病院の待合は驚くほどヒマなので、
色々つらつらと書いてしまうもので。
最近の病院は待合が機能的で机も付いてるから心置きなく書ける。
という事でよく判らないチカナリ。でもまだナリが3秒しか出てない。
色々つらつらと書いてしまうもので。
最近の病院は待合が機能的で机も付いてるから心置きなく書ける。
という事でよく判らないチカナリ。でもまだナリが3秒しか出てない。
次はー、○○ー、○○でぇー、ございますー。お降りのさいはぁー、お忘れ物にぃにご注意くださいー、次はー、○○ー。
そういうアナウンスがかすかに耳に届いて、長曾我部元親は飛び起きた。バッと目の前に入って来た看板に、目当ての駅名が書いてある事に気付くと、元親は慌ててリュックに荷物をつめて、そしてダウンジャケットの前を締め、マフラーを巻き直すと、出口へと向かって歩き始めた。
元親は住所だけを頼りに旅に出た。出発してからもう何時間も経っている。金はまだまだカードに残っているが、大問題なのは携帯の電池のほうだ。もうゲージが一つしか残っていない。安全の為に、コンセントが見つかるまで使わない事にして、何処かで地図を買おうと元親は考えていた。
現代とは金と携帯さえ有れば生きていける時代だ、と元親は思っていた。携帯が有ればネットも出来る。地図だって呼び出せる。万が一、目的地に辿り着けなくても、すぐにホテル等に予約も入れられる。金もキャッシュカードが有れば、何処ででも下ろせると思って現金はあまり持って歩いていない。こちらも万が一足りなくても、コンビニで下ろせば良い、と思っていた。
まずは駅に降りたら、地図買って充電して、んでタクシーに乗って……と考えながら元親は開いた出入り口から降りる。駅に降り立って元親は呆然とした。
夕暮れが美しかった。見渡す限りの田園と、海沿いに密集した漁村、船、遠くに見える山、僅かに並ぶ民家。それらが橙の世界の中、黒いシルエットで描き出されている。大きくて楕円形の夕日が眩しい。その感動的な光景に、元親は見とれてしまった。
冷たい風が吹いて、駅の上を枯葉が転がって行った。駅には看板が一つと、古ぼけたベンチが一つ――。
「……えっ、あ、……あれ?」
元親はしばらく呆けてから声を出した。
「……駅は? ……タクシーは?」
そして元親はそこが無人駅という物だという事に気付いた。ただせり上がったコンクリートの塊が有るだけの、極めて質素な駅。元親は改めて辺りを見る。民家と田園と山と海と、そして夕日しかない風景。
「……こ、コンビニは!? ……ちょ、……えええええ!? ま、政宗ん家、何処!?」
元親は慌てて人を探す。が、人影は一つも見えなかった。
元親はとりあえず住所を頼りに村を歩いて行く。時々有る看板などを見てひたすら歩いて行くが、どうにも全てが遠い。民家と民家の間は100m以上開いているし、しかも進んで行く間に人に会ったら場所を聞こうと思うのに、誰も歩いていないのだ。しかも数有る民家の多くは無人のようだった。
やべぇ、ホラーゲームみてぇ。村人ゾンビ化してんじゃねぇの。
元親は少しだけそう考えて、そして苦笑した。これがゲーム脳なのかな、などと呟きながら、元親は歩いて行く。
元親がうろうろしている間にも、冬の日はあっという間に沈んで行き、そしてすぐに暮れてしまい、夜が訪れる。冬の夜は寒くて、元親は時折震えながら進み続けた。
農道には街灯も無くて、元親はただ遠くに見える民家の灯りを頼りに、のろのろと進み続けていた。
と。
「おっ、う、わ!」
元親は一歩踏み出したのだが、そこに地面は無かった。元親は一瞬堪えようとしたが、無理だった。そのままずるんと段差を転げて、最終的に、
「ぎゃー!」
どぼん、と水の中に落ちていた。水位は脛ほどだったので溺れる事は無かったが、ジーンズは水びだしになってしまった。
