太陽の子供の続き。これで終わりです。
元親はぐずぐずと泣き続ける元就から、じっくり時間をかけて話を聞いてみました。元就は、自分はここが好きだと、鬼達は優しくて好きだと、元親は大切な人だと、離れたくないのに、皆は我を追い出そうとしているのだ、と語りました。
元親は後悔しました。もっともっと早くから、元就と腹を割って話すべきだったのです。ずっと自分達は元就を愛しているから、彼もまたそれを理解してくれているだろうと思っていたのですが、どうやらそれは気付かないうちに元就に届かなくなっていたのです。だとしたら元就は何年も、いつか追い出される、今は優しくしていても、いつか自分を裏切るのだと信じて生きてきたのでしょう。なんと辛い事だろうと元親は悲しくなりました。
それから元親はゆっくりと、とにかく優しく自分の意見を元就に伝えました。鬼達は皆、元就の事を本当に愛していて、追い出そうとしているのではなく、元就に本来の行き方をして欲しいのだ、と言いました。それでも元就は納得しません。
「我は今の暮らしで満足だ、幸せだ。空など飛べなくて良いし、他の仲間に会いたいとも思わぬ」
「でもな、元就。言ってみりゃあ、お前は鳥だ。雛鳥だ。いつか巣を飛び立って、自由に空を飛んで、そして子供を作るもんだ。でもお前は巣から落っこちちまって、そうだなあ、俺達って言う、狼に育てられたようなもんだ。お前は本当は空を飛べる。なのに狼は空を飛べない。だからお前は空を飛べない。そんなのは嫌なんだよ」
「何故だ? どうして我が空を飛ばなくてはならぬ? 飛べたら、我は出て行かねばならぬのだろう?」
「そうじゃない、そうじゃあ」
元親は元就と違って、頭があまりよくありません。ううん、と悩みに悩んで、それから続けます。元就も、待ってくれました。
「つまり、そうだ、例えば俺達は火を熾せる、でも必要な時以外は熾さない。それと同じだ」
「……よく判らぬ」
「えーと、狼は火の熾し方を知らない、だから熾せない。でも俺達は熾し方を知っていて、熾す事も出来るけど、あえて熾さない。熾せない、と熾さない、は違うだろう?」
「……うむ」
「だから、お前は今、飛び方を知らない、だから飛べない。でも本当は飛べるんだ。なら、飛ぶ事も出来るけど、あえて飛ばないの方がいいだろう? 別に、跳べるようになったら出て行けとは言わないよ。でもな、ずっとここで俺達と暮らしてもいいし、空を飛んで他の仲間と暮らしてもいい、つまり選択肢が有るんだ。だったら、とりあえず見て来てもいいんじゃねえか? その結果、ここで暮らしたいってんなら、それでいいよ。俺達は仲間だからな」
「……」
元就はしばらく黙っていました。元親もこれで言いたい事が通じただろうか、とはらはらして見守っていました。やがて元就は、元親を見て言います。
「元親、我は元親が好きだ」
「うん、俺も元就が好きだぜ」
「大好きなのだ」
「うん、俺も、」
「だから」
元就は元親の言葉を遮って、続けます。
「たとえ外がどんなに良い世界だったとしても、きっとここに帰って来る」
「うん、それでもいいよ」
「だから、元親を安心させられるように、……空を、飛ぶ」
元就はそうはっきりと答え、そして元親は微笑んで、「頑張ろうな」と言いました。
実のところ、元就は飛び方を知っていました。飛行に使う、白い輪の作り方を既に知っていたし、作れるようになっていました。ずっとずっと、使えないふりをして、ここに残ろうとしていたのです。
元就が太陽に向けて手を掲げ、くるりと円を描くと、その軌跡が白く輝く輪になりました。それを手に取り、元就は元親を見ます。元親は彼の隣で、凧を持っていました。二人は小高い丘の上から、ひょいと飛び出しました。
元親の凧は風を受けてふわふわと漂いました。元就はしばらくそのまま落ちてしまいましたが、やがて上手く風を受けて元親と同じように浮遊し始めました。さらには元就はどういう力が働いているのやら、そのままふわふわと上空へと昇る事さえ出来ました。ただ落ちていくだけの元親は、なんとなく複雑な気持ちで、元就を見守りました。
