇跡という数字でないにしろ、毛利殿が死ぬ可能性のほうが高い。……ですが、人はいつか死にます。100%ね」
であれば。20%に懸けたい。それが私の意見です。まだ、覚悟は出来ていませんが。貴方も良ければ考えておいて下さい。最終的に貴方が反対するようであれば、私もしませんから。
光秀はそう言って、それから思案するように眼を閉じた。元親は何も言えず、ただ元就の側に寄って、その頬を撫でた。
相変わらず、何の反応も、無い。
20%という数字にかけるか。それとも、このまま、この元就と共に居るか。
元親は選択の余地は無いと、最初思った。即ち、80%の死を受け入れる事など出来ない、と。そんな事をするぐらいなら、このままずっと元就が生きている方が良い、と。まして、光秀は否定をしたが、僅かに元就の心が揺れた事は疑いようは無く、帰って来る可能性は有ると思った。
だが待てど暮らせど、元就は変わらない。光秀も判っていてか、それ以来提案をしてこない。元親は清水と共に元就の世話をした。何も知らないのか、ニコニコ笑ったまま、元就を世話し続ける清水を見ていると、心が痛んだ。嫌な事ばかり考えて、仕方が無かった。
「……清水よう」
元就をベッドに寝かせ。食事を摂っている時に、元親は清水に声をかけた。壁際に突っ立っていた清水は、微笑みを浮かべて元親を見る。
「はい、なんでしょう」
「メメント・モリってなんだ? 俺、聞き流しちまったけど。元就のパスワードだったらしいんだけどよ」
「memento mori、ですね。過去においては死を思え、と訳されていましたが、元々の意味は、死ぬのだから存分に生を楽しめ、という意味でした。その後解釈にズレが生じ、場合によっては来世を楽しめばそれでいい、というような意味になったりもしていますが、基本的には死を認識する事が共通しています」
「なるほどねぇ、答えは見えているのに、辿り着けないって事だな。誰しも自分だけはそんな事は無ぇっていう考えをするから、皆、自分だけは死なないかもしれないとちょっとだけ思ってる。不思議なもんだ。死ぬのが怖くて狂う奴も居るし、死ぬと判って安らぐ奴も居るし。「前のアイツ」はそのどちらでもあったよな。……なぁ清水、あんたに神秘論とやらを教えたのは誰だ? 元就か?」
「いいえ、「前の光秀様」です」
にこやかに答えられて、元親は顔を顰めた。予想だにしていなかった答えだ。
「……「前の明智」が?」
「はい。「光秀様」は魂の存在を信じておいででした。だから「元就様」の脳が破壊されつつあっても、魂は壊れていないと考えておられたようです。それ故我々は死についてなんら嘆き恐れる事は無いと。「光秀様」はそのような事を教えて下さいました」
「……」
魂の無い、コンピューターの清水に、魂の座なる物を教える。光秀の悪趣味さは意外と変わっていないのかもしれない、と元親は思った。自覚が無い分、「前の光秀」の方が性質が悪かったかもしれない。ならば光秀が「前の」を嫌悪するのも当然だろう。
「……じゃあさ、清水。今の元就には、魂が有ると思うか?」
そして悪趣味と判っていて、尋ねた。客観的な意見が欲しかったのも有る。清水は「いいえ」と即答した。
「ですが、全ての人間に魂の座は有ります。元就様のソレから魂が剥がれてしまい、戻って来れなくなったのです。魂の座が、何処か破損してしまって」
「破損、か……」
「ですから、座が修復されれば、魂は自然に戻って来るでしょう。私には座が有りません。だから永遠に魂は宿らない。ですが、元就様は違う」
「……あんたはどう思う? 元就に酵素とやらを打ちこむべきだと思うか?」
「我々は賭けるという事をしません。万が一にも元就様が死に至る可能性が有るなら、私は決してその道を選びません」
「そっか……」