どうやら急に道が曲がっていたらしい。あわせて曲がっていた溝に落ちてしまったようだ。元親は慌ててそこから這い出たが、ずぶ濡れのジーンズと靴はどうにもならない。うへぇ、と言いながら水を絞ろうとしていると、「おーい」と子供の声がした。
見ると一つの灯りがこちらに近づいてきている。元親は靴を脱いで、中の水を捨てながら「俺か?」と声を返す。すると灯りは思いのほかすぐに傍まで来た。改めて見ると、それは自転車に乗った少年だった。
「お前、大丈夫か? ここらの奴じゃねえな。……うわ、落ちたのかよ情けねぇ、ゆとりなんじゃねぇの」
少年は元親を見てそう罵ったが、元親がむかつくより先に、
「着いて来いよ、うちで乾かしていけばいい。夜はもっと冷え込むんだから、さっさと着替えないと風邪引くぞ!」
少年は自転車を反転させ、進み始めた。元親はとりあえず世話になろう、と少年の後を追って歩き始めた。
「お前、都会の奴だな? 寒そうなかっこうしやがって」
少年は元親を見てそう言った。元親は改めて自分を見たが、何処がどう寒そうなのか判らなかった。視線を戻すと、少年は全身を覆う長さのダウンコートを着ていて、ああそうか、と気付く。足元が寒そうなのだ、と。
「何しに来たんだ? 観光? にしては荷物が無いなー。あ、判った。自殺だ」
「違ぇよ、昔の友達に会いに来たんだけど、初めてで場所が判らなくて」
「友達ぃ? 名前、なんていうんだよ」
「伊達政宗っていうんだけど……」
「伊達? ……伊達? まさむね……あ! 政宗って片倉ん家の」
「片倉?」
元親は首を傾げたが、少年は頷く。
「片倉ん家はちょっと遠いからなー。とりあえずうちで着替えていけよ。だめなら今日はうちに泊まっていけばいいじゃん」
「え、いや、そんな、悪いよ」
元親はそう言って手を振ったが、少年は笑って言う。
「ばーか、誰がタダで泊まってけって言ったよ。うちは民宿やってんだぜ!」
そう言って少年は近くの一件の家を指差した。二階建ての、家にしては少々横に大きいその建物には、古びた看板が刺さっており、「民宿 天下布 」と書いてあった。四文字のように見えたが、最後の一文字は取れたのか無くなっていた。
「ただいまー。濃様ー、バカ拾って帰りましたー」
少年は自転車を置くと、元親を連れて民宿に入った。見れば見るほど普通の家で、元親は内心ドン引きだったが、とにかくズボンと靴と、あと携帯を充電させてもらわなくては、と中に入る。
家の中は明るくて、元親は改めて自分の惨状を確認する事になった。そこら中泥水で汚れていて、元親はうんざりする。乾かすどころじゃない。洗濯しないと着れたものではない。
「蘭丸君、人の事を馬鹿呼ばわりしてはいけませんと、あれほど言っているでしょう」
「だってー」
ややして少年――蘭丸というらしい――は女性を連れてやって来た。母親かな、と思って見たのだが、それにしては若い女だった。濃、というらしい。
「あら。あらあら……」
濃は元親を見るなり驚いた顔をして、そして少しだけ笑った。どうも大人でも笑ってしまうほど酷い有様らしい。
「ごめんなさいね。大変ね、洗濯をしてあげるわ。蘭丸君、私は用意をするから、とりあえず二階の空き室に案内してあげて」
「がっぽりとってやりましょうよ、濃様」
「蘭丸君」
「はーい」
蘭丸はちぇ、と呟きながら、元親にタオルを渡すと、足だけ拭いて上がるように言った。元親はその通りにして、それから蘭丸について歩き始めた。
民宿はどこまでいっても普通の家だった。どう考えても、普段の生活に他人が絡んできても気にしない、という程度の宿泊施設だ。黒っぽい色をした廊下を抜けると、昭和の感じがするやたら傾斜のきつい階段に辿り着いた。元親はそういう階段を登った事が無かったから、手さえ着きながら上に行く。
その先は二方向に分かれていて、それぞれ二部屋づつ有るようだ。右の部屋は両方とも襖がしまっていて、つまりこんな民宿にでも他に客が居るということらしく、元親は驚いた。左の二部屋はふすまがあいていて、蘭丸はそこに元親を通す。
