発掘したので、載せてみます。
999、12です。が、なんだか消化不良のまま終わっている様子。
999、12です。が、なんだか消化不良のまま終わっている様子。
最初からそうだった、わけではない。
それなりの家に生まれ、それなりの才能を持って育ったつもりだ。事業に失敗した事も有ったが、結果的には勝っている。社長として、男として成功した部類だったはずだ。
それがある日突然、壊れてしまった。
原因も判らない。ただ、全ての人の顔が同じに見える。相貌失認症という病名が与えられても、何の解決にもならない。どんなに見ても、判ろうとしても無駄だった。致命的だ。理解者が居たとはいいながらも、あまりに惨めな暮らしが始まった。
本郷は船の中に居た。ブリタニック号のようだ。とうに沈んだ船の中。ここは大病室だろう。ベッドが見渡す限り並んでいる。その上に、同じ数だけの人間が寝かされていた。どれも同じ顔で、同じ服を着ていて、ただ転がっている。
本郷はその中を走り、一人の人間を捜していた。
「ライト、ライト……何処だ、……どれ、だ……」
声をかけても返事がない。どの人間も死んだように、身動き一つしない。本郷はそのいくつかに触れさえしたが、それは冷たいばかりで反応を返さず、やはり同じようにしか見えなかった。
「ライト、ライト――」
ふいに、気配を感じた。振り返ると、側に誰かが立っている。誰なのかはやはり判らない。ただ、彼が笑っているのだけ判った。
「……誰だ、なにを……笑う」
「こんなおかしい事が他に有る? 社長。僕が誰かも判らないなんて」
男は本郷を見下すように笑う。何処か覚えがあった。知っている人間のような気がする。思い出せない。顔も、判らない。
「人を散々馬鹿にして、やりたいように生きて、その末にこんな事になって。あんたの今の姿、とてつもなく滑稽だよ。誰にでも出来る事が、あんたには出来ない。あれ、覚えてる? ほら、得意先の社長の顔が判らなくて、大恥かいたよね。皆の前で土下座してさ、頭から水ぶちまけられてさあ……」
「……だ、黙れ……」
本郷が低く唸る。思い出したくもない。なのに鮮明に記憶が蘇る。土下座した相手の顔も、やはり判らない。誰かが笑っていた。判らない、判らない。誰が味方で、誰が敵か。
「みぃんな出来る事が、あんたには出来ない。ほら、僕が判る? 判らないよねえ? 誰になにを言われても、判らないんだよねぇえ。馬鹿はどっちなんだろうね、社長」
「黙れ……」
「なぁに、文句が有るの? 全部本当の事じゃあないか。あれぇ、生意気に怒ってるの? 図星だからって? 馬鹿みたい。そんなあんたの事なんて、誰も愛するわけないだろう? 顔も判らない相手の事なんて。それなのに、誰よりも尊大だなんて。身の程を知りなよ。ねぇ誰を探してるの? 手伝ってあげようか? 探してる相手の顔も判らないんだよねえ。大事な大事な人なのに……恥ずかしいね、悲しいね! でも頼れないんだよね、助けてくださいなんて、口が裂けても言えないんだよね。あんたそういう人だよ。だから愛されない。愛される資格が無い。どうしてか判る?」
「黙れ……っ!」
「それはね、あんたがどうしようもない、馬・鹿、だからだよ、本郷源太郎」
「黙れぇええ!」
本郷は叫んだ。次の瞬間には、目の前が真っ赤に染まっていた。は、と見れば、誰かが床に倒れていて、本郷はその体に馬乗りになっている。いつの間にか本郷の手にはナイフが握られていて、そこから真っ赤な血がぽたぽた滴っていた。
「……ほ、……ご、さ……」
ふいに男が口を開く。掠れた声に、本郷は眼を大きく見開いた。
血塗れのそれは。何度も胸や腹を刺し抜かれた、……おそらく本郷がそうした、それは。
「ほんご、さ……ん」
男の手が伸びて、のろのろと本郷の頬に触れる。
「良かった、……やっと、判って……くれた、ね……」
彼は小さく笑って。そしてぱたりと、その手が床に落ちる。
判らない。判らない。目の前の男の顔が。
ただ一つだけ判った。
私は、ライトを、殺したのだ――。
「本郷さん」
肩を揺すられて、本郷は覚醒した。目の前に誰かが居て、肩を掴んでいた。慌てて上体を起こし、彼を見つめる。背格好や、仕草を確かめる。