元就は旅立つ事になりました。その前日には、皆で乾燥食を持ち寄って、宴会を開きました。鬼達は皆で元就の成長を祝い、別れを惜しみ、元就の無事を祈りました。皆で笑って、皆で泣きました。元親はいつまでも元就を抱きしめて、なかなか放せませんでした。なんだかんだいって、子離れ出来ていないのは鬼のほうでした。
元就は最後に少しだけ笑って見せると、住処の山のてっぺんから、ふわりと飛び立って、そしてあっという間に山の向こうに消えて、そしてそれきり見えませんでした。別れはあっけないものでした。皆、また泣きました。元親は特に、いつまでもいつまでも泣いていました。
きっと元就は、太陽の光を受けて、健やかに暮らす事だろう、こんな狭い、野蛮な地には帰って来ないだろう。
元親はそう思っていました。一方で、それでも、と僅かに願うのです。もし、もし元就が帰って来たなら、変わらぬ笑顔で迎えて、一緒に暮らそうと。
元親の元就への愛情は、別れて時間が経つほどに強まっていきました。住処の洞穴に帰ると、ぽっかり空間が有るのです。そこには元就が読んでいた書物だけが積んであって、がらんどうなのです。布団に潜っても、隣が開いているのです。お水を分け合おうと取って来ても、一人分より多いのです。
元就はいつもいい匂いがしました。お日様のいい匂いです。元就はいつも温かかったのです。元就はいつも、いつも、なんだかんだ言って、元親の側に居たのです。
元親は何故だか時折泣きました。別れて何年経っても、何故だか寂しくて、泣きました。
ある日、元親が狩りから帰って来ると、洞穴の中には綺麗な人が座っていました。
柔らかな緑色の着物に身を包んだ、美しい人は、元就でした。元親は一瞬それが元就だと判りませんでした。しばらく見ないうちに、綺麗になっていました。いつも汚れている鬼などが触れていいようなものではないと、本能的に感じる姿でした。
けれど元親は、それが元就だと判った瞬間、むぎゅうと彼を抱きしめていました。元就はびっくりしたらしく、目を丸くしていましたが、やがてばつが悪そうに「ただいま」とそれだけ言いました。心なしか、声は低くなっていました。
「元就、元就……」
元親は、元就の名前を呼んでずっとずっと抱きしめていました。元就は困った顔をするばかりで、けれどその腕から逃れようとはしませんでした。
元就の帰還を皆が祝いました。また宴会を開きました。皆、元就の無事と成長を祝いこそすれ、彼が何故帰って来たのかは問いませんでした。美しい容姿、着物、どう考えても元就は、他の種族と暮らしていたのです。なのに帰って来た。その理由を、誰も問いませんでしたし、深く考えませんでした。鬼は本来そういう生き物です。
元親もまた、元就に問わず、また気にもしていませんでした。ただただ元就が戻って来た事を幸せに思い、彼をまた愛せる事を喜びました。
ところがその晩、洞穴に戻り、布団に潜る頃、元就はとんでもない事を言い出したのです。
「元親」
「ん?」
「元親、そなたと夫婦になりたい」
元親はしばらく元就の言っている事がわかりませんでした。はて、めおととはつがいの事か、つがいならばまぁ男同士でも、と元親が考えていると、
「そなたのものになりたい」
とさらに穏やかではない言葉を元就が紡ぐものだから、元親は困ってしまいました。
「あの、」
「だめか?」
「いや、」
「やはり、だめか……」
「いや、その、あの、な? 元就……えっと」
元親はまた一生懸命考えなくてはいけませんでした。
「夫婦というのは、つまりその、えっと、でも、お前も俺も男だぜ?」
「だからどうしたというのだ?」
「えっと、どうしたってんでしょうね」
元親はわけが判らなくなってきました。
話を聞いていくと、どうやら太陽の子供、つまり天族というのは卵で子供を作ります。つまり、事実上夫婦が無いのだといいます。男と女の関係は希薄で、卵を作るために接合し(接合する、という表現を聞いた時、元親は目を丸くしました)それきり男は女との関係を維持しませんし、また女は卵を産んだら産んだきりで世話をしません。だから数年に一度の繁殖期以外は、天族達は好きな者を愛しました。それは別の種族のものでも、また同性のものでも一向問題は無いのだそうです。
