ミラは最近聞いてると泣きそうになる
みんな死ぬんだなーと思って
以下、ナリチカナリの5
次かその次ぐらいで終わりたい
みんな死ぬんだなーと思って
以下、ナリチカナリの5
次かその次ぐらいで終わりたい
毛利が仕事にやって来て、二階に消えた。ちょうど昼休憩が始まった頃だった。一時間の昼休憩。毛利は仕事をする。最低3時間ぐらいはやるだろう。俺はそう考えて、会社を出た。
会社の前には高級車が止まっている。足早にそれに近づいて、助手席の窓をゴンゴン叩いた。窓が開いて、いつもの男が不快そうな顔で「何だ」と言う。
「話が有る」
「私には無い」
「俺は有る。乗せろ」
「私には無いと言っているだろう!」
「だから、俺は毛利の話がしたいって言ってるんだ!」
「……っ、私はしたくない!」
ガキの喧嘩みてぇだ。
「貴様らのような貧民どもに、元就様が付き合われているだけで十分だ! これ以上何を望むか!」
「うるせぇ、汗水垂らして働いた事も無いような奴に、俺達を馬鹿にする権利なんて無ぇ! 俺はてめぇらと平等な一人の人間として、毛利の事を知りたいと言ってる。で、あんたに話せと言ってるんだ!」
「どうして私が!」
「いいか、昼休憩は一時間しかない、こんな無駄な問答をしてる時間は無ぇんだ。さっさと店決めて飯食って職場に戻らなくちゃいけねえ。とっとと首ぃ縦に振って車に乗せやがれ」
「な、な、何故私が貴様と食事など!」
「おお、俺の話が通じてるじゃあねぇか。良く飯おごれって言ってるのが判ったな」
「き、貴様になど、誰が! あっちへ行け!」
「いや、ダメだな。よし。こうなったらアレだ。あの晩、俺と毛利の間に何が有ったのか、週刊誌に赤裸々なタレこみをしてやってもいいんだぜ! あるいはお前の言う所の本家に、その証拠を送ってやる!」
最低な事言ってるな、俺。でもまぁ、何が有ったのかは俺も知らないし。ハッタリもいいところだ。本家が何処かも知らないし。
「な、な……」
「そうしたらお前の大事な元就様の色んな物が壊れるぜ! んなの、嫌だろうが。だからさっさと乗せろ。旨いラーメン屋知ってるから」
「ら、ラーメンなど、貧民の……」
「うるせぇ、文句は食ってから言え! あーもうめんどくせぇ」
「あ、こ、コラ!」
窓は全開なわけだから、ドアはカギが開けば開く。カギはかかってなかったので、勝手にドアを開けて助手席に座ってやった。
「わ、私は了承してなど、」
「時間が無ぇって言ってるだろ。判った、なんなら俺がおごってやる」
「そういう問題では!」
「いいから、次の交差点を右だ。道細いから、頭削んなよ」
で、俺は無理やり、そいつに車を走らせた。
飯屋について、タンタン麺と半天津を頼む。わけが判ってない奴も同じものを注文して、それでそわそわしている。この店はびっくりするほど小汚い。テーブルは油でベトベトだし、薄暗いし、壁はくすんでるし、床もなんだか奇麗じゃないし、食事をする場所、として考えれば最低の所だ。だから客の入りは少ない。
話せと言っても話しそうになかったから、とりあえず食事を済ませる事にする。飯が来ても、奴はしばらく困惑してから、恐る恐るタンタン麺を食った。そしてそれから素っ頓狂な顔で「うまい」と一言口走った。そう、この店は汚い事にかけても、味にかけても逸品だ。奴はそれまで不衛生さに不快だった事も忘れたようで、がつがつ無言で食っていた。
ひとしきり食い終わると、俺は「毛利の事だけど」と切り出す。旨い飯を食って、多少は心が開いたらしい奴は、「私が喋った事は内密に、特に元就様には知らぬ顔で接するように」と先に念を押した。
「なんでだよ」
「元就様は現在の職場を大層気に入っておられる。それはあそこに、元就様の生い立ちを知っている者が居ないからだ。変な同情などすれば、元就様は嫌がるだろう。貴様が元就様に気を遣っても、元就様がなんとも思われないのは、その気遣いが的外れだからだ」
「……判った。的外れなままで居るよ。で、アイツの生い立ちって?」
奴は一度、周りを見渡して、それからため息を吐いて、語ってくれた。