「ただ……」
清水は元就の方を見て、静かに言う。
「人間の仕事は、賭ける事です。元就様は僅かな可能性を探し、酵素の研究をしていました。そして光秀様の実験が成功する事に賭けて、実験台になったのです。長い歴史の中で、人は勝つ見込みの無い戦争を起こし、また結末の見えない実験を繰り返しました。その結果、彼らは我々には手にする事が出来ない勝利や、発明品を生み出します。賭ける事は人間にしか出来ない事です。我々は賭けませんが。……「前の元就様」も賭けておられました。僅かな可能性に」
「……「前の元就」が? 何を賭けたって?」
「メメント・モリですよ。死を忘れるな。死ぬまで楽しく笑って生きればそれでいい。少なくとも、最期の「元就様」は、それを願っておられました。そしてその可能性を、今の元就様に賭けたのです」
今の状況は、「元就達」の願いに反するものだ。死ぬなり生きるなり、白黒つけなければならない。その間に立っている事は、彼らの願いではない。
彼らが生きる事を選んだのだとしたら、それは精一杯生きる事だったはずだ。こうして死を待つだけの生を望んだはずがない。死にたくないという原初の訴えは身体が持っている。しかしこうして生きる事もまた、彼らの理想には程遠いものだろう。
なら。なら、決着をつけなくてはならない。元就も、賭けたのだから。理解してくれるだろう。これは全て、自分のエゴかもしれないが、それでも。可能性が有るなら、賭けるべきだ。
元親は光秀に、実験する事を願い出た。光秀はその間に、元就の研究していた酵素、C36を回収していた。
「ありがとうございます。一応、貴方の言う「心の動き」が毛利殿の精神である可能性を考慮して、麻酔は使おうと思います。安心してください」
光秀はそう言って、元就を実験カプセルに入れる。元親はカプセルが締まる前、最後に頬を撫でて、元就、と名を呼んだ。答えはやはりない。そっと瞼を閉じさせて、光秀に実験を促した。
「貴方は外で待っていて下さい。見ると辛いですよ」
「でも……」
「あと、素人は邪魔なんです」
そう付け足されて、元親はしぶしぶ廊下に出た。ニコニコ笑っている清水と共に、長椅子に腰かける。実験室には、使用中のランプが灯った。
「……元就……」
不安になって名を呼ぶと、清水が「大丈夫です」という。
「結果は不安に思っても期待しても変わりません。ただ待てばいいのです」
「……お前はいいな、そういうのが無くて」
「どういたしまして」
清水の言葉に元親はため息を吐いて、それから意識を集中させる。
元就の意識が回復するなら、その断片をも逃さないように。死ぬのならば、その最後の叫びを逃さないように。元就、元就と心で名を呼ぶ。答えはまだ無い。
「ただ私は恐らく羨ましい」
清水が何か言っている。意識の片隅をそちらに向けながら、元就の意識を待つ。
「人は不死と引き換えに喜びを、不老と引き換えに愛を手に入れました。私はそのどちらも手放す理由を見い出せない。だから喜びも愛も判りません。それでも人が、恐らく羨ましい。死ぬから喜び、老いるから愛し合う人間達が」
それは正しいが、少し違うと元親は思った。少なくとも、元就が死ねば、自分は言いようも無く悲しいだけだし、今後一切喜びも愛も手に入れられない、と。それらは深い悲しみと絶望も齎した。だから恐らく、羨む必要など無いのだ。
その事を伝えようと思った。しかし、それどころではなくなった。ぴり、と何かが走った。それも強く、確かに、何かが。
元就。
元親は立ちあがり、実験室の入り口に駆け寄る。その扉に額を押しつけ、呼びかけた。
元就、元就。虚空を探しても、反応は無い。元就が見つからない。しばらく探していると、またぴりと何かが走る。
あぁ、元就、元就は確かに、今、そこに居る!
