方向を極力定めないでつらつら書いてみる
は、と目覚めると、そこは桜の咲く庭だった。元就は地面に横たわり、薄く霞んだ青空を見上げ、ただ呆然とする。
ここは、何処だ。
元就は思ったが、それ以上何も考えられない。体は酷く重く、指一本自由にならない。しばらくそうしていると、しゃりしゃりと歩く音が近づいてくる。
「ほ! 毛利殿がお目覚めぞよ! やれ、めでたや!」
声と共に視界に入って来た顔に、元就はぎょっとした。公家の格好をした彼を、今川義元という事ぐらいは元就も知っている。だが彼は数年前に、織田軍勢に破られ討死したはずだ。だから元就は霊でも出たのか、と驚いたのだ。
しかし義元は元就の狼狽には気付かず、そのまま「めでたや、明智殿、松永殿も喜んでたもれ」と走って行った。その言葉に元就はますます顔をしかめた。
「明智」が明智光秀だとすれば、彼は先日、織田への謀反に失敗し処刑され、「松永」が松永久秀だとすれば、彼は一年ほど前に伊達家に敗れて自爆した。
つまり、ここは死人の国か? ……ならば何故、我がここに?
元就は「まさか」と呟き、そしておもむろに起き上がった。重かった体はいつも通りすんなり動く。元就は義元の向かったと思われる方向へと歩み始めた。
屋敷のようだった。ふと見れば、遠くには山脈が見え、やや下方には町のような物も見える。これが死人の国とは到底思えぬ、と元就は桜を見上げて思った。
屋敷はかなり広かった。のろのろと歩み続けると、小さく「王手」という声が聞こえ、元就はそちらへと向かう。
縁側に光秀と久秀が腰掛け、将棋を打っていた。
「相変わらず酷い打ち方をするな、卿は」
久秀は呆れたように光秀の手を見ているが、光秀はにっこり笑っている。そこには以前元就が見た時のような毒気はなかった。
「私は駒を追い詰めるより、生身を追い詰める方が好きだったのですよ」
「なるほど、実に卿らしいな。これで王手は帳消しだ」
「ああ本当だ、困りましたねえ……」
二人はのんびりと将棋を打っていて、元就は自然といらついた。
「何をのん気に……! 国は乱れておるのだぞ、将棋など打っておる暇があったら、」
死人に何をしろと言うべきなのか。元就は一瞬判らなくなって、言葉を詰まらせた。すると久秀が元就を見て笑む。
「卿も来たのか。いやそれはめでたい事だな。また一人生き地獄から救われたというわけだ、結構、結構」
「そうですよ毛利殿、私達は解放されたのです、もう少し楽しんではいかがですか」
「な、何を申しておる! まだ戦は終わっておらぬ、天下は平定されておらぬし、民も、それに毛利家が!」
元就がそう言っても、彼らは静かに言うだけ。
「確かにそうだろうが、それがどうしたと言うのだね? 人が生き死に、まして天下、家がなんだと。なんとも虚しい気持ちになるじゃあないか。どんなに好い局に恵まれても、いずれ勝負が付けばまた戦場は白紙に戻り駒が並ぶ。いや実に虚しい事だな」
久秀に関して言えば、死んだといっても特に変わった様子は無かったが、
「そうですよ、毛利殿。もうどうでもいいじゃあありませんか。それより一緒に遊びましょう。毛利殿はきっと得意でしょうから、私に将棋を教えて下さいよ」
でないといつまでこの局を続ければいいのか判らないのです、という光秀は、別人のように穏やかになっていた。
「……ど、どうでもいい事、などと……! 我は、生涯をかけて……!」
「毛利殿、貴方の生涯……その結末、覚えていないのですか?」
「結末……?」
光秀に言われて、元就は顔をしかめる。そうだあれは、豊臣が、織田が、そうだ、動くはずのない島津まで、ああ、そして我は我は我は!