大内家は縁戚まで含む大富豪で、各々会社経営者や議員として凄腕の揃うエリート中のエリートだそうだ。その家柄は厳格で(奴は古臭い、と付け足した)嫡男をリーダーとしてその補佐を続く兄弟が行い、下の兄弟は実子が出来ぬ限り主導権は握れない、という形になっているそうだ。もちろん、子が出来たらその子のために尽くす、という形でだが。そうして分家が多数発生し、毛利家が生まれた。
毛利家の嫡男だった弘元には兄弟が無く、その当時は争い事も無く平穏に過ぎた。その後弘元には二人の子が出来る。それが、毛利のお兄さんである興元と、アイツだった。ここからはややこしいからあいつの事は元就と呼ぼう。
興元は当然嫡男として厳しく育てられ、大内家のエリートの一人になれるよう、あらゆる英才教育を詰め込まれた。元就の方はその補佐に当たる、という建前で、要は放任されていたそうだ。その時期は一般の小学校などに通って、極普通の生活を送っていたらしい(極普通、といっても相当のレベルだったろう事は、毛利の世間知らずぶりから推測出来るが)。親族の誰も、元就を相手にはしていなかったし、元就もそれで構わなかった時代が有ったそうだ。
しかしその後興元が一変する。ある日突然失踪し、方々探したところがどこぞのロックバンドになるんだとかなんとか、とにかくでたらめな生活をして、酒をかっくらって(どうもアル中患者にまでなったようだ)ダメになった。あれはもうダメだ、と厳格な大内家本家の老人達は、興元を切り捨てる事にした。ようは、数えない事にしたんだな。そうすると一番上は元就になる。
だから元就はある日突然、毛利家の家督を継ぐ嫡男として認められ、突然英才教育を与えられ始めた。通っていた学校も止めさせられ、それまで培ってきたもの全てを否定され、経営者として、人の上に立つ者として必要な物だけが、必要だと教え込まれたそうだ。親族達は急に元就に顔を向け、何を考えているやら判らない笑顔で近づいてくる。嫌味と皮肉の応酬劇の中に取り込まれて、毎日誰かに敬語とお世辞を言いまくる暮らしになった。
そりゃあ、と俺は思う。人間不信になっても仕方無ぇぜ。そう言ってやると、奴は「まだ終わりではない」とため息を吐く。なんと数年前、その数えられなくなったはずの長男興元が、実子を従えて帰って来た。実子は嫡男だ。嫡男を持つ嫡男が、真面目にやると言って帰って来た。厳格な家だ。血を重んじる。元就はまた位を下げられて、そして興元が毛利家嫡男になった。元就は、今まで教えられてきた全てが無駄になった。
与えられては奪われて、諦めては無くなって。そんな人生、と俺は悲しくなった。定まってないのは仕方がない、だがそんな風に振り回されて、人間はどんな夢を、どんな楽しい事を考えられるって言うんだ。昨日まで確かだったものが全て無くなって、それを二回もやられて、元就が疲れないはずがない。その失われた時間に培われたはずの物を、取り返す時間は無い。元就はどちらにも居られない。
だが流石にお偉い方々も、元就を気の毒に思ったらしい。この一度限り、という条件で、元就に居場所を選ぶ権利を与えた。一度だけ、大内家、毛利家がバックについて、経営なりなんなりの支援をすると。だからこれまでに手に入れたものを使ってみろ、と。要するに、情けをかけられたわけだ。経営者として、リーダーとしての夢をみせておいて、勝手に打ち砕いた事をそれで清算したいと。そして元就は、俺達の会社を選んだ。
理由は、元就が子供の頃、自由だった頃、住んでいた町で、通学路にあった会社で、そしてその経営が傾いていたから。
それだけの理由だった。
「癪な事だが、元就様は貴様らの会社を気に入っている。特に貴様を」
「俺を?」
「貴様、元就様の経営戦略に食ってかかったそうだな。それが元就様は嬉しかったのだ、恐らく」
「嬉しかった?」
確かに、アイツと初めて交わした会話は、従業員を切る切らないの騒ぎの最中で、俺は半ば怒鳴るように、アイツに文句を言った。敬語も何もなく、ただ叫んだ。毛利はそれを冷たくあしらっていただけだった。……ように見えた、が。それがアイツは嬉しかった?