でも元親は困ってしまいました。元就の事は我が子のように愛しく思っていましたが、果たしてそれは夫婦になるような類のものなのでしょうか? 元親はしばらく考える時間が欲しいと元就に言いました。元就は悲しそうな顔をしましたが納得し、時を待つ事にしました。
数日後、兎を追いかけて居た元親は、ふと顔を上げて、側の木の枝に、一人の男が座っている事に気付きました。見れば、元就に良く似ていましたが、穏やかな笑顔が違いました。元就は不器用に笑うのです。何か、疲れたような笑みと浮かべるのでした。
元親は彼が天族だと思って、彼に近づきました。彼も元親に会いに来たようです。元親に軽く会釈をすると、すぐに話し始めました。
「単刀直入に申し上げましょう。私は元就の兄の興元と申します。弟の様子はどうですか」
「はぁ、お兄さん。元就は、元気だけど、」
「それはなにより」
興元はにっこり笑って言います。
「我々天族の中には、貴方がた野蛮な鬼族を滅ぼすべしと考える者も少なくありません。けれど、貴方がたは我が弟、純血なる毛利族の子を無事に育て、天に返した。その行為を受けて、我らも貴方がたに対する認識を変えざるをえません」
「はぁ……」
興元の言う事は何故だか小難しくて、元親は生返事しか出来ませんでした。
「貴方がたは良くも悪くも実直であり、その腕で育てられた弟には、我ら天族の上辺の繕い合いが窮屈なものに感じられたのでしょう。我らの元に帰って来て、弟もしばらくは幸せそうでしたが、やがて表情は翳り、一人で居る事が多くなり、空の彼方を見つめる事も増えました。私は弟に、嫡子を残す事を条件に自由を与えました。弟はその約束を守った。それ故、貴方の元へ帰る事にしたようです」
「はぁ、そりゃどうも……」
「これより弟は自由の身、貴方と夫婦となろうが、貴方と子を成そうが、知った事ではありません。どうぞ、そちらもご自由になさって下さい」
「い、いや、子供は流石に無理だけど……」
興元は元親の言葉は特に聞いていないようでした。
「なお、天族の寿命はおよそ100年、天命を迎えし折りは、老いも衰えも無く静かに眠り、その屍は光に解けて、そこに青白い石が残る。それは貴方が形見として持つが良いでしょう。解けた光はやがて暖かな慈愛となり、その地は実り豊かに変わります。無論、弟が幸せな生涯を全うしたならば、の話ですが。もし弟が貴方に愛され、幸福のまま死を迎えるならば、この地は鬼の住まう僻地から、楽園へと変わりましょう」
それではどうぞ、弟をよろしくお願いいたします。
興元はそう言うと、するりと白い輪を生み出し、空へと昇り、やがて消えて行きました。
元親はますます困ってしまいました。よろしくと言われても……と元親は考えました。元就の幸せを元親は願っています。しかし、彼の幸せのために嘘を吐くのはいい事だとは思いませんでした。夫婦になるべきか、否か、元親は考えました。
ふと元就が居なくなった時の悲しみを思い出しました。寂しさで身が震えました。愛しさが胸を締め付けて、涙が止まりませんでした。それこそは愛ではないかと元親は思いました。
元親は洞穴に戻ると、書物を読んでいた元就を、後ろからそっと抱きしめました。元就は困った顔をしましたが、やはり身動きをしませんでした。そのまま優しく額に、瞼に、頬に唇を落とし、そして、元就の唇を吸いました。違和感は有りませんでした。
元親はあまり賢くありません。だから、全ては違和感なのだと思いました。元就を愛しいと思う、それがどんな形なのか、元親は確かめました。元就を愛で、撫で、抱き、そして名を呼びました。白い肌は驚くほど滑らかで、元親は触れるのに躊躇するほどでした。傷つけはしないかとずっと気を使いながら、元親は元就を抱きました。元就はぎゅうと元親にしがみ付いて、ずっと目を閉じていました。
元親と元就は夫婦になりました。無論、その間に子は成せませんから、元就は元親に他の夫婦を作る事を許しました。奇妙な関係でしたが、元親も元就も、特に違和感を覚えませんでした。
やがて小さな赤子が泣き声を上げ、駆けるまでに成長し、そして柔らかな光が解けて小さな石に変わるまで、彼らの幸せな日々は続きましたが、それはまた、別のお話――。
++++++
元就は社交界に辟易してアニキんとこに戻って来たんだよ。