そしておぞましい感覚を思い出して、元就はひっと息を呑んだ。
「語るに哀れな卿の死に様は、私達も上から見せてもらったが、いや酷いものだな、私が言うのだから間違いは無いだろう」
さあ卿の番だ、打ちたまえ。光秀に次の手を促しながら、久秀は元就に言う。
「西に東に南に敵。まして家中、陣中に敵。体を壊せば薬と称し毒を盛られ、運悪く飢饉が襲った卿の国では農民達が暴れ、その結果卿は……」
「止めろ! ……お、思い出したくも無い……!」
元就は叫んだが、光秀が歩を突きながら続ける。
「一歩進むしか能の無い駒も、打ちようによっては玉を取れる。取られた玉は……ふふふ。思い出しますか、臓腑の痛みを」
「だまれ……!」
元就は体を抱きしめて唸ったが、光秀はあくまで微笑んでいる。
「でも大丈夫ですよ、もうここでは痛くありません。ここは狭間ですからね」
「狭間……?」
元就が尋ねると、久秀は頷く。
「仏という連中は我々に慈愛と罰を与えるのだよ。幸福な者ほど落ちる地獄は深いという事だな。仏は私達を裁く前に、この幸福なる天の国の一部に住まわせる。この極上の暮らしを知らしめる。そうしてから、罪人は地獄に送ってくれるのだよ。その方が辛いだろう? いや、仏とはよく言う。……む、その桂馬は辛いな」
「そうなんですか?」
光秀の適当に打ったらしい桂馬に、久秀は眉を寄せた。だが光秀にはどう辛いのか検討もつかないらしい。二人は二人して悩み始めてしまった。そんな光景を見ながら、元就はただ呆然としていた。
我は、死んだのだ。人界という名の地獄から解放された。だが……。
「私達はどんな地獄に落ちるのだろうね」
久秀が人事のように言う。
「さあ、確かに私達はたくさん殺しましたし、並大抵の地獄ではないでしょうねえ。ああ毛利殿はきっとましなところですよ。私達ほど業が深くない」
「私は不可抗力とはいえ大仏も焼いた。さぞかし丁重に扱ってくれることだろうな」
私達は人殺しだからね。一人殺しても罪だというのに、さて私達にはどれほどの大罪が科せられるのか、その審議にでも時間がかかるのか、今川がまだここにいるぐらいだから、裁きは当分先なんだろうね。
そんな風に言う久秀は、おもむろに香車をずいと進めた。それが光秀には不可解だったらしい。「これはどういう意味ですか?」と尋ねていたが、久秀は特に答えなかった。
「……ここが、天の国、天界、仏の住まう場所」
元就が呟くと、光秀も頷く。
「そうですよ。すばらしいですね。次生まれる時はこういう場所に生まれてみたいものです。そうしたら私も少しはまともかもしれませんしねえ」
「それは無いだろうな」
久秀はさらりと言って、そして空を見上げた。
「たとえ天の国に生まれても、幸せにはなれない」
「どうしてですか?」
「こうして将棋を打っているからだ。さあ卿の番だよ」
久秀は光秀に促すと、元就を見て言う。
「たとえ戦が無くなり、衣食住が満たされ、それこそ愛だけ語っていればいい時代が来たとしても、争いも憎しみも絶えないのだよ。何故なら満たされたという事は、飢えているという実感無しに与えられないからね。我々がこうして千日手を楽しむのも僅かな間、いずれ私達は本気で打ち合い、勝敗を決するだろう。それこそは戦ではないかね。だから我々は幸福を感じるために殺しあわずにはいられないのだよ。いや、結構、結構」
「え、これは千日手だったのですか?」
光秀のきょとんとした顔が面白かったらしく、久秀は笑った。元就はまだ呆然としていたが、やがて向こうから走ってきた義元に「まろと碁を打つでおじゃ!」と迫られると、成す術も無く連れて行かれた。
人よ歌えよ一時の生を。人よ叫べよ儚き幸を。人よ引き裂け罪人達を。
虚しき浮世を歌い叫び狂いそして殺しあい、そして愛せ。
+++
憂鬱だったのと、光秀と久秀と元就と義元が仲良いのが書きたかったので。
ここは、何処だ。
元就は思ったが、それ以上何も考えられない。体は酷く重く、指一本自由にならない。しばらくそうしていると、しゃりしゃりと歩く音が近づいてくる。
「ほ! 毛利殿がお目覚めぞよ! やれ、めでたや!」
声と共に視界に入って来た顔に、元就はぎょっとした。公家の格好をした彼を、今川義元という事ぐらいは元就も知っている。だが彼は数年前に、織田軍勢に破られ討死したはずだ。だから元就は霊でも出たのか、と驚いたのだ。
しかし義元は元就の狼狽には気付かず、そのまま「めでたや、明智殿、松永殿も喜んでたもれ」と走って行った。その言葉に元就はますます顔をしかめた。
「明智」が明智光秀だとすれば、彼は先日、織田への謀反に失敗し処刑され、「松永」が松永久秀だとすれば、彼は一年ほど前に伊達家に敗れて自爆した。
つまり、ここは死人の国か? ……ならば何故、我がここに?