「家督を一時的に手に入れて以来、元就様の周りには建前と口実が溢れ返った。まどろっこしい言葉の中に真意を見出すのが毎日で、褒められたならけなされたとみなし、叱責を受けたならば認められているのだと納得するしかなかった。そこに貴様が、あまりにも愚直な発言をぶつけてきた。元就様はそれが新鮮で、それを気に入ったのだ。今までの暮らしには決して無いものだったからな」
「ははあ……」
貴族様が貧民の素直さに感激して、ねぇ。タイタニックじゃあるまいし。まぁ実際、毛利にとっては新鮮なものだったんだろう。俺は言いたい事を言っただけだ。建前だとか敬語だとか、お世辞だとか面倒くせえ。評価してくれるのはありがたいが、要するに俺は馬鹿か、馬鹿が付く正直者だって、それだけだ。
で、だ。
「で、なんでアンタは、毛利に評価されてる会社や俺を毛嫌いしてるんだ?」
「そ、それは、元就様にはもっとふさわしい企業や、人脈が有ってしかるべきだと」
「そりゃアンタが毛利の居るべき場所を決めつけようとしてるって事か? じゃあアンタも本家とかいう連中の仲間って事になっちまうが」
「わ、私は……」
「そもそもあんた、誰なんだ? お目付役にしちゃあ若いし」
「……私は、……元就様の異母弟にあたる」
つまり、嫡男を補佐するための、兄弟って奴か。本来は興元とかいうのに着くはずだったが、一時的に元就が嫡男になってたわけだから、元就に着いてて、そのまま継続してる……ってところなのか。言ってる事の節々に、本家とやらへの不信感が有るし、もしかしたらこいつは元就の味方なのかもしれない。だが元就の態度を見るに、元就のほうはこいつを味方だとは思っていない。
全く人間関係ってのは面倒なもんだ。大好きなお兄ちゃんを慕うあまりに、こうして兄から嫌われてるコイツがいりゃあ、大っ嫌いな野郎にたてついたせいでそいつに好かれちまった俺が居る。難儀なもんだぜ。
「なぁ、アンタ。毛利の野郎が心配なのも判るし、俺が信用出来ないってのも、まぁ判る。でもな、アンタがアイツの事を好いているなら、アイツが好くものを否定してても、仲良くはなれないぜ。別に好きになれとは言わねえさ、もし俺がとんでもない奴だったら、歯止めを利かせる奴が居ないと危ないしな。だがよ、アイツはアイツの道を自分で選んだし、これからもその選択を歩んでいくつもりなんだ。それをアンタがああだこうだと引き止めちまったら、アイツは結局何にも出来ないじゃねぇか」
だから、少しの間でいい。毛利のしたいようにさせてやっちゃあどうだ。まぁ融通の利かない事だってお偉い家には有るのかもしれねぇけど、でもこのままじゃあ毛利が可哀想じゃあねぇか。選んだ道の従業員には嫌われて、成果も認められなくて、居場所も無くて、そんなの悲しすぎるじゃねえか。何か一つぐらい、アイツの確かなモノにならないと、アイツの生きてきた意味が無くなっちまうじゃねえか。なぁ。
俺が救えるとは言わないし、まして俺が正しいとも言いきらない、でもアイツは確かに選んだし、確かに自分の意思で俺達と接してる。それが成功に終わるか失敗に終わるか、そりゃあ判らないし、どうなってもおかしくない。でも一度ぐらい、挑戦させてくれ。
アイツをしばらく、泳がせてやってくれねぇか。
つまらねぇ要求だ。なんで人のためにそんな事をお願いしなくちゃならねぇんだ。ましてやあのダメな奴のために。
たぶん、俺は毛利の事を気に入ってるんだな。あの晩、毛利が何を語って、俺がなんと答えたのかは判らないが、それでも俺は、アイツの事を気に入ってるんだ。だから、なんとかしてやりたい。一人ぐらい、救いたい。救えるかどうかも、判らないけど。
+++
タンタン麺食いてぇ
会社の前には高級車が止まっている。足早にそれに近づいて、助手席の窓をゴンゴン叩いた。窓が開いて、いつもの男が不快そうな顔で「何だ」と言う。