元就の死後すごいバッドエンドになるのでここで終わりにしときます。
元親は後悔しました。もっともっと早くから、元就と腹を割って話すべきだったのです。ずっと自分達は元就を愛しているから、彼もまたそれを理解してくれているだろうと思っていたのですが、どうやらそれは気付かないうちに元就に届かなくなっていたのです。だとしたら元就は何年も、いつか追い出される、今は優しくしていても、いつか自分を裏切るのだと信じて生きてきたのでしょう。なんと辛い事だろうと元親は悲しくなりました。
それから元親はゆっくりと、とにかく優しく自分の意見を元就に伝えました。鬼達は皆、元就の事を本当に愛していて、追い出そうとしているのではなく、元就に本来の行き方をして欲しいのだ、と言いました。それでも元就は納得しません。
「我は今の暮らしで満足だ、幸せだ。空など飛べなくて良いし、他の仲間に会いたいとも思わぬ」
「でもな、元就。言ってみりゃあ、お前は鳥だ。雛鳥だ。いつか巣を飛び立って、自由に空を飛んで、そして子供を作るもんだ。でもお前は巣から落っこちちまって、そうだなあ、俺達って言う、狼に育てられたようなもんだ。お前は本当は空を飛べる。なのに狼は空を飛べない。だからお前は空を飛べない。そんなのは嫌なんだよ」
「何故だ? どうして我が空を飛ばなくてはならぬ? 飛べたら、我は出て行かねばならぬのだろう?」
「そうじゃない、そうじゃあ」
元親は元就と違って、頭があまりよくありません。ううん、と悩みに悩んで、それから続けます。元就も、待ってくれました。
「つまり、そうだ、例えば俺達は火を熾せる、でも必要な時以外は熾さない。それと同じだ」
「……よく判らぬ」
「えーと、狼は火の熾し方を知らない、だから熾せない。でも俺達は熾し方を知っていて、熾す事も出来るけど、あえて熾さない。熾せない、と熾さない、は違うだろう?」
「……うむ」
「だから、お前は今、飛び方を知らない、だから飛べない。でも本当は飛べるんだ。なら、飛ぶ事も出来るけど、あえて飛ばないの方がいいだろう? 別に、跳べるようになったら出て行けとは言わないよ。でもな、ずっとここで俺達と暮らしてもいいし、空を飛んで他の仲間と暮らしてもいい、つまり選択肢が有るんだ。だったら、とりあえず見て来てもいいんじゃねえか? その結果、ここで暮らしたいってんなら、それでいいよ。俺達は仲間だからな」
「……」
元就はしばらく黙っていました。元親もこれで言いたい事が通じただろうか、とはらはらして見守っていました。やがて元就は、元親を見て言います。
「元親、我は元親が好きだ」
「うん、俺も元就が好きだぜ」
「大好きなのだ」
「うん、俺も、」
「だから」
元就は元親の言葉を遮って、続けます。
「たとえ外がどんなに良い世界だったとしても、きっとここに帰って来る」
「うん、それでもいいよ」
「だから、元親を安心させられるように、……空を、飛ぶ」
元就はそうはっきりと答え、そして元親は微笑んで、「頑張ろうな」と言いました。
実のところ、元就は飛び方を知っていました。飛行に使う、白い輪の作り方を既に知っていたし、作れるようになっていました。ずっとずっと、使えないふりをして、ここに残ろうとしていたのです。
元就が太陽に向けて手を掲げ、くるりと円を描くと、その軌跡が白く輝く輪になりました。それを手に取り、元就は元親を見ます。元親は彼の隣で、凧を持っていました。二人は小高い丘の上から、ひょいと飛び出しました。
元親の凧は風を受けてふわふわと漂いました。元就はしばらくそのまま落ちてしまいましたが、やがて上手く風を受けて元親と同じように浮遊し始めました。さらには元就はどういう力が働いているのやら、そのままふわふわと上空へと昇る事さえ出来ました。ただ落ちていくだけの元親は、なんとなく複雑な気持ちで、元就を見守りました。
元就は旅立つ事になりました。その前日には、皆で乾燥食を持ち寄って、宴会を開きました。鬼達は皆で元就の成長を祝い、別れを惜しみ、元就の無事を祈りました。皆で笑って、皆で泣きました。元親はいつまでも元就を抱きしめて、なかなか放せませんでした。なんだかんだいって、子離れ出来ていないのは鬼のほうでした。