元就は「まさか」と呟き、そしておもむろに起き上がった。重かった体はいつも通りすんなり動く。元就は義元の向かったと思われる方向へと歩み始めた。
屋敷のようだった。ふと見れば、遠くには山脈が見え、やや下方には町のような物も見える。これが死人の国とは到底思えぬ、と元就は桜を見上げて思った。
屋敷はかなり広かった。のろのろと歩み続けると、小さく「王手」という声が聞こえ、元就はそちらへと向かう。
縁側に光秀と久秀が腰掛け、将棋を打っていた。
「相変わらず酷い打ち方をするな、卿は」
久秀は呆れたように光秀の手を見ているが、光秀はにっこり笑っている。そこには以前元就が見た時のような毒気はなかった。
「私は駒を追い詰めるより、生身を追い詰める方が好きだったのですよ」
「なるほど、実に卿らしいな。これで王手は帳消しだ」
「ああ本当だ、困りましたねえ……」
二人はのんびりと将棋を打っていて、元就は自然といらついた。
「何をのん気に……! 国は乱れておるのだぞ、将棋など打っておる暇があったら、」
死人に何をしろと言うべきなのか。元就は一瞬判らなくなって、言葉を詰まらせた。すると久秀が元就を見て笑む。
「卿も来たのか。いやそれはめでたい事だな。また一人生き地獄から救われたというわけだ、結構、結構」
「そうですよ毛利殿、私達は解放されたのです、もう少し楽しんではいかがですか」
「な、何を申しておる! まだ戦は終わっておらぬ、天下は平定されておらぬし、民も、それに毛利家が!」
元就がそう言っても、彼らは静かに言うだけ。
「確かにそうだろうが、それがどうしたと言うのだね? 人が生き死に、まして天下、家がなんだと。なんとも虚しい気持ちになるじゃあないか。どんなに好い局に恵まれても、いずれ勝負が付けばまた戦場は白紙に戻り駒が並ぶ。いや実に虚しい事だな」
久秀に関して言えば、死んだといっても特に変わった様子は無かったが、
「そうですよ、毛利殿。もうどうでもいいじゃあありませんか。それより一緒に遊びましょう。毛利殿はきっと得意でしょうから、私に将棋を教えて下さいよ」
でないといつまでこの局を続ければいいのか判らないのです、という光秀は、別人のように穏やかになっていた。
「……ど、どうでもいい事、などと……! 我は、生涯をかけて……!」
「毛利殿、貴方の生涯……その結末、覚えていないのですか?」
「結末……?」
光秀に言われて、元就は顔をしかめる。そうだあれは、豊臣が、織田が、そうだ、動くはずのない島津まで、ああ、そして我は我は我は!