「話が有る」
「私には無い」
「俺は有る。乗せろ」
「私には無いと言っているだろう!」
「だから、俺は毛利の話がしたいって言ってるんだ!」
「……っ、私はしたくない!」
ガキの喧嘩みてぇだ。
「貴様らのような貧民どもに、元就様が付き合われているだけで十分だ! これ以上何を望むか!」
「うるせぇ、汗水垂らして働いた事も無いような奴に、俺達を馬鹿にする権利なんて無ぇ! 俺はてめぇらと平等な一人の人間として、毛利の事を知りたいと言ってる。で、あんたに話せと言ってるんだ!」
「どうして私が!」
「いいか、昼休憩は一時間しかない、こんな無駄な問答をしてる時間は無ぇんだ。さっさと店決めて飯食って職場に戻らなくちゃいけねえ。とっとと首ぃ縦に振って車に乗せやがれ」
「な、な、何故私が貴様と食事など!」
「おお、俺の話が通じてるじゃあねぇか。良く飯おごれって言ってるのが判ったな」
「き、貴様になど、誰が! あっちへ行け!」
「いや、ダメだな。よし。こうなったらアレだ。あの晩、俺と毛利の間に何が有ったのか、週刊誌に赤裸々なタレこみをしてやってもいいんだぜ! あるいはお前の言う所の本家に、その証拠を送ってやる!」
最低な事言ってるな、俺。でもまぁ、何が有ったのかは俺も知らないし。ハッタリもいいところだ。本家が何処かも知らないし。
「な、な……」
「そうしたらお前の大事な元就様の色んな物が壊れるぜ! んなの、嫌だろうが。だからさっさと乗せろ。旨いラーメン屋知ってるから」
「ら、ラーメンなど、貧民の……」
「うるせぇ、文句は食ってから言え! あーもうめんどくせぇ」
「あ、こ、コラ!」
窓は全開なわけだから、ドアはカギが開けば開く。カギはかかってなかったので、勝手にドアを開けて助手席に座ってやった。
「わ、私は了承してなど、」
「時間が無ぇって言ってるだろ。判った、なんなら俺がおごってやる」
「そういう問題では!」
「いいから、次の交差点を右だ。道細いから、頭削んなよ」
で、俺は無理やり、そいつに車を走らせた。
飯屋について、タンタン麺と半天津を頼む。わけが判ってない奴も同じものを注文して、それでそわそわしている。この店はびっくりするほど小汚い。テーブルは油でベトベトだし、薄暗いし、壁はくすんでるし、床もなんだか奇麗じゃないし、食事をする場所、として考えれば最低の所だ。だから客の入りは少ない。
話せと言っても話しそうになかったから、とりあえず食事を済ませる事にする。飯が来ても、奴はしばらく困惑してから、恐る恐るタンタン麺を食った。そしてそれから素っ頓狂な顔で「うまい」と一言口走った。そう、この店は汚い事にかけても、味にかけても逸品だ。奴はそれまで不衛生さに不快だった事も忘れたようで、がつがつ無言で食っていた。
ひとしきり食い終わると、俺は「毛利の事だけど」と切り出す。旨い飯を食って、多少は心が開いたらしい奴は、「私が喋った事は内密に、特に元就様には知らぬ顔で接するように」と先に念を押した。
「なんでだよ」
「元就様は現在の職場を大層気に入っておられる。それはあそこに、元就様の生い立ちを知っている者が居ないからだ。変な同情などすれば、元就様は嫌がるだろう。貴様が元就様に気を遣っても、元就様がなんとも思われないのは、その気遣いが的外れだからだ」
「……判った。的外れなままで居るよ。で、アイツの生い立ちって?」
奴は一度、周りを見渡して、それからため息を吐いて、語ってくれた。
大内家は縁戚まで含む大富豪で、各々会社経営者や議員として凄腕の揃うエリート中のエリートだそうだ。その家柄は厳格で(奴は古臭い、と付け足した)嫡男をリーダーとしてその補佐を続く兄弟が行い、下の兄弟は実子が出来ぬ限り主導権は握れない、という形になっているそうだ。もちろん、子が出来たらその子のために尽くす、という形でだが。そうして分家が多数発生し、毛利家が生まれた。