元就は最後に少しだけ笑って見せると、住処の山のてっぺんから、ふわりと飛び立って、そしてあっという間に山の向こうに消えて、そしてそれきり見えませんでした。別れはあっけないものでした。皆、また泣きました。元親は特に、いつまでもいつまでも泣いていました。
きっと元就は、太陽の光を受けて、健やかに暮らす事だろう、こんな狭い、野蛮な地には帰って来ないだろう。
元親はそう思っていました。一方で、それでも、と僅かに願うのです。もし、もし元就が帰って来たなら、変わらぬ笑顔で迎えて、一緒に暮らそうと。
元親の元就への愛情は、別れて時間が経つほどに強まっていきました。住処の洞穴に帰ると、ぽっかり空間が有るのです。そこには元就が読んでいた書物だけが積んであって、がらんどうなのです。布団に潜っても、隣が開いているのです。お水を分け合おうと取って来ても、一人分より多いのです。
元就はいつもいい匂いがしました。お日様のいい匂いです。元就はいつも温かかったのです。元就はいつも、いつも、なんだかんだ言って、元親の側に居たのです。
元親は何故だか時折泣きました。別れて何年経っても、何故だか寂しくて、泣きました。
ある日、元親が狩りから帰って来ると、洞穴の中には綺麗な人が座っていました。
柔らかな緑色の着物に身を包んだ、美しい人は、元就でした。元親は一瞬それが元就だと判りませんでした。しばらく見ないうちに、綺麗になっていました。いつも汚れている鬼などが触れていいようなものではないと、本能的に感じる姿でした。
けれど元親は、それが元就だと判った瞬間、むぎゅうと彼を抱きしめていました。元就はびっくりしたらしく、目を丸くしていましたが、やがてばつが悪そうに「ただいま」とそれだけ言いました。心なしか、声は低くなっていました。
「元就、元就……」
元親は、元就の名前を呼んでずっとずっと抱きしめていました。元就は困った顔をするばかりで、けれどその腕から逃れようとはしませんでした。
元就の帰還を皆が祝いました。また宴会を開きました。皆、元就の無事と成長を祝いこそすれ、彼が何故帰って来たのかは問いませんでした。美しい容姿、着物、どう考えても元就は、他の種族と暮らしていたのです。なのに帰って来た。その理由を、誰も問いませんでしたし、深く考えませんでした。鬼は本来そういう生き物です。
元親もまた、元就に問わず、また気にもしていませんでした。ただただ元就が戻って来た事を幸せに思い、彼をまた愛せる事を喜びました。
ところがその晩、洞穴に戻り、布団に潜る頃、元就はとんでもない事を言い出したのです。
「元親」
「ん?」
「元親、そなたと夫婦になりたい」
元親はしばらく元就の言っている事がわかりませんでした。はて、めおととはつがいの事か、つがいならばまぁ男同士でも、と元親が考えていると、
「そなたのものになりたい」
とさらに穏やかではない言葉を元就が紡ぐものだから、元親は困ってしまいました。
「あの、」
「だめか?」
「いや、」
「やはり、だめか……」
「いや、その、あの、な? 元就……えっと」
元親はまた一生懸命考えなくてはいけませんでした。
「夫婦というのは、つまりその、えっと、でも、お前も俺も男だぜ?」
「だからどうしたというのだ?」
「えっと、どうしたってんでしょうね」
元親はわけが判らなくなってきました。
話を聞いていくと、どうやら太陽の子供、つまり天族というのは卵で子供を作ります。つまり、事実上夫婦が無いのだといいます。男と女の関係は希薄で、卵を作るために接合し(接合する、という表現を聞いた時、元親は目を丸くしました)それきり男は女との関係を維持しませんし、また女は卵を産んだら産んだきりで世話をしません。だから数年に一度の繁殖期以外は、天族達は好きな者を愛しました。それは別の種族のものでも、また同性のものでも一向問題は無いのだそうです。
でも元親は困ってしまいました。元就の事は我が子のように愛しく思っていましたが、果たしてそれは夫婦になるような類のものなのでしょうか? 元親はしばらく考える時間が欲しいと元就に言いました。元就は悲しそうな顔をしましたが納得し、時を待つ事にしました。