「本郷さん、大丈夫? 随分うなされていたけれど……」
「……、ラ、……ライト……?」
声がそうだった。透き通った声。恐る恐る尋ねると、「そうだよ」と優しい返事。
「大丈夫? 何か悪い夢でも見たのかい?」
「ぁ……」
そうか、夢だ。本郷もそれはすぐに理解出来た。そもそも状況が現実的ではなかった。あの場所に居る事も、何もかも。……判っていたが、どうしようもなかった。
夢の中で、とはいえ、確かに。確かに、判らないまま、ライトを殺してしまったのだ。
「本郷さ……、わっ」
心配そうな声を出す彼を抱きしめる。ぎゅうぎゅう腕を絡めて、その匂いを確かめる。
覚えている。顔は判らないとは言え、今ではライトを区別する事が出来る。体格、立ち居振る舞い、雰囲気、匂い、声……ライトの全てで彼だと判断する事は可能なはずだ。それでも怖い。怖くてたまらない。
また、判らない間に。知らない間に、殺してしまうのではないか――と。己が善良な人間でない事は、己が一番よく知っている。平気で人を殺す事が出来ると判っている。だから、……だから、また何かの拍子に、ライトを殺したとしても、おかしくはないのだ。
「……本郷さん、……」
ライトは何か言いたげだったが、やがてあきらめたのか、そっと本郷の背や髪を撫でてくる。本郷はそれに身を任せて、全身の全てでライトを感じ、心を静めた。大丈夫、まだ殺していない……と。
+++
ライトにも嫌な事ぐらいはいくつか有るから、時折悪夢に襲われ、夜中に目覚める時も有る。その夜もライトは、何処からか助けを求める声が聞こえるのに、どうしてもたどり着けないという悪夢を見た。
走っても走っても近づけない。名を呼んでも言葉が返ってこない。ただ助けを求めている事だけは判るから、ライトは不安な気持ちでいっぱいになって、そこで目覚めた。
ぼうっと布団の中で過ごす。心臓がドキドキと早鐘を打っていた。ライトはそれが収まるのを待ち、もぞもぞと寝返りを打つ。ふいに、客間の方から本郷の声が聞こえた気がした。ライトはもしかして、とのろのろベッドから出て、本郷の元へと向かう。
随分とうなされていた。だからすぐに声をかけて、揺すり起こしてやった。何か恐ろしい夢でも見たらしい。本郷はライトの問いにもろくに答えず、抱きついてきた。ライトは困惑したものの、拒みはせず、その背を撫でてやった。
本郷の事を、ライトはあまり知らない。こうして一緒に暮らし始めてからも、本郷は過去を語らなかったし、ライトもまた聞きもせず、語りもしなかった。
ただ今という時間を共有し、過ごすだけの関係。ライトはそれに不満は無かったが、それでも時々は不便に感じる。本郷の何を支えてやればいいのか判らない。だからこうして、ただ撫でてやる事しか出来なかった。
しばらくそうしてやっていると、グイとベッドに引っ張られる。わ、と声が出たが、本郷は止まらない。そのままベッドに、仰向けに押し倒された。ライトは慌てて起き上がろうとしたが、手で押さえられる。
寝間着をたくし上げられて。何故だか胸の下辺りに顔を埋められた。「ほ、本郷さん」と声をかけても、返事は無い。なにやら耳を当てて、腹部の辺りを撫でている。心臓には少し遠い。妊婦と夫でもあるまいし、少々妙な行動だった。それでもライトには受け入れる以外に、本郷を慰める手段が無い。
そっと本郷の髪を撫でてみた。それがどんな効果をもたらしたのか、やはりライトには判らなかった。が、結果だけはよく判る。本郷が手を、ライト自身に伸ばしたからだ。
「……っ、ちょ、っと……あの」
流石に声を上げたが、本郷は止まらない。手でまさぐっていたと思ったら、ずるずると移動して、ライトの寝間着を引き下げると、そのまま口付けてきた。「本郷さん!」と文句を言っても、止まりはしなかった。
「本郷さん、ちょっと、僕はそんな、……っ」
開いた口に指を押し込まれて、ライトは文句さえ言えなくなった。彼は半ば諦めて、シーツに指を絡ませる。
本郷は一度火が付いたら止まらない人間だったから、こうなればもう、身を任せるしかないのだ。
+++
ちなみに夢の中の人は虹崎っぽいです。