毛利家の嫡男だった弘元には兄弟が無く、その当時は争い事も無く平穏に過ぎた。その後弘元には二人の子が出来る。それが、毛利のお兄さんである興元と、アイツだった。ここからはややこしいからあいつの事は元就と呼ぼう。
興元は当然嫡男として厳しく育てられ、大内家のエリートの一人になれるよう、あらゆる英才教育を詰め込まれた。元就の方はその補佐に当たる、という建前で、要は放任されていたそうだ。その時期は一般の小学校などに通って、極普通の生活を送っていたらしい(極普通、といっても相当のレベルだったろう事は、毛利の世間知らずぶりから推測出来るが)。親族の誰も、元就を相手にはしていなかったし、元就もそれで構わなかった時代が有ったそうだ。
しかしその後興元が一変する。ある日突然失踪し、方々探したところがどこぞのロックバンドになるんだとかなんとか、とにかくでたらめな生活をして、酒をかっくらって(どうもアル中患者にまでなったようだ)ダメになった。あれはもうダメだ、と厳格な大内家本家の老人達は、興元を切り捨てる事にした。ようは、数えない事にしたんだな。そうすると一番上は元就になる。
だから元就はある日突然、毛利家の家督を継ぐ嫡男として認められ、突然英才教育を与えられ始めた。通っていた学校も止めさせられ、それまで培ってきたもの全てを否定され、経営者として、人の上に立つ者として必要な物だけが、必要だと教え込まれたそうだ。親族達は急に元就に顔を向け、何を考えているやら判らない笑顔で近づいてくる。嫌味と皮肉の応酬劇の中に取り込まれて、毎日誰かに敬語とお世辞を言いまくる暮らしになった。
そりゃあ、と俺は思う。人間不信になっても仕方無ぇぜ。そう言ってやると、奴は「まだ終わりではない」とため息を吐く。なんと数年前、その数えられなくなったはずの長男興元が、実子を従えて帰って来た。実子は嫡男だ。嫡男を持つ嫡男が、真面目にやると言って帰って来た。厳格な家だ。血を重んじる。元就はまた位を下げられて、そして興元が毛利家嫡男になった。元就は、今まで教えられてきた全てが無駄になった。
与えられては奪われて、諦めては無くなって。そんな人生、と俺は悲しくなった。定まってないのは仕方がない、だがそんな風に振り回されて、人間はどんな夢を、どんな楽しい事を考えられるって言うんだ。昨日まで確かだったものが全て無くなって、それを二回もやられて、元就が疲れないはずがない。その失われた時間に培われたはずの物を、取り返す時間は無い。元就はどちらにも居られない。
だが流石にお偉い方々も、元就を気の毒に思ったらしい。この一度限り、という条件で、元就に居場所を選ぶ権利を与えた。一度だけ、大内家、毛利家がバックについて、経営なりなんなりの支援をすると。だからこれまでに手に入れたものを使ってみろ、と。要するに、情けをかけられたわけだ。経営者として、リーダーとしての夢をみせておいて、勝手に打ち砕いた事をそれで清算したいと。そして元就は、俺達の会社を選んだ。
理由は、元就が子供の頃、自由だった頃、住んでいた町で、通学路にあった会社で、そしてその経営が傾いていたから。
それだけの理由だった。
「癪な事だが、元就様は貴様らの会社を気に入っている。特に貴様を」
「俺を?」
「貴様、元就様の経営戦略に食ってかかったそうだな。それが元就様は嬉しかったのだ、恐らく」
「嬉しかった?」
確かに、アイツと初めて交わした会話は、従業員を切る切らないの騒ぎの最中で、俺は半ば怒鳴るように、アイツに文句を言った。敬語も何もなく、ただ叫んだ。毛利はそれを冷たくあしらっていただけだった。……ように見えた、が。それがアイツは嬉しかった?
