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めでぃのくの日記
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2008-07-07 (Mon)
 昨日言ってた松明毛の最初だけ。
 以降の展開が細かく決まってないので次はかなり先かと……


 緋扇 1

 風は無く、音も無い。光は無くただ闇が全てを包んでいるのに、元就には不思議と景色が見えた。暗闇をじぃっと見ていると、ぼんやりと黒い影が移ろい揺れて、そして彼らは鮮やかな色の人間になり、そして劇を演じてみせる。

「我らが大殿、興元様に命の限りお仕えいたしまする」

 そう頭を垂れて言っているのは自分だ。元就は自分の背を見ていた。そしてその前には、愛しい兄が微笑んでいる。

「他人行儀な事を言うな。元就。顔を上げてくれ」

 素直に顔を上げた元就は、まだ若い。幼いと言ってもいいかもしれない。ただの子供が、人へと変わろうとしている時期の事だった。
 
 兄の興元は元就に優しく笑んで言う。

「父上は一人、この毛利家をお支えになり、その重圧に耐え切れず逝かれてしもうた。だが興元はそうはならぬ。他ならぬそなたが居る故」

 元就、俺と一緒に毛利家を守ろう。二人ならば出来るだろう、きっと。

 兄の言葉に元就は大きく頷いて言った。

「命の限り、兄上をお助けし、この国を守ります。元就を好きなようにお使い下さい、元就は兄上の手足となってこの国のために戦います」

 ぼんやりとした闇がまだ蠢いた。元就の前に居た興元は随分小さな子供になった。元就は少し背丈が伸びた。ふわふわと周りに人の姿が現れるが、元就はそれを気にせずまた頭を下げて言う。

「我らが大殿、幸松丸様に命の限りお仕えいたしまする」

 子供は興味が無いといった風に元就を見て首を傾げ、そして尋ねた。

「おじうえは、われにおつかえするのか?」

「左様にございまする。今は亡き興元様とのお約束、幸松丸様をお守りし、毛利家のために尽力するのが我の役目。どうか毛利家の手足としてお使い下さい」

 そう言った元就の周りで、小さな声が響いた。

「毒を盛り命を奪う手になると言うておる」

「興元様の死はあまりに突然、元就殿も上手く盛ったものだな」

「兄弟と思うて油断しておられたのだ。このままでは幸松丸様のお命も危ない」

「だが確かに元就様のご尽力は並のものではない。現に諸国4つを落とし、毛利家は拡大しているし、庶民どもも元就様を慕っている様子」

「元就様、などと呼んでいたら一味と思われるぞ。第一、元就殿の活躍が大きいからこそ問題なのだ。ここで幸松丸様がお亡くなりになられたら、間違いなくあの男が毛利家の当主となる。平気な顔で他国を内部から落とし、実兄をも毒殺するような男、この毛利家の当主にしてはならぬ。まして、まだ年若い幸松丸様がそのために命を落とすなど、あってはならぬ事だ。……幸松丸様こそ、この毛利家の当主。なんとしても守らねばならぬ」

 違う、違うのだ。元就は静かに心の中で言った。

 我は殺していない。兄上は酒に殺されたのだ。我がいつ兄上の死を、ましてや幸松丸の死を願っただろう。兄上の骸に縋り一日中泣いた、あれは我の演技だったと申すか。家族を思う気持ちが偽りと申すか。時には命を張って兄上や幸松丸様を守るため、自ら先陣を切り囮となった。それも何もかも嘘だと申すのか。

「あの様子では、もしや弘元様も……」

 やめろやめろ、やめてくれ。我は毛利家のために尽力した、それの何がいけないと申すのだ。時に矢で射られ、時に槍で刺され、それでも軍を指揮し、本陣の幸松丸を守りぬいた。愚鈍な武士のつまらぬ策に乗れと幸松丸が言われるなら、我は反論はしても従った、その結果大敗し、撤退する幸松丸らを守るため、我は殿に残った、足軽達と共に泥まみれで戦い抜き帰って来た、その我に向ける眼がそのような冷たい眼なのか。

「いやに素直に我等の策に従うと思ったら、幸松丸様を殺すには好都合とでも思うたか」

 なんだその言い草は。我は、我は。

「あのような負け戦、殿を務めて生きて帰ってくるなど」

 我が死ねば良かったと申すか。我を殺すに好都合と思うたのはそなたではないのか。

「相変わらず何も言われぬのですなあ。その端整なお顔の下にどんなお心を隠されているのか、実に興味が有る」

 我が何か言っても墓穴を掘るだけではないか。そなたらの好きなようにとられるだけではないか。ならば我は何も言わぬ。それすらもいかぬと申すのか。我に死ねと申すのか。

「……そうそう。東国の織田勢が、高松城に差し掛かって来た。元就殿はどうお考えか」

 高松、……高松城? ……あそこはいかぬ、盆地ゆえ。しかもこの時期。……水攻めされるかもしれぬ。即刻援軍を送り、城の守りはともかく、織田軍の動きを牽制せねば、あっという間に落とされる。高松はようやっと手に入れた領地、それをすぐさま奪われたとなれば軍はおろか国の士気に関わる。なんとしても守り抜かねばならぬ。

「援軍にはどなたが」

 そなたらが適任が居らぬと判断するなら我が行くしかあるまい。

「ほう、元就殿が」

 なんだ、その、……待て、そもそも何故、そのような一大事が今更、……なんだ、……何故、……何故我は武士に囲まれておるのだ。

「元就殿、貴方は少々勝ちすぎた」

 なに、何を言っておる。

「軍の者達は疲弊し、これ以上の戦を望んでおらぬ。民は疲弊し、今はただ食を満たす事を願っておる。大殿はこれ以上の領地を望んでおらぬ。織田勢と戦う理由など無い。だが貴方は戦うべきと仰った」

 そなたは何を申しておるのだ。織田の風聞は知っておるであろう、あれは停戦を申し立てて聞き入れるような国ではない。戦わねばどうなる、皆、殺され、食料は略奪され、毛利家は無くなる。戦わずしてなんとする、戦わねば、毛利家は。

「心配なされるな、織田側の属国になる事を先日、幸松丸様がお決めになられた。従属し、ただ眠っていれば織田側も捨て置くとの事だ」

 従属!? 従属だと!? 毛利家が、……我の守ってきた毛利家を、織田の奴隷にすると申すか!