それなりの家に生まれ、それなりの才能を持って育ったつもりだ。事業に失敗した事も有ったが、結果的には勝っている。社長として、男として成功した部類だったはずだ。
それがある日突然、壊れてしまった。
原因も判らない。ただ、全ての人の顔が同じに見える。相貌失認症という病名が与えられても、何の解決にもならない。どんなに見ても、判ろうとしても無駄だった。致命的だ。理解者が居たとはいいながらも、あまりに惨めな暮らしが始まった。
本郷は船の中に居た。ブリタニック号のようだ。とうに沈んだ船の中。ここは大病室だろう。ベッドが見渡す限り並んでいる。その上に、同じ数だけの人間が寝かされていた。どれも同じ顔で、同じ服を着ていて、ただ転がっている。
本郷はその中を走り、一人の人間を捜していた。
「ライト、ライト……何処だ、……どれ、だ……」
声をかけても返事がない。どの人間も死んだように、身動き一つしない。本郷はそのいくつかに触れさえしたが、それは冷たいばかりで反応を返さず、やはり同じようにしか見えなかった。
「ライト、ライト――」
ふいに、気配を感じた。振り返ると、側に誰かが立っている。誰なのかはやはり判らない。ただ、彼が笑っているのだけ判った。
「……誰だ、なにを……笑う」
「こんなおかしい事が他に有る? 社長。僕が誰かも判らないなんて」
男は本郷を見下すように笑う。何処か覚えがあった。知っている人間のような気がする。思い出せない。顔も、判らない。
「人を散々馬鹿にして、やりたいように生きて、その末にこんな事になって。あんたの今の姿、とてつもなく滑稽だよ。誰にでも出来る事が、あんたには出来ない。あれ、覚えてる? ほら、得意先の社長の顔が判らなくて、大恥かいたよね。皆の前で土下座してさ、頭から水ぶちまけられてさあ……」
「……だ、黙れ……」
本郷が低く唸る。思い出したくもない。なのに鮮明に記憶が蘇る。土下座した相手の顔も、やはり判らない。誰かが笑っていた。判らない、判らない。誰が味方で、誰が敵か。
「みぃんな出来る事が、あんたには出来ない。ほら、僕が判る? 判らないよねえ? 誰になにを言われても、判らないんだよねぇえ。馬鹿はどっちなんだろうね、社長」
「黙れ……」
「なぁに、文句が有るの? 全部本当の事じゃあないか。あれぇ、生意気に怒ってるの? 図星だからって? 馬鹿みたい。そんなあんたの事なんて、誰も愛するわけないだろう? 顔も判らない相手の事なんて。それなのに、誰よりも尊大だなんて。身の程を知りなよ。ねぇ誰を探してるの? 手伝ってあげようか? 探してる相手の顔も判らないんだよねえ。大事な大事な人なのに……恥ずかしいね、悲しいね! でも頼れないんだよね、助けてくださいなんて、口が裂けても言えないんだよね。あんたそういう人だよ。だから愛されない。愛される資格が無い。どうしてか判る?」
「黙れ……っ!」
「それはね、あんたがどうしようもない、馬・鹿、だからだよ、本郷源太郎」
「黙れぇええ!」
本郷は叫んだ。次の瞬間には、目の前が真っ赤に染まっていた。は、と見れば、誰かが床に倒れていて、本郷はその体に馬乗りになっている。いつの間にか本郷の手にはナイフが握られていて、そこから真っ赤な血がぽたぽた滴っていた。
「……ほ、……ご、さ……」
ふいに男が口を開く。掠れた声に、本郷は眼を大きく見開いた。
血塗れのそれは。何度も胸や腹を刺し抜かれた、……おそらく本郷がそうした、それは。
「ほんご、さ……ん」
男の手が伸びて、のろのろと本郷の頬に触れる。
「良かった、……やっと、判って……くれた、ね……」
彼は小さく笑って。そしてぱたりと、その手が床に落ちる。
判らない。判らない。目の前の男の顔が。
ただ一つだけ判った。
私は、ライトを、殺したのだ――。
「本郷さん」
肩を揺すられて、本郷は覚醒した。目の前に誰かが居て、肩を掴んでいた。慌てて上体を起こし、彼を見つめる。背格好や、仕草を確かめる。
「本郷さん、大丈夫? 随分うなされていたけれど……」
「……、ラ、……ライト……?」
声がそうだった。透き通った声。恐る恐る尋ねると、「そうだよ」と優しい返事。