「えーと、んっと、これ着ろよ」
備え付けの箪笥から白い浴衣を引っ張り出し、蘭丸は元親に押し付ける。
「で、脱げ」
「えっ」
「洗ってやるから脱げって。今、濃様がお風呂用意してるから、着替えたら下に下りろよ」
「え、あ、や、自分で持って行くよ!」
蘭丸は生着替えを見届ける気配で、元親は慌てて手を振った。蘭丸は不可解そうな顔をしていたが、「洗濯機は下の廊下を右に行って左だからな。そのままつっこむなよ」と言って出て行った。
元親は一つ溜息を吐いて、そして着替える。着替え終わって、汚れた服を持ったまま元親は部屋を見渡した。コンセントが有る。後で携帯の充電もさせてもらおう、と元親は思いながら廊下に出た。
と。
向かいの部屋に、小さな男が入って行くのが見えた。小柄で、緑の浴衣を着ている。その背中が襖の向こうに消えていくまではほんの数秒で、元親は声も掛ける事が出来なかった。元親は「こんな所に泊まるなんて、どういう理由なんだろう」と気になりさえしたが、そのまま階段を下りると、洗濯機を探した。
「卿も客かね」
廊下を進んでいると急に真横から声をかけられて、元親は驚いた。見ると廊下に一人の男がしゃがみ込んでいる。
「あ、あの、えっと違います」
元親は慌てて首を振ったが、男は「そうかね」と判っているのかいないのか、廊下を撫でている。木目を愛でるような仕種だった。
「あの、何か有るんすか」
「見ての通りの床が有るのだよ。黒い黒い床がね」
男はそう呟いて、そしてまた床を撫でた。それが少々不気味だったが、元親は尋ねる。
「あの、洗濯機って、何処か知ってますか」
「それならもう8歩ほど進んで、左だ。12歩進むとキシと言う場所が有る。その2歩右が洗濯機だよ。今そこで白蛇がとぐろを巻いて卿を待ち構えているわけだ。苛烈、苛烈」
男は何が面白いのか一人で笑って、そしてやはり床を撫でていた。元親は今日二回目のドン引きを経験しながら、「ど、どうも」と小声で礼を言うと、恐る恐る廊下を進んで行った。
歩数は数えていなかったが確かにすぐ分かれ道に辿り着いた。というよりむしろそこは縁側だった。窓は全て閉じられている。夜の庭が見えて、やはり不気味だった。一度右を見た。右にも灯りが着いている部屋が有る。左を見た。薄暗い。
「……」
元親は12歩、と思いながら歩み始める。1、2、3……9。
そこまで来た所で、元親はある事に気付いた。水の音がしているのだ。つまりそこには誰か居る、という事になる。しかし相変わらずそこは真っ暗で、元親は一度深呼吸してから進んだ。10、11、12。
キシ、という足元の音と同時に、右にぬらりと立った人影が確認出来た。白くて長い髪を垂らした男だった。元親は一瞬悲鳴を上げそうになったが、彼が元親に気付いてにっこり笑ったものだから、元親は悲鳴を上げる事さえ出来なかった。
「ああ、貴方ですか。災難でしたね。さ、洗濯物をこちらに」
彼は細くて白い手を元親に伸ばしてくる。元親は反応出来ず、結局彼が元親の衣服を取って、洗面台に押し込むのを見ているだけだった。
「お風呂は向かいですよ。お入りなさい」
元親はそう言われてガクガク頷くと、廊下を戻って行った。分かれ道で右に戻って相変わらず床を撫でている男に近付くと、尋ねる。
「あの、あの、あの」
「なんだ、白蛇とは上手くやれたかね」
「あの、ここ、どういう所なんですか」
元親がどう質問して良いかも判らず、とりあえず尋ねると、彼は「ふむ」と呟いて顔を上げ、元親を見てきた。改めて見ると、4、50代のようだった。
「どういうところ、か。物事の本質を説明するのは難しい。私が卿に説明して、卿も理解出来るようにするには、少々時間がかかるが、私もそんな時間を取るのは面倒なので軽く説明すれば、」
男は一度そこで言葉を区切って、「すれば?」と尋ねる元親に、
「ここは、民宿だ」
と、力強く答えた。