刹那、使用中のランプが消えた。元親は実験室の扉に手をかけて、ひと思いに開く。
何も変わっていなかった。実験カプセルは閉じたままで、光秀もコンピューターを見ながら様子をうかがっている。元親はカプセルに駆け寄り、元就の顔を覗き込んだ。
「元就、元就……」
名を呼ぶと、僅かに。
僅かに、元就の瞼が、開いた――。
+++
後はお好きなように、という事で。
展開としては1、元就はそのまま死ぬ 2、元就は蘇生してリハビリ生活
3、何も変わらず 4、これがバイオハザードの始まり
のどれかじゃないかと思います
なんか色々広げ過ぎてもやもやしてしまいましたが要するに
ナリとチカとみったんが3人揃ってしまったからナリが死ぬというような
そういうのを書きたかったんだと思います
長々お付き合いありがとうございました
たぶんログは上げません
海から戻り。元就にも確かに、反応が有ったと元親が訴えても、光秀は疲れたような顔でそう言うだけだった。
「清水の……?」
「彼は誰から教わったのか知りませんが、魂は肉体や脳に宿らず、何処かに不定形な形で存在しており、つまり肉体が死んだとしても毛利殿は生きている、というような考えを持っています。無論、それは彼の意思ではありませんから、誰かがインプットしたのでしょう。それが毛利殿なら皮肉な事だし、「前の毛利殿」なら笑い話です。そんな高尚な事をコンピューターに教え込むような馬鹿らしい事をして、しかも本人は肉体の死にあれほど心を病んでいたのですから」
光秀は「とにかく」とため息を吐いて言う。
「貴方の感動、感傷に水を差して申し訳無いですが、それは毛利殿の意識の欠片では無いでしょう。どんな生き物も死に直面すれば苦痛を訴えます。それがたとえ、虫けらであったとしてもです」
「虫けらだと……!」
「事実毛利殿は窒息するまで全く反応をしなかった。それは生存本能と呼ばれるものですよ。本能はプログラムであり、意識ではない。つまりそれは毛利殿ではない。そうでしょう。哀れな清水と同じです。自ら考える事も無く、自ら望むでもなく、ただ死ぬ事を拒んでいるだけ。何も変わっていません。何もね。奇跡など起きないのですよ。良く言うように、起こらないから奇跡というのです。複数の条件が重なり、天文学的要素が集結した時、それが良い方に転べば奇跡と呼ぶ。私達はそれを運命の方に転がしました。だからもう、奇跡などは起きない」
光秀は元親と、ベッドに寝かされている元就を一度見て、それからまたため息を吐き、今度は椅子にもたれかかって天井を見上げた。酷く疲れた様子だった。
部屋の隅では清水が紅茶を淹れていた。彼はやはり微笑んでいる。何も判っては居ないのだ。何も。
「……貴方に、提案が有るんです」
「提案?」
「……毛利殿に、もう一度実験を施しませんか?」
「……っ、こ、この上! 元就を実験台にするってのか!? 身体が死んでるのを良い事に……」
「違います。それは誤解です。毛利殿を二度傷付けるのは私も気がひけますが……ただ今度は条件が違います」
「条件?」
「毛利殿のコンピューターに侵入出来ました。何日もかけてプログラムを書いたのに、解明するのは一瞬ですよ。実に達成感が無い。パスワードも判ってしまえば簡単でした。馬鹿らしい……」
「なんだったんだ?」
「メメント・モリですよ。全く。古いテーマだ。これが「前の毛利殿」から引き継がれたパスだとするなら、本当に皮肉な話です。人は最初から答えが判っているのに、辿り着こうとしないのです、往々にして。辿り着く事で何かが終わる事を恐れているのです。その最たる物は死ですが、これは全てに言える事でしょう。コロンブスの卵も似たような話ですね。辿り着くまでが難しい。辿りついてしまえば簡単なことなのに……」
元親は顔をしかめた。答えに対して回りくどい事をしているのは、今も同じだ。光秀はちらと元親の顔を見て、そして苦笑した。
「いえすいません。私もまだ踏ん切りがついていないもので。……毛利殿の研究していた酵素が有りました。あれは毛利殿の研究日誌によれば、低確率ですが細胞を蘇生する物のようです」
「低確率……」
「毛利殿の追実験の成果で、20%の確率まで上がっています。低確率ではありますが、これは奇跡という数字ではありません。奇跡は起きませんが、これぐらいの確率なら頻繁に起こり得る事です。……この酵素を、彼の脳に打ち込めば、20%の確率で細胞が蘇生します」