そしておぞましい感覚を思い出して、元就はひっと息を呑んだ。
「語るに哀れな卿の死に様は、私達も上から見せてもらったが、いや酷いものだな、私が言うのだから間違いは無いだろう」
さあ卿の番だ、打ちたまえ。光秀に次の手を促しながら、久秀は元就に言う。
「西に東に南に敵。まして家中、陣中に敵。体を壊せば薬と称し毒を盛られ、運悪く飢饉が襲った卿の国では農民達が暴れ、その結果卿は……」
「止めろ! ……お、思い出したくも無い……!」
元就は叫んだが、光秀が歩を突きながら続ける。
「一歩進むしか能の無い駒も、打ちようによっては玉を取れる。取られた玉は……ふふふ。思い出しますか、臓腑の痛みを」
「だまれ……!」
元就は体を抱きしめて唸ったが、光秀はあくまで微笑んでいる。
「でも大丈夫ですよ、もうここでは痛くありません。ここは狭間ですからね」
「狭間……?」
元就が尋ねると、久秀は頷く。
「仏という連中は我々に慈愛と罰を与えるのだよ。幸福な者ほど落ちる地獄は深いという事だな。仏は私達を裁く前に、この幸福なる天の国の一部に住まわせる。この極上の暮らしを知らしめる。そうしてから、罪人は地獄に送ってくれるのだよ。その方が辛いだろう? いや、仏とはよく言う。……む、その桂馬は辛いな」
「そうなんですか?」
光秀の適当に打ったらしい桂馬に、久秀は眉を寄せた。だが光秀にはどう辛いのか検討もつかないらしい。二人は二人して悩み始めてしまった。そんな光景を見ながら、元就はただ呆然としていた。
我は、死んだのだ。人界という名の地獄から解放された。だが……。
「私達はどんな地獄に落ちるのだろうね」
久秀が人事のように言う。
「さあ、確かに私達はたくさん殺しましたし、並大抵の地獄ではないでしょうねえ。ああ毛利殿はきっとましなところですよ。私達ほど業が深くない」
「私は不可抗力とはいえ大仏も焼いた。さぞかし丁重に扱ってくれることだろうな」
私達は人殺しだからね。一人殺しても罪だというのに、さて私達にはどれほどの大罪が科せられるのか、その審議にでも時間がかかるのか、今川がまだここにいるぐらいだから、裁きは当分先なんだろうね。
そんな風に言う久秀は、おもむろに香車をずいと進めた。それが光秀には不可解だったらしい。「これはどういう意味ですか?」と尋ねていたが、久秀は特に答えなかった。
「……ここが、天の国、天界、仏の住まう場所」
元就が呟くと、光秀も頷く。
「そうですよ。すばらしいですね。次生まれる時はこういう場所に生まれてみたいものです。そうしたら私も少しはまともかもしれませんしねえ」
「それは無いだろうな」
久秀はさらりと言って、そして空を見上げた。
「たとえ天の国に生まれても、幸せにはなれない」
「どうしてですか?」
「こうして将棋を打っているからだ。さあ卿の番だよ」
久秀は光秀に促すと、元就を見て言う。
「たとえ戦が無くなり、衣食住が満たされ、それこそ愛だけ語っていればいい時代が来たとしても、争いも憎しみも絶えないのだよ。何故なら満たされたという事は、飢えているという実感無しに与えられないからね。我々がこうして千日手を楽しむのも僅かな間、いずれ私達は本気で打ち合い、勝敗を決するだろう。それこそは戦ではないかね。だから我々は幸福を感じるために殺しあわずにはいられないのだよ。いや、結構、結構」
「え、これは千日手だったのですか?」
光秀のきょとんとした顔が面白かったらしく、久秀は笑った。元就はまだ呆然としていたが、やがて向こうから走ってきた義元に「まろと碁を打つでおじゃ!」と迫られると、成す術も無く連れて行かれた。
人よ歌えよ一時の生を。人よ叫べよ儚き幸を。人よ引き裂け罪人達を。
虚しき浮世を歌い叫び狂いそして殺しあい、そして愛せ。
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憂鬱だったのと、光秀と久秀と元就と義元が仲良いのが書きたかったので。
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