+++
相変わらず現パラの松永は天然電波だと信じて疑ってない
そういうアナウンスがかすかに耳に届いて、長曾我部元親は飛び起きた。バッと目の前に入って来た看板に、目当ての駅名が書いてある事に気付くと、元親は慌ててリュックに荷物をつめて、そしてダウンジャケットの前を締め、マフラーを巻き直すと、出口へと向かって歩き始めた。
元親は住所だけを頼りに旅に出た。出発してからもう何時間も経っている。金はまだまだカードに残っているが、大問題なのは携帯の電池のほうだ。もうゲージが一つしか残っていない。安全の為に、コンセントが見つかるまで使わない事にして、何処かで地図を買おうと元親は考えていた。
現代とは金と携帯さえ有れば生きていける時代だ、と元親は思っていた。携帯が有ればネットも出来る。地図だって呼び出せる。万が一、目的地に辿り着けなくても、すぐにホテル等に予約も入れられる。金もキャッシュカードが有れば、何処ででも下ろせると思って現金はあまり持って歩いていない。こちらも万が一足りなくても、コンビニで下ろせば良い、と思っていた。
まずは駅に降りたら、地図買って充電して、んでタクシーに乗って……と考えながら元親は開いた出入り口から降りる。駅に降り立って元親は呆然とした。
夕暮れが美しかった。見渡す限りの田園と、海沿いに密集した漁村、船、遠くに見える山、僅かに並ぶ民家。それらが橙の世界の中、黒いシルエットで描き出されている。大きくて楕円形の夕日が眩しい。その感動的な光景に、元親は見とれてしまった。
冷たい風が吹いて、駅の上を枯葉が転がって行った。駅には看板が一つと、古ぼけたベンチが一つ――。
「……えっ、あ、……あれ?」
元親はしばらく呆けてから声を出した。
「……駅は? ……タクシーは?」
そして元親はそこが無人駅という物だという事に気付いた。ただせり上がったコンクリートの塊が有るだけの、極めて質素な駅。元親は改めて辺りを見る。民家と田園と山と海と、そして夕日しかない風景。
「……こ、コンビニは!? ……ちょ、……えええええ!? ま、政宗ん家、何処!?」
元親は慌てて人を探す。が、人影は一つも見えなかった。
元親はとりあえず住所を頼りに村を歩いて行く。時々有る看板などを見てひたすら歩いて行くが、どうにも全てが遠い。民家と民家の間は100m以上開いているし、しかも進んで行く間に人に会ったら場所を聞こうと思うのに、誰も歩いていないのだ。しかも数有る民家の多くは無人のようだった。
やべぇ、ホラーゲームみてぇ。村人ゾンビ化してんじゃねぇの。
元親は少しだけそう考えて、そして苦笑した。これがゲーム脳なのかな、などと呟きながら、元親は歩いて行く。
元親がうろうろしている間にも、冬の日はあっという間に沈んで行き、そしてすぐに暮れてしまい、夜が訪れる。冬の夜は寒くて、元親は時折震えながら進み続けた。
農道には街灯も無くて、元親はただ遠くに見える民家の灯りを頼りに、のろのろと進み続けていた。
と。
「おっ、う、わ!」
元親は一歩踏み出したのだが、そこに地面は無かった。元親は一瞬堪えようとしたが、無理だった。そのままずるんと段差を転げて、最終的に、
「ぎゃー!」
どぼん、と水の中に落ちていた。水位は脛ほどだったので溺れる事は無かったが、ジーンズは水びだしになってしまった。
どうやら急に道が曲がっていたらしい。あわせて曲がっていた溝に落ちてしまったようだ。元親は慌ててそこから這い出たが、ずぶ濡れのジーンズと靴はどうにもならない。うへぇ、と言いながら水を絞ろうとしていると、「おーい」と子供の声がした。
見ると一つの灯りがこちらに近づいてきている。元親は靴を脱いで、中の水を捨てながら「俺か?」と声を返す。すると灯りは思いのほかすぐに傍まで来た。改めて見ると、それは自転車に乗った少年だった。
「お前、大丈夫か? ここらの奴じゃねえな。……うわ、落ちたのかよ情けねぇ、ゆとりなんじゃねぇの」