「聞き捨てなりませぬな、まるで毛利家が元就殿の物のようだ」

 そうは言っておらぬ、だが我は今は亡き兄上から毛利家を任せられ、

「貴方が殺した大殿だ!」

 我は殺しておらぬ! 何ゆえこのような一大事に、瑣末な事で言い争わねばならぬのだ!

「大殿の死が瑣末と申されるか」

 違う! 違う! 違う!!! ……っ、幸松丸様に、……幸松丸様にお目通りを願う! 話をさせてくれ、ここで織田に下ってはならぬ、属国の浅井家がどうなったか、知らぬわけではあるまい! 本願寺の坊主どもがどうなったか、知らぬわけではあるまい! ここで引いては毛利家が……。

「元就殿」

 なんだ!

「大殿から仰せつかっておりまする。先代の大殿を毒殺し、さらには自分をも殺し毛利家の当主の座を狙う不届き者、見たくも声を聞きたくもないとのこと」

 な、

「ましてや戦好きな気狂い、毛利家を陥れる災厄、あるいは他国と通じ毛利家を落とそうとしているのではないかと」

 馬鹿な……それが幸松丸様のお言葉だと? わ、……我が今まで何をして来たと……。

「そうやって他国を落とし、毛利家に組み入れてきた。貴方がまたこの毛利家に対し同じようにする可能性は無いとは言えない」

 馬鹿な、馬鹿を申せ……我は、我は、……毛利家を守るために、この10年以上もの歳月を、……ただ毛利家のために……。

「身の潔白を証明したいなら、大人しく獄に入り、処断なされませ。死んだ者には罪はないと申しますゆえ、そうすれば皆も元就殿への疑いを捨てようというもの。死になされ、元就殿」

 



 いっそ。

 元就は小さく呟いた。元就が声を発すると、闇の中に蠢く世界は溶けて散った。元就はぼうっと壁に背をつけたまま、呟く。

「いっそ、言ってくれて良かった。そうだ、我が死ねば良かったのだ……」

 元就は小さく笑うと、ころりと床に転がった。石の床は硬く痛かった。地下のそこは暗く湿って、時折足元を虫か何かが掠めていった。

「父上ではなく我が死ねば、兄上ではなく我が死ねば。何故我は生きていたのだ……何故、父上や兄上が死んで、我が生き残ったのだ……」

 だがもう良いのだ。こんな辛い生も、不本意な形ではあるが、ようやっと終わるのだから。

 元就は静かに眼を閉じた。どこで、違う、違うと誰かが叫んでいるが、それを元就はもう聞きたくはなかった。違うと言ったら何が変わる。嫌だと言ったら何が変わる。更なる汚名を着せられて、守ろうとした者に憎まれ殺されるだけだ。なら黙って死んだほうがいいだろう。

 そう繰り返すが、誰かはやはり違う、嫌だと訴える。元就は眼を開けて、そしてその誰かを黙らせようと起き上がった。頬をすると涙が伝って、それでようやく元就は自分が悲しんでいると言う事を改めて知る事になった。叫んでいるのは自分だ、泣いているのも自分だ、皆から疑われ殺されるのも自分、あの日、兄上と約束したのも自分。

 なにが、いけなかったというのだ。

 元就は静かに考え、そして笑った。

 あの世に行ったら、父上と兄上に文句を言ってやろう。貴方達がわけのわからぬ早死にをしたから、毛利家はおかしくなったのだと。そしてせめて幸松丸を守ってやろう、あれはまだ年若い。右も左もわからぬ子供が佞臣に踊らされて、哀れな事。父上と兄上、それに我で守ってやれば、あれもきっと生きぬけよう……。

 元就がそんな事を考えていると、小さく人の話し声が聞こえてきた。耳を澄ましてみると、知らない声が言うのが聞こえた。

「もったいない事です。この世に落ちた命ならば、誠心誠意葬るのが当たり前でしょう」

「ですが……」

「私に任せて下さい。私なら誠心誠意、人の命を愛せますよ。貴方がた武士のやり方は好きません」

「ですがこれは我等、毛利家の問題で、」

「私達の属国が何を言いますか。さ、早く出して下さい。その元就という方を」

 ああそうか、我の死が来たのだ。

 元就はそう悟ると、静かに座した。ややすると足音が聞こえ、蝋燭の明かりと共に何人かの人間が現れた。暗闇になれた眼には、蝋燭の揺れる炎さえ眩しく、元就は視線を下げると、深く頭を垂れた。

「なんですか、それは」

 知らない男がそう尋ねた。元就は頭を垂れたまま、

「我を断罪し、我の潔白を証明する人間に、礼を尽くさぬ理由は無い」

 そう答えた。男はしばらく無言だったが、やがて彼は笑って言う。

「それは申し訳ありません。その頭は他の人に下げるべきですよ」

 その言葉に眉を寄せ、元就は顔を上げた。眩しい炎の向こうに、白い髪の男が見えた。

「私は貴方を更なる罪の世界へ誘う蛇。……そして私を憎んで下さい、心の底から」

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