「大丈夫? 何か悪い夢でも見たのかい?」
「ぁ……」
そうか、夢だ。本郷もそれはすぐに理解出来た。そもそも状況が現実的ではなかった。あの場所に居る事も、何もかも。……判っていたが、どうしようもなかった。
夢の中で、とはいえ、確かに。確かに、判らないまま、ライトを殺してしまったのだ。
「本郷さ……、わっ」
心配そうな声を出す彼を抱きしめる。ぎゅうぎゅう腕を絡めて、その匂いを確かめる。
覚えている。顔は判らないとは言え、今ではライトを区別する事が出来る。体格、立ち居振る舞い、雰囲気、匂い、声……ライトの全てで彼だと判断する事は可能なはずだ。それでも怖い。怖くてたまらない。
また、判らない間に。知らない間に、殺してしまうのではないか――と。己が善良な人間でない事は、己が一番よく知っている。平気で人を殺す事が出来ると判っている。だから、……だから、また何かの拍子に、ライトを殺したとしても、おかしくはないのだ。
「……本郷さん、……」
ライトは何か言いたげだったが、やがてあきらめたのか、そっと本郷の背や髪を撫でてくる。本郷はそれに身を任せて、全身の全てでライトを感じ、心を静めた。大丈夫、まだ殺していない……と。
+++
ライトにも嫌な事ぐらいはいくつか有るから、時折悪夢に襲われ、夜中に目覚める時も有る。その夜もライトは、何処からか助けを求める声が聞こえるのに、どうしてもたどり着けないという悪夢を見た。
走っても走っても近づけない。名を呼んでも言葉が返ってこない。ただ助けを求めている事だけは判るから、ライトは不安な気持ちでいっぱいになって、そこで目覚めた。
ぼうっと布団の中で過ごす。心臓がドキドキと早鐘を打っていた。ライトはそれが収まるのを待ち、もぞもぞと寝返りを打つ。ふいに、客間の方から本郷の声が聞こえた気がした。ライトはもしかして、とのろのろベッドから出て、本郷の元へと向かう。
随分とうなされていた。だからすぐに声をかけて、揺すり起こしてやった。何か恐ろしい夢でも見たらしい。本郷はライトの問いにもろくに答えず、抱きついてきた。ライトは困惑したものの、拒みはせず、その背を撫でてやった。
本郷の事を、ライトはあまり知らない。こうして一緒に暮らし始めてからも、本郷は過去を語らなかったし、ライトもまた聞きもせず、語りもしなかった。
ただ今という時間を共有し、過ごすだけの関係。ライトはそれに不満は無かったが、それでも時々は不便に感じる。本郷の何を支えてやればいいのか判らない。だからこうして、ただ撫でてやる事しか出来なかった。
しばらくそうしてやっていると、グイとベッドに引っ張られる。わ、と声が出たが、本郷は止まらない。そのままベッドに、仰向けに押し倒された。ライトは慌てて起き上がろうとしたが、手で押さえられる。
寝間着をたくし上げられて。何故だか胸の下辺りに顔を埋められた。「ほ、本郷さん」と声をかけても、返事は無い。なにやら耳を当てて、腹部の辺りを撫でている。心臓には少し遠い。妊婦と夫でもあるまいし、少々妙な行動だった。それでもライトには受け入れる以外に、本郷を慰める手段が無い。
そっと本郷の髪を撫でてみた。それがどんな効果をもたらしたのか、やはりライトには判らなかった。が、結果だけはよく判る。本郷が手を、ライト自身に伸ばしたからだ。
「……っ、ちょ、っと……あの」
流石に声を上げたが、本郷は止まらない。手でまさぐっていたと思ったら、ずるずると移動して、ライトの寝間着を引き下げると、そのまま口付けてきた。「本郷さん!」と文句を言っても、止まりはしなかった。
「本郷さん、ちょっと、僕はそんな、……っ」
開いた口に指を押し込まれて、ライトは文句さえ言えなくなった。彼は半ば諦めて、シーツに指を絡ませる。
本郷は一度火が付いたら止まらない人間だったから、こうなればもう、身を任せるしかないのだ。
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ちなみに夢の中の人は虹崎っぽいです。
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