「残りの80%は」
「死にます」
光秀は即答した。元親が苦い顔をする。光秀もまたため息を吐いて、天井を見上げた。
「だからまだ踏ん切りがつかないのです。結論は判っているのに、辿り着くのが怖いのですよ。何かが終わるから。この場合は明確に、この中途半端な状態に決着がついてしまう。即ち、毛利殿が蘇生するか、それとも完全に死ぬか。……どちらかだ。奇跡という数字でないにしろ、毛利殿が死ぬ可能性のほうが高い。……ですが、人はいつか死にます。100%ね」
であれば。20%に懸けたい。それが私の意見です。まだ、覚悟は出来ていませんが。貴方も良ければ考えておいて下さい。最終的に貴方が反対するようであれば、私もしませんから。
光秀はそう言って、それから思案するように眼を閉じた。元親は何も言えず、ただ元就の側に寄って、その頬を撫でた。
相変わらず、何の反応も、無い。
20%という数字にかけるか。それとも、このまま、この元就と共に居るか。
元親は選択の余地は無いと、最初思った。即ち、80%の死を受け入れる事など出来ない、と。そんな事をするぐらいなら、このままずっと元就が生きている方が良い、と。まして、光秀は否定をしたが、僅かに元就の心が揺れた事は疑いようは無く、帰って来る可能性は有ると思った。
だが待てど暮らせど、元就は変わらない。光秀も判っていてか、それ以来提案をしてこない。元親は清水と共に元就の世話をした。何も知らないのか、ニコニコ笑ったまま、元就を世話し続ける清水を見ていると、心が痛んだ。嫌な事ばかり考えて、仕方が無かった。
「……清水よう」
元就をベッドに寝かせ。食事を摂っている時に、元親は清水に声をかけた。壁際に突っ立っていた清水は、微笑みを浮かべて元親を見る。
「はい、なんでしょう」
「メメント・モリってなんだ? 俺、聞き流しちまったけど。元就のパスワードだったらしいんだけどよ」
「memento mori、ですね。過去においては死を思え、と訳されていましたが、元々の意味は、死ぬのだから存分に生を楽しめ、という意味でした。その後解釈にズレが生じ、場合によっては来世を楽しめばそれでいい、というような意味になったりもしていますが、基本的には死を認識する事が共通しています」
「なるほどねぇ、答えは見えているのに、辿り着けないって事だな。誰しも自分だけはそんな事は無ぇっていう考えをするから、皆、自分だけは死なないかもしれないとちょっとだけ思ってる。不思議なもんだ。死ぬのが怖くて狂う奴も居るし、死ぬと判って安らぐ奴も居るし。「前のアイツ」はそのどちらでもあったよな。……なぁ清水、あんたに神秘論とやらを教えたのは誰だ? 元就か?」
「いいえ、「前の光秀様」です」
にこやかに答えられて、元親は顔を顰めた。予想だにしていなかった答えだ。
「……「前の明智」が?」
「はい。「光秀様」は魂の存在を信じておいででした。だから「元就様」の脳が破壊されつつあっても、魂は壊れていないと考えておられたようです。それ故我々は死についてなんら嘆き恐れる事は無いと。「光秀様」はそのような事を教えて下さいました」
「……」
魂の無い、コンピューターの清水に、魂の座なる物を教える。光秀の悪趣味さは意外と変わっていないのかもしれない、と元親は思った。自覚が無い分、「前の光秀」の方が性質が悪かったかもしれない。ならば光秀が「前の」を嫌悪するのも当然だろう。
「……じゃあさ、清水。今の元就には、魂が有ると思うか?」
そして悪趣味と判っていて、尋ねた。客観的な意見が欲しかったのも有る。清水は「いいえ」と即答した。
「ですが、全ての人間に魂の座は有ります。元就様のソレから魂が剥がれてしまい、戻って来れなくなったのです。魂の座が、何処か破損してしまって」
「破損、か……」
「ですから、座が修復されれば、魂は自然に戻って来るでしょう。私には座が有りません。だから永遠に魂は宿らない。ですが、元就様は違う」
「……あんたはどう思う? 元就に酵素とやらを打ちこむべきだと思うか?」
「我々は賭けるという事をしません。万が一にも元就様が死に至る可能性が有るなら、私は決してその道を選びません」
「そっか……」
「ただ……」
清水は元就の方を見て、静かに言う。