「家督を一時的に手に入れて以来、元就様の周りには建前と口実が溢れ返った。まどろっこしい言葉の中に真意を見出すのが毎日で、褒められたならけなされたとみなし、叱責を受けたならば認められているのだと納得するしかなかった。そこに貴様が、あまりにも愚直な発言をぶつけてきた。元就様はそれが新鮮で、それを気に入ったのだ。今までの暮らしには決して無いものだったからな」
「ははあ……」
貴族様が貧民の素直さに感激して、ねぇ。タイタニックじゃあるまいし。まぁ実際、毛利にとっては新鮮なものだったんだろう。俺は言いたい事を言っただけだ。建前だとか敬語だとか、お世辞だとか面倒くせえ。評価してくれるのはありがたいが、要するに俺は馬鹿か、馬鹿が付く正直者だって、それだけだ。
で、だ。
「で、なんでアンタは、毛利に評価されてる会社や俺を毛嫌いしてるんだ?」
「そ、それは、元就様にはもっとふさわしい企業や、人脈が有ってしかるべきだと」
「そりゃアンタが毛利の居るべき場所を決めつけようとしてるって事か? じゃあアンタも本家とかいう連中の仲間って事になっちまうが」
「わ、私は……」
「そもそもあんた、誰なんだ? お目付役にしちゃあ若いし」
「……私は、……元就様の異母弟にあたる」
つまり、嫡男を補佐するための、兄弟って奴か。本来は興元とかいうのに着くはずだったが、一時的に元就が嫡男になってたわけだから、元就に着いてて、そのまま継続してる……ってところなのか。言ってる事の節々に、本家とやらへの不信感が有るし、もしかしたらこいつは元就の味方なのかもしれない。だが元就の態度を見るに、元就のほうはこいつを味方だとは思っていない。
全く人間関係ってのは面倒なもんだ。大好きなお兄ちゃんを慕うあまりに、こうして兄から嫌われてるコイツがいりゃあ、大っ嫌いな野郎にたてついたせいでそいつに好かれちまった俺が居る。難儀なもんだぜ。
「なぁ、アンタ。毛利の野郎が心配なのも判るし、俺が信用出来ないってのも、まぁ判る。でもな、アンタがアイツの事を好いているなら、アイツが好くものを否定してても、仲良くはなれないぜ。別に好きになれとは言わねえさ、もし俺がとんでもない奴だったら、歯止めを利かせる奴が居ないと危ないしな。だがよ、アイツはアイツの道を自分で選んだし、これからもその選択を歩んでいくつもりなんだ。それをアンタがああだこうだと引き止めちまったら、アイツは結局何にも出来ないじゃねぇか」
だから、少しの間でいい。毛利のしたいようにさせてやっちゃあどうだ。まぁ融通の利かない事だってお偉い家には有るのかもしれねぇけど、でもこのままじゃあ毛利が可哀想じゃあねぇか。選んだ道の従業員には嫌われて、成果も認められなくて、居場所も無くて、そんなの悲しすぎるじゃねえか。何か一つぐらい、アイツの確かなモノにならないと、アイツの生きてきた意味が無くなっちまうじゃねえか。なぁ。
俺が救えるとは言わないし、まして俺が正しいとも言いきらない、でもアイツは確かに選んだし、確かに自分の意思で俺達と接してる。それが成功に終わるか失敗に終わるか、そりゃあ判らないし、どうなってもおかしくない。でも一度ぐらい、挑戦させてくれ。
アイツをしばらく、泳がせてやってくれねぇか。
つまらねぇ要求だ。なんで人のためにそんな事をお願いしなくちゃならねぇんだ。ましてやあのダメな奴のために。
たぶん、俺は毛利の事を気に入ってるんだな。あの晩、毛利が何を語って、俺がなんと答えたのかは判らないが、それでも俺は、アイツの事を気に入ってるんだ。だから、なんとかしてやりたい。一人ぐらい、救いたい。救えるかどうかも、判らないけど。
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