少年は元親を見てそう罵ったが、元親がむかつくより先に、
「着いて来いよ、うちで乾かしていけばいい。夜はもっと冷え込むんだから、さっさと着替えないと風邪引くぞ!」
少年は自転車を反転させ、進み始めた。元親はとりあえず世話になろう、と少年の後を追って歩き始めた。
「お前、都会の奴だな? 寒そうなかっこうしやがって」
少年は元親を見てそう言った。元親は改めて自分を見たが、何処がどう寒そうなのか判らなかった。視線を戻すと、少年は全身を覆う長さのダウンコートを着ていて、ああそうか、と気付く。足元が寒そうなのだ、と。
「何しに来たんだ? 観光? にしては荷物が無いなー。あ、判った。自殺だ」
「違ぇよ、昔の友達に会いに来たんだけど、初めてで場所が判らなくて」
「友達ぃ? 名前、なんていうんだよ」
「伊達政宗っていうんだけど……」
「伊達? ……伊達? まさむね……あ! 政宗って片倉ん家の」
「片倉?」
元親は首を傾げたが、少年は頷く。
「片倉ん家はちょっと遠いからなー。とりあえずうちで着替えていけよ。だめなら今日はうちに泊まっていけばいいじゃん」
「え、いや、そんな、悪いよ」
元親はそう言って手を振ったが、少年は笑って言う。
「ばーか、誰がタダで泊まってけって言ったよ。うちは民宿やってんだぜ!」
そう言って少年は近くの一件の家を指差した。二階建ての、家にしては少々横に大きいその建物には、古びた看板が刺さっており、「民宿 天下布 」と書いてあった。四文字のように見えたが、最後の一文字は取れたのか無くなっていた。
「ただいまー。濃様ー、バカ拾って帰りましたー」
少年は自転車を置くと、元親を連れて民宿に入った。見れば見るほど普通の家で、元親は内心ドン引きだったが、とにかくズボンと靴と、あと携帯を充電させてもらわなくては、と中に入る。
家の中は明るくて、元親は改めて自分の惨状を確認する事になった。そこら中泥水で汚れていて、元親はうんざりする。乾かすどころじゃない。洗濯しないと着れたものではない。
「蘭丸君、人の事を馬鹿呼ばわりしてはいけませんと、あれほど言っているでしょう」
「だってー」
ややして少年――蘭丸というらしい――は女性を連れてやって来た。母親かな、と思って見たのだが、それにしては若い女だった。濃、というらしい。
「あら。あらあら……」
濃は元親を見るなり驚いた顔をして、そして少しだけ笑った。どうも大人でも笑ってしまうほど酷い有様らしい。
「ごめんなさいね。大変ね、洗濯をしてあげるわ。蘭丸君、私は用意をするから、とりあえず二階の空き室に案内してあげて」
「がっぽりとってやりましょうよ、濃様」
「蘭丸君」
「はーい」
蘭丸はちぇ、と呟きながら、元親にタオルを渡すと、足だけ拭いて上がるように言った。元親はその通りにして、それから蘭丸について歩き始めた。
民宿はどこまでいっても普通の家だった。どう考えても、普段の生活に他人が絡んできても気にしない、という程度の宿泊施設だ。黒っぽい色をした廊下を抜けると、昭和の感じがするやたら傾斜のきつい階段に辿り着いた。元親はそういう階段を登った事が無かったから、手さえ着きながら上に行く。
その先は二方向に分かれていて、それぞれ二部屋づつ有るようだ。右の部屋は両方とも襖がしまっていて、つまりこんな民宿にでも他に客が居るということらしく、元親は驚いた。左の二部屋はふすまがあいていて、蘭丸はそこに元親を通す。
「えーと、んっと、これ着ろよ」
備え付けの箪笥から白い浴衣を引っ張り出し、蘭丸は元親に押し付ける。
「で、脱げ」
「えっ」
「洗ってやるから脱げって。今、濃様がお風呂用意してるから、着替えたら下に下りろよ」
「え、あ、や、自分で持って行くよ!」
蘭丸は生着替えを見届ける気配で、元親は慌てて手を振った。蘭丸は不可解そうな顔をしていたが、「洗濯機は下の廊下を右に行って左だからな。そのままつっこむなよ」と言って出て行った。