「人間の仕事は、賭ける事です。元就様は僅かな可能性を探し、酵素の研究をしていました。そして光秀様の実験が成功する事に賭けて、実験台になったのです。長い歴史の中で、人は勝つ見込みの無い戦争を起こし、また結末の見えない実験を繰り返しました。その結果、彼らは我々には手にする事が出来ない勝利や、発明品を生み出します。賭ける事は人間にしか出来ない事です。我々は賭けませんが。……「前の元就様」も賭けておられました。僅かな可能性に」
「……「前の元就」が? 何を賭けたって?」
「メメント・モリですよ。死を忘れるな。死ぬまで楽しく笑って生きればそれでいい。少なくとも、最期の「元就様」は、それを願っておられました。そしてその可能性を、今の元就様に賭けたのです」
今の状況は、「元就達」の願いに反するものだ。死ぬなり生きるなり、白黒つけなければならない。その間に立っている事は、彼らの願いではない。
彼らが生きる事を選んだのだとしたら、それは精一杯生きる事だったはずだ。こうして死を待つだけの生を望んだはずがない。死にたくないという原初の訴えは身体が持っている。しかしこうして生きる事もまた、彼らの理想には程遠いものだろう。
なら。なら、決着をつけなくてはならない。元就も、賭けたのだから。理解してくれるだろう。これは全て、自分のエゴかもしれないが、それでも。可能性が有るなら、賭けるべきだ。
元親は光秀に、実験する事を願い出た。光秀はその間に、元就の研究していた酵素、C36を回収していた。
「ありがとうございます。一応、貴方の言う「心の動き」が毛利殿の精神である可能性を考慮して、麻酔は使おうと思います。安心してください」
光秀はそう言って、元就を実験カプセルに入れる。元親はカプセルが締まる前、最後に頬を撫でて、元就、と名を呼んだ。答えはやはりない。そっと瞼を閉じさせて、光秀に実験を促した。
「貴方は外で待っていて下さい。見ると辛いですよ」
「でも……」
「あと、素人は邪魔なんです」
そう付け足されて、元親はしぶしぶ廊下に出た。ニコニコ笑っている清水と共に、長椅子に腰かける。実験室には、使用中のランプが灯った。
「……元就……」
不安になって名を呼ぶと、清水が「大丈夫です」という。
「結果は不安に思っても期待しても変わりません。ただ待てばいいのです」
「……お前はいいな、そういうのが無くて」
「どういたしまして」
清水の言葉に元親はため息を吐いて、それから意識を集中させる。
元就の意識が回復するなら、その断片をも逃さないように。死ぬのならば、その最後の叫びを逃さないように。元就、元就と心で名を呼ぶ。答えはまだ無い。
「ただ私は恐らく羨ましい」
清水が何か言っている。意識の片隅をそちらに向けながら、元就の意識を待つ。
「人は不死と引き換えに喜びを、不老と引き換えに愛を手に入れました。私はそのどちらも手放す理由を見い出せない。だから喜びも愛も判りません。それでも人が、恐らく羨ましい。死ぬから喜び、老いるから愛し合う人間達が」
それは正しいが、少し違うと元親は思った。少なくとも、元就が死ねば、自分は言いようも無く悲しいだけだし、今後一切喜びも愛も手に入れられない、と。それらは深い悲しみと絶望も齎した。だから恐らく、羨む必要など無いのだ。
その事を伝えようと思った。しかし、それどころではなくなった。ぴり、と何かが走った。それも強く、確かに、何かが。
元就。
元親は立ちあがり、実験室の入り口に駆け寄る。その扉に額を押しつけ、呼びかけた。
元就、元就。虚空を探しても、反応は無い。元就が見つからない。しばらく探していると、またぴりと何かが走る。
あぁ、元就、元就は確かに、今、そこに居る!
刹那、使用中のランプが消えた。元親は実験室の扉に手をかけて、ひと思いに開く。
何も変わっていなかった。実験カプセルは閉じたままで、光秀もコンピューターを見ながら様子をうかがっている。元親はカプセルに駆け寄り、元就の顔を覗き込んだ。
「元就、元就……」
名を呼ぶと、僅かに。
僅かに、元就の瞼が、開いた――。
+++
後はお好きなように、という事で。
展開としては1、元就はそのまま死ぬ 2、元就は蘇生してリハビリ生活
3、何も変わらず 4、これがバイオハザードの始まり
のどれかじゃないかと思います
なんか色々広げ過ぎてもやもやしてしまいましたが要するに
ナリとチカとみったんが3人揃ってしまったからナリが死ぬというような
そういうのを書きたかったんだと思います
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