数日後、兎を追いかけて居た元親は、ふと顔を上げて、側の木の枝に、一人の男が座っている事に気付きました。見れば、元就に良く似ていましたが、穏やかな笑顔が違いました。元就は不器用に笑うのです。何か、疲れたような笑みと浮かべるのでした。
元親は彼が天族だと思って、彼に近づきました。彼も元親に会いに来たようです。元親に軽く会釈をすると、すぐに話し始めました。
「単刀直入に申し上げましょう。私は元就の兄の興元と申します。弟の様子はどうですか」
「はぁ、お兄さん。元就は、元気だけど、」
「それはなにより」
興元はにっこり笑って言います。
「我々天族の中には、貴方がた野蛮な鬼族を滅ぼすべしと考える者も少なくありません。けれど、貴方がたは我が弟、純血なる毛利族の子を無事に育て、天に返した。その行為を受けて、我らも貴方がたに対する認識を変えざるをえません」
「はぁ……」
興元の言う事は何故だか小難しくて、元親は生返事しか出来ませんでした。
「貴方がたは良くも悪くも実直であり、その腕で育てられた弟には、我ら天族の上辺の繕い合いが窮屈なものに感じられたのでしょう。我らの元に帰って来て、弟もしばらくは幸せそうでしたが、やがて表情は翳り、一人で居る事が多くなり、空の彼方を見つめる事も増えました。私は弟に、嫡子を残す事を条件に自由を与えました。弟はその約束を守った。それ故、貴方の元へ帰る事にしたようです」
「はぁ、そりゃどうも……」
「これより弟は自由の身、貴方と夫婦となろうが、貴方と子を成そうが、知った事ではありません。どうぞ、そちらもご自由になさって下さい」
「い、いや、子供は流石に無理だけど……」
興元は元親の言葉は特に聞いていないようでした。
「なお、天族の寿命はおよそ100年、天命を迎えし折りは、老いも衰えも無く静かに眠り、その屍は光に解けて、そこに青白い石が残る。それは貴方が形見として持つが良いでしょう。解けた光はやがて暖かな慈愛となり、その地は実り豊かに変わります。無論、弟が幸せな生涯を全うしたならば、の話ですが。もし弟が貴方に愛され、幸福のまま死を迎えるならば、この地は鬼の住まう僻地から、楽園へと変わりましょう」
それではどうぞ、弟をよろしくお願いいたします。
興元はそう言うと、するりと白い輪を生み出し、空へと昇り、やがて消えて行きました。
元親はますます困ってしまいました。よろしくと言われても……と元親は考えました。元就の幸せを元親は願っています。しかし、彼の幸せのために嘘を吐くのはいい事だとは思いませんでした。夫婦になるべきか、否か、元親は考えました。
ふと元就が居なくなった時の悲しみを思い出しました。寂しさで身が震えました。愛しさが胸を締め付けて、涙が止まりませんでした。それこそは愛ではないかと元親は思いました。
元親は洞穴に戻ると、書物を読んでいた元就を、後ろからそっと抱きしめました。元就は困った顔をしましたが、やはり身動きをしませんでした。そのまま優しく額に、瞼に、頬に唇を落とし、そして、元就の唇を吸いました。違和感は有りませんでした。
元親はあまり賢くありません。だから、全ては違和感なのだと思いました。元就を愛しいと思う、それがどんな形なのか、元親は確かめました。元就を愛で、撫で、抱き、そして名を呼びました。白い肌は驚くほど滑らかで、元親は触れるのに躊躇するほどでした。傷つけはしないかとずっと気を使いながら、元親は元就を抱きました。元就はぎゅうと元親にしがみ付いて、ずっと目を閉じていました。
元親と元就は夫婦になりました。無論、その間に子は成せませんから、元就は元親に他の夫婦を作る事を許しました。奇妙な関係でしたが、元親も元就も、特に違和感を覚えませんでした。
やがて小さな赤子が泣き声を上げ、駆けるまでに成長し、そして柔らかな光が解けて小さな石に変わるまで、彼らの幸せな日々は続きましたが、それはまた、別のお話――。
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元就の死後すごいバッドエンドになるのでここで終わりにしときます。
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