元親は一つ溜息を吐いて、そして着替える。着替え終わって、汚れた服を持ったまま元親は部屋を見渡した。コンセントが有る。後で携帯の充電もさせてもらおう、と元親は思いながら廊下に出た。
と。
向かいの部屋に、小さな男が入って行くのが見えた。小柄で、緑の浴衣を着ている。その背中が襖の向こうに消えていくまではほんの数秒で、元親は声も掛ける事が出来なかった。元親は「こんな所に泊まるなんて、どういう理由なんだろう」と気になりさえしたが、そのまま階段を下りると、洗濯機を探した。
「卿も客かね」
廊下を進んでいると急に真横から声をかけられて、元親は驚いた。見ると廊下に一人の男がしゃがみ込んでいる。
「あ、あの、えっと違います」
元親は慌てて首を振ったが、男は「そうかね」と判っているのかいないのか、廊下を撫でている。木目を愛でるような仕種だった。
「あの、何か有るんすか」
「見ての通りの床が有るのだよ。黒い黒い床がね」
男はそう呟いて、そしてまた床を撫でた。それが少々不気味だったが、元親は尋ねる。
「あの、洗濯機って、何処か知ってますか」
「それならもう8歩ほど進んで、左だ。12歩進むとキシと言う場所が有る。その2歩右が洗濯機だよ。今そこで白蛇がとぐろを巻いて卿を待ち構えているわけだ。苛烈、苛烈」
男は何が面白いのか一人で笑って、そしてやはり床を撫でていた。元親は今日二回目のドン引きを経験しながら、「ど、どうも」と小声で礼を言うと、恐る恐る廊下を進んで行った。
歩数は数えていなかったが確かにすぐ分かれ道に辿り着いた。というよりむしろそこは縁側だった。窓は全て閉じられている。夜の庭が見えて、やはり不気味だった。一度右を見た。右にも灯りが着いている部屋が有る。左を見た。薄暗い。
「……」
元親は12歩、と思いながら歩み始める。1、2、3……9。
そこまで来た所で、元親はある事に気付いた。水の音がしているのだ。つまりそこには誰か居る、という事になる。しかし相変わらずそこは真っ暗で、元親は一度深呼吸してから進んだ。10、11、12。
キシ、という足元の音と同時に、右にぬらりと立った人影が確認出来た。白くて長い髪を垂らした男だった。元親は一瞬悲鳴を上げそうになったが、彼が元親に気付いてにっこり笑ったものだから、元親は悲鳴を上げる事さえ出来なかった。
「ああ、貴方ですか。災難でしたね。さ、洗濯物をこちらに」
彼は細くて白い手を元親に伸ばしてくる。元親は反応出来ず、結局彼が元親の衣服を取って、洗面台に押し込むのを見ているだけだった。
「お風呂は向かいですよ。お入りなさい」
元親はそう言われてガクガク頷くと、廊下を戻って行った。分かれ道で右に戻って相変わらず床を撫でている男に近付くと、尋ねる。
「あの、あの、あの」
「なんだ、白蛇とは上手くやれたかね」
「あの、ここ、どういう所なんですか」
元親がどう質問して良いかも判らず、とりあえず尋ねると、彼は「ふむ」と呟いて顔を上げ、元親を見てきた。改めて見ると、4、50代のようだった。
「どういうところ、か。物事の本質を説明するのは難しい。私が卿に説明して、卿も理解出来るようにするには、少々時間がかかるが、私もそんな時間を取るのは面倒なので軽く説明すれば、」
男は一度そこで言葉を区切って、「すれば?」と尋ねる元親に、
「ここは、民宿だ」
と、力強く答えた。
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相変わらず現パラの松永は天然電波だと信じて疑ってない
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二人とも変態。永遠の